いち早く衝撃から立ち直ったのはユキムラだった。
「じゃ、じゃあ、あの説明書って・・」
 ユキムラの言葉に、一瞬何のことかわからないと言うように首を傾げた都筑だったが、 すぐに思い出したらしく、ポンと掌を打つ。
「ああ、フォーラに持たせていた取扱説明書だね」
「そう。アレって、新型兵器の説明書だったのか??」
「モチロンだ」
「・・・・
「殺人兵器にあんなオモチャに付いてるような説明書付けんじゃねーよ!!!」
 あの取扱説明書が、新型兵器の取扱説明書だと気付く事の出来る人間が果たしているのだろうか。 答えは否に違いない。思い出す限りで、その内容もふざけていたような気がしなくもない。 しかも、大して重要なことが書いてあるわけでもないのに、証拠隠滅とばかりに爆発しやがったのだ。 あれは絶対に証拠隠滅のためではない。人が驚くのを見て楽しむ為だけに成されたものだという 気がして仕方のないアズマ。しかも、その被害に自分が遭ってしまったのだから、 文句はまだまだ言い足りないのだが、それを宥めたのはユキムラだった。
「まあまあ、アズマ。そう怒るなって。大人げないぞ」
 いつもは宥める側の自分がユキムラに宥められているのも何だか癪だ。 しかも、ユキムラに「大人げない」なんて言われたくない。 すぐさま言い返そうかと思ったアズマだったが、辛うじて堪える。 ここで言い返したのでは、本当に大人げない。 しかも、話が進まない。渋面を浮かべつつ、アズマは口を噤んだ。
「さて、何から話そうかな」
 しばしの間、視線を伏せた後、都筑は隣に座っているファータの方に視線を遣った。
「ファータ、確か君にも預けたね」
 何だろうと三人が見守る前で、ファータはコクンと小さく頷いた後、 胸ポケットから何やら白い紙を取り出し、都筑に手渡した。
 その紙には見覚えがあった。そう、フォーラがユキムラに手渡したものと同じだ。
「これは、予備の説明書だ。もう一度、読んでみてくれるかい?」
 都筑に差し出された取扱説明書に、
「「!!」」
「?」
 大きなリアクションで後ずさる男二人と、素直に説明書に手を伸ばし、 少年たちの過剰な反応に首を傾げるユイ。この紙切れが爆発したという事実を知らないユイには、 何故ユキムラたちがそんなに怯えているのかが分からないらしい。
「・・・ああ、大丈夫だよ」
 ユイと同じく、不思議そうに少年たちを見つめていた都筑が、 その理由に思い当たったらしく、おっとりとした仕種でポン、と手を打って言った。
「これは爆発しないよ。永久保存版だ」
「爆発ぅ!!?」
 ホッと安堵の溜息を洩らす少年たちとは対照的に、 今度はユイが驚いて手中の取扱説明書を見遣る。
 そんなユイにもう一度大丈夫だからと念を押した後、都筑は三人にそれを開いてみるよう促す。
 ユイは手に取った取扱説明書を、ボスであるユキムラに渡す。 それを受け取ったユキムラは、二人にも見えるようにそれを開いた。
 そしてまず目に飛び込んできたのは、





Homicide Machine
(ドール)


取扱説明書





 という、太字で打たれた文字だった。
 ユキムラがフォーラに渡されたものと全く同じ物のようだ。 念のため、少年たちはすぐさま説明書の一番最後を見遣り、





6.命令の中断、及び変更
原則としてドールは与えられた命令を何が何でもこなそうとします。 それを止める場合には、ドールそのものの電源を切るか、心臓を止めてください。 変更の場合にも同様にドールそのものを停止させ、 新たに起動してから再度命令を入力してください。


最後までご精読いただき、誠に有り難う御座いました。






「ほっ」
「ないな」
 都筑の言った通り、




 なお、この説明書は読み終わると同時に爆発します。 0コンマ1秒の内に、半径5km以内のエリアから脱出して下さい。
 健闘を祈る+
 せいぜい頑張れ。
 アディオ〜ス♪






