ある日の午後。
 暇を持て余したトーラ、クレア、フォーラ、ファータのチビ組年長者4人は、 特にすることもなくC−cityをぶらぶらと歩いていた。
 先日は、アズマの思い人―思い切り勘違いだったが―捜しという超ビッグなイベントがあったのだが、 今日は何もない。究極に暇だ。
 燦々と照りつける太陽の所為だろうか、いつも外で駆け回っているおチビちゃんたちの姿はない。 『家』でおとなしく遊んでいるのか、もしくは、どこかの建物の中でおままごとにでも興じているのかもしれない。
「誰もいないねー」
「「いなーいねー」」
 つまんないーという言葉も吐き飽きた。トーラが周囲に視線を走らせた後、 言葉を換えて不満を吐き出す。それに続くのは、同様に「つまんないー」をふんだんに盛 り込んだダル〜イお答え。フォーラとファータからである。
 クレアはというと、もう「つまんないー」も出てこないらしい。暑さと暇さとに辟易して しまったのか、ずっと口を噤んだままでいた。その彼女の目は据わってい る。ので、トーラもフォーラもファータも、彼女には声をかけない。
 いつもならば、ボスに「遊んで〜!!」と訴えに行くのだが、今はそれもできない。 彼は彼で遊びたくてうずうずしているのだろうが、周り―主にアズマ―がそれを許さないのである。 先日のマリーの件で足を痛めているユキムラは、アズマ監視の下、今は『家』でおとなしくしていた。
 ボスはダメだ。更に、いつもなら率先して自分たちの相手をしてくれるグリフォードも、今日は不在だ。 オーディーとともに、首都都市メインシティーにバイクの部品を買いに行っているらしい。
「「暇ー」」
「暇だねー」
 歩くことも面倒臭くなったのか、太陽で暖められた地面の上にペタンと座り 込んだフォーラとファータに倣い、トーラも腰を下ろす。彼の隣に、クレアも無言で腰を下ろした。
 会話もなく、4人は無言で空を見上げる。
 そのまま、時間はゆっくりゆっくりと流れていく。
 C−cityの住民たちは、暇ではあるけれども、決してこの時間が嫌いなわけではない。 特にチビ組に属さない―つまりは14、5の―少年少女たちはそうだ。 彼女らは、こうして何も考えずに空を見上げる事のできない時代を生きてきた。 常に何かから逃げて生きてきたのだ。
 戦争が終わってからもそうだ。 cityに混在していたグループ間での戦い。グループが一つに統合されてからは、 近隣のFall cityとの抗争。こうして暇な時間ができたのは、とても 幸せなことである。そのことを少年たちは知っている。だから、暇を厭わないのだ。
 だが、戦後に生まれ、グループが統合されてからこのcityにやってきたチビ組の子 供たちは時間が飛ぶようにすぎていった時代を知らない。もしくは覚えていない。 だからだろうか、暇な時間は退屈で仕方がないらしい。
「あー」
 暇だーと続く予定だったトーラの呟きは、唐突に隣からあがった声に掻き消されることになった。
「あ!!!」
「え!?」
 唐突に声を上げたかと思うと、これまた唐突に自分の隣から立ち上がり駆けだしていくクレアに、トーラは驚く。
「どうしたの、クレア!!?」
「「クレアちゃん!!?」」
 引き止めるトーラとフォーラ、ファータの声が聞こえなかったのか、クレアが足を止めることはなかった。 弾丸のような早さで駆けていってしまった。
「………何? アレ」
「「さ、さあ」」
 3人は呆然とクレアの背を見送る。
 と、彼女が向かっている先に目を遣ったトーラは気付く。そこに、2人、小さな子供がいる事に。
 歳は七つ八つくらいだろうか。勿論、C−cityの子供だ。
「…ユートとシンイチ? って、アレは…!!」
 クレアの向かう先にいる子供たちが誰なのかを悟ったと同時に、クレアと同様に顔色を変えてトーラも駆け出す。
「え!? ちょっとー!!?」
「トーラくん!?」
 クレアに続いて、トーラにも完全に置いてけぼりにされたフォーラとファータは困ったように顔を見合わせた後、 そろって二人の後を追って駆けだした。
「コラ、アンタたち何やってるの!!」
「いたいッ」
 子供たちの所まで行ったクレアは、どうしたの? と首を傾げる子供たちに、 開口一番怒鳴りつけた。そして更に、ユートの手を容赦なくはたく。
 そんなユートの手から、彼の手には余る、大きな鉄の塊が音を立てて地面に落ちた。
 手を叩かれたユートよりも、それを目の前で見ていたシンイチの方が驚いたらしい。 目を丸くしてクレアを見ている。
 一方、ユートはと言うと、
「なんで叩くの!?」
