ユイに教えられた付近までやってきたユキムラは、自分の手をぎゅっと握っているファータの手を外させた。
 cityの南端、ユイの言っていたその場所に、一人の少年が立っていた。じっと、こちらを見つめている。
「どうしたの?」と視線で問うてくるファータに、ユキムラは真正面から視線を合わせる。
「ファータ。オマエはココで待ってろ」
 その言葉と、チラリとユキムラが遣った視線の先を見て、ファータの表情が険しくなった。
「だって、あの子、銃を持ってるんでしょう?」
 どうやら自分たちの話を聞いていたらしい。そこでユキムラは思い出す。
(そっか。聞こえるんだったな)
 ファータとフォーラはHomicide machineド ー ル。 5q先でコインが落ちた音でさえ聞くことができるのだ。自分たちの会話など筒抜けだったのかも知れない。
 ますます手をきつく握ってくるファータに、「しまったな」と頭をかく。生憎と、ファータは物を食さない。 ユイが用意してくれた餌付け用の食べ物も、彼女には通用しない。どうしたものかと溜息をついたあと、ユキ ムラは心配そうに表情を曇らせるファータの頭を撫でて言った。
「大丈夫だから。良い子にしててくれ。な?」
 安心させるように、ファータの肩をポンポンと叩く。
「……」
 それに安心したのか、それとも、どうしても自分を連れて行ってくれそうにないユキムラに拗ねてしまったのか、 ファータはもう何も言わなかった。
 てっきり「ファータも行く!!」と大いに駄々をこねるのではないかと心配していたユキムラは安堵する。
「じゃあ、行ってくるな?」
「……」
 その言葉に、ファータは答えなかったが、歩き出したユキムラの後を追おうともしなかった。 拗ねているのだろうか。だが、今はファータのご機嫌をとるよりも、先にあの少年の方をどうにかしなくてはならない。 苦笑を洩らした後、ユキムラは再度ファータに「行ってくる」と声をかけ、歩き始めた。 首だけ振り返ると、ファータがちょうど口を開いたところだった。
「行ってらっしゃい」とでも言ったのだろう。小さすぎてユキムラには聞こえなかったが、彼は別段気にも止めなかった。


