気持ちがいいほどに晴れ渡った空が広がっている。昨日と同様に、 今朝も快晴。青い空と白い雲のコントラストが眩しい空。
 C−cityでも、多くの子供たちがその空を見上げていた。
 時刻は、ちょうど正午くらいだろうか。
 時計のないC−cityでは、それもよく分からなかったが、昼という括りで間違いはない時刻。
「じゃ、行ってくるな」
 言ってエアバイクに跨ったのはC−cityのリーダー・ユキムラだ。
 ナンバー2のアズマを始め、グループの年長者たちも同様にバイクに跨る。ある者は二人乗りだ。
 それを見送るのは、グループのナンバー3・ユイとユキムラの"娘"二人。そして、今日はトーラとクレアの姿もそこにはあった。
 エンジンをかけると、バイクがフワリと宙に浮く。静かなエンジン音。その中でアズマがユイに声をかける。
「あとは頼むぞ」
「・・・」
 だが、答えが返ってこない。
「「?」」
 ユキムラとアズマは顔を見合わせる。
 ユイがぼーっとしている。それは、なかなか珍しいことだった。
「ユイ?」
 ユキムラが名前を呼ぶと、ユイは僅かに肩を揺らし、ユキムラを見た。
「・・・どうかしたか?」
 心配そうに訊ねられ、ユイは慌ててかぶりを振る。
「ううん! 何でもないわ。行ってらっしゃい」
 そう言って笑みを浮かべたユイに、いつもと違うところはない。
 先程は、何を考え込んでいたのだろう。そんな疑問を払拭しきること はなかなか難しかったが、問うてもユイは答えないだろう。
「・・・じゃあ、行ってくるな」
「あとは頼んだぞ」
「「行ってらっしゃ――――――い♪」」
 先程と同じセリフを繰り返したあと、ユキム ラとアズマ、そして少年たちを乗せたバイクは、フォーラとファータの明るい声に送られ、cityを出て行った。 宙を駆け、バイクはすぐさまビルの向こうへと消えていった。
 少年たちを見送っていたユイの視線は、すぐさま、また地面へと落ちる。笑顔も消えた。
「「・・・」」
 そんなユイを、トーラとクレアが疑わしげに見つめていた。




「どうしたんだろうなァ。ユイのヤツ」
 バイクを走らせながら、ユキムラは隣に並んで走っているアズマに訊ねた。だが、アズマにその答えが分かるはずもない。
「さあなァ」
「何か昨日からぼーっとしてんだよなァ」
 ユキムラはしばしの間「うーん」と悩んだ末、一つ可能性に辿り着いた。
「分かった! グリフが居なくなって淋しいんだな!!」
「あり得ねーよ。お前じゃねーんだから」
 自信満々に言い放ったユキムラに、容赦なくアズマがその意見を否定した。
 昨日、何があったか考えてみたユキムラは、グリフォードがまた旅に出て行ったことを思い出したのだ。
 昨日、グリフォードも一緒にfall city巡りに出たのだが、お目当てのがらくたを採取し、いざci tyに戻ろうかという時だった。突然グリフォードが「またちょっと出てくる」と言い出したのは。 あまりにも唐突だったその理由は、cityの子供たちがぐずらせたくなかったのだろう。 だが、いつ出発しようとも、その事実を知らされればグリフォードに懐いていた子供たちはぐずるものだ。 おそらく、「行かないで」と泣きじゃくる子供たちを宥めてから出発するのが面倒だったのだろう。 おかげで、ユキムラやアズマ、他の年長者たちは、子供たちを宥める役目を引き受けなければならなかったのだ。
 バイクに乗っている少年たちの表情がやや暗いは、昨日の急な仕事のおかげで溜まった疲れがとれていない所為だろう。
 ユキムラたちが宥めていた子供たちの中に、もちろんだがユイの姿はない。
 ユイはグリフォードが居なくなったからと言って泣くような子供ではなかった。 昔から、だ。グリフォードを兄のように、父のように慕っていたユキムラとは違う。
「じゃあ、何だろうなァ」
「さぁな」
 首を傾げつつもエアバイクは進む。
 じりじりと照りつける太陽に、 じわりと滲んだ汗が、ユキムラの褐色の肌を健康的に輝かせている。
「ん?」
 その時、ユキムラの紫色の瞳が、こちらに近づいてくるものを映した。
 隣のアズマも、そして後ろにいる少年たちもそれに気付いたようだ。一斉に、リーダー・ユキムラに視線が集まる。
 ユキムラは、スピードを緩めるよう手でメンバーに合図をし、自分は目を細め、近づいてくるものが何なのか確かめている。
「あれは――」
 アズマがその正体を知った時だった、
「止まれ!」
 ユキムラの鋭い命令が飛ぶ。少年たちは車間距離を十分にとり、ゆっくりとバイクを止めた。
 そこへ近づいてきたのは、2台のバイクだった。そこに乗っているのは、彼らのよく知った人物だ った。同様に、闖入者もユキムラたちのことをよく知っているらしい。
 ユキムラとアズマの前にバイクを止めた彼らは、朗らかに声をかけてきた。
「よう、ユキムラ」
「久しぶりだな、レーイ!」
 ユキムラも、レーイと呼んだ男に笑いかける。
 彼は、C−cityの隣のfall city―彼らはScarlet cityと呼んでいる―を拠点にしているグループのリーダー・レーイ。その隣にいるのは、S−cityのナンバー2・ディー。
 隣のcityと言っても、距離はかなり離れている。C−cityから東南にバイクを走らせ、約3q砂と化したコンクリートの道を行くとあるcityだ。そこは、赤茶の煉瓦造りの家が並んでいたcit yだ。かつてのGg戦で、今はそのほとんどがただの瓦礫となり、煉瓦が砕けた所為で、このcityは全て が赤く染まっていた。だから、Scarlet真 紅 のcityという名前をしている。