 クレアに叩かれた手を握りしめながらも、涙目で反抗してきた。
「なんでも何もないわよ!」
 と、クレアが再度怒鳴ったところで、トーラが三人のもとに到着した。 クレアにもの凄い剣幕で怒鳴られ、今にも泣き出しそうな二人のフォローに回る前に、 トーラはユートの手から落ちた鉄の塊を手にとった。そして、すぐさまその表情を険しく変える。
「……やっぱり、レーザーガン」
 ユートが手にしていたのは、本物のレーザーガンだった。
 クレアは、ユートがレーザーガンをシンイチに向けているのを見つけて駆け出したのだ。
 続いてトーラが駆け出した時には、ユートとシンイチは、レーザーガンの取り合いをしていた。 その銃口が、ユートに向けられたり、シンイチに向けられている様子に、トーラは心底驚いた。
 戦争が終わってから生まれ、このC−cityで守られて育った彼らは、そのレーザーガンがどん なに恐ろしいものか知らず、オモチャにして遊んでいたらしい。
 トーラは手にしたレーザーガンを一通り観察した後、ホッと安堵の溜息を洩らす。
 そのレーザーガンには、ロックがかかっていた。この状態では、引き金を引いても何も 起こらない。レベルも、最低レベル。体に僅かに痺れを与える程度の設定になっていた。
 だが、それはたまたまだ。たまたまロックがかかっていただけ。もしかしたら、たまたまこ の子たちがロックを外してしまっていたかもしれない。そう考えるとトーラの表情は自然と険しくなる。 だが、それを抑え、トーラは泣きそうな顔をしている二人になるべく優しく声をかけた。
「コレ、どうしたの?」
 自分たちが持っていた鉄の塊を手にするなり、表情を険しくして黙り込んでいたトーラに、 もしかしたら彼にも怒られるのではないかと今にも泣きそうになっていた二人だったが、 トーラのいつも通りの口調に、ぐすんと鼻をすすっただけで、泣き出す事はなかった。
 目尻に溜まった涙を手の甲でゴシゴシと拭いつつ、シンイチが答える。
「ユートくんが持ってきたの」
 シンイチの答えに、トーラは視線をユートに移す。
「ユート。何処にあったの? コレ」
「落ちてた、ソコに」
 言って彼がその小さな指で指し示したのは、崩れかかったビルだった。
 それを見たクレアが、トーラが止める間もなくまた声を上げる。
「アンタたち、崩れかかってる建物には入っちゃ駄目だって言ったでしょ―――がッ!!?」
 ちょうどその時、ようやく四人の所までやってきたフォーラとファータは、声を張り上げて 怒鳴るクレアの剣幕に、「「どうしたの?」」と声をかけるタイミングを逃してしまった。 今声をかけては自分たちもとばっちりをくらいそうだと、一歩彼女から離れる。
「まあまあ、クレア〜」
 思い切り逃げ腰なフォーラとファータとは逆に、烈火の如く怒っているクレアを宥めにいくのはトーラ。 いつもはクレアの尻に敷かれている感の強いトーラなのだが、実はなかなかに逞しい性格をしているのだと いう事を知る。と同時に、クレアの事は彼に任せようと、フォーラとファータは傍観者を決め込んで口を噤んだ。
「そんな怒鳴らなくても―――」
「いーい? コレは銃なの。オモチャじゃないのよ!?」
 トーラの言葉じりを奪って、クレアは更に子供たちに言い募る。
「アンタたちが持っていいものじゃないの! それくらい分かるでしょ!? しかも人に向けるなんて・・・何考えてるのよ!?」
「クレア!」
 咎めるように名前を呼ばれ、さすがにクレアも言いすぎたと感じたのか、おとなしく口を閉ざした。
 それを見て、先程から一方的に怒鳴られてばかりだったユートが、クレアの剣幕に怯えつつ、それでも唇 を尖らせて言い返してくる。
「でも、コレ、ボスやお兄ちゃんたちも持ってるじゃん。なんでオレたちはダメなのさ」
「バカね〜、コレは―――!」
「クレア!」
 再び声を荒げようとするクレアを制し、トーラは手にしたレーザーガンをユート とシンイチに見せながら言った。
「あのね、確かにボスたちもコレを持ってるけど、それはボクたちを守るためなんだよ」
「僕たちを??」
 涙に濡れた瞳をパチパチと瞬かせ繰り返したシンイチに、トーラは頷いてみせる。
「そう。外から悪い人が来たとき、ボクたちを守るために、ボスたちはレーザーガンを持ってるんだよ」
「おれたちは持っちゃだめなの?」
「そうだよ。コレはとても危ないんだ。戦争の時にはね、コ レでたくさんの人が死んだんだよ? だからコレは、友達に向けちゃ絶対に駄目なんだ。分かる?」
 二人は顔を見合わせた後、再び泣きそうに顔を歪めたユートが、トーラに訊ねる。
「おれたち、わるいことしたの?」
