―――声が聞こえる。


 それとともに漂うのは穏やかな空気だ。
 現実へと浮上を始めた意識で、ぼんやりと捉えるのは、穏やかさ。楽しそうな空気。
 

 ―――オレも…


「―――」
 

 自分も仲間に入りたい。
 そう思った瞬間に目が覚めた。
「―――」
 瞳に飛び込むのは、金。
 太陽よりも優しい黄金色。
「「ボス――――――――ッッ!!!!」」
 耳に飛び込むのは、高いソプラノ。
 そして、
「い…って――――――――――ッッッ!!!」
 ガバッ!! と覆い被さられた体が痛みを訴えてきた。そのまま、痛みに大声で叫ぶ。
 その自分の声で完全に目が覚めた。
「賑やかなご起床だな」
「ホントね」
 呆れたような声に目の前の金から視線を外すと、自分を覗き込むアズマとユイの顔が見えた。 呆れたような声に反して、その表情は優しい。更に巡らせると、 同じく穏やかな表情をして自分を見つめているグリフォードと、
「ぼす〜!!」
 頬を涙に濡らしたマリーの顔が飛び込んできた。
「マリー…」
 手を伸ばす。あの時、帰ろうと差し伸べた手のように、 拒まれることはない。伸ばした手は、マリーの頭に触れることができた。
「良かった。無事だったんだな?」
 問うと、マリーは一生懸命首を縦に振って見せた。
「良かった」
 再度、洩らした後、ユキムラはしつこく自分に覆い被さっている フォーラとファータをどかせると、体を起こした。
「よっと…痛たたたたたたッ」
 何を庇うこともなく体を起こしてみると、至る所が悲鳴を上げる。 その中で最も痛んだのは、あばらだった。
「え!? もしかして折れてんの!?」
 あばらが折れるのはイヤだ。笑うたびに痛いのは御免被る。 きっと、アズマやクレアあたりが執拗に笑わせてくれるだろう。目に見えている。
 痛みを訴えるあばらをおさえ、慌てて問うと、グリフォードが首を振っていった。
「いや、あばらは大丈夫だ。でも、足はダメだな。折れてはないが、筋は確実にやられてる。 しばらくはおとなしくしとけよ」
「え――――――!」
「え――――――! じゃない!」
 グリフォードに窘められ、ユキムラは唇を尖らせながらも、「は―――い」と返した。と、
「「バカ―――――――――!!」」
 突然、鼓膜をつんざくようにして耳元で絶叫される。
「はいぃぃ!!?」
 出所は二つ。フォーラとファータだ。視線を遣ると、 涙に濡れた顔で自分のことを睨んでいる二人がいた。 何がバカなんだと問う前に、二人が口を開いた。
「バカ!」
「バカ!」
「バカ!」
「バカ!」
「「ボスのバカ―――――――――ッ!!!」」
 突然、娘たちにバカ呼ばわりされたユキムラは少なからずショックを受けて絶句する。 しかも6回も言われた。バカ六連発。キツイ。
「あ、あの…」
「「バカ!」」
 反論する前にもう一発お見舞いされたユキムラは今度こそ口を噤んだ。
「死なないって言ったのに!」
「なのにどうして死のうとするの!」
「「心配したんだからね――――――!!」」
 そう言って、二人は大声で泣き出した。首に、 腰に巻き付いた腕が痛みを生むけれど、今はそれも堪えよう。 それが、絡みつくと言うよりは、締め上げるに近い4本の腕ではあっても。
「ごめん。ごめんな。泣かないでくれ」
 代わる代わる二人の頭を撫でるが、それでも二人は泣きやまない。
「ごめんってば」
 困ったように、ユキムラは二人を抱き締める。
「もう泣かないでくれよ」
 だが、ユキムラの懇願はあっさり却下される。
「「ヤだ――――! 泣いてやるぅ!!」」
 泣き声は僅かにおさまったものの、それでも泣き続けるフォーラとファータに、 ユキムラは助け船を求めて視線を巡らせるのだが、 あいにくと誰も船を出してやろうという者はいないらしい。 自業自得だ、と視線で返された。仕方なくユキムラは二人の背を撫でながら言う。
「ホントに悪かったよ。…でも、オレはこうする」
 謝った直後に何を言うのかと思いきや、 「お前全然反省してないじゃん!!」とツッコミたくなる台詞をユキムラは堂々と吐いた。 これには泣いていたフォーラとファータも固まる。
「これからもこうやって生きる。これがオレの生き方なんだ」
「「……」」
「人のためにだって命を捨てることが出来る。オレってば超カッコイイ
 なんて軽口を叩いてみると、案の定何対もの瞳に睨まれた。
 お前、殺すぞ!? 直訳するとそんな視線だ。
