夜が明けた空の下、風を切り、バイクは進む。 並列して走るバイクには、ユキムラとアズマ。ユキムラの後ろには、ファータが座っている。 言葉なく、ただひたすらバイクを南へと進めていたユキムラの背に、唐突に声がかけられた。 「ユキムラ!」 「どうした!?」 アズマの緊迫した声に、ユキムラは隣を走っているアズマに視線を遣った。すると、アズマは、チラリと視線を背後に遣って見せ、言葉少なに答えた。その声から、緊迫の色はまだ消えないでいる。 「バイクだ!! 2台!」 その言葉に、ユキムラは即座に首を巡らせる。アズマの言ったとおり、自分たちを追う2台のバイクが目に入った。だが、それが一体誰なのかを視認するまでには至らない。距離が離れていることもあるが、運転をおろそかにはできない。ユキムラは視線を前方に戻す。 「誰だ、アレ」 「さァな」 いったい誰なのだろうか。c−cityの誰かが追ってきたのだろうか。それとも、他のcityの人間だろうか。突然襲いかかってくるような輩でないことだけを祈りつつ、ユキムラはバイクのスピードを上げる。アズマも黙ってそれに従った。 スピードを上げたバイクから振り落とされないよう、ユキムラの背により一層強くしがみついたファータは、ぐるりと後方に首を巡らせた。 「誰だ、ファータ」 それに気付いたユキムラが問う。Homicide Machineであるファータならば、自分たちには視認できないバイクのドライバーも見ることができるはずだ。 「あ!」 「誰だ!?」 唐突に声を上げたファータに、アズマが鋭く問う。 そしてファータから返ってきた答えは、思わず身構えたユキムラとアズマの予想だにしないものだった。 「グリフのお兄ちゃんと都筑パパ!!」 「「え!!?」」 ファータから告げられた名に、二人は驚きの声を重ね合わせる。ついでに、示し合わせたようにバイクを止め、後ろを振り返った。 見えるのは、白い2台のバイク。ドライバーの顔を確認することは未だできないだ、ファータが言うのだから間違いないだろう。 先日、C−cityから旅立って行ったユキムラの兄的存在のグリフォードと、Homicide Machineを作り、その所為でHomicide Machineを狙うラジスタの人間から逃げ暮らしている都筑博士。互いに面識がないはずの2人が、いったい何故自分たちを追ってきているのか。 ユキムラとアズマはひたすら首を捻りつつ、2台のバイクを待つ。 ファータはと言うと、久しぶりに会うグリフォードと、そして、自分の父親とも呼べる都筑の姿に、顔を綻ばせ手を振っている。 数分もしないうちにバイクはユキムラとアズマの目にもはっきり視認できるようになり、 ファータの言うとおり、その2台を運転しているのがグリフォードと都筑であることが2人にも確認できた。 そうなってようやくユキムラとアズマはほっと胸を撫で下ろし2人を迎えた。 一方、バイクの2人はと言うと、「おーい」「お久し振りで〜す」などと呑気に手を振りながら、自分たちを待つ3人の前にバイクを止めた。 「どうしたんだ、一体?」 「なんだってグリフォードと博士が一緒に居るんだよ?」 「お帰りなさい、グリフのお兄ちゃん! 都筑パパ!!」 すぐさま詰問を開始するユキムラとアズマ。ファータはと言うと、猫のように2人にまとわりつき、再会を喜んでいる。だが、2人はと言うと、 「話はオーディーから聞いた」 バイクを降りることもなく、グリフォードが真剣な面持ちでそう告げた。 どうやら、ユキムラたちが何処に向かっているのか、何の為に向かっているのかも、2人は知っているらしい。 「で、どうして二人が?」 おそらく自分たちを心配してC−cityからバイクを飛ばしてきてくれたのだろうが、 まずもって、面識がないはずのグリフォードと都築とが揃ってご登場 したのかは分からない。 首を傾げるユキムラに答えたのは、グリフォードだった。 「首都都市に行く途中で博士と会ってな。乗ってたバイクがウチのだったから声をかけたんだ」 「ドロボウか!!! って怒鳴られてしまったよ」 のんびりと都筑は笑って言った。 「申し訳ない」 「いやいや、済んだことだよ」 ヒラヒラと手を振り、グリフォードに穏やかな笑みを向けた後、都筑は僅かに表情を引き締めて言った。 