というふざけた文章はなくなっていた。
「さて、じゃあまず、何故私が新型兵器をドールに・・いや、人間に似せて作ったのか、そこから説明しようか」
 そんな都筑の言葉に、説明書に目を通していた三人は、彼に視線を戻す。
「その理由は簡単。敵の目を欺くためだ。まさか新型兵器がこんな女の子の姿をしていようとは、誰も思わないだろう? この姿なら、敵の懐まで容易に侵入できると考えたからだ。そして、何より・・・」
そこで言葉を切った都筑は、優しく細めた瞳を、隣で大人しく座っている少女たちに移した後、静かに言った。
「戦争が終わった後、この子たちには人間と変わらぬよう、幸せに暮らして欲しかったんだ」
 都筑の言葉に、三人は顔を見合わせた。何故、新型兵器としてこの世に生まれてきた少女たちに人間としての生活を、 そして幸せを望むのか、都筑の真意が全く分からなかったのだ。
 不思議そうな顔をしている三人に気付いたのか、都筑は口許に苦笑を刻んだ後、 ポケットから何やら取り出し、テーブルの上に置いて見せた。
 それは、写真。
 そして、少し古ぼけた写真の中では、花が咲き零れんばかりの笑みを浮かべ、 レンズに向かって手を振っている少女がいた。肩の辺りでフワフワと揺れているブロンド。 瞳は澄んだ空の色をしている。その姿は、三人も良く知っているものだった。
「この子は、フォーラ? それともファータ?」
 そう。写真の中の少女は、今彼らの目の前にいる少女たちにそっくりだった。
 ユキムラは写真の中で微笑んでいる少女の姿と、自分の目の前にいる二人の少女とを代わる代わる見比べてみたが、 結局どちらなのか答えを出す事は出来なかった。
「フォーラじゃないのか?」
「いいや、ファータだ」
「フォーラだと思うわ」
と争っている三人をしばし眺めた後、都筑は微笑んで言った。
「残念ながら、みんなハズレだ」
「「「え?」」」
 都筑は、テーブルの上の写真を、指先で愛おしそうに撫でながら言った。
「この子は私の娘だよ。戦争で・・Gg戦で、死んでしまった、ね」
娘の写真を見つめる都筑の瞳に、切ない光が宿るのを、三人は黙って見つめていた。
「まだ、10歳になったばかりだったんだ。これからだった。これからもっと大きくなって、 幸せになるはずだったんだ・・!」
 たまらず声を荒げた都筑は、大きく息を吐き出す。その吐息は、僅かに震えていたけれど、 その唇から高ぶった感情がそれ以上吐露される事はなかった。
「幸せになって欲しかったんだ。それなのに、死んでしまってね。 私はどうにも諦めがつかなかった。・・だからだろうな。新型兵器を人型にして、 その姿形を娘に似せたのは。・・・・あの子は死んだ。もういないんだ。 でも、でもこの子たちはね、確かに私の娘なんだよ。だから、幸せになって欲しいんだ。 殺人兵器としてではなく、普通の人間として・・人間の女の子として」
 訥々と言葉を紡ぐ都筑を、ユキムラはただ見つめていた。
 愛しい者を失った彼のその痛みは、ユキムラにもよく分かる。 その痛みがどんなに胸を抉るものかも知っている。そんな痛みの中で、 何とかしてその傷を隠し、痛みを誤魔化し、そして忘れた振りをする方法を、 今生きている人間たちは身につけてきたのだ。都筑は亡くした娘の姿を・・娘の将来を、 二人の少女に託すことで。都筑は、自分と同じ親のない子供たちを守り、 彼らと共に生きることで痛みから目を背けたのだ。誰もがそうして傷を隠しながら生きている 。そうしなければ生きてなどいけないのだから。
「・・じゃあ、何故だ?」
 訪れかけた静寂に介入したのは、アズマ。
「戦争が終わったのに、何故、コイツらを地下に置いたままにしてたんだ??」
 戦争が終わった時、この子たちが殺人兵器としてではなく、 人間の女の子として幸せに暮らせるようにと願い、人型に作られた二人。けれど彼女らは、 戦争が終幕を迎え9年にもなるこの時まで、地下で眠っていた。その事実は、都筑の言葉と矛盾している。
「君たちも知っての通り、ゼッタが滅びたのは、戦争が終わる数ヶ月前だった」
 その言葉は一見、アズマの問いに全く答えていないようだったが、アズマは何も言わず、 続きの言葉を待った。
「何処からか情報が漏れたらしくてね。ゼッタが新型兵器を作っているということ。  そして、その研究に携わっている人間の情報もね。だから私は、この子た ちを連れては行けなかった。人型をしているこの子たちが、その新型兵器だと気付く者はいな いだろうが・・私の傍にいることで、この子たちまで追われ、危険に晒されるのは嫌だったんだ」
