サ――――――・・・


 雨が、降っている。
 先日負った傷が完全には癒えていないユキムラは、部屋のベッドの上にいた。
 窓の外は雨。
 窺わずとも、静かな部屋の中に響く雨音が、外の様子を克明に物語っている。
 雨の所為か否か、ユキムラの表情は冴えない。
 溜息と共にこぼれ落ちた言葉は、
「―――いつまでも引きずってんなよな、オレ」
 己に向けられていた。
 彼の表情が冴えないのは、雨の所為ではなかった。
 完全に癒えていない腕の傷と、それよりもじくじくと痛みを訴える、心の傷。 彼は未だに、幼い兄弟を死なせてしまったあの日の傷を抱えていた。
 夢に見るのだ。
 幼い兄弟と、彼らの流した血の色。
 ファータを染めていた赤い血の色。
 夢には見るものの、日増しにその血の色が薄くなっているのは、己の心の傷が塞ぎ始めている証拠かもしれない。
「きっと、そうだ」
 言い聞かせ、目を閉じる。
 そして、再び言い聞かせる。
「いつまでも、引きずるな」
 その独り言に答える声があった。
「でっかい独り言だな、ユキ」
 驚いて首を巡らせると、逞しい腕にマリーを抱えているグリフォードが、ドアを押し開きそこにいた。
「…こういうのは聞かなかったフリをするもんだぞ、グリフ」
 冗談めかして怒ってみせると、グリフは「すまんすまん」と笑いながらの謝罪の言葉をよこした。 腕に抱えていたマリーが下ろしてとせがんでいることに気付いたグリフォードは、彼女を下ろし、 ベッドの傍にあるイスに腰を下ろした。
「ぼす――――
 グリフォードの腕から降りたマリーは、とてとてとて、と少し危なっかしい足取りでユキムラのベッドまで走ってくる。 するとマリーはイスに腰掛けているグリフォードに自分をベッドの上にあげてと頼み、 それが叶うと、ユキムラに抱きついた。
「よしよしよし」
 頭を撫でてやると、マリーは嬉しそうに笑い、もっともっととせがむ。
 それに応えてやっているユキムラと、きゃっきゃ笑っているマリーとを見つめながら、グリフォードが口を開いた。
「あれ以来べったりだな」
 グリフォードの言う、あれ以来、というのが、マリーが母親と住んでいた家とよく似た廃墟に『家』 出してしまった時からのことを言っているのだと気付いたユキムラは「そうだな」と返す。
 あの日からマリーは、まるでユキムラをママのように慕っていた。
「娘が一人増えたな、ママ」
 そう言ってアズマが笑っていた。
「いてッ」
 ユキムラの髪や頬を触っていたマリーが、怪我が癒えていない腕に触れてしまったらしい。痛みに顔をしかめたユキムラに、マリーが驚いた顔をしている。
 そんな彼女に、グリフォードが優しく言い聞かせる。
「マリー、腕は触っちゃだめだぞ?」
「はーい」
 良い子の返事をし、マリーはユキムラに「ごめんなさい」と舌っ足らずに謝っている。 愛らしいマリーに、ユキムラは親ばか状態だ。
 そんな二人の様子を、微笑ましくグリフォードが見守っていると、


 ドタドタドタドタドタ――・・!


 どこからともなく、騒々しい足音が耳に届いたかと思うと、唐突にドアが押し開かれる。 それはドアが外れてしまうのではないかという危惧を抱かせるほど、荒々しい来訪だった。
 驚いて視線を遣ると、そこには肩を激しく上下させているフォーラとファータがいた。 その目が何故か据わっていることに気付いたユキムラは眉をひそめる。
「な、なん――」
 何だと問おうとしたユキムラの言葉を遮ったのは、フォーラとファータ。しかもその台詞が、
「「フォーラとファータ、どっちが好き!!?」」
「・・・・・・・・・・・・は??」
 頭の中で踊り乱れる疑問符を制御できぬまま、ユキムラはこれでもかときょとんとしている。 そんなユキムラに、フォーラとファータの二人は焦れたように足を踏みならし言い募る。
「もう、はっきりしない男ね―――――
「どっちを愛してんのって訊いてんの―――――
 その台詞には、グリフォードも驚いた。
 が、更に驚いているのは他ならぬユキムラだ。
「あ・・・あ・・・あ・・・愛・・愛してって・・・そんなこと言われても
 まさにその通りだ。
 だが、フォーラとファータは納得しない。
「「どっち!!?」」
「いや、だから、どっちって・・・・
 どちらの方が好きかと問われても、フォーラもファータも、どちらも容姿は全く一緒なのだ。性格も同じ。
違う点といえば、名前と髪の長さ、ピアスの位置、センサーの位置、それだけだ。決められるわけがない。 だが、それではフォーラもファータも許してはくれないらしい。
「フォーラよね!?」
「ファータよね!?」
 ハモる声。ユキムラに注がれていた鋭い視線は、互いのライバルに移る。
「「む゛―――――― 」」
 バチバチバチバチッ!!
 と、火花の飛び散る音が聞こえてきそうな程はげしい視線を交わしているフォーラとファータに、 ユキムラとグリフォードは思い切り引く。
「こ・・怖ェ―――――
 ユキムラのお腹にぺったりとくっついているマリーはというと、 きょとんと大きな瞳を見開いてフォーラとファータを見つめている。
「フォーラよね!!?」
「ファータよね!!?」
「「どっち!!?」」
「ちょ、ちょっと待てって!」
 再び始まった詰問に、ユキムラが慌ててストップをかける。
「急にどうしたんだ!?」
 だが、そんなユキムラの言葉なんて何のその。フォーラとファータは、なおも問い続ける。
「「ねえ、どっちが好き!!?」」
「聞いちゃいねーよ ん?」
 うんざりと呟いたユキムラの服を、マリーが引っ張る。「どうした?」と視線をマリーにおとすと、
「すき―――」
「ん?」
「ぼす―――。マリー、すき―――??」
 愛らしく小首を傾げて問うてくるマリーに、ユキムラが答えに困ることはなかった。ぎゅっとマリーを抱き締めると、
「好きだぞ―――
 まさに親ばか。
「「あ」」
「あ」
 よしよしよしとマリーを撫でていたユキムラは、フォーラとファータの声に、 今、己がどんな状況に置かれているのかを思い出す。視線をマリーからフォーラ・ファータに戻すと、
「――!」
 凄まじい形相をしたフォーラとファータが居た。
 ヤバイ。
 そう思ったが、もう遅かった。
「「ボスの浮気者ぉぉぉ―――――――――――――――――――!!!!!」」
 怒号と共に、容赦のない張り手がユキムラの両の頬に炸裂したのだった。
 やって来たときと同様に、騒がしく退場したフォーラとファータの後に残ったのは、 頬を赤く腫らせたユキムラと、それを心配するマリー、そして、
「女心って複雑だよなー」
 と、呑気に呟くグリフォードだった。






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