太陽が真上を通り過ぎ、日も傾き始めた頃だった。
「ユイ姉、ユイ姉〜〜」
『家』の厨房に立っていたユイを呼ぶ幼い声があった。
 その声に首を巡らせたユイは、自分に向かって手招きをしているトーラとクレア、そして4歳になる女の子、アンリの姿を見つける。
「どうしたの?」
「ここはいいわよ、ユイ」
 ユイと同じく、厨房に立っていたスカイが子供たちに気付き、ユイに声をかける。
「じゃあお願いね、スカイ」
 スカイの言葉に甘え、ユイは彼女に夕食の準備を頼むと厨房を出た。準備を任せたと言っても、40人近くいる子供たちの夕食なので、到底二人では作ることはできない。ユイとスカイを中心に、十を過ぎた少女、そして少年が夕食の準備に励んでいた。
 今日は、年長の男達が久しぶりのfall city巡りに出ており、その苦労を労うためだろうか、いつもより豪華な食卓となりそうだ。
 厨房を出たユイは、すぐさまトーラとクレアに腕を引かれ、 『家』のロビーに引っ張り出されてしまった。何か、他の人には聞かれたくない話なのだろうか。
「どうしたの?」
 ロビーのイスに腰を落ち着けたユイは、自分と同じくソファに腰掛けた三人に訊ねる。
 口を開いたのはクレアだった。
「あのね、アンリがcityの外れで大人を見たって言うの」
「・・・大人?」
 その言葉に、一瞬鼓動が高鳴る。それと共に、見る間に自分の中に不安が広がっていくのをユイは感じていた。
「アンリ」
 トーラが隣に座っているアンリに促すと、アンリは舌っ足らずな調子で、それでも懸命にユイに、自分の見た大人のことを伝え始める。
「いっぱいでね、くろい服のおじさん。アンリ、こんにちはって言ったのに、こんにちはしてくれなかったの」
 言って、アンリは真っ赤なほっぺたを膨らませた。
 愛らしい姿だったが、ユイにはそれに微笑みを零す余裕はなかった。
「大人・・?」
 ここ最近、このcityに大人は来ていない。メンバーのグリフォードやオーディーは確かに大人だが、彼らならばアンリも分かるだろうし、何より彼らは今、fall city巡りに出ている。アンリがこのC−cityの男達を見間違えたわけではない。
 ならば、どこか他のcityの者だろうか。
 考えても分かるはずがない。けれど、答えを見つけなければ、不安を訴えてくるこの胸の鼓動はおさまらないようだ。
 ユイは徐に立ち上がる。
「アンリ、おじさんを見たっていう所に連れて行ってくれる?」
「うん。いいよ」
 ぴょんとソファから飛び降りたアンリは、「いこういこう♪」とユイの手を取り歩き出す。だが、ユイはそれを制止し、トーラとクレアを振り返った。
「トーラ、クレア、この事・・」
「誰にも言ってないよ」
「みんなが興味本位で行っちゃったら大変だしね」
 アンリは、年少組の中でのリーダー、トーラとクレアに真っ先にこの事を報告したらしい。その報告を聞いて、二人はすぐにユイに元へやって来たようだ。リーダー・ユキムラとナンバー2のアズマが居ないときは、ユイがこのcityのリーダーだから。
「ありがとう」
 二人の聡い行動に感謝を述べ、ユイは「行きましょう」とアンリを促す。
「ユイ姉! ボクたちも――」
 ボクたちも一緒に行こうかと問うトーラに、ユイは首を振って答えた。
「二人は残ってて。私たちだけで行くわ」
「・・・」
 心配そうなトーラとクレアに、ユイは大丈夫だから、と微笑んでみせる。そして、一応念を押しておく。
「いーい? 絶対に誰にも言っちゃダメよ?」
「うん」
「分かったわ」
 二人がしっかり頷いたのを確認してから、ユイは今度こそアンリと歩き始めた。その表情が険しいことに気付いていたのは、ユイ自身だけだった。
『家』のエントランスをくぐり出て行くユイとアンリの二人を、トーラとクレアは黙って見送っていたが、
「「・・・」」
 どちらからともなく視線を交わしたかと思うと、
「「うん」」
 頷き、ユイとアンリの後を追って、トーラとクレアも歩き出したのだった。




 黄昏時。
 夕闇が間近に迫ってきている。
 日が暮れる前にと、ユイはアンリを少し急がせ、cityの外れを目指していた。
「こっちこっち〜」
 cityの中心から外に行くに連れて、次第に建物はその姿をただのコンクリートの塊や瓦礫へと変えていく。cityの外れともなると、戦争によって粉々に砕かれた家のコンクリートが、灰色の砂となり広がっていた。
「ほら!」
 そこまできてようやくアンリは足を止めた。
 ユイはと言うと、アンリが足を止める前に、既に立ち止まっていた。アンリの言っていたおじさんたちがこちらを見ていたから。
「―――・・」
 鼓動が、更に高鳴る。その理由を考えている余裕はユイにはない。
 ユイは次第に自分たちに向かって近づいてくる男たちを見つめていた。
 アンリはたくさんと言っていたが、その人数は五人。上下黒スーツの男たち。その胸には、全員同じバッジがついている。銀色に輝くバッジ。それが何なのか、ユイは知っていた。そして、そのバッジから、ユイは全てを悟る。
「―――ついに、来てしまったのね・・・」
 小さな小さな声で呟いたユイは、アンリの手を引いて、近づいてくる男たちへと、自らも歩を進めていった。


「・・・何話してるんだろう?」
「ここからじゃ何も分からないわね」
 ユイが男たちに近寄っていき、それから何か言葉を交わしている様を物陰から見ていたトーラが首を傾げ、クレアは焦れったそうに唇を噛む。
 二人が居る位置からは、ユイと男たちとの会話は全く聞こえない。会話どころか、男たちが何人いるのかすら判別できないでいた。夕暮れが迫っている上に、男たちの服装が黒い所為だ。だが、迷いなくユイが男たちに近づいていったのを見ると、ユイの知り合いかなにかだろうか。
「あ、終わったみたいだよ」
 数分くらいだろうか。ユイと男たちとの会話は終わった。ユイが男たちに踵を返したのを見てトーラはそう判断した。 『家』に帰るのだろう。
 だが、
「え? 何で?」
「どういうことよ・・・」
 トーラとクレアが、ほぼ同時に口を開いた。
 当然、ユイと共にcityに帰ってくるのだと思っていたアンリが、男たちに手を引かれ、cityを出て行くのだ。
 トーラとクレアは顔を見合わせる。
 いったい何がどうなっているのだろう。
 それを確かめるべく、二人はユイに視線を戻す。『家』へと向かっているユイに二人は問いかけようと決めた。だが、
「「―――」」
 二人にはそれができなかった。訊ねるどころか、声をかけることすらできない。何故なら、近づいてきたユイの表情が怖ろしいほど険しいものだったから。
 二人はますます物陰に身を潜めたのだった。









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