猛ダッシュでユキムラの部屋に向かった4人は、静かに扉を押し開き、中を覗き見る。 そこには眠っているのか、ベッドの上で横になっているユキムラがいた。その他に、 人の姿はない。もしかしたらアズマがいるのではないかと危惧していた4人はほっと安堵の溜息を 洩らしたあと、大きく扉を開け放った。
「「「「ボス!!」」」」
「ぅおわァ!」
 部屋中に響いた高い声に、ユキムラは驚いて体を起こす。
「び、ビックリしたァ。何だよ、急に」
 ドキドキと早鐘をうっている胸をなでつけながら問うと、
「ボスに訊きたいことがあるの!」
 と、クレアがベッドに身を乗り出してきた。
 その勢いにまたドキドキしつつ先を促す。
「な…なんだ?」
 その問いに返ってきたのはクレアからの意外な質問だった。
「アズマさんの好きな人の話、聞いたことない??」
「アイツ恋してんのか!?」
 いきなり食いついてきたユキムラのイイ反応に、 4人も乗り気になって身を乗り出す。
「「「「かも!」」」」
「誰に!?」
「だからそれを今訊いてるんだよー」
「そっか」
「4、5年くらい前にいなかった?」
「4、5年前ー??」
 トーラとクレアに促され、ユキムラはちょっと待てと二人を宥めた後、 考え込む。
 腕を組み、しきりに唸っているユキムラの隣で、フォーラとファータが 口々に言う。
「肩までの黒髪で、」
「キャミにミニスカート」
「で、目が大きい子」
「細い子」
 二人から次々と与えられる情報の中で、
「―――ん?」
 と、不意にユキムラが反応を示した。
「「「「何!!?」」」」
「いや、な――んか引っかかってんだよなァ。キャミにミニスカ…」
 眉根に皺を寄せて考え込むユキムラに、クレアとフォーラ&ファータが エールを送る。
「思い出して!」
「「頑張って!」」
「う゛―――ん」
 と、その時だった。
「おい、チビども」
「「「「!!?」」」」
 唐突に背中からかけられた声に、4人は揃って肩を震わせる。
 聞き慣れたその声は…。
 恐る恐る振り返った4人の前にいたのは、
「「「「…あ、アズマさん…」」」」
 仁王立ちしているアズマだった。その表情は憮然としている。 そして4人に向けられた言葉も低い。
「お前ら、俺の事を嗅ぎ回ってんだってェ?」
「あ、いや、その…」
「なぁーに企んでんだァ??」
 口ごもるトーラに、アズマは眉根を寄せて問いつめる。
 だが、その言葉に反応を返したのはクレアだった。
「企んでるなんてヒドイわ!」
 それに賛同し、口を開いたのはフォーラとファータ。
「そうよ。フォーラたちはただアズマさんのためを思ったの!」
「あの写真の女の子を捜してあげようと思ったの!」
「写真? 女の子?」
 ファータの言葉に、アズマはますますきつく眉根を寄せ鸚鵡返しに 問い返す。
 そんな彼の、まったくもって心当たりがないぞ? といった 様子に、しらばっくれるな!! とばかりにクレアとフォーラ&ファータが 一気に彼に詰め寄る。
「見てたじゃない、今朝!」
「「見て泣いてたじゃない!」」
「その女の子のこと思って泣いてたんでしょ!?」
「「でしょ!!?」」
「さあ、吐け! 吐くんだァ!! あの子はアズマさんのなに!?」
 鬼気迫る勢いでアズマに迫る少女3人の姿には、 問いつめられている当の本人も当然だが、それを傍から見ている ユキムラでさえ唖然としてしまっている。
「……はあァ?? 何言ってんだ、お前ら」
「しらばっくれてもムダよ! ネタは上がってんだァ!」
「ボクたち兄弟みたいなもんでしょ!? 隠し事はなしだよ」
「「さあ、吐け!!」」
 と、激しい詰問にアズマが襲われているその現場に、ユイと グリフォードが現れる。 だが、彼女らの登場には目もくれず、いつの間にやら クレアとフォーラ&ファータに加わったトーラをあわせた 4人はアズマを問いつめ続けている。
