「「きゃん☆」」
 ユキムラの絶叫が響き渡ったその直後、フォーラとファータはアズマによって部屋の中から放り出され、尻餅をついていた。
「「いったーい・・・・・ハッΣ(−△−)」」
 と、仲良く声を上げたのだが、その声で互いの存在を思い出したらしい二人は、顔を見合わせると、
「「負けない!!」」
 と宣言するなり立ち上がり、どこへともなく駆け出す。
 お互いをライバル視しているにもかかわらず、二人が駆けていく方向、スピード、 腕の振り、足の上がる角度、何もかもがピッタリであることに二人は気づいていないようだ。 やがて『家』の中をひとしきり駆け回った頃、
「あ!!」
「ユイちゃん!!」
 運悪く二人の前に姿を現してしまったのは、ユイだった。これから夕飯の準備をする予定らしく、彼女の腕には野菜が幾つも抱えられている。
「ど、どうしたの??」
 仲良く走ってきたかと思ったら、顔を見合わせて互いを睨み合っているフォーラとファータにユイは目を丸くする。
 そんなユイに、二人は開口一番、唐突に問うた。
「「好きな人に愛される条件は!!?」」
「・・・・・はぁ?」
 思い切り眉を寄せ、ユイは訊ね返すが、返ってくるのはやはり先ほどと同じ言葉。詳しい説明はなされない。
「だから、どうやったら好きになってもらえるの!?」
「愛してもらえるの!?」
 何故、急にそんなことを聞き出したのか全くもって分からないが、何やら必死な様子の二人に、ユイは仕方なく頭を回転させる。
「ん〜、そうねー」
「「なになに??」」
 しばし考えた後、ユイはパチンと指を鳴らして言った。
「料理。はどう?」
「「料理??」」
「そ。料理。やっぱり料理ができる女はポイント高いわよー」
「「料理する!!!」」
 かくして、フォーラとファータはユイを連れ去るようにして、厨房へと姿を消したのだった。




「殺される殺される殺される・・・」
 ガタガタガタ、と小刻みに体を震わせ、布団の中に潜り込んでいるユキムラ。
「言い残しとくコトはあるか?」
 布団の下の丸くなった塊に対してアズマが問うと、
「オレの墓前には毎日甘いモノを備えてくれ」
 なんていう本気なのか冗談なのか判別できない答えが返された。
 おそらく本気だろうと思いながら、アズマは布団の中の塊をポンポンと叩いて言った。
「・・・・良かったな」
 布団をかぶっているユキムラからは見えなかったが、そう言ったアズマの口許には普段彼があまり見せない穏やかな笑みが浮かんでいた。おそらく、ユキムラが見ていないからこそ、そんな表情をしたのだろうが。
 が、そんなこととは露知らず、ユキムラはアズマの言葉に猛然と怒鳴る。
「貴様ァ! オレがられるのがそんない嬉しいのか―――――!!?」
 怒鳴られたばかりか、首まで絞められたアズマは、ユキムラの腕をむしり取ると、負けじと怒鳴り返す。
「ちーがーう!! 雰囲気よめよお前は」
 ダメ出しまでされたユキムラは、ようやく大人しくなるとアズマの次の言葉を待つ。
「元気で良かったなって言ってんだよ。・・”ママ”」
 付け加えられたママという単語で、ユキムラはアズマが何を言っているのか察した。
 ”娘”たちのことを、彼は言っているのだ。
 数日前、ファータが知らず幼い兄弟を死なせてしまったあの事件。あの日、彼女らが見せた悲しい涙はもう微塵も窺うことはできない。全て振り切ってしまえたのかどうか、克服できたのかは分からないが、今、彼女らの顔に影がないことは見て取れる。それを、「良かったな」と、アズマは言ったのだ。フォーラとファータが未だ苦しんでいるのではないかと誰よりも心配し、苦しんでいるユキムラに。
「良かったな」
「・・・・ああ」
 繰り返したアズマに返ってきたのは、微妙な笑み。
 心から「良かった」と言えない。心の底から笑えずに洩れた笑みだった。
 アズマはそれに気付いている。けれど、何も言わない。あの事件のことを誰よりも引きずってしまっているのは彼だと、知っていたから。それも仕方のないことだと、分かってもいたから。
「・・腹、へったろ? 今、用意してもらって――」
「いい」
 立ち上がりかけたアズマを、ユキムラが止める。
「そろそろ歩ける。オレが行く」
 言ってベッドからおりたユキムラのしっかりとした足取りに、アズマはベッドに押し返そうかと思いのばした手を止めた。
「・・・そうか。そろそろいいか」
「ああ」
