時間は緩やかに、けれど確実に時を刻む。
 

 フォーラの右耳、ファータの左耳をそれぞれ飾ることになったピアスにも、 3日が経った今では、周囲の者は違和感を感じることもなくなっていた。
 彼女らが大切にし、そして亡くしてしまった猫の瞳と同じ色のピアスは、 二人の耳朶にすっかりなじんでいるようだった。
 グリフォードが持って返ってきた金のおかげで、 少年たちもしばらくはFall city巡りに行かなくても良さそうだ。 久々の静かで穏やかな日々。だが、元気の有り余っている少年たちにはいさ さか刺激がたりないらしい。 バイクを走らせに行っているのか、C−cityに居る少年たちの数は少ない。
『家』の裏では、ここ最近オーディーとグリフォードの姿が見られた。 拾ってきたバイクの部品を再び組み立てているのだ。 そんな二人の元を、時たま暇を持て余した少年たちが手伝いにやってくる。 だが、エンジニアリングの知識のない少年たちはあまり役に立たず、 逆に教えていると時間がかかってしまう。と、やんわりとオーディーに断られ、 結局また暇を持て余すのだ。
 夏を間近に控えたこの日、オーディーとグリフォードはバイクで首都都 市へと向かっていった。どうしても足りない部品を買うために、だ。 ついでに食料も調達して来るよと請け合って行った。
「おー、いい天気」
 cityの端で彼ら見送ったユキムラは、空を仰いで感嘆の溜息を洩らす。
 快晴。
 吸い込まれそうな青。
 その中に、別の色彩を探してしまうのは、もはやクセだ。 いち早く黒い鋼鉄の鳥を探すため、生きるため身に付いたクセ。 もはや必要ないものなのだが、なかなか体は忘れてくれないらしい。
 見上げた空に。黒い鳥はもう飛ばない。
 ゆっくりと視線を泳がせながら、唐突に思い出したのは、 フォーラとファータがやって来たその日の夜、空を裂くような、 高い高い鳥の声。
 まだ、耳に残っていたらしい。とても澄んだ声だった。
 今となっては、本当に鳥の鳴き声だったのかどうかよく分からない。 そもそも、本物の鳥など、ここ数年お目にかかっていない。
 ペットロボットの鳥ならば馴染みはあった。
 だが、その鳴き声とは全く違う。
 あいつは・・あの青い鳥は〈ぴぃ〉と鳴いていた。
(・・いや、違う)
 最期の最期。事切れるその瞬間に、あのペットロボットも鳴いた。 あの日聞いた、宵闇を切り裂くかのような、鋭く澄んだ声で。


 ――――耳から離れない。


 それは、耳鳴りに似ている。
 唐突にやってくる。そして消える。
 何故、忘れないんだろう。忘れられないんだろう。
 澄み渡ったあの鳴き声は、綺麗だった。でも、鋭すぎて、少し怖い。
 また、聞きたい。
 否、聞きたくない。
 否、否。聞きたいのかもしれない。
「こーゆー空のこと・・」
 唐突にユキムラの思考を遮ったのは、アズマだった。
 視線を空からアズマへと移すと、彼も先程の自分同様、空を見上げていた。
「五月晴れって言うんだとよ」
「・・さつき??」
「そ。俺のお袋の生国では、5月のことを五月って言ってたらしいぜ。 だから、5月の空が晴れてたら、五月晴れ」
「アズマさんのお母さんの国って言うと、ニホン?」
 二人につられたように空を見上げて問うたのはユイ。
「そう」
「へぇ。五月晴れって言うのかー」
「だってさ」
 青い空。
 それは、フォーラとファータとファータがこのcityにやって来てから。 そして、鳥が鳴いてから、ちょうど10日目の空。


 今日も少年たちは、この青い空の下で、このcityで、生きている―――。




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