苦痛に呻く少年の声と、ユキムラの紡ぐ震えた謝罪の言葉とが辺りを支配する中で、 ファータは茫然と立ち尽くしていた。ユキムラに振り払われた腕を胸に抱え、 ただ、茫然と立ち尽くすしかない。 いったい、何が起こったのだろうか。 助けを求めて視線を巡らせると、自分たちの方に駆けてくるアズマとユイ、グリフォードの姿が映る。 途端に襲ってきた安堵感に、足の力が抜け、ファータは地面に座り込んでしまった。 「おい、ユキ! どうした!?」 蹲っているユキムラの姿に、グリフォードが顔色を変える。 同じくアズマも表情を険しく変え、足を速めた。 ファータとユキムラの傍まで来て、ようやく三人はその惨状に気付く。 茫然としている血まみれのファータと、地面に顔を伏せて体を震わせているユキムラ。 そんな彼の後ろには、虫の息で、それでも辛うじて生きている血まみれの少年。少し 離れたところには、あり得ない方向に首を向け死んでいる小さな少年の姿があった。 「・・・・コレは、いったい」 目を瞠るアズマと、思わず口許を抑えるユイ。そんな中、いち早く動きを再開したのはグリフォードだった。 「ユキ! ユキ!? 何があったんだ!!?」 強引に彼の体を起こし、グリフォードは目を瞠った。彼も、血まみれだったからだ。 「どっか怪我したのか!!?」 「・・・・グリフ? グリフ!! 助けてやってくれ!!」 しばらく茫然と視線を漂わせていたユキムラだったが、目の前にいるのがグリフォードだと気付くと 、彼はグリフォードの腕を引いて、背後の少年の方に向き直る。 「この子を助けてくれ!!」 「・・ユキ?」 悲鳴にも似た声で訴えてくるユキムラに異常なものを感じつつも、彼自身に外傷はないよ うだと判断したグリフォードは、彼に言われたとおり、少年に視線を向ける。少年 の傷の具合を見つつ、グリフォードはアズマをチラリと一瞥する。 ユキムラたちの方は頼む、と、そういう事らしい。 立ち尽くしたままだったアズマも、ようやく体の自由を取り戻すと、視線を巡らせる。意外に もユイは自分よりも先に動きを再開していたらしい。地べたに座り込んでいるファータに何やら声をかけている 。ファータのことは彼女に任せておいて大丈夫だと判断したアズマは、グリフォードの隣で少年を見つめ ているユキムラの隣に膝をついた。 「おい、ユキムラ。いったい何があったんだ」 問うと、ユキムラがきつく唇を噛むのが分かった。アズマが咎める間もなく、唇を噛みしめ ていたユキムラの歯が、がちっと音を立てて彼の唇を裂いていた。 「ユキムラ!」 それでも唇を噛みしめる力を弱めようとしないユキムラに、アズマは慌てて彼の頬を両手で掴むと 、ぱしん! とその頬を打つ。それが功を奏したのか、ユキムラは血に濡れた唇を噛みしめるのを やめ、ようやくアズマの目を見た。 その時だった。不意に、背中からファータの声がかけられたのは。 「ボス。どうしてファータのコト褒めてくれないの?」 それは、悲しそうな声で。 「……ファータ。ゴメン…ゴメンな」 やはりユキムラには、謝ることしかできない。背中からかけられる声に、振り返ることさえも出来なかった 。それでもなお、謝り続ける。 「ボス? どうしたの?? 何処か痛いの? 胸? 悲しいの?」 辛そうに顔を歪めて謝り続けるユキムラに、ファータは困惑したように問う。 だが、彼から答えは返ってこない。返ってくるのは、ひたすら謝罪の言葉のみ。 (ファータがやったのか・・・) ファータの血にまみれた手と、服に散った返り血とに、アズマはこの惨状を創り出したのが彼女 であることを悟ると、ファータの隣で彼女の肩に手を添えて立っているユイに視線を遣った。 その視線と、彼の意図とに気付いたユイは、小さく首肯して見せたあと、ファータに優しく声をかける。 「…ファータ、先に帰りましょ?」 「え、でもボスが…」 様子のおかしいボスを置いてはいけないと首を振るファータに、アズマがユイの言葉を繰り返す。 「ファータ、コイツは俺がみてるから、先に帰っててくれ。な?」 「行きましょう、ファータ」 アズマとユイに同時に促され、ファータは観念したように頷く。けれど、そ の瞳は心配そうにユキムラに向けられたままだったが。 ユイに抱きかかえられるようにして『家』に帰っていくファータを見送っていたアズマは 、彼女らの姿が見えなくなった所で、再びユキムラに視線を戻す。 「……いったい何があったんだ、コレは」 静かに問うと、ようやく答えが返ってきた。 「オレの所為なんだ」 「ユキムラ?」 「オレが・・・オレが、この子たちを殺したんだッ!!!」 