 レーイも、ユキムラと同じく、一つのグループを束ねるリーダーにしては未だ若い。と言っても、ユキムラより も5つは上になるのだが、それでもやはり若い方だ。更に彼はS−cityグループ・リーダーの2代目だ。そこもユキムラと同じ。
 かつて、Gg戦終結直後は、食料やグループを大きくするための人員メンバーを得るため、何度か抗争を繰り広げたこともあった。だがそれはS−city先代の時の話。今では、C−cityにとって友好的なcityの内の一つになっている。
「行く手間が省けたな」
「ホントだな」
 レーイにそう言って笑ったディーに、アズマが訊ねる。
「何か用だったのか?」
「ああ」
 頷いたレーイは話し始めた。
「ここから5つくらい向こう、東南の方向に行った所にあるfall city、知ってるか?」
 その言葉に、ユキムラとアズマは顔を見合わせる。
 おそらくレーイの言っているcityは、彼らのよく知っている場所だった。
 そこは、フォーラとファータを見つけたcity。
 アズマはすぐさま自分たちと、メンバーたちとの距離に目を遣る。話の内容が、Homicide Machineド ー ルに関してのものだった場合、彼らに聞かれてはまずいと思ったからだ。Homicide Machineド ー ルのことを知っているのは、この中ではユキムラと自分、そしてC−cityの最年長・オーディーだけだった。
 今の自分たちの声量では話の内容がメンバーに聞かれることはないと判断したアズマは、ユキムラに大丈夫だと視線で伝える。
 それを確認したあと、ユキムラはレーイたちに答える。
「・・・知ってる」
「あそこがどうかしたのか?」
「最近、あのcityにおかしな奴らが住み着いてるのは知ってるか?」
 レーイの問いに、二人は首を左右に振って答える。
 しばらくfall city巡りはしていなかったし、あのcityには近づかないようにしていた。今は滅んでしまったが、それまでは、万が一Homicide Machineド ー ルを狙っていたラジスタの人間がいることを危惧して、だ。
「じゃあ、これも知らないんだろうな」
 もったいぶるようにそう言って言葉を切ったレーイに、ディーが続きを伝えた。
「その男たちが、金髪の女の子を捜している」
「―――!」
 まさか。
 嫌な予感が、ユキムラの中に一気に広がっていった。鼓動が、一瞬早くなる。
 耳元でドクンドクンと聞こえてくる鼓動の向こうで、レーイの言葉が聞こえる。
「それで昨日俺達のcityにきてな。ガキと言えばお前らのcityだ。もしかして、と思ってな」
「・・・・」
「そいつらに俺らのこと・・・!」
 アズマの問いに、レーイは首を左右に振って見せたあと、安心しろとアズマの肩を叩いていった。
「お前らのcityのことは言っていない。何やら面倒事になりそうだったからな」
 その言葉に一気にホッとした様子のユキムラとアズマを見て、今度はレーイが訊ねる。
「何か心当たりがあるのか?」
「・・・・もしかしたら、って程度だ」
 セリフの割に、ユキムラの表情は険しい。 それをみて、レーイもディーも、心当たりがアリアリなのだろうと悟る。だが、わざわざそれを問うて確かめることはしなかった。その代わり、今度はユキムラの肩を叩いてレーイは笑って見せた。
「何か面倒事が起きそうなら、言えよ。助太刀するぜ?」
 喧嘩は大好きなんだ、と冗談めかして言ったレーイに、僅かにユキムラの張りつめていた気持ちが和む。
「サンキュ。多分、大丈夫だ」
 後半の言葉は、自分に向けてものだ。
 多分、大丈夫。ラジスタは滅んだのだ。だから、多分、大丈夫だ。
 そう、自らに言い聞かせる。
「わざわざ、ありがとうな」
 無理矢理、心を落ち着かせたあと、礼を言う。そんなユキムラにレーイとディーはお安い御用だと肩を竦めて笑った。
「どういたしまして」
「じゃあ、またな。ユキムラ」
 バイクに跨り、手を振って去っていく二人の男を、ユキムラとアズマ、そして少し離れたところからC−cityのメンバーたちが見送る。
 次第に遠ざかっていく二つの背中を見送っているユキムラの横顔に、アズマは静かに問う。
「・・・・どうする?」
 もしかしたら、今この瞬間にもおかしな人間がC−cityに入り込んでいるかもしれない。今、C−cityにいるのは少女と子供たちばかりだ。
 戻るか否かを問われたユキムラは、僅かの逡巡の後、
「・・戻ろう」
 そう言ってすぐさまメンバーたち元へとバイクを向けた。変なヤツが近くに居るらしいから自分たちはcityに戻ること、そして、みんなには予定通り出かけて欲しいことを伝える為に、だ。
 あとの指示はオーディーに任せ、二人はC−cityへと向かう。
 オーディーは、S−cityのリーダー達と二人の様子から、だいたいのことを悟ったらしい。何も言わず、メンバーを率いてfall city巡りへと出発してくれた。
 そんなオーディーに感謝しつつ、二人は風を切り、C−cityを目指す。
 どうしても拭いきれない不安が、二人の胸をチクチクとつついていた。








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