三人揃って空を仰いでいると、
「「「「ボス〜!!」」」」
 背中から声をかけられた。4つの声。どれも聞き慣れた声だ。
 その中にフォーラとファータの声も交じっている。 彼女らはトーラとクレアと一緒に遊んでいたはずだ。
 振り返ると慌てた様子の子供たちがいた。
 トーラ、クレア。フォーラ、ファータの4人だ。
「そんなに急いでどうしたの??」
 急いでやって来たはいいものの、息が上がってしまいなかなかしゃべり出せない4人に、 ユイが笑いながら声をかける。すると、そんな彼女の腕を捕まえ、クレアが一息に言った。
「マリーが消えた!」
「「「え?」」」
 マリーというのは、このcity最年少3歳の少年、クリスの姉だった。年は、クリスよりも二つほど年上だ。
 クレアの報告に、溜息を洩らしたのはアズマだった。
「ハァ。また、か」
 そう。また、なのだ。
 彼女は度々、居なくなってしまうのだ。少し目を離したすきに。
 たいていの場合、建物の中に入り込んで泣いている所を発見される。 そのどの建物も、崩れかかったものだった。
 危ないからダメだと何度も言い聞かせてはいるのだが、 それでも彼女はそれを一向に改めようとはしない。幼いが故、分かっていないのかというと、 それだけではない。
 マリーとその弟クリスは、このcityに来るまでは、母親と共に暮らしていた。 崩れかかった建物の中で、母親と共に居たのだ。だが、その母親も死んだ。その古い古い建物の中で。 マリーとクリスは、母親の死体の傍で泣いているところを、 Fall city巡りに来た少年たちに拾われたのだった。
 それが、1年前のこと。クリスは覚えていないようだったが、 マリーはそのことを覚えていた。忘れなかった。崩れかかった建物の中で、 母親と過ごしたことを。
 だから、ふらりと姿を消す。母親と共に過ごした家を求めて。
 それを思うとなかなか強く叱れないのだ。
「…よし。捜すか」
 きっとまた、何処かの建物の中で泣いているのだろう。
 ユキムラは小さく溜息を洩らした後、歩き始める。
「そうね。じゃあ、私はこっちの方見てくる」
「じゃあ、俺はこっち」
 歩き出したユキムラに続いてユイとアズマも互いに別の方向に歩き始める。 それに習い、トーラとクレア、フォーラとファータも散らばっていった。


 五月晴れの下、それは少し慌ただしいけれど、いつも通りのcityの風景。


「最近、多くなってねーか?」
 唐突に呟いたのはアズマだった。
 何の前置きもなくかけられたその言葉に、隣を歩いていたユイは目を瞬かせる。
 しばし間をとって考えてみたのだが、分からない。
「…何が?」
 訊ね返したユイに、視線を彷徨わせ、マリーを捜しながらアズマは答えた。
「マリーの家出。最近は、二日に一回のペースだろ?」
 アズマの答えに、ユイは納得する。
「そういえばそうね」
 以前からマリーの『家』出は時折あったが、こうも頻繁ではなかったのだ。 せいぜい週に一度。これでも手を焼いていたのに、 最近ではほぼ毎日マリー捜しに出ている。『家』出と同時に、 普段はおとなしいマリーが駄々をこねる回数も急激に増えたことをユイは思い出す。
 だが、原因は分からない。遅すぎる第一次反抗期だろうか。それとも早すぎる第二次反抗期だろうか。
 と、考え込みそうになったユイは、ふと気付く。
 この話題を振ってきたはずのアズマが、これまた喋り出した時と同様に、 また唐突に口を噤んでしまっていたのだ。どうしたのだろうかと彼の表情を伺ってみると、 アズマは難しい顔をして俯いていた。
「…どうかしたんですか?」
 遠路がちに問いかけてみると、彼は低い声で洩らした。
「アイツらが来てからだ」
「え?」
「フォーラとファータが来てからだ」
「……」
 そう言われればそうだ。ユイは黙ることで、肯定の意を示す。
 彼の口にしたその事実が、今はまだ何を意味するのかは分からない。 けれど、ふと胸を、何だろう、焦燥に似た何かが駆け抜けていった。 それは本当に一瞬で、その正体がなんなのか、知る間もなかった。
「――ちくしょー」
 また唐突にアズマは舌を鳴らす。
「アズマさん?」
「アイツと行けば良かった」
「え?」
 彼の言ったアイツが誰なのか計りかねる。
 首を傾げるユイを気にした風でもなく、アズマは視線を落としたままだ。唇から洩れる呟きは、相変わらず低い。
「…イヤな予感がする」
「イヤな予感??」
「なんか分かんねーけど、イヤな感じだ」
 そうして、彼は再び黙り込む。
 今の彼には、何を問うても無駄だろう。一度考え込んでしまったアズマには、 自分のどんな言葉も届かないことをユイは知っていた。仕方なく、彼とともに沈黙する。
 その沈黙を破ったのはアズマだった。
「ユキムラを捜す」
 そこでようやくユイは、彼の言ったアイツがボスであることを知る。
「お前はマリーを捜してろ!」
 ユイの答えを聞くことなく、アズマはその場から駆け出して行ってしまった。
「………って、言われても」
 取り残される形となったユイは、肩を竦める。
 ボスの身に何か起こったかもしれないと言われて、気にならないわけがない。
 ユイもアズマの後を追って走り出した。




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