『家』を出たユキムラは、あてもなくcityを歩く。飛び出して行った彼女らが、今何処にいるのか知らない。 おそらくこのcityの中に居ることは確かだろう。
(何処に行ったかな〜)
 ゆっくりと歩を進めながら、考える。
 彼女たちの考えは分からない。だから、もし、自分だったら? そう考える。自分が彼女たちだったら、何処に行くだろうか。
 幼かった頃、彼女たちのように自分も『家』から飛び出して行ったこともある。その時は、どうした?
 そっとしておいて欲しい。でも、本当は見つけて欲しい。
 きっと、さほど見つかりにくい場所には行かないはずだ。 ということは、何処かの建物の中にいることはないだろう。 C−city中に立っている数えきれない建物の中に入られてしまうと、 見つけるのにかなりの時間がかかってしまう。
 他に、あの子たちが行く場所。そして、自分も知っている場所は?
「・・・・・むーちゃんの所、か?」
 思い立って、足を速める。
 根拠はない。だが、彼女らと自分とが知っている場所は、 そこしかない。だから、きっとそこだ。
 いつの間にか駆けだしていたユキムラは、すぐ目的の場所に着く。 そこには、先客がいた。それは彼の予想が 正しかったのだという証拠になった。
 木の下から姿を見せたのは、『家』を飛び出してい ったフォーラとファータを追いかけていったユイだった。
「あ。ボス」
 顔を見せたユイは、そこにユキムラの姿を見つけるなり安堵したような表情を浮かべた。 その表情が僅かに暗いところを見ると、どうやた二人をこの木の下から出すことに失敗したらしい。
「アイツらは?」
 訊ねてみると、案の定木の下を見遣り、ユイは肩を竦めて見せた。
「・・そっか。ありがとな、ユイ。あとはオレに任せてくれ」
 自信はないが請け負って見せたユキムラに、ユイは全て任せることにしたらしい。僅かの逡巡の後、ユイは頷く。
「じゃあ、お願いね」
 チラリと心配そうに木の方を顧みた後、ユイは重い足取りで『家』に向かって歩き始めた。
 そんな彼女の後ろ姿を見送った後、ユキムラは木の枝の下を行く。
「フォーラ。ファータ」
 木の根本、むーちゃんの墓を挟むようにして二人はいた。 折り曲げた膝に、顔を埋めるようにして丸くなっている。もしかしたら、 泣いているのかもしれない。
 そんな少女たちに何と声をかけていいものか迷う。 口を開けては閉めてを何度か繰り返した後、ユキムラは静かに声をかけた。
「帰るぞ?」
 その言葉に帰ってきたのは、小さな声で、
「・・・・・・ホントのこと、言って」
 意図の掴めないフォーラの言葉。
「は?」
「ファータたち、ここにいちゃだめなんでしょ?」
 どういう意味だと訊ね返すと、膝に顔を埋めたままのファータがくぐもった声で返した。
 その問いに、すぐには答えられなかった。どの言葉が、一番相応しいのだろうか。 幾つもの言葉が浮いては消え、最後に残ったのは、
「・・そんな事ない」
 ありきたりな、言葉。もっと、彼女らの不安を一掃出来る言葉はあったのだろうが、 それしか思いつかなかった。
「「嘘」」
 やはり、自分のその言葉では、彼女らの心に渦巻く不安を払うことは出来なかったらしい。 それでも、言いつのることしかできない。彼女たちの不安が晴れるまで、とにかく言い続けるしかない。
 繰り返す。
「嘘じゃない。ここにいてもいいんだ」
「「ダメ」」
 駄目なのだ。ここに自分たちがいたら、彼に迷惑をかけてしまう。 きっと彼は「そんな事ない」と笑って言うのだろう。でも、そんな彼を責める人がいる。 ボスは悪くないのに、自分たちが悪いだけなのに、彼が責められるのだ。 自分たちを受け入れた所為で、彼が苦しい思いをする。
 それは、何故か。
 彼女たちは知っていた。
 理由は、
「フォーラは人間じゃないもん」
「ファータも、人間じゃないんだもん」
「「Homicide Machineドールだもん」」
 彼女らは人間ではない。Homicide Machine。殺人兵器なのだ。
 その事を、彼女らは知っている。忘れたことなどない。
 子供たちと遊びながらも、彼らと自分たちとは違う生き物なのだという事は自覚していた。 彼らの傍にいてもいいのかと迷うときすらある。
 けれど、不意に、忘れてしまうときもある。
 自分たちが彼らと何ら変わりないのではないかと、そう思ってしまうときもある。


 彼だ。


 motherである、彼と居るときだけは、それを忘れた。
 自分たちが人間ではないことなど、忘れていた。彼の傍にいるその時、彼女らを支配しているのは、 溢れ出さんばかりの温もり。喜びだけだった。そんなイヤな気持ちの入る隙間すらないくらい、 彼女らの胸の中は、喜びで一杯だったから。