「私はと言うとね、C−cityに向かってたんだ。大変なことが分かったからね」 「大変なこと?」 都筑は訊ね返したユキムラに頷いて見せ、その先の言葉を紡ぐ。 「Homicide MachineのDATEがなくなっていたんだよ」 「・・どういうことだ?」 「研究所のDATEにアクセスしたら、ハッキングされた形跡が残っていたんだ。調べたらDATEが盗まれていた。・・・フォーラのDATEが」 その言葉に、ユキムラとアズマは顔を見合わせる。 「だからユイは・・・!」 ユキムラが途中で切った言葉の先に、「フォーラだけを連れて行ったのか」という台詞が続いていることは、聞かなくても分かる。 頷いたアズマは、緊張に強張らせていた表情を緩めて言った。 「やっぱりユイは俺達のために、一人で戦ってたんだ」 ユイが自分たちを裏切り、フォーラを攫っていったのではないことを知り、安堵したようだった。 そんなアズマに頷き返してから、ユキムラは決意も新たにバイクに跨った。 「よし、行こう!」 「おう!」 同様にバイクに跨ったアズマを確認してから、ユキムラは自分の後ろにファータを引っ張り上げて乗せる。そしてすぐさまエンジンをかけ、バイクを発進させた。 一刻も早く、ユイとフォーラの元へ行きたかった。 そんな3人の後を追いバイクを走らせ始めたのは、すっかり彼らに自分たちの存在を忘れられてしまっていたグリフォードと都筑だった。ユキムラたちの隣に並んだ2人は、急いている少年たちの気持ちを宥めるように、穏やかに声をかけた。 「待て、ユキ。俺も行く」 「私も行くよ」 「でも――」 その言葉尻を奪うように口を開いたのは都筑だった。いつも通りの穏やかな表情で、けれどその瞳は真剣だった。 「娘が攫われたんだ。助けに行くのがパパってもんだろう?」 「都筑パパ・・」 真剣だった瞳を緩めた都筑は、自分をじっと見つめているファータに視線を移し、顔を綻ばせた。そして手を伸ばし、ファータの頭を優しく撫でる。そして、黄金色の瞳の中で輝く小さな光を見つけ、ますますその顔を綻ばせる。 彼女の瞳の中には、一つ小さな青い星が光っていた。それは、父である都筑にしか気付くことはできないほどに小さな星。その星は、彼女がHomicide Machineとしての力を解放し ている状態にあるというしるし。それは、ファータがHomicide Machineであることを受け入れ、そ してHomicide Machineとしての力を使おうとしているということ。 「大きくなったようだね、ファータ」 姿形は、別れた時からまったくは変わっていない。どんなに人間に似せて作ることはできても、さすがに機械を成長させることはできなかった。いつまで経っても、十を過ぎた子供の姿をしているフォーラとファータ。だが、別れたその時には、何も知らなかった彼女が、自分との再会に顔を綻ばせて見せてくれた。嬉しいという感情を知ったようだ。きっと、たくさんのことをユキムラから教えてもらったに違いない。 どんなに人間に似た姿をしていても、人間ではない。 どんなに姿形を似せたと言っても、戦争で亡くした本当の娘ではない。 温もりを持たないHomicide Machine。人を殺すため、cityを破壊するために作られた殺戮人形。そんな目的のために生まれた彼女が、自分が託した望みの通り、普通の人間と変わりなく愛され、自分がHomicide Machineであることを受け入れ、その力を愛する人のために使うことができるほどに強い心を持つことができた。 それが、嬉しくて嬉しくて仕方がない。 優しく目を細めてファータを見つめるその姿は、まさに父親。 「フォーラを助けようね」 「うん!」 太陽が、次第にその姿を明らかにし、大地を照らし始めている。未だ、夜の色を残している空は、けれど、雲もなく晴れ渡っているさまがよく分かる。完全に夜の気配が去れば、そこに広がるのは抜けるような青空に違いない。それは昨年、その空の色と同じ名をした鳥が、最期に飛んだ空のように。 「―――見えてきたぞ・・・!」 風を切り、地を滑り、バイクは進む。鳥が鳴いていたあの日の空の下、2人のHomicide Machineと出会った、あのcityへと――― |