「ちょっと、ユイー」
 子供たちのおままごとに付き合ってやっていたユイは、背後からかけられた声に首を巡らせる。 そこには同年代の少女がいた。スカイだ。
「良く来てくれたわ…ッ!」
 そう言ってスカイを迎えるユイの表情はいやに明るい。
 実のところ、おままごとには飽き飽きしていたのだ。しかも役柄が“嫁をいびる小姑”なんて妙にリアルで、 イヤ〜なものだったから、尚更このおままごとをさっさと切り上げてしまいたかったのだ。 そんなユイからしてみれば、おままごとに介入してきてくれたスカイは神様だった。
「ちょっとごめんねー」
 と、子供たちに一応断る。
「え〜、ダメだよ〜」
「どこいくのおばぁちゃーん」
 などと文句をたれる子供たちは無視。断固無視。
「どうしたの?」
「それがねー、どっか他のグループの子供がcityに入り込んでるみたいなの」
「そのこと、ボスには?」
「ううん。まだ。ボスもアズマさんもいないのよ」
(あんのヤロー、どこほっつき歩いてるんだい)
 思わず、ままごとのキャラのまま思考が巡る。それを払拭したのはスカイの言葉だった。
「それに、あたしも見たわけじゃないのよ。外で遊んでた子が、知らない子がいたって」
「ふーん。どこ?」
「cityの南端の方。…もしかしなくても行くつもり?」
「ええ。大丈夫よ。ちょっと様子見てくるだけよ。子供でしょ?」
「まあ、そうだけど。ボスに言ってからの方が良くない??」
「大丈夫よ。一応、銃も持って行くし。スカイはこのこと、ボスに報告してくれない?」
「…分かった。でも、無茶はなしよ」
「分かってるわ」
 そう言ってユイが足を向けたのは調理場だった。それを見たスカイが目を瞬く。
「ユイ? どこ行ってんの??」
「んー。ちょっと、食べ物でも持っていこうかと思って」
 そのユイに言葉に、スカイは彼女の意図を悟ったらしい。
「成程。餌付け??」
「ご名答♪」
 子供の扱いには慣れている。ここはユイに任せて大丈夫だろうとスカイは踵を返した。ボスを捜すために。


 スカイから言われたとおり、cityの南端にやって来たユイは、難なく彼女の言っていた 知らない子≠見つけ出すことが出来た。逆に、向こうから出迎えてくれたと言っても過言ではない。ただ、 その手に握られた銃がきっちりと自分に向けられているあたり、「大歓迎!」ではないようだが。
 何処に隠れていたのだろう。いつの間にか自分の真横、小さな瓦礫の山の上に、一人の少年が立っていた。 ユイをじっと見つめている。その瞳に浮かぶのは、子供らしい好奇心の光ではなかった。 ギラギラと鋭い、けれどいっぱいの不安を讃えた大きな瞳。
 年の頃は、十を幾つも過ぎていないだろう。その未だ小さな手には、取り落とさない様にしっかりとレ ーザーガンが握られている。その照準は、震えながらもユイにピッタリと向けられたままだ。
「…こんにちは」
 ユイは向けられた銃に怯むことなく、少年の方に歩みを向けた。 穏やかな声で呼びかけ、その面にも、同様に穏やかな笑みを浮かべて見せる。
 美少女に微笑まれて心を許さない人間は、なかなかいない。
 ユイの思惑通り、少年は僅かに警戒心を緩めたようだった。ぴんと張っていた腕の力が緩められる。
 レーザーガンの照準から自分が外されたことを悟ったユイは心の中で「よし」とガッツポーズをかましていた。 あの少年の手つきからして、銃の扱いには慣れていないようだ。 それならば、勝機は十分すぎるほどにある。照準が自分から外された今の状態でならば、 引き金を引こうとしても、己の方が早く彼に向けてレーザーガンを放つことができるだろう。 そうした自負が彼女の中にはあった。
 微笑みを浮かべたまま、ユイはゆっくりと少年の方に歩んでいく。
 だが、
「あなた、何処から――」
「来るな!」
 当然ながら、少年の警戒心は、完全には解かれていなかったようだ。
 それ以上近寄るなと、再び銃を持つ少年の腕に力が込められたのを見て、 ユイは降参のしるしに、両手を上げてみせる。
「分かったわ。ここから動かない」
 そんなユイの行動に、少年がほっと息をついたのが分かった。
 少年はまだ幼い。自分の感情を相手に読みとられていることにすら気付かないほどに。
(さて、どうしようかしら…)
 これからどうしたものかと考えを巡らせ始めたユイに、少年が小さな声で言った。
「金、出せ」
「…金??」
 いきなりの要求に、ユイは鸚鵡返しに訊ね返す。まさか、いきなり金をせびってくるとは思わなかったのだ。
 これまたどうしたものかと黙っていると、少年は焦れたように唇を尖らせて言った。
「出せよ!」
 出せと言われても、あいにくと金を持ち合わせていない。
 ユイは正直に答えることにして口を開いた。
「ごめんなさい。あいにくお金は持ってないの。でも、これならあげるわ」
 言ってユイが差し出したのは、『家』から持ってきた幾つかのパン。餌付け用の食料だ。
 ユイが差し出した袋に一瞬警戒の色を濃くした少年だったが、ユイが袋の口を開けて見せ、 中身が食べ物であることを確認した途端、頬を緩めた。 余程、腹が空いているらしい。だが、それでも、レーザーガンをおろすことはない。
「……そこに置け」
「分かったわ」
 用心深い少年の言葉に従い、ユイは彼が指し示した場所にパンを置いた。
