ユキムラが外出禁止をくらってから1週間。
 あの日を境に、マリーの家出はなくなった。ただ、ふらりと居なくなるクセはいまだ健在だが、 それが『家』の中でのことなので、もう周りもさして心配しない。 そして、彼女が行く場所はリーダー・ユキムラの部屋と決まっていたので。
 そのユキムラはというと、あの日、怪我した足のおかげで、ベッドの上で退屈な時間を過ごしていた。
「………」
 だが、今はあの退屈な時間が恋しい。
 何故なら、フォーラとファータ、そしてトーラとクレアが部屋で賑やかにくっちゃべっているからだ。 そしてその内容というのが、
「まったくボスにも困ったもんだわー」
 という、せめて本人のいない所でやってくれ、な会話なのでそれも尚更だ。
 クレアの言葉を、ユキムラは聞かない振りをする。
「「ね〜」」
 ついでに、同意を示し深々と頷いているフォーラとファータの言葉も無視。
「アズマさんが可哀想だわー。いつもいつもボスに振り回されて」
「「ホントホント」」
「よく我慢してるわよねー」
「不憫ー」
「いつか過労死しちゃうんじゃないかってファータ思うんだけど」
「フォーラはまずストレスで胃に穴だと思う!」
「わー、どっちもあり得るー」
「さっさと下克上しちゃえばいいのに」
「「同感ー」」
 主婦の井戸端会議そのものだ。
 それをげんなりと聞きつつ、ユキムラは自分が横になっているベッドに腰掛け、 同じくげんなりとしている少年に声をかける。
「…トーラ」
「…何?」
 返ってきたのは、やはり元気のない声。同じくそんな声を返しつつ、 ユキムラはトーラに一縷の望みをかける。
「あいつらどっかやってくんない?」
「…………ムリ」
「だよなー」
「「…」」
 そろって沈黙。そして、
「「はあ。」」
 そろって溜息。
 と、二人の溜息が床に零れ落ちたその時、唐突に事態は変化した。
「よし、行くわよ!」
「「イエッサー☆」」
 クレアの元気の良い声に続く、やはり元気のいいフォーラとファータの声。
 イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がった少女3人に、ユキムラとトーラが目を丸くする。
「ドコ行くって?」
「アズマさんの所」
「「?」」
 訊ねたユキムラは、いきなり出てきたナンバー2の名前に、トーラと顔を見合わせる。 何故、急にアズマの所に行くと言い出したのだろう。 首を傾げると、フォーラとファータが口々に言った。
「ボスに振り回されっぱなしのアズマさんを励ましに行くの」
「可哀想なアズマさんを励ましに行くの」
 その答えに、色々と反論したいこともあったのだが、もうこの際なんだっていい。 彼女らがこの部屋から出て行ってくれるのなら。
「ああ、行ってくれ。是非行ってくれ! 今すぐに行ってくれ!!」
 快く、半ばやけくそで送り出す。
 その言葉に従ってクレアはすたすたと歩き出す。そして、振り返りもせずに一言。
「トーラ、行くわよ!」
「え? ボクも!?」
 てっきり蚊帳の外にいると思っていたトーラはビックリして立ち上がる。
「ホラ、置いていくわよ!!」
「うー」
 反論を受け付けぬ勢いのクレアに、唸りつつもトーラは大人し く女3人の後についてユキムラの部屋を出て行った。
「…」
 それを無言で見送りつつ、ユキムラは心の中でトーラに同情する。
 クレアはユキムラがアズマを振り回していると文句を言うが、 彼女は彼女でトーラを振り回しているように思う。 それはもう、ブンブンブンブンと音がするくらい振り回しまくりだ。
(…可哀想になぁ…)
 と、ユキムラに密かに同情されているそのトーラはと言うと、 アズマの部屋の前に立っていた。否、立たされていた。まだ、状況がよく把握出来ていないのだが、 説明は施されない。いつものことなので、もう、この状況下におとなしく置かれておこうと決めているらしい。
 そんなトーラを余所に、クレアがアズマの部屋のドアに手をかけようとしたその時、


 ドン!!