 そう言ってにっと笑ったユキムラの顔は、いつも通りのものだった。
 その笑みにアズマも笑みを返した、その時だった。
「ボス、居る?」
 2度、3度と扉が叩かれた後、ユイの声が問うてきた。
「ああ」
 と返すと、扉が開かれ、手にお盆を乗せたユイが部屋に入ってきた。と同時に、ふわりと部屋の中に食べ物の香りが広がる。どうやら夕食を持ってきてくれたらしい。
 先を越されたユキムラは、アズマに視線を遣った後、軽く肩を竦め、ベッドへと戻った。
「サンキュ、ユイ」
「どういたしまして」
「・・・・いやに、ご機嫌だな、ユイ」
 いつにもましてニコニコニコニコしているユイに、アズマがどうしたんだと首を傾げる。
 けれどそれには答えず、ユイはお盆からベッドの隣の机に器を置く。
「じゃ、ガッッッッツリ食べてね
「・・・・・? あ、ああ」
 何故か念を押して部屋を出て行ったユイに、ユキムラとアズマは顔を見合わせる。
 ユキムラが食事を残したことなどないはずなのだが。
 ひとしきり顔を見合わせた後、ユキムラは机に置かれた器を手に取り、
「・・・・・」
 止まった。
「・・・・・何だ? その料理は」
 ユキムラと同じく、器の中身を覗き込んだアズマは沈黙する。そして、問うた。
 だが、ユキムラに答えられるわけもなく、首を捻る。
「さあ。・・・・・・新メニューか何かじゃないか?」
「粥っぽいな」
「だな」
 スプーンを手に取り、何ら迷うことなく器の中のモノを口に放り込む。
「いただきまーす。・・・・――――――――ッッ!!!」
 ユキムラの動きが止まった。
 その反応に息を呑んだのはアズマだけではなかった。 密かにドアを僅かに開け、そこから中を覗いていたユイ、そしてフォーラとファータもユキムラの反応に目を光らせていた。
 4対の瞳に見守られる前で、ユキムラは恥もプライドも捨てた。そして何より、お行儀を捨てた。
「ぶはぁッ!!」
 迷うことなく口から吐き出す。
 今までの人生で口にしたことのない味。一瞬、舌が痺れたのかと思った。
「ど、どうした!!?」
 素晴らしい条件反射神経を発揮し、ユキムラが噴射したブツを避けたアズマは珍しく動揺を隠さずに問う。
「も・・・・・・盛られた・・・・・・・!!」
「何ィ!!? 皆の者、であえぃ!! ボス暗殺を企てた者を引っ捕らえよ!!!」
「「「!!」」」
 と、中から聞こえてきた威勢の良い声に、フォーラとファータ、そしてユイは慌ててドアの前からダッシュし始めたのだった。
「「あ――――――ん。まずかったんだ――――ッ!!」」
 今度はユイを加えた3人で『家』の中を駆け回りつつ、フォーラとファータが嘆く。
「初めてなんだもの。仕方ないわよ」
 と、走りつつ・・・そして笑いつつユイが慰める。あの見た目では味は期待できないだろうと思ってはいたのだ。 だから味見はしなかった。そしてガッツリユキムラにすすめてみた。ある意味、期待通りの味だったようだ。
 と、そんな小悪魔的な思考を頭の隅に追いやったユイは、優しい調子で二人に言った。
「それにね」
「「なァに?」」
「料理なんてできなくてもいいのよ」
「「いいの?」」
「うん。二人には二人にしかできないことがあるでしょ? それをすればいいの。その部分で愛してもらえばいいのよ」
「「フォーラとファータにしかできないこと?」」
「そう。何でもいいの」
 いつの間にか3人、否、フォーラとファータの足は止まっていた。合わせてユイも止まると、二人の肩にそれぞれ手を置いて言い聞かせる。
「覚えてなさいね。人は誰しも、その人にしかできないことがあるの。それは、とてもステキなことなのよ」
 ユイの言葉に、フォーラとファータは顔を見合わせる。
「「フォーラとファータにできること・・・」」
「そう。何がある?」
 問うと、二人は不安げに部屋を瞬かせ、小さな声で言った。
「「一緒にいることしかできない・・」」
「それだけでいいのよ」
 ユイは小さく笑い、二人の頭を撫でる。
「それだけでいいの。きっとボスはそれだけで喜んでくれるわ」
 その言葉に、フォーラとファータは少し恥ずかしそうに顔を見合わせた。
 しばしの沈黙の後、フォーラとファータは二人して方向転換する。
「「・・・ボスの所、行ってくる」」
 先程までバチバチと火花を散らしていた二人とは思えない。どちらからともなく手を繋ぎ、フォーラとファータは声を合わせて言った。その声は小さい。
 ――ボスは、本当に喜んでくれるのかな?