 ――――インプット完了。missionを実行します。


 あの時、聞き返していれば。
 そんな後悔を抱くのは、それからすぐのことだった。


 ファータから視線を外し、少年に向ける。
 少年は、自分の方に真っ直ぐ向かってくる男を、唇の端をぎゅっと結んで睨んでいる。 警戒しているらしい。そんな彼の手にはレーザーガンではなく、小さなナイフが握られていた。
 少年の様子を冷静に分析しながら、ユキムラは少年から4、5メートル離れた辺りで歩みを止める。
「何処の子だ? どっかのグループから抜けてきたのか?」
 驚かせないよう、なるべく優しい口調で声をかけたのだが、少年は途端にナイフを向けてきた。
「うるさい! いいから、金を出せ!!」
 ユイに聞いたとおりだ。いきなり金、だ。ユキムラはユイがしたように、素直に答えることにした。
「悪いけど、持ってないんだ」
「だったらもってこい!!」
 もっともな意見だが、きいてやる気はない。ユキムラはそんな少年の言葉はサラリと流すことにして問う。 そのまま一気に用件まで言ってのけた。
「なんだ? 腹へってるのか? だったらやるよ。あ、そうだ。ちょうど飯時だし、一緒に食おう。 来いよ。オレがこのcityのグループのリーダーだ。オレが来いって言ってんだから、来いよ」
 ユキムラらしい言い方ではあるが、最後の命令口調はマイナスポイントだ。だが、そんなことよりも、 少年は違う部分が気になったらしい。
「アンタがリーダー!?」
 そこだった。
 やはり、グループをまとめるリーダーが、ユキムラのように若いとは思っていなかったらしい。
 一瞬、少年は、先ほど会ったユイが、ここは子供たちだけのcityだと言ったその言葉を信じかけたようだった。 視線が大きく揺れ、ナイフを下ろしかける。
 だが、
「・・そ、そんな事言って、おれたちを騙すつもりなんだろ!!?」
 少年はユキムラの言葉を信じようとはしなかった。
 そのことに落胆を覚えるよりも先に、ユキムラは少年の言葉に首を傾げていた。
(…おれたち? ドッカにまだいるのか?)
 彼に気付かれないように、さっと視線を辺りに巡らせる。だが、その視界に目の前の少年以外の人間は映らない。 ただ単に少年の言い間違いだったのだろうか。
「オマエみたいなチビ騙したって何にもならないだろ。大丈夫だ。信じてくれ」
 未だ疑問を拭いきれぬままだったが、それでもユキムラは優しい口調のまま、少年に語りかける。
 だが、少年も頑固だった。
「信じられるもんか!大人なんて信じられるもんか!」
「オレだってまだ10代だぞ? 大丈夫だって。ここのcityにいるのはみんな子供だ。 何だったら、一緒に暮らさないか? 一人で生きていくの大変だろ? な。そうしよう。一緒に暮らそう。な?」
「うるさい! 金を出せ」
 振り出しに戻ってしまった。余程、人間のことを信用していないらしい。
「いや、だから今持ってないって」
 堂々巡りだ。開き直って持っていないを連発するユキムラに、少年は焦れてしまったようだった。
「子供だからってなめんなよ!」
 未だその少年では様にならない台詞だった。一瞬、微笑ましさを感じたユキムラだったが、 そんな悠長に構えているわけにもいかなくなった。
「あ、おい!」
「わ――――――!!」
 声を上げ、少年がナイフを振りかざして向かってきたのだ。
 難なく、突き出されたナイフを避ける。次の攻撃も避けた。 攻撃のパターンが素直すぎるのだ。再び突き出されたナイフを避け、ユキムラは少年の腕を取った。
「やめろ、危ないって。そんなモン振り回してたらお前が怪我するぞ」
「は、放せよ!」
 ユキムラに腕を捕らえられた少年は、その腕から逃れようと必死で暴れている。その瞳に宿るのは、恐怖心。
 そのことに気付いたユキムラは、少年の瞳を正面から捕らえると、優しく笑ってみせる。 小さな子供を相手にする時のように。
「放してやるよ。でも、先にナイフを放してくれないか? な?」
 ユキムラの笑顔が功を奏したのか、少年が僅かに警戒心を解いたのが分かった。 その証拠に、ユキムラの腕を引きはがそうと暴れる力がゆるまる。更に、少年の口から出てきた言葉も、 先ほどまでの勢いを失っている。
「…そう言って、攻撃するんだろ」
 拗ねたような口調でもある。
 そんな少年の、子供らしい反応に、ユキムラは自然と笑みを零していた。小さく笑ったあと口を開いた。
「しない。大丈夫だから、な?」
「………」
 少年の瞳が揺れる。ユキムラの穏やかな微笑みに、その言葉を信じたようだった。 しめたとユキムラが思った矢先、思わぬ介入者が現れた。
「兄ちゃんを放せ!」
 突然、近くの建物から、目の前の少年よりも更に幼い男の子が飛び出してきたのだ。 少年を兄ちゃんと呼んでいるところからして、兄弟だろうか。 もしかしたら血は繋がっていないかも知れないが。昨今、そんな兄弟も珍しくない。
(…この子のことか)
 先程、少年がおれたちと言ったが、それはこの子を含めての事だったようだ。
 男の子はその手に明らかに余っているレーザーガンを持ち、ユキムラに向けている。 男の子の小さな手には重すぎるのだろうか、それとも、レーザーガンの恐ろしさをしっているのだろうか、 その手は震えている。
 そのことに気付き、おそらく男の子も撃ってはこないだろうと判断したユキムラは何ら慌てることなく、 少年に視線を戻す。
「ホラ。弟も出てきたし、オレに勝ち目なんてないから、攻撃なんてしない」
「ほ、ホントだな?」
「約束するよ」
 ユキムラの言葉に、少年は今度こそ信用したようだった。ユキムラの言ったとおり、ナイフを放した。
 少年の手から落ちたナイフが地面に落ちる。カンと金属音が響く。
 少し離れたところで兄と見知らぬ男との様子を見守っていた男の子には、 事態が上手く飲み込めていなかったらしい。
「兄ちゃんを放せってば!」
 なお、ユキムラにレーザーガンを向けたままでいる。それを兄が咎めるよりも先に、 少年の腕を解放したユキムラが男の子に声をかけた。
「おい―――」
 分かったから銃を下ろしてくれ。その言葉が、最後まで紡がれる事はなかった。 突然自分に向かって声が駆けられた事に驚いたのだろう、びくっと体を強張らせた少年の指が、 レーザーガンの引き金を引いていたから。
 光速で空気を伝うレーザーから逃れる術などない。
「――ッ!!」
 胸部に走った鋭い痛みと、体中を固い地面に打ち付ける痛みとがほぼ同時に襲ってきた。 そこでようやく自分が撃たれたのだということにユキムラは気付く。だが、それももう遅かった。




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