その頃、フォーラとファータはと言うと。
「「う゛――――――――」」
 と、低い唸り声をあげつつ、『家』の廊下を猛ダッシュしていた。 ユキムラの部屋を出てからゆうに5分はたつだろうか。それでも二人の体から迸る怒りは消えないままだ。 故に、誰も『家』中を暴走している二人を止めようとはしない。
「ボスのバカ―――――ッ」
「デリカシーのないヤツ!」
 走るだけではない。唸るだけではない。大声で罵詈雑言を吐き出すことも忘れてはいない。
「「サイテー! サイテー!! サイテー!!」」
 と喚き散らしながらの暴走は、その後、数分という時間を経て、ようやく終焉を迎えた。 さすがに冷静になったらしい二人は、自らその暴走を止めたのだった。
「「ふぅ」」
 ひとしきり走り回ったにもかかわらず、上がっていた息は、一つの溜息でおさまる。ドールと人間の違いがそこには垣間見えた。
 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはファータの方だった。
「ねぇ、フォーラ・・・」
「なァに?」
「・・・ボス、困らせちゃったかな?」
 問うまでもない。困りまくりだ。
「・・・うん。多分」
 だから、多分もクソもない。
「前に、ユイちゃんに言われたじゃない?」
 その先を言わずとも、フォーラにはファータの言わんとしていることが分かったらしい。 頷いた後、ファータの言葉の続きを口にした。
「うん。一番好きになってって言ってもボスは困るだけだって、アレね」
「うん」
 グリフォードがこのcityに帰ってきた時、フォーラとファータは彼に嫉妬した。 ユキムラがまるで親を慕うかのように懐いている彼に、嫉妬したのだ。
 そして、思った。自分のことを一番に愛して欲しい、と。
 だが、そんな二人にユイは言ったのだ。
 ユキムラには、愛すべき人、守るべき人がたくさんいるのだということ。
 その中の誰か一人だけを愛する事は、彼には出来ない。それを望まれれば、ユキムラはひどく困るのだろう。
 ユイはそう言い聞かせてくれた。
 その時は、「そうだ」と思ったのだ。それなのに、忘れていた。
 その時は、ユキムラがみんなを愛し、そのみんなの中に自分たちも入っていればそれでいいと思ったのだ。 だけど、それだけでは、足りないと思ってしまった。
 ―――だって・・・
「「・・・」」
 それぞれ、同じことを考えていたのだろう。同じだけ沈黙をとった二人は、同時に口を開いた。
「「・・やめよっか」」
 全く同じ台詞を口にした互いに、フォーラとファータは小さく笑いを洩らす。
「ボス困らせるのも可哀想だし、ね」
「ね」
 と、丸くコトがおさまったまさにその瞬間、二人の目の前にどこからともなく、少女が現れ、
「甘い!!!」
 と言い放った。
 突然の介入に驚き肩を竦め振り返った二人が見たのは、
「「く、クレアちゃん!!?」」
 腰に手を当て、自分たちの背後で仁王立ちをしているクレアの姿だった。
 二人にどうしたんだと問われる前に、クレアは先ほど彼女らに放った言葉を再び繰り返した。
「甘い! 甘すぎるわ、二人とも!!」
「「え・・あの・・・」」
 ズズイ! と歩を進めて来るクレアのイヤに真剣な表情に、 フォーラとファータはたじろぐ。が、クレアの勢いは止まらない。
「いいの!? ボスの愛は、みんなの共有物のままでいいの!?」
「「え・・・」」
「恋とはすなわち戦い! バトルよバトル!!」
「「は?」」
 二人の賛同を得られないことなど何のその。 クレアの口が閉ざされることはない。むしろ、ますます熱を帯びていく。
「さあ、トコトン戦ってボスの愛を勝ち取るのよ!」
「「・・・」」
 なかなか、イエスと言わない二人に焦れて、クレアが地団駄を踏む。
「もう! 早くしないと誰かのモノになっちゃうわよ!?」
 その言葉に、ようやく二人が反応を返した。
「「え!!? それはイヤ!!」」
 食いついてきた二人に、クレアは密かに唇の端を吊り上げる。 まさに、ニヤリという擬音がピッタリのあくどい笑みだった。
「ならGETしなさい! 女たるもの、恋に命を燃やしてこその人生よ!! 熱く燃えなさい! そしてボスの愛を略奪するのよ――――――――――!!」
「「命短し恋せよ乙女――――――――――!!」」
「イエ―――ス! ザッツラーイト―――――ッ! さあ、戦え! 戦うのよ―――――!!!」
「「っしゃ! やったるでえええええぇぇぇぇぇええええ――――――――――!!!」」
 先程まで、
「ボス困らせるのも可哀想だしね」
 なんてしおらしく反省していた人間とは思えない。 一気にギラついた瞳に変わったフォーラとファータは、クレアに背をおされるがまま、 再び『家』の廊下を爆走し始める。目的地は、
「「ボス―――――――――――――――!!!!」」
 可哀想に。ユキムラの部屋だった。