 二人の繋がれた手は、そんな不安を和らげるためのものだろう。
「行ってらっしゃい」
 ユイは二人の頭を再度撫でる。大丈夫よ。そんな気持ちを込めて。
 ゆっくりとボスの部屋に向けて歩き始めた二人の背を、ユイと、そして、黒い尾を揺らしているクレアとが見守っていた。




 そうして、フォーラとファータの暴走が止まって数分が経った頃だったろうか。今度は、アズマが『家』の中を これでもか!! と、暴走していた。いや、暴走というのは失礼だろうか。 彼にはきちんと、目的地があるのだから。彼が向かっているのは、
「ユキムラ――――――――!!!」
 そう。彼のボスの部屋だ。
 ユキムラの食事に何者かが毒を盛ったと彼は勝手に思っている。 その犯人を突き止めるべく、料理を運んできたユイを捜し、問いつめると、
「ふふふ。フォーラとファータよ
 との答えが返ってきたのだ。
 それを聞いた途端、アズマは「しまった!!」と駆けだしていた。 彼は今一人だ。もしかしたらフォーラとファータが今この間に、彼にとどめを刺しに・・・!! という「勘違いもソコまで来るとちょっとステキだよ」な 考えの下、今のこの暴走・・・失敬、猛ダッシュに至っている。
「ちくしょー! 間に合え――――――――――!!」
 ―――アホなのか? コイツもやっぱりアホなのか??
 そんな疑問を禁じ得ないのだが、残念なことに、彼は本気だ。至ってマジメだ。つまりは、アホ・・・なの・・かも、しれない。
「ユキムラ!!」
 ユキムラの部屋まで到達したアズマは、ドアを外さんばかりの勢いで押し開く、そして、
「――――!!」
 息を呑んだ。
 そこに繰り広げられていた光景は、とても静かなものだった。
 ベッドに横たわり瞼を閉じているユキムラ。そして、ベッドの両脇に立ち尽くし、ユキムラを見つめているフォーラとファータ。その彼女らの口許には、うっすらと微笑が刻まれていた。
 静かだけれど、それは不自然な静かさ。奇妙な静かさだった。
「―――ま、間に合わなかったか・・!」
 その場で膝をついたアズマに、思いもよらぬ声が届いた。
「アズマ――〜〜、助けてくれ〜〜〜〜」
 死んだとアズマが勝手に思っていたユキムラの、か細い声だった。その声に、アズマは弾かれたように顔を上げる。
「ユキムラ! 生きてたのか!!」
 フォーラを押しのけベッドの傍に寄ると、ユキムラがガバッと体を起こした。
「怖ェ! コイツら超怖ェ!! 何も言わずにオレにずっと張り付いてんだよ――――! オレを精神的にまいらせてからるつもりだ!!(>_<。)」
「大丈夫だ!! ナンバー2の俺が守ってやる!!」
「アズマ――――――!!」
「ユキムラ――――――!!」
 というユキムラとアズマの茶番劇を止めたのは、フォーラとファータだった。 その声音はいやに静かで、彼らの会話はその一言でピタリと止まってしまった。
「「―――・・どうして愛してくれないの?」」
「「え?」」
 思わず二人して問い返す。聞き取れなかったわけではない。 意味を計りかねて、だ。すると彼女らは続けた。その声音は、静か。俯いている所為で、彼女らの表情は窺えない。
「ボスの為に色々やったのに」
「どうして愛してくれないの?」
「・・・フォーラ? ファータ?」
 ようやくユキムラは彼女らの様子がおかしいことに気付いた。けれど、その理由は分からない。
「どうした?」
 問うてみたのだが、彼女らはユキムラの問いには答えようとはしなかった。 もしかしたら、彼の問いは、届いていなかったのかもしれない。
「どうやっても一番にはなれないの?」
「ファータとフォーラが悪い子だから?」
 ついに、彼女らの静かだった声音が一変した。
「「―――フォーラとファータがHomicide Machineド ー ルだから!?」」
 強く問い、ユキムラに向けられた二人の瞳には、涙が滲んでいた。そこに、先程まで駆け回ってい た二人の元気な姿は見えない。
 一体、どうしたのだろう?