「「「「!!?」」」」
 唐突に部屋の中から響いた音に、4人はそろって肩をすくめる。 そして、誰からともなく視線を交わした後、4人はそっとドアを押し開き中を窺う。
「「「「!!?」」」」
 そこでまたまたビックリ。4人の目に飛び込んで来たのは、 ドアに背を向け、机の前に立つアズマ。そして彼のその肩が小刻みに震えているのを見たからだ。
 壁に押しつけた拳も同様に震えている。おそらく、先ほどの大きな音は、その拳で壁を打った音だったのだろう。
 ドアを閉めることも、それ以上押し開けることもできず、ただ茫然とその様を見守っていると、
「――ッ!」
 再び、彼はその拳で壁を打った。相変わらず、その肩は震えている。
((((………な、泣いてる――――――――――ッッ!!?))))
 4人は静かに、けれど大いに慌て始めた。
 いつも強気で、このグループのナンバー2としてcityの子供たちを守っているアズマが今は、 拳を壁に打ち付け、そして、もう片方の手には何かを握りしめ、肩を震わせている。 こんな彼の姿など、今まで一度も見たことがなかった。
 どうしようどうしようどうしよう!!? と顔を見合わせている4人に、 突然、降りかかってきたのは、女の声だった。
「何してるの?」


 ビク―――ン!!


 悲鳴を何とか喉で止め、ゆっくりを振り返ったそこに居たのは、
「…ユ、ユイ姉」
 上擦った声で彼女の名を口にするトーラに、ユイは僅かに首を傾げて再び問う。
「どうしたの? アズマさんに用?」
 それに答えたのはクレアだった。その声も上擦っている。何となく、 今、アズマに自分たちがここにいることを悟られたくなかったし、ユイに、 今のアズマの状態を知らせてはいけないような気がしたのだ。
「べ、別に。ね!?」
「「う、うん!」」
 フォーラとファータもクレアと同じ気持ちだったのだろう。 何でもない顔を必死に作って見せ、激しく首を縦に振ってみせる。
「? そう」
 どこか様子のおかしいチビたちに首を傾げつつも、ユイはそれ以上彼女らに問うことはしなかった。 どうやらアズマに用があるらしく、ドアに手をのばす。
「「「「ダメ――――――――――――――――!!!!!」」」」
 ユイがドアを押し開こうとしたのを見た四人が、示し合わせたかの如く、 一斉に彼女に飛びかかる。その様子には鬼気迫るモノがあった。
「な、な、な、何!!?」
 4人の突然の奇行に、ユイが目を瞬かせる。返ってきたのは必死の形相で、
「「「「今はダメ!」」」」
 という答えだった。
「…何で??」
 更に問うが、
「…な、何でも!」
 という、クレアから曖昧な答えしか返ってこない。
「? まあ、何でもいいわ。今、急いでるのよ」
 首を捻りつつも、ユイは4人を押しのけ、ドアに手をかけ、そして、
「「「「あ――――――――――!!!」」」」
 押し開けた。
「アズマさん。今ちょっといい?」
 4人の絶叫など何のその。ドアを押し開けたユイは、机の前に立っているアズマの背に声をかける。
「何だ。ユイか」
 返ってきた声は、4人の予想に反してしっかりしていた。 だが、彼女らは見逃さなかった。彼がこちらを振り返るその直前、壁に打ち付けていたその手で、目元を拭ったことは。
 その仕種と、振り返ったアズマの目が僅かに赤いのを見て取ったユイが目を丸くする。
「どうかしたの?」
「…いや、欠伸」
 短く返したアズマに、ユイはそれ以上問うことはしなかった。彼のその言葉を信じたのだろう。
 言うまでもなく、チビたち4人は、その言葉を信じなかった。 疑いの眼差しでじーっと彼の一挙一動を見つめていると、アズマが握りしめていた何かを、 さっと机の中におさめる様を目撃してしまった。4人の意識は、途端にそちらに向けられる。
 アズマが握りしめて泣いていたモノ。
((((……アレは何!!?))))
 ムクムクと沸き上がる好奇心と4人は戦い始めた。
 そんなチビたちを余所に、アズマとユイは話している。
「で、何だ?」
「あ、そうそう。ちょっと来てもらえます?」
「おう」
 と、チビたちを気にすることなく、二人は部屋を出て行ってしまった。
 残った4人は、顔を見合わせる。
「「「「………」」」」
 しばし流れた沈黙の後、まず始めに口を開いたのはクレア。そしてそれに続いたのはトーラだった。
「………泣いてた、わよね?」
「………うん。泣いてた」
「「あのアズマさんが…」
「「「「………」」」」」
 再び流れるのは沈黙。その沈黙の中で、4人は視線を交わし合い、その視線を机に移した。
 そして、誰からともなく机に寄る。目的は言わずもがな、アズマが握りしめていたモノ、だ。
 普段ならば、「ダメだよ」と注意をするだろうトーラも、勝手に机を開けようとしているクレアに、 今日ばかりはとめない。アズマが握りしめてそれが何かということが、気になって気になって仕方ないらしい。
 誰の妨害を受けることもなく机を開けたクレアは、その中から古ぼけた小さな紙を見つけ出す。
 これだ。
 裏返しにしてあるらしいその紙を手に取り、そっと机の中から引き出す。 何となく、まだ表に向けられない。
「…コレ、ね」
 視線はその紙に向けたまま、静かに問う。
「うん。コレ見て泣いてたんだよ」
 同じく、視線はクレアの手にある紙にそそいだまま、トーラが答える。
「「見たい……!」」
 一同の思いを集約した一言をフォーラとファータが放ち、そこでようやく4人は顔を見合わせる。
「…よし、裏返すわよ?」
「「「うん」」」
 ドキドキと鼓動を高鳴らせつつ、クレアがその紙を表向ける。