「ユキムラ!!」 これでは埒があかないと、アズマは思い切りユキムラの頬をはたく。 きつく握りしめていた拳は、ユキムラの頬を打つ前に解いていたので、乾いた音が響いただけだった。 「しっかりしろ!」 突然の衝撃によろめくユキムラの腕を支え、語気鋭く言う。 「…悪い」 ようやく、ユキムラも落ち着いたようだった。掠れてはいたが、いつも通りの彼の声で謝罪の言 葉が返ってきた。その事に安堵の溜息を零した時、少年を診ていたグリフォードが小さな声でユキ ムラを呼ぶのが聞こえた。 「ユキ」 その声に、ユキムラは少年の存在を思い出したらしい。すぐさまアズマから地面に横たわ っている少年へと視線を移す。 「グリフ! どうだ!? 助かるか!?」 祈りながら問うと、返ってきたのは、 「・・・ユキ、もう駄目だ」 「――――」 目の前が、また真っ暗になる。意識を手放してしまうのだろうかと、他人 事のように考える。だが、それは違ったようだ。次に気付くと、少年の小さな体に 覆い被さるようにして、彼を抱きしめていた。そして、知らずまた溢れるのは、 「ゴメンな。オレの所為なんだ。ゴメン」 きっともう少年の耳には届いていないだろう、無意味な謝罪。 「ゴメン」と、その言葉しか知らないかのように、何度も何度も繰り返すユキムラの姿に 、アズマもグリフォードも、辛そうに眉を寄せる。掠れた声で、それでも懸命に謝罪を繰り返 すユキムラのその姿は、哀れを誘う。 「・・・・ユキ。どけ」 唐突にユキムラの謝罪を遮ったのは、グリフォードの冷たい声と、ユキムラを少年の体 から引きはがす、声に反して優しい腕だった。ユキムラを少年から引きはがしたグリフォ ードは、ポケットの中を手で探ると、レーザーガンを取り出し、徐に少年に向けて構えた。 「グリフ!?」 何をするんだと目を瞠るユキムラに、グリフォードは辛そうに顔を歪めて言った。 「一思いに、死なせてやろう」 「………」 グリフォードのその言葉に、ユキムラは黙って彼を見つめ返していた。その表情からは、 賛成とも反対とも、どちらの答えも読みとることは出来なかった。そんな彼の瞳から視線を外した グリフォードは、レーザーガンのレベルを最大に設定すると、改めて少年の胸に照準を合わせ、構える。 だが、そのレーザーガンが少年を貫くことはなかった。 「…ユキ?」 ユキムラの手が、グリフォードの持つレーザーガンを掴んでいた。 訝るグリフォードの手からレーザーガンを己の手中に収めたユキムラは、 彼がそうしていたようにレーザーガンを少年の胸に向けた。 「ユキ?」 「グリフ。オレが・・・やる」 「え?」 「オレがやる」 はっきりと、言い切った。 けれど、レーザーガンを持つその腕は、小刻みに震えている。 「ゴメンな。ホントに」 同じく、震える声。 「ゴメン」 引き金に力を込めると、次の瞬間、少年の体が僅かに跳ね上がったかと思うと、 静かになった。苦しそうな呼吸の音も、もう聞こえない。苦しい息の元で、弟の名を呼ぶその声も。 大きく息を吐いた後、ユキムラは徐に少年の小さな体を両腕で抱き上げる。 いったい何処に向かうのかと慌ててアズマとグリフォードが後を追うと、ユキムラは 少し離れたところで冷たくなっている、小さな死体の傍でその歩みを止めた。 ずっと、死の間際まで弟の名を呼んでいた少年を、せめて弟の傍に寝かせてやりたかった。 少年の体をそっと弟の隣に横たえたユキムラは、立ち上がり二人をじっと見下ろしていた。 もう、謝罪の言葉を口にすることもない。ただ立ち尽くしたまま、二人の少年を見下ろしている。 「・・・銃、かせ」 ユキムラの手に握られたままだったグリフォードのレーザーガンを、ア ズマは凍り付いたように強張っている彼の指からそっと奪う。あのままレーザーガンを持た せておいたら、自殺でもしてしまうのではないかという危惧をアズマが抱くほど、ユキ ムラは悲痛な面持ちで少年たちを見つめていたからだ。 その頬に、涙が伝う。 先程まで取り乱していた彼が、今は、静かだ。静かすぎる。声も上げず、ただ、静かに涙を零す。 それは、とても悲しい泣き方だった。 まだ、声を上げて泣いてくれた方が、見ている方としてはどれだけ楽だったか。 声も上げず、ただ涙を零すユキムラに、グリフォードは彼の頭を抱き寄せる。 「泣くな、ユキ」 ユキムラは、黙って涙を流し続けた。 そのまま、次第に自分を飲み込んでいく闇に、抗うことなく身を委ねる。 労るように頭を撫でるグリフォードの手の温かさ。頬を伝う涙は、痛いくらいに冷たい。 闇に飲まれいく中で、それ以外、何も覚えていなかった。 |