 それにたじたじになりつつ、ユキムラは慌てて言葉を紡ぐ。
「なんて思っちゃいないさ。残したヤツ泣かせて、助けたヤツに罪の意識背負わせちまって… 格好悪いことばっかだ。でも、オレはそうやって生きる」
 言ったユキムラの瞳に宿るのは、強い意志の光。何にも揺らがない頑固な光だ。 その光をフォーラとファータに向け、ユキムラは言い募る。
「本当に大切なヤツなら、恨まれても憎まれても良いくらい大切なら、 迷わず死ね。これが、オレの教訓だ。オレはそうやって生かされてる。だから、そうやって生きる」
「「……」」
 言い返しこそしなかったが、納得のいかない顔をしている二人に、 ユキムラは快活な笑みを顔に乗せてみせる。
「いつか分かるさ。お前らにもそんな大切なヤツができる」
 そう言って頭を撫でてやると、何やら顔を見合わせていた二人が唐突に口を開いた。
「「ボス!」」
「は?」
 何が?と問う前に、二人は言った。
「「ボスだもん! 大切な人!」」
 声を揃える。あなたのためになら、死ねる、と。
「…ありがとう」
 娘達の真剣な眼差しと真っ直ぐな思いに、ユキムラは正直驚く。そして、笑みを返す。
 愛しいと思った。
 自分も彼女たちのためならば、命を懸けても後悔はしないだろうと。 それほど、彼女らを愛していると。
「フォーラ、ファータ」
 それまでユキムラたちの会話を見守っていたアズマが、そこで口を挟んだ。
「「なァに? アズマさん」」
 首を傾げる二人に、アズマは渋面を向ける。
「コイツの言うこといちいち真に受けるなよ?  こんな無鉄砲ヤロー、こいつ一人で十分だからな。増えられちゃたまんねーよ」
 その言葉に同意を示したのはユイだった。
「そうそう。二人は分別のある良い子になるのよ?」
「「イエッサー☆」」
「おい
 いいお返事を返すフォーラとファータに、ユキムラは苦い顔をする。
 そんな彼のことなどお構いなしに、フォーラとファータは声を揃えて言った。
「「フォーラとファータが、良い子になって、責任を持ってボスを守ります!」」
 その言葉に、グリフォードが堪えきれず笑いを洩らす。
「あははははは。頼もしい娘たちだな、ユキ」
「ば、バーカ! 娘に守ってもらえるか!」
「いいじゃないか。守ってもらえ」
「イヤだ! オレが守るんだ!!」
 グリフォードに勢いよく言い返してから、ふと気付く。
(すっげークサイ台詞吐いたんじゃないか、オレ!?)
 自らの言葉を反芻して赤くなるユキムラに、周りは遠慮することなく爆笑する。 その笑いの中に、幼いマリーの声も混じっている。
 そのことに気付いたユキムラは、マリーに視線を向けた。その視線の先では、 やはりマリーが笑っていた。
 その笑みに、自然とユキムラの口許にも笑みが浮かぶ。
「…楽しいか? マリー」
 驚かせないように優しく声をかけると、マリーは首を縦に振って見せた。
 それを見届けてから、ユキムラは言う。
「だったらずっとここにいろ」
「?」
 向けられた言葉の意味が分からなかったのか、 きょとんとしているマリーに、ユキムラは言葉を紡ぐ。
「ここがお前の『家』だ。だから、ここにいろ。ママはいないけど、 オレたちはいる。ずっといる。だから、マリーもここいにろ。な?」
 伸ばした手でマリーの小さな頭を撫でる。その掌の下で、 彼女が小さく頷いたのが分かった。そして、その顔に浮かぶ、笑顔。
 途端に温まるのは、心。きっと、彼女も、この温もりを感じてくれているのだろう。
 彼女の頭に伸ばしていた手で、小さな体を優しく抱き締める。
 もっと、温かくなる。
「「あ!!」」
 と、重なった声が、今度はバラバラになって、ユキムラに降ってくる。
「ズルイ〜」
「マリーちゃんいいなー」
 どうやら嫉妬しているらしいフォーラとファータの声に、 ユキムラは小さく笑う。腕の中のマリーも笑ったようだった。
「フォーラもー!」
「ファータもー!」
 そんな声が届いた次の瞬間、
「いって――――――――――――――――――ッッッ!!!!」
 抱擁と言うよりは羽交い締め。そんな娘達の腕の中で、 母親ユキムラは絶叫をかますこととなるのだった。
 五月晴れの空の下。
 彼らの時は流れ続ける。雲と共に。
 行き先は分からずとも…。




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