 その様を見て、ユイとグリフォードはユキムラの方に寄る。
「……何してるの??」
 視線はうろんげに4人のチビたちを見つめたまま。ユイは訊ねたのだが、
「……さあ」
 ユキムラにはそう答えるしかない。
 ぽかんと見守るしかない三人の前で、詰問は続いている。
「「「「で、どうなの!?」」」」
「だーかーらー、写真って何の事だ?」
 もういい加減うんざりし始めているアズマに、
「コレよコレ!」
 と、クレアがポケットにしまったままだった例の女の子の写真を アズマの眼前に突きつけて見せた。
 すると、
「――――――ぶふぅッ!」
「「「「?」」」」
 しばしその写真を見つめた後、唐突にアズマは吹き出した。
「コイツを思って泣いてたって?」
 クレアの取りだした写真を手に取り、 アズマはチビたちに問う。
「…違うの?」
 逆にトーラに問い返されたアズマは、改めて写真に視線を遣る。
「…確かにコイツの事を思うと泣けてはくるな」
 肯定を示したアズマに、再び4人は気色ばむ。
「え!? 誰!?」
「「誰なの!?」」
「どれどれ」
「誰なのー?」
 自分たちそっちのけで盛り上がっているチビとアズマたちの様子に、 グリフォードとユイもその写真に興味を持ったらしく、いそいそと 5人の輪に加わっていく。
「「・・・・・」」
 写真を覗き込んだグリフォードとユイは、一様のリアクションを示した。
 沈黙、である。
 そんな二人のリアクションに興味を引かれたのがユキムラだ。
「え? どうしたんだ? オレも見たいオレも見たい!」
 ベッドをおりたユキムラは足をひょこひょこと引きずりつつ写真を持っているアズマの隣に立った。 そうして覗き込んだユキムラは、声なき声で絶叫をかました。
「―――――!!!」
 と、魂からの叫びを放っているユキムラの隣で、ようやく沈黙を満喫したグリフォードとユイの 二人が大爆笑を始めた。
「だぁ――――――っはっはっはっはっはっは!!」
「なっつかし――― あははははははははは!!」
「「「「へ?」」」」
 静かなる絶叫を終え硬直しているユキムラと、そんな彼とは対照的に爆笑を始めたグリフォードたちに、 チビたちは目をパチクリさせる。
 どうやら二人ともこの写真の少女を知っているらしい。そしてその事実は、彼らを大爆笑に導くようだ。 いったいなにが可笑しいのか、瞳に涙まで滲ませているアズマ、グリフォード、ユイを、チビたちは 茫然と見つめているしかない。
「ドコにあったんだ? コレ」
「今朝、部屋の整理してたら出て来てよー。あははははははははははははははは。いつ見ても可笑しー!」
「へぇ。まだ残ってたのねー」
 あまりにも彼らの反応が予想外のものだったものだから、先程までの勢いをそがれてしまったのだろう。 クレアが戸惑いを隠せぬまま、遠慮がちに問う。
「…誰なの?」
「みんな知ってるの?」
 それに、同様に目をパチクリさせたままのトーラが続く。
 不思議そうな顔をしているチビたちの存在に今気付いたのだろう。 そちらに視線を遣ったユイが、危うく目尻を伝って落ちそうだった涙を拭いながら口を開いた。
「気付いてないの? この子――」
「わ゛――――――――――――――――――!!!!!」
「「「「!!?」」」」
 と、あらん限りの声をあげ、ユイの言葉に介入してきたのは今の今まで黙り込んでいたユキムラだった。
 そのあまりにも凄まじい声量と鬼気迫った表情に、チビたちは一様に後ずさる。
 チビたちほどではなかったが、やはり多少なりとも驚いたアズマたちも、一瞬動きを止めた。
 その隙を見計らって、ユキムラはアズマの手にある写真に手をのばした。目にもとまらぬスピードで。