 ユキムラは傍らに立つアズマに視線を遣ってみるが、勿論彼にも答えは 分かるはずもない。ゆっくりと首を左右に振ってアズマは「分からない」と答えた。
「・・・どうしたんだ? 何かあったのか?」
 優しく、優しく問う。
「「・・フォーラとファータは、ボスとずっと一緒に居たいの・・」」
 二人は声を揃えて言った。
 揃えたにもかかわらず、二人の声は消え入りそうだった。不安げな声。ユキムラは、じっと彼女らを見つめ、その続きを待つ。
「だから、ずっと一緒に居るためには、一番じゃないとダメなの」
「だって、ファータとフォーラは、Homicide Machineド ー ルだから」
「だから、一番じゃないとダメなの」
 フォーラが言う。ファータが付け加える。そしてまた、フォーラが繰り返す。
 その言葉の意味が、まだユキムラには分からない。ただ一つ分かるのは、彼女らが、 自分がHomicide Machineド ー ルであることで、苦しんでいるのだということだけ。
 ―――motherママのくせに。
 歯痒い。
 焦って彼女らから答えを引き出そうとする自分を抑え、ユキムラは彼女らの口から答えが与えられるのを待つ。
「「ボスの一番が欲しいの」」
「一番だったら捨てられないでしょ?」
「ファータとフォーラがHomicide Machineド ー ルでも」
「「捨てられないでしょ?」」
「でも、ボスはみんなのコトが好き」
「だったら、捨てられるのはファータとフォーラだもの」
「「大好きなみんなの為だったら、捨てるでしょ?」」
Homicide Machineド ー ルだから」
「悪い子だから」
「だから、一番になりたいの!」
「一番好きになって欲しいの!」


「「――――捨てられたくないの!!」」


 最後の方は悲鳴だった。
 不安に泣く、幼い子供の悲鳴。
「―――フォーラ・・・ファータ・・・」
 ようやく分かった。
 彼女らの傷は、未だ癒えてなどいなかったのだということに。未だ、深い・・ もしかしたら自分に残っているものよりももっともっと深い傷を抱えているのかもしれない。
 あの事件で、二人は自分が人間とは違うのだということ。自分がHomicide Machineド ー ルなのだということを強く意識したのだろう。 そして、自分たちがHomicide Machineド ー ル であるということが、ユキムラにとってマイナスであると思ったのだ。
「だって」
 ――だってあの時、ボスは泣いたから。
「だって」
 ――だってあの時、あの子たちは死んだから。
 だから、思った。
 彼は、このC−cityのリーダー。このグループのメンバーを愛している。 そしてきっと彼は、自分たちのことも愛してくれているのだろう。 けれど、もしまたHomicide Machineド ー ルであるが為に何か起こったときには・・・、 何か、メンバーが危険にさられるようなことが起こったときには・・・、
 ―――あたしたちを捨てる・・。
 それが、嫌だった。
 怖かった。
 だから思ったのだ。
「「一番になりたいの・・・!!」」
 一番になればいい。このcityの誰よりも、ユキムラに自分たちのことを好きになってもらえばいい。 そうすれば捨てられることはない。
 そう、思った。
「「お願い! 一番好きになって!!」」
 瞳に溜まっていただけの涙は、いつも間にか二人の頬を濡らしていた。 そして今、その涙はユキムラの胸を濡らしている。
「フォーラ・・・ファータ・・・」
 縋り付いてきた二人の所為で、ユキムラの胸に涙の染みができていく。その冷たさよりも何よりも胸を打つものがある。