 ぴら。


「「「「――――――――――!!!」」」」


 ぽかーん、と開いた4人の口から、幸いにも悲鳴は洩れなかった。 否、声にならない悲鳴ならば、このcity中にこだましてもおかしくないほど大音量で発されていたのだが。
 クレアが見つけ出したそれは、写真だった。少し端が破れていたり、しわが出来ていたりはするが、 きっと大切に保管されていたのだろう、色褪せることなく残された、 少し昔に撮られた写真。そしてそこにいたのは、一人の少女だった。
 あのアズマが女の写真を握りしめて泣いていたって――――――――――ッッッ!!?
 先ほどの声なき悲鳴を言葉にすればそんな感じだろう。
 このcityでは見ない少女だ。
 ノースリーブにミニスカート。そこから伸びるのはスラリと細い肢体。 写真を撮られることが恥ずかしかったのだろうか、カメラを僅かに睨むような視線。 そしてその頬は、見るからに赤い。肩を少し過ぎる髪は丁寧に梳かれているのだろう。風のままになびいていた。
「「「「かっ………可愛いしッ!!!」」」」
 しばし茫然と写真の中の少女を見つめた4人は同時に洩らしていた。
「ってか、え!? どういうコト!? コレ見て泣いてたって…!?」
 クレアの言葉に答える声はない。他の3人も何が何だか分からないらしい。写真を見つめたまま、
((((…………気になる!))))
 と眉根を寄せる。
 アズマを涙させていたこの少女はいったい何者なのか!?
「うーん」
 写真を見つめつつ、クレアが唸る。それに答えたのはトーラだった。
「…妥当なセンで妹さん、とか?」
 その仮定に続くのはフォーラ。
「お母さんの若い頃の写真、てのも考えられる」
「ファータは意外なセンで恋人!」
「私は思い人!」
 と、それぞれに考えてみるのだが、当然答えは分からない。分からないのだが、
((((ダメだ。気になる!!!))))
「これはもう黙ってらんないわ!!!」
「「うん!!」」
 と、勢い込んで声を上げたのはクレア。それに続くフォーラとファータの声もある。
 一人乗り遅れたトーラが見守る前で、クレアは言いつのる。
「私たちはアズマさんを励ますためにきたのよ! それにはまずこの女の正体を知らなくちゃ!!」
「「その通り!!」」
「…え? ボクたち、ボスのことで慰めに来たんじゃないの?」
 無茶苦茶なことを言い始めた3人に、トーラがストップをかけるのだが、
「「「細かいことは気にしない!!!」」」
「…はい…」
 一蹴されてしまった。もう、彼女らは止まらないだろう。
「よし、そうと決まればさっそく聞き込みしなくっちゃ」
「「イエッサー☆」」
「まずは一番可能性の高い妹のセンね。うーん、アズマさんと付き合いが長いのは…」
 顎に手を当てて考え込むクレアに、おずおずとトーラが口を開く。
「…ねえ、別に聞き込みなんてしなくても、本人に聞けばいいじゃん」
 すると返ってきたのは、
「それじゃ面白くないじゃない!!」
 だった。
 もう、自分ではどうにもできないと悟ったトーラは、「…そーですか」と小さく返したきり、口を閉ざしてしまった。 きっと、自分もこの調査に狩り出されるだろうことを予想しつつ。
「「…そうだ! ユイちゃんは!?」」
 フォーラとファータとクレアの提案に、クレアが「それだ!!」と手を打つ。
「そうね。ユイ姉の所にレッツゴー♪」
 案の定、クレアは反論の暇を与えることなく、トーラの手を鷲掴み、走り始めたのだった。




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