「没収――――――――――!!!!」
「渡すかァ!」
 しかし、さすがアズマ。このグループのナンバー2を務めているだけのことはある。 超高速で伸びてきたユキムラの手から、こちらも超高速で写真を己の頭上高くに掲げ、強奪されるのを 防いでいた。
「渡せ!!」
「渡したら捨てちまうだろーが、テメーはよ!!」
「当たり前だ――――――――!!!!」
 アズマの方が上背がある。ユキムラは恥もプライドも捨てて、写真を得るべく、ぴょんぴょんと ジャンプを繰り返す。負けじと、アズマもつま先立ちになり、写真を高く高く避難させる。
「「「「え? え?」」」」
 グループのボスとナンバー2との、低次元極まりない争いを、クレアとトーラ、そしてフォーラとファータが見つめている。 彼女らの頭の上では、これでもかと疑問符が踊り乱れていた。
 そんなチビたちの傍に寄ってきたユイが、ユキムラの耳に届かぬようにか、腰をかがめ、 チビたちの耳元で囁くように言った。
 その言葉に、4人は揃って耳を疑う事になるのだった。
「アレね、ボスよ」
「「「「「――――――――――――――――はい??」」」」
「4年前のユキだ」
 聞き間違いかと訊ね返してみると、今度はグリフォードから返事が返ってきた。
((((…………アレが、あの女の子が、ボス…………!!!??))))
 衝撃の事実。まさに衝撃の事実。これぞ衝撃の事実。
 もう、3回繰り返しても足りないくらいだ。4人を打ちのめしたのは、考えてもみなかった衝撃の事実。 まったくもって、予想だにしなかった展開だ。
 その衝撃からいち早く立ち直ったのはトーラだった。だが、まだ完全に立ち直ったとは言い難い。 ユキムラをとらえた瞳が、せわしなく瞬いている。
「―――― あの、ボク、ボスは男だと思ってたんだけど…
 それは、誰もが頷くところだ。
 その先をトーラが紡ぐのと、クレア・フォーラ・ファータが紡ぐのとはほぼ同時だった。そして、 それに対してユキムラが顔を真っ赤にして絶叫し返したのもほぼ同時。
「性転換したの――――――――――――!!?」
「女装趣味があったのね――――――――――――!!?」
「「ホントにママ―――――――――――――――!!?」」
「バカなこと、絶叫すんな――――――!! 指差すな――――――!! 一歩離れるな――――――!!」
 真っ赤になっているユキムラを哀れに思ったのか、ユイが彼の体を隠す様に、 チビたちの前に立って口を開いた。
「アレはね、このcityのために、ボスが女装したのよ」
「「「「??」」」」
 後ろでは、「そうだそうだ! よく言ったユイ!」と、自分が性転換したわけでも、女装趣味があったわけでもないことを 必死にアピールしているユキムラがいた。
 そんな彼の存在を知ってか知らずかユイは懐かしげに目を細めて言った。
「ボス、可愛かったわァ cityのために恥もプライドも捨てて、アンナコトやコンナコトまで
「どんなコトだ―――――――!! 何もしてね――――――よ!!!!」
「未来永劫語り継がれるべき武勇伝だぞ、ユキ!!」
「伝えるな―――――――! 揉み消せ―――――――!! げほっ」
 ユイに続いてグリフォードからもとんでもない事を言われたユキムラは必死に怒鳴り返していたのだが、 ついにギブアップ。咳き込んでしまった。
 これをチャンスとばかりに、興奮しすぎて息が上がっているユキムラの肩に手を乗せ、アズマがとどめと ばかりに言った。
「お前さァ」
「あ?」
「ホント、生まれてくる性別間違えたよなー」
「――――――!!!」
 撃沈。
 ようやくユキムラの部屋に静けさが戻ってきたのだった。
 



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