 自分の国が滅んだ事、そして、自分たちの研究が敵国に知られているのだという事を知り、 研究所を去らねばならなくなったその時、彼はひどく悩んだ。フォーラとファータを連れて行くべきか否か。
 いったい何処までの情報が漏れているのかが、彼には分からなかった。 新型兵器が人型だと言うことまで知られているのならば、勿論、彼女らを連れて外に出ることは出来ない。 だが、この研究所の位置まで知られているのならば、連れて逃げた方が懸命だ。
「誰かに預けようかとも思ったんだがね、なかなか、この子たちを託せる人が思いつかなかったんだよ。 だから、戦争が終わってほとぼりが冷めるまで、あの子たちを研究所に置いておくことにしたんだ」
 誰か知り合いに彼女らを預けてはどうかという意見も同僚から与えられた。 だが、彼女らを預けることのできる、そして、彼女らをきちんと育て、守り抜いてくれる、 その信用に足る知人が、都筑には思いつかなかった。自分たちの情報も知られているのだ。 肉親は勿論、下手に親しい者では駄目だ。かといって、よく知りもしない人間に、彼女らを預けることは出来なかった。 だから、置いていった。研究所の場所を、敵国が知らないことを祈って。
「で、今日コイツらを迎えに行ったって??」
 アズマの問いに、都筑はそうだと頷いて見せる。
「戦争が終わって9年。そろそろ大丈夫だと思ったんだが、甘かったな。 ラジスタの人間に後をつけられていたようだ」
 苦笑を浮かべた都筑は、手にしたままだったグラスを口許に運んだ。一口、二口。 冷たい液体をのどに流し込みグラスを手放した都筑は、途端に表情を引き締めた。 その真剣な眼差しは、ユキムラに向けられている。
「頼みがあるんだ」
 低い声で、都筑はそう切り出した。
「・・何?」
「この子達を、預かって欲しい」
「「「・・・」」」
 三人はそろって口を噤む。薄々、予想はしていた。話の展開からして、 こうくる事は想像に難くなかったから。だが、彼らは誰一人して即座に答えを返す事が出来なかった。
 自分たちは既に何人もの子供たちを抱えている。今さら二人増えたところで、何でもない。 全然構わない。ただ、それが、普通の子供であれば、の話だ。生憎と、 彼女らはただの女の子ではないと聞かされたばかりだ。人間そっくりだが、人間ではない。 ドールならまだしも、彼女らは兵器として作られた殺人人形だ。 そして今、ラジスタに狙われている。そんな彼女らをこのcityに受け入れることが、 どれほど危険なことなのかは、火を見るより明らかだ。
「頼む。この通りだ!!」
 テーブルに手をつき頭を下げる都筑の姿に、アズマとユイは困ったように視線を交わす。
ユキムラはと言うと、静かな眼差しで、都筑とその隣に座っている二人の少女を代わる代わる見つめていた。
 彼女らは、今、目の前で自分たちの話がされているというのに、眉一つ動かさない。 無表情のままだ。もしかしたら、彼女たちは何も分かっていないのかもしれない。
「ユキムラ」
 呼ばれて視線を遣ると、眉間に皺を寄せたアズマが、無言でどうするんだと問うてきた。 と同時に、何故すぐに返事をしないんだと、その瞳は自分を責めているようでもあった。
 アズマの中では、答えは既に決まっている。考えるまでもなく決まっているのだ。
 アズマの望む答えは、NO。
 確かに彼女らは子供で、木の葉を隠すには森の中、 とはよく言ったもので、たしかに子供ばかりのこのC−cityはいい場所かもしれない。 だが、そう、ここには年端もいかない子供たちが多くいるのだ。 そこに、こんな危険な存在を放り込んでいいのか? いいわけがない。 子供たちを危険に晒すわけにはいかない。これは、このcityのナンバー2として当然の判断だ。 そして、このcityのリーダーも、それは同様であるはずだ。否、同様でなければならないのだ。
「・・・・」
 だが、ユキムラは答えなかった。
 アズマの考えていることも分かる。だが、
「都筑サン」
 テーブルに額を当てるようにして体を折っている都筑に、ユキムラは声をかける。 それを合図にして、都筑は体を起こした。その瞳は、不安そうにユキムラを見ている。
 アズマ、ユイ、都筑の視線を浴びつつ、何を思ったか、 ユキムラは手に持っていた取扱説明書を、テーブルの上に広げた。そしてそれを覗き込む。
「・・ボス??」