 遠ざかって行く二つの背中を見送るクレアの頬には、今度ははっきりとあくどい笑みが浮かんでいる。 浮かべているどころか、
「ふふふ」
 口から零れてさえいる。
 それは、これからユキムラが遭遇するであろう受難を思い浮かべほくそ笑んでいるに違いない。
 そんな彼女の名を咎めるように呼ぶ声があった。
「クレア!」
「! ・・何だ、トーラか」
 突然、背中からかけられた声にビクゥ! と体を竦ませたクレアだったが、 振り返りそこにいるのがトーラだと知ると、肩の力を抜いた。
「どうかした??」
 と、さも自分は何もしてませんよーと訊ねてみると、
「なに二人にバカなこと吹き込んでんのさ。可哀想に。あんなに本気になっちゃって」
 どうやら一部始終を見られていたらしい。
 観念したように、クレアは肩を竦めた。けれど、反省した様子はない。
「いいのよ」
 自分に背を向け、フォーラとファータが去っていった方に視線をやり、 満足げに呟いたクレアに、トーラはこれでもかと溜息をつく。
「そりゃ見てる方には楽しいかもしんないけど――」
「いいのよ」
 再び同じ言葉を繰り返したクレアの、先程とは違い、静かな声音に、トーラは 彼女を諫める言葉を止める。
「・・クレア?」
「だって、わざと元気に振る舞ってるよりも、あーやってバカなことに集中してる方がいいじゃない」
 トーラとクレアは知っていた。彼女らに何かが起こったこと、否、彼女らが何かを起こしてしまったということを。
 そもそも、最初から彼女らが自分たちと違うことには気付いていた。
 自分たちとは異質の存在。けれど、彼女らは同じ『家』に住む家族なのだ。  先日から、時折物思いに耽っているのだろう、いつも元気なフォーラとファータに似つかわしくなく、 ぼーっとしていることがある。悲しそうに瞳を伏せていることだってある。そんな 家族の姿を見ているのは嫌だった。
「―――クレア・・」
 クレアのあの行動にそこまでの配慮があったのかと、トーラは感心する。 ちょぴり感動してしまったと言っても良い。
 んがしかし、そのあとに付け加えられた彼女の台詞に、トーラはその 感動を無に帰されることになるのだった。
「まあ、見て楽しんでるのも事実だけど」
「―――・・」
 クレアの背後で、黒い尻尾が揺れているのを、トーラはその目で確かに見たのだった。





 その頃、ユキムラはと言うと。
「イテテテテ」
 フォーラとファータに蹴られた部位をさすっていた。
 そこには包帯が巻かれていた。だが、傷の方はもうほとんど治っている。 地面に酷く擦りつけた傷はしつこく痛んだが、それも治まってきた。
だが、傷にばい菌が入ってはことだ、と、グリフォードからしばらく包帯は外さないようにと言いつけられている。
「そろそろいいと思うんだけどなー」
 とぼやく。ぼやきついでに包帯をつつく。
 と、そこでユキムラは思い出す。
「あ。包帯変えないと――」
 その時だった。
「「へい、お待ち―――――――!!」」
「!?」
 バタン!!!
 外れなかったのが不思議なくらいほど勢いよく開いたドアと、そこから部屋に飛び込んできた少女達に、ユキムラは一瞬目を瞠る。
 先程、ユキムラに怒声と蹴り一発をお見舞いして行ったフォーラとファータだ。早くも機嫌が直ったのだろうか。自分の注がれる視線に 、怒りの色がないことを確認してから、ユキムラは目の前に差し出された二つの手に視線を移した。そこ には、それぞれ白い包帯が乗せられている。
「ど…どうも」
 特に何も考えず、ファータの手にあった包帯を取ろうとしたその時、
「「ダメっっ!!!」」
 と、強く制止されてしまった。
「?」
 一体なんだと視線で問うのと、二人がそれぞれ手にした包帯をユキムラに巻き付け始めたのとはほぼ同時だった。故に、ユキムラは彼女らを止める間を逸してしまっていた。
 フォーラは右腕の擦り傷に、ファータは左臑の傷に包帯を巻いている。
 その様子をユキムラが訝しげに見守っていた。
 一体どういう風の吹き回しだろうか。
「・・・・・」
 と、彼女らを見守っていたユキムラは気付く。
「ちょ、お前ら、ゆっくりでいいぞ!? ・・ってかキツすぎだ!!!」
 まるで早さを競う合うかのよう、黙々と包帯を巻き続けているフォーラとファータに、 ユキムラがようやく制止の声を上げた。
 が、止まらない。
「ファータには負けないんだから!!」
「フォーラには負けないんだから!!」
「「む゛―――――――」」
 仲良く包帯を巻いてくれていたのかと思いきや、ユキムラはそれが自分の勘違いであったことに気付く。 静かに、密かに、彼女らは互いに闘志を燃やしていたらしい。
 が、時既に遅し。
「い゛、いででででででででッ!! やめろ!! ストップ! スト―――――ップ!!!」
 制止の声も、二人には届かない。
 ヒートアップしていく彼女らは、「ココも! ココも!!」とユキムラの体に包帯を巻き付けていく。