 それに答えたのは訊ねられたトーラではなく、クレアだった。
「そうよ。下手したら二人とも死んでたかもしれないのよ!?」
「う〜」
 そんなクレアの叱咤に、ユートは唇をへの字に曲げる。
「もう、クレア〜!」
 クレアを咎めた後、二人のフォローに回ろうとしたトーラだったが、どうやら手遅れだったらしい。
「うわ〜ん、ごめんなさ〜い!」
「ごめんなさ〜い」
 とうとう二人は泣き出してしまった。
 クレアに怒鳴られたからではない。自分たちが悪い事をしていたのだという事に気付たからだった。
 ふん。と腕を組んでそっぽを向くクレアと、対照的に二人をあやしにかかるトーラ。
「ああああ、いいんだよ、泣かなくて。悪い事だって分かったよね? もうしないよね? 今度見つけたら、すぐにボクたちかお兄ちゃんたちに言うんだよ?」
 泣きながら、二人は大きく頷く。
 出来る事ならば、頷くだけでなく、泣きやんでも欲しかったのだが、その願いは伝わらなかったらしい。
「だったらいいんだよ。だから、泣かないで、ネ?」
 それでも泣きやまないユートとシンイチに、クレアが大き く溜息をついて二人の方に向き直った。
「びーびーびーびー泣かない!!!」
 と、また二人を怒鳴りつけてさらに泣かせてしまうのではないかという危惧を抱いたトーラが、 彼女に声をかけようとクレアに視線を遣る。だが、やめた。彼女の顔から、先程 までの怒りが払われているのを見たからだった。
「もう、怒ってないから、いつまでもぐずぐず泣いてないで、ほら、しゃきっとしなさい。ね」
 ずっと自分たちを怒鳴りつけていたクレアの優しい言葉に、ようやく二人の泣き声がやむ。 まだその瞳からは涙が溢れてはいるが、すぐにそれもとまるだろう。
 トーラはホッと息をつくと、涙に濡れた二人の手を取る。
「じゃ、帰ろうか。コレ、ボスに渡しに行こうね」
 二人が頷いたのを確認してから、トーラはクレアとフォーラ、 ファータにも「行こう」と声をかけ、歩き始める。
 頬と目尻に残る涙をゴシゴシと拭っているシンイチに、 あんまり擦っちゃダメだよ〜と声をかけつつ歩いていくトーラの後ろでは、女衆 だけの会話が展開され始めていた。
 それはまず、ドキドキハラハラ、互いの手を握りつつ一切合切をただ見守っていたフォー ラとファータの感想から始まった。その感想というのが、ユキムラが聞けば、また自 分の教育方針について頭を抱えなくてはならないだろう事請け合いなものだった。
「「……クレア、カッコイイ〜」」
 いったいどの辺を見てそう感じたのだろうか。彼女は怒鳴ってしかいない。
 ………そこ? やっぱりそこなの!!?
 と、心の中で強烈につっこむのは、彼女らの前を歩いているトーラだ。
「ふふふ。それほどでもないわよ〜」
 ふふん。と胸を張りつつもお決まりの謙遜を口にしてみせるクレアに、フォーラとファータは繰り返した。
「「すっごくカッコイイ!!」」
 それに気をよくしたらしいクレアが、フォーラとファータに子供たち との接し方についての講義を始めるのをトーラは溜息を洩らしつつ聞いていた。
(……いつ止めよう)
 きっと彼女のご高説は、あまりためにはならないだろう。むしろ、聞かせてはいけないものだろうとトーラは悟っていた。
「いーい、フォーラ、ファータ。チビたちにはね、いつだって強気な態度で臨まなくちゃダメなの!」
「「ふむふむ」」
「怒るときはしっかり怒る。時には手を上げてもオッケー。 ちょっとは痛い目みないとわからないんだから」
「「成程!」」
 もう限界だ。
 トーラは握っていた子供たちの手を放し、「ちょっと待っててね」と声をかけ る。二人の返事を待つ間も惜しみ、すぐさま踵を返したトーラは、クレアの前 からフォーラとファータを攫う。十分にクレアから距離をとったトーラ は「え?」「何?」と首を傾げている二人の耳元で言った。
 その声は、真剣そのものだった。
「お願いだから、クレアだけは見習っちゃ駄目だよ? ボクがボスに怒られるんだから」
 だがしかーし、それを聞き逃してしまうクレアさんではない。
「な〜んですって〜? トーラ?」
 優し〜く耳元で問われる。
 いつの間にかトーラの背後にスタンバイしていたらしいクレアに、トーラ はゾゾゾゾゾ〜ともの凄い速さで背筋を駆け抜けていく悪寒を感じていた。 それを引きつった笑顔で懸命に誤魔化しつつ、トーラは精一杯微笑んで答えた。
「…………な、何でもないデース。クレア様




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