 その行動がいったい何を意味するのか測りかね、ユイがユキムラに声をかける。
 だが、ユキムラは彼女に答えようとはしなかった。説明書から都筑へと視線を遣ったユキムラは、 その顔に笑みを浮かべて言った。
「コレ、ホントにオモチャの説明書だよな。 コレじゃあよく分からないから、ちゃんと説明してくれよ、都筑サン」
「じゃあ・・!」
「ユキムラ!!」
 都筑の弾んだ声をかき消したのはアズマだった。広いロビーに、彼の声が反響する。
「お前、何言ってるのか分かってんのかよ!!」
 怒鳴ったその勢いのまま、自分の胸ぐらを掴み上げるアズマに、 けれどユキムラはその腕を振り払おうとはしなかった。 真っ直ぐにアズマの夜色の瞳を見つめ返す。そして答える。
「・・コイツらを預かるって言ったんだ」
「そんなこたァ分かってる! ただのガキならいい。 だけどな、コイツらは殺人兵器なんだぞ!? ラジスタがコイツらを狙ってるんだ!!  ここはあの研究所のあったcityからそう離れてない・・ラジスタのヤツらが来るかもしれない」
「・・でも、ラジスタのヤツらだって、全部知ってるわけじゃないんだろ? 新型兵器が人型だって知らないかもしれないじゃないか」
「・・知らないかもしれない。でも、知ってるかもしれない!」
「でも知らないかもしれない」
 アズマは掴んでいたユキムラの服を解放する。その表情から、先ほどの激しさは消えていた。 残っているのは、どこか呆れたような顔。オマケとばかりに、これ見よがしな溜息が洩らされる。
 ハラハラと二人を見つめているユイと都筑の前で、二人の問答は続く。
「ユキムラ、一つ聞く。コイツらを引き取ったからには、お前は責任持ってコイツらを守らなきゃなんねーんだぞ?」
「分かってる」
「お前はこのcityのリーダーだ。このcityのチビたちも、お前は守らなくちゃなんねー」
「分かってる」
「どっちも、守れるのか??」
「守れる」
 臆面もなく、ユキムラは頷いて見せる。そして、
「だって、アズマもユイも、みんなも居てくれるじゃないか」
 笑みを浮かべて言った。
「「・・・」」
 驚いたようなユイの視線と、相変わらず睨みつけるようなアズマの鋭い視線を、ユキムラは黙って受け止める。 その表情は、穏やかだった。
 今までだって、自分一人でこのcityを守ってきたのだ、などと傲った考えは持っていない。 リーダーだから、という責任は感じていても、だからと言って何か特別なことをしてきたわけでもない。 cityのみんなから、それを望まれてきたわけでもない。 このcityは、このcityに住む皆のものだ。自分一人の手に委ねられているわけではない。 今までも、みんなで守ってきたのだ。これからだって、みんなの手で守っていく。
 みんなで。
 一人じゃない。一人じゃない。
 完全に空気を支配した沈黙を破ったのは、笑い。
 唐突に、ユキムラとアズマは笑った。
「「??」」
 少々呆れ顔のままではあったが、口許にいつもの笑みを浮かべたアズマと、 こちらは満面の笑みを浮かべたユキムラ。それを見守っているユイと都筑の頭の中では、 疑問符がこれでもかと踊り乱れている。その疑問符が消える間もなく、都筑はアズマにせっつかれた。
「おい、さっさと説明してくれよ。早く寝たいんだ」
 その言葉に、都筑の中で踊り乱れていた疑問符が更にその数を増やす。
 目をパチクリさせている都筑とユイに、ユキムラは笑顔のまま言った。
「アズマも、いいってサ」
「いくら俺が反対しても、お前はコイツら引き取る気なんだろ??」
「当たり前★」
「じゃあ、反対しても無駄だし。仕方ねーから、お前のお守りのついでに、コイツらの面倒も見てやるよ」
「はいはい。ありがとう」
 なんだかんだ言いつつ、いつも自分の意見に折れてくれるアズマに、ユキムラは素直に礼を言う。
 勝手に二人で争いだし、そしてとっとと自分たちの間だけで話を完結させてしまった少年たちに、 未だに都筑はついていけていないらしく、不安そうな面持ちで再度訊ねる。
「・・本当に、この子達を預かってくれるって??」
「おう」
「仕方ないからな」
 帰ってきたのは二つの肯定と、
「ほらほら、早く説明!」
 という、ユキムラのせっつき。
「・・・・ああ。じゃあ、説明しよう」
 そうして口を開いた都筑の表情は、明るかった。





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