 ―――何だ、コレは・・・。
 何という名前をしているのだろう。分からない。
 胸が締め付けられるこの感覚は、切なさに似ている。 二人を抱き締めたいと思うこの思いは、愛しさに似ている。二人を泣かせる己に向けられるのは、きっと歯痒さ。
 ―――何だ、コレは・・・。
 分からないまま、ただ、二人を抱き締める。
 伝えなくてはならない。この、名前の付けられない感情のまま、それでも、その感情が望むままに、二人に伝えなくてはならない。
「フォーラ。ファータ」
 優しく、呼びかけたにもかかわらず、二人の肩が震えた。きっと、ユキムラからかけられるその言葉が何なのか分からない。その不安からだろう。ぎゅっと、腰に、胸に回された腕に力がこもる。そんな二人の背を撫でながら、ユキムラは口を開く。何度も何度も、開いては閉じ、開いては閉じ、を繰り返したその後に、ようやく言葉を紡ぐ。
「オレはな・・・うん、そう、みんな、大好きなんだよ」
 フォーラとファータが言ったように、確かに自分はこのグループのメンバー皆を愛している。それはきっと、リーダーでいる限り、いつまで経っても変わらないだろう。誰か一人を愛することはできない。それはいつか、リーダーとしての自分の判断を鈍らせてしまうことになるから。
 誰か一人にだけ愛情を注ぐことはない。できない。だから、メンバー一人一人を、精一杯愛そうと思っている。
「お前らのコトも大好きなんだ」
「「・・・うん」」
 ――イヤ!!
 ――フォーラとファータだけを愛して!!
 そんな我が儘を、二人は言わない。分かっていたから。 自分たちが一番になれないことは、最初から分かっていたから。
 そんな二人を、ユキムラは優しく優しく撫でる。そして、彼女らに注がれる言葉も、優しい。
「でも、大丈夫だ」
 ユキムラの優しさは、ゆっくりとゆっくりと、フォーラとファータの中に凝り固まっていた不安を包んでいく。溶かしていく。
 ――――不思議・・・。
 いつの間にか、涙も止まっていた。鼓膜を揺らす彼の声は、まるで子守歌のよう。
「大丈夫」
 繰り返す。
「――もしな・・、 もし、お前らを捨てなくちゃいけなくなった時には、オレも一緒に行ってやるから、安心しろ。な?」
「「―――・・」」
 止まった筈の涙が、再び溢れてきた。
 けれどその涙は、冷たくない。温かい。
「「嬉しいのね」」
 互いにだけ聞こえる声で、二人は呟いた。
 彼に教えてもらった感情。とても温かくて素敵な感情。 冷たい涙は悲しいとき、温かい涙は嬉しいときに流れるのだと教えてくれたのも彼だ。motherママだ。
「「大好き」」
 今度は、ユキムラに聞こえるように呟く。 すると、背中に回された腕に力がこもる。フォーラとファータの胸の温もりが、温度を増す。
「「――ママ・・」」
「照れくさいから、やめろ」
 やめろというその言葉も、今は優しい。
 ますますフォーラとファータはユキムラに抱きつく。
「甘えん坊だな」
「まったくだ」
 小さく笑うアズマに返すユキムラの言葉には「困ったヤツらだ」という言葉が 付け加えられたけれど、背中に回された腕が離れることはない。優しく、強く抱き寄せてくれている。


 ――――大好き。
 この腕が。
 この温もりが。
 この優しさが。
 この人が。
 この人の全てが――――。


「「・・ママがmotherママで良かった・・」」


 雨は上がる。
 ユキムラの雨も。
 そして、甘えん坊のHomicide Machineド ー ルたちの雨も、上がった。









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