 ───彼を愛している。


 彼を困らせたくない。
 愛しているから、辛い。彼を困らせるのが自分たちだという事実は、辛すぎる。
 だから、彼と別れてしまえばいいのだ。そうすれば、自分たちが彼を患わせることはない。
「じゃあ、さよならだ」
 そんな言葉を、二人は望んでいた。
「一緒にいよう」
 本当は、そんな言葉を、望みつつ。
 ますます小さく縮こまった二人は、互いの手を握りしめる。 その手が震える理由も分からぬまま、彼女らは死刑の宣告を待つ囚人のように静かな、 けれど計り知れない恐怖を抱えたまま、ユキムラの言葉を待っていた。
 そして、降ってきたのは、
「それが何だ?」
 不思議そうに問う声。
「「?」」
 思わずフォーラとファータは顔を上げていた。
 驚いたような顔。どうやらこんな答えが返ってくるとは思っていなかったらしい。 その頬に残るのは、幾筋もの涙の跡。それを見つめつつ、 ユキムラは茫然と自分を見上げている二人に向けて、繰り返す。
「それが何だ。そんなこと、最初から分かってる。分かってて受け入れたんだ、 オレは。お前たちが人間だろうが人間でなかろうが、そんな事は関係ない。 フォーラとファータは、オレの大切な仲間だ。家族なんだからな」
 優しい瞳が、優しい言葉が、震える身体に染み渡る。
 だが、
「「・・・嘘」」
 この優しさに甘えてはいけない。
「「嘘よ」」
「嘘は嫌いだ」
 答える真摯な声。伏せた瞳を彼に移せば、そこにあるのは優しい瞳で。
「「・・・・・」」
 何も、返せない。
 今口を開いてしまったら、言ってしまう。


 あなたとずっと一緒にいたい。


 そう、言ってしまう。


 ───言いたい・・!


「オレは嘘なんてついてない。信じろ」
「「・・・ボス・・・」」
 限界だった。
 心を偽るのは、もう限界。
「もう一度訊くぞ。フォーラとファータは、このcityはイヤか?」
 それは、初めてC−cityに来たその日の夜に投げかけた問い。
「「ううん!」」
「ここがいい!」
「ここにいたい!」
 返ってきたのも、あの夜と同じ。
「だったら、ここにいればいいんだ」
 それも、同じ。だが、更にユキムラが付け加えたのは、
「オレも二人にいて欲しい」
 あの日、伝えていなかったもの。
 そっと抱きしめて、温もりと共に伝える。
「だから、ここにいろ。な?」
「「・・・いいの?」」
 震える声で返ってくる問い。
「ここにいてもいいの?」
「信じてもいいの?」
 答える、優しい声。
「ここにいていいんだ。信じていいんだ」
「「ホントね?」」
 体を離し、じっと見つめてくる2対の瞳を覗き込む。答えを求めるその瞳に、笑いかける。
「ホントだ。ずっと一緒にいよう。な?」
「「───・・うん!!」」
 ようやく、フォーラとファータは笑った。
 笑ったのだと、ユキムラは思った。  くしゃりと歪んだ顔は、笑顔とも泣き顔ともつかなかったけれど、 彼女らは確かにその一瞬笑ったのだと、ユキムラは思った。
「「・・あれ?」」
 不意に、フォーラとファータは首を傾げた。 ごしごしと両手で頬を拭う。その掌に触れるのは瞳から溢れた涙。
「フォーラ、ファータ。どうした?」
 ユキムラが問うと、二人は困惑したように眉根を寄せてユキムラに縋り付いてきた。
「「変なの。涙がまだ出るの・・・」」
「涙は悲しいときに出るんでしょう?」
「ファータ、何も悲しくないのに」
 先日、大切にしていた猫のむーちゃんが死んだとき、 悲しみという感情には涙が付随するのだと言うことを知った。 更に、胸の痛みが付随するのだということも。
 ボスと一緒にいてはいけないのだということが悲しくて、涙を流していた。 だが今はもう、悲しくない。彼の傍にいてもいい事を知った今では、 悲しいことなんて何もないはずなのに、胸の痛みなど微塵もないはずなのに、 涙がまた零れ始めたのだ。その事が、彼女らには不思議で仕方なかったらしい。
 自分たちが壊れてしまったのだろうかと慌てる二人に、ユキムラは大丈夫だと声をかける。 彼女らは未だ知らない。
「涙ってのはな、嬉しいときにも出てくるんだ」
 その事を。
「嬉しいときにも?」
「胸が痛くなくても?」
「そうだ」
 不思議そうに首を捻っている二人に頷いてみせる。
「いいもんだろ? 胸が痛くない涙って」
 フォーラとファータが見上げたユキムラの顔は、涙で滲んでいたけれど、 その顔が微笑んでいる事は、はっきりと分かった。だから、涙を拭って、自分たちも笑う。
「「うん!」」
 温かい涙を、彼女たちは知った。
「よし、帰ろうか」
 先程は否と返ってきた言葉に、今度は、
「「うん」」
 笑顔と共に返されるイエス
 次いで、自然と伸ばされた手をユキムラは取る。涙に濡れたままの手を、 それぞれ両手でしっかり握ってやる。もう彼女らが不安にならないようにしっかりと。 そして、彼女らが不安になったときには、大丈夫だと、この手でいつだって伝えられるように 、もっとしっかりと包み込んでやれる、大きな手になりたいと思った。
 木の下を出ると、太陽が彼らを迎える。
 葉によって光の届かない僅かに薄暗い木の下にいた所為で、太陽がいやに眩しく感じる。
 空を見上げると、目を細めている所為で鮮明ではないけれど、それでも青い空が見えた。




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