 瓦礫の山から小走りに下りてきた少年は、それをさっと手に取る。だが、 ユイの前で口をつけることはしなかった。大事そうに小脇に抱え 、再び瓦礫の山に戻る。その際に、ユイに背中を向けていたのだが、 少年はまるでそのことに頓着していない。
(…スキ、ありまくりね)
 やはりまだ子供だ。そのことに微笑ましさを覚えつつ、ユイは、瓦礫の山に登り切った少年に声をかけた。
 もう両手をあげることはやめていたが、少年はそれを咎めなかった。
「あなた、何処から来たの? 他のFall city? それとも首都都市メインシティーから?」
「……アンタには関係ない」
 普段のユイならば、「年上の人間に向かってその口の利き方はないでしょー!!?」 と怒鳴り散らすのだが、今は勘弁してやる。ここで彼にこれ以上警戒心を持たれても困る。 レーザーガンを使われてはもっと困る。
 ユイが心配しているのは、自分の身ではなかった。
 むしろ、少年の身の方を案じていた。もしも彼が銃を自分に向け放ったとなれば、 応戦するだろう。そしてきっと、少年に怪我を負わせてしまう。 そのことを案じていたのだ。過信するつもりはないが、自分の銃の腕がどれ程かは知っているつもりだった。
 だが、ユイの心配は杞憂に終わりそうだった。 少年に、自分を傷付けるつもりはないらしい。レーザーガンを持ってはいるが、 こちらに向けるのはやめている。それを認めてから、ユイは一歩彼に近づいて言った。
「一人なの?」
「…」
 少年は答えない。一瞬、視線を泳がせた。返答に迷うような仕種だった。
 そのことに疑問を抱きつつも、ユイはそれ以上少年に問うことはせず、言葉を続けた。
「だったら、このcityに住めばいいわ」
「…」
 ユイのその言葉に、少年は驚いたようだった。まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったらしい。
 それも当然だろう。ほとんどのcity、ほとんどのグループは、余所者を歓迎しない。この少年たちも、 どこのcity、どこのグループにも入ることが出来ず、色々な場所を転々としてきたのだろう。
 驚きからさめた少年は、再びその面に警戒の色を浮かべた。ユイの言葉に、 何かウラがあるのではないかと思ったのだろう。それを見て取ったユイは、 ますます優しい微笑みを彼に向け、言葉を紡ぐ。
「ここは、子供しかいないグループのcityなの。だから、あなただってすぐに馴染めるわ。 だから、ここで一緒に住みましょうよ」
「…嘘だ」
「嘘じゃないわ。本当よ。本当に、難しい決まりもないの。 他のグループとは違うわ。だから、遠慮しなくても良いのよ?」
「…」
 ね? と優しく問いかけると、少年は再び視線を泳がせ、黙り込んでしまった。 ユイの言葉を信じてもいいものかどうか、迷っているようだ。
 だが、あと一押しだとユイは感じていた。少年は意識していなかっただろうが、 いつの間にか、レーザーガンを持った腕が、完全に下ろされていたから。
「私からボスに言ってあげるわ。だから、一緒に行きましょう?」
「…」
 精一杯、心を込めて言ったつもりだった。だが、
「あ!」
 少年はユイに背を向け、駆けて行ってしまった。
「失敗、か」
 ユイは、溜息を洩らす。
 どうやらあの少年は、人に対して相当に不信感を募らせているらしい。
 それも仕方のないことだろう。今の時代、あんな幼い少年が一人で生きて行くには、世の中は厳しすぎる。
 身寄りのない少年に、未だ孤児に対する保護政策が確立していない首都都市メインシティー での暮らしはあり得ない。かと言って、Fall cityで、新たにグループに所属することも難しいだろう。
 最近のグループは、保守的になっている。次々とグループが生まれては消えていたGg戦ジージーせん 終結直後とは違う。今残るグループは確固たるものとなり、 もう新たにメンバーを必要としていないのだ。むしろ、その逆とも言える。グループを荒らされては困ると、 新たなメンバー入れることを嫌う傾向にあると言っても過言ではない。 そんな中に入っていく勇気など、幼い少年にはなかったのだろう。 だから、ああして使い慣れないレーザーガンを振りかざし、金をせびっては日々、命を繋いでいるのだ。
 だから、このcityに呼んだ。
 このcity、そしてこのグループには、他のグループにあって然るべき厳しい掟など、 存在もしない。それは、このグループが少数であること。そして何より、その構成員のほとんどが、 幼い子供であることに起因する。
 古い言葉で言う下克上など存在しないし、グループ内部での抗争も起こることは考えられない。 自分たちと同じ、未だ少年の域を出ないリーダーを中心に、彼一人の手ではなく、皆一人一人がcityを守り、 メンバーを守りあっている。リーダーによる独裁制がないのが、このcityが平穏たる要因かも知れない。 独裁制がないどころか、どこか頼りなささえも感じさせる我らがリーダーならば、 あの少年たちも快く迎えてくれるだろうと思って誘ったのだが、成功しなかった。 信じられないのだろう。このcityが何の柵もない、子供だけのcityだという言葉が。
「…ま、いっか」
 追いかけようかとも思ったのだが、それをしたところで一度玉砕してしまった自分ではもうどうにもならないだろう。 ユイは諦めて踵を返したのだった。




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