「「うおりゃああああああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」」
「ぎゃあああああああああああああ―――――――ッッッ!!!」
 と、とうとうユキムラが悲鳴を上げたその時だった。彼に救いの手が差し伸べられたのは。
「こらァ!!」
「「きゃん☆」」
 ユキムラの絶叫を聞きつけたのか、それとも超高速でユキムラの部屋に向かう少 女達の姿に嫌な予感を覚え追ってきたのか。ユキムラが痛みから解放さ れ、視線を巡らせると、フォーラとファータの首根っこを捕まえているアズマの姿がそこにはあった。
「た、助かった・・!」
「大丈夫か!?」
 ベッドに突っ伏したユキムラを気遣いながら、アズマは「団子か!!」とツ ッコミを入れたくなるほど足や腕に厚く厚く巻かれ、丸くなっている包帯を解いていく。
「し・・死ぬかと思った・・・」
 アズマによってようやく包帯の圧迫感から逃れたユキムラは、 おそらく血が止められていたのだろう、僅かに痺れを持っている腕や足をさすりながら、 体を起こす。彼の艶やかな黒髪は、フォーラとファータの荒行によって、見るも無惨に乱れきっていた。
 アズマによって部屋の隅に追いやられていたフォーラとファータだったが、そんなユキムラの姿を見るや否や、
「髪――――――――――ッッ!!!」
 と叫び、アズマをベッドの前から引きはがし放り投げると、 ユキムラの頭に飛びついていった。
 否、むさぼりついたという表現の方が正しいだろう。
「ひぃぃいいい!!」
 髪の毛をむしり取られるのではないかという危惧を抱き怯えるユキムラの髪を、二人は鷲掴みにする。
「「勝負!!!」」
 どうやら、乱れたユキムラの髪を、どちらが綺麗に整えることができるか勝負を始めたようだ。
「や、やめろ――――――――――――――――――――!!!」
 ユキムラの悲痛な叫びに、ようやくアズマが我に返り二人を羽交い締めにする。
 再びアズマの手によって解放されたユキムラは、肩で息を繰り返しながら呟いた。
「あ゛ぁ、のど痛ェ…」
 それも当然だろう。先程からフォーラとファータの所為で叫びっぱなしだ。
 と、再び、フォーラとファータが動いた。
「!」
 また来るか!!? と思わず身構えたユキムラだったが、
 バタン!
 彼女らは何を思ったか、一目散にユキムラの部屋から出て行ったのだった。
「「・・・・・・」」
 一瞬にして静まりかえる部屋の中。まさに、嵐が去っていった後のようだ。
 彼女らが消えていったドアを、茫然と眺めながら、アズマが問う。
「・・・・何なんだ、いったい」
「さあ・・・・」
「「・・・・」」
 部屋に沈黙がおりたちょうどその時、凄まじい勢いでドアが開いた。 
「「ボス!!」」
「帰ってきたああああぁぁぁぁ!!」
 言わずもがな、フォーラとファータである。その手にあるのは、
「「水!!」」
 そう、水。水の入ったコップが握られている。どうやら、のどが痛いと言ったユキムラのために 猛ダッシュで取ってきてくれたらしい。が、何故かユキムラの前に差し出されたコップは二 つ。フォーラの手にあるものと、ファータの手にあるもの。
「「飲んで!」」
 と強く促されたものの、一体どちらのコップに手を付けていいものやら判断がつかない 。困ったように二つのコップを眺めていると、フォーラとファータは焦れてしまったのか、地団駄を踏んだ。
「フォーラの飲んで!!」
「ファータの水の方が甘いよ!!」
「・・・・・・蛍かよ」
 と、アズマが呑気につっこんでいると、
「「飲んで!!」」
 ついに二人は強制手段に出たのだった。
「え!? ぐはァ!! げほっ!!」
 無理矢理ユキムラの唇にコップを押しつけ、強制的に水を飲ませ始めたのだ。
「や、やめろやめろやめろ!!」
 このままではユキムラの命が危ない!! 慌ててアズマがユキムラから二人を引きはがす。
「げほっ、げほ。ごほっ。げほっ!」
「しっかりしろ!」
 気管どころか、鼻にもしこたま水が入ってしまったらしいユキムラは激しく咳き込む。そんな彼の背をアズマがさすっている。
「げほ・・はぁッ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 ようやく咳から解放されたユキムラは、ことの元凶、フォーラとファータに視線をやると、思いきり叫ぶ。そして、 二人から返される答えに、ユキムラは更に大きな声で悲鳴をあげることになるのだった。
「こ、殺す気か――――――――――――――――――――!!!」
「「愛してるのよ!!!」」
「殺される――――――――――――――――――――!!!!」









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