次第に爆音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
 それから、どのくらい薄暗い廊下を歩いただろうか。おそらく2、3時間程度たった頃だろうか。 都筑とユキムラ率いる少年たちはようやく外の空気を胸一杯に吸い込んでいた。
 都筑の言った通り、途中隠し扉を経て進んでいった地下通路は、 隣のcityまで続いていた。cityと言っても、 やはりそこは無人のFall cityだったが。
 地上へ出たユキムラは、一つcityを移っただけでは安心できず、 渋るアズマを宥め、都筑をC−cityまで連れて行って話を聞かせてもらうことにし、 少年たちを連れて歩き始める。先程のFall cityにエアバイクを 置いてきてしまったので、仕方なく徒歩でC−cityへと向かった彼らが、住み慣れた土 地に辿り着くことができたのは、どっぷりと日も暮れた時分だった。
 ラジスタに見つかる事も追われる事もなく、無事自分たちの住むcityまで辿り着いた少年たちは、 一様に安堵の溜息を吐き出す。それと同時にどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
 都筑と二人の少女をつれた一同は、cityのちょうど中央辺りにそびえ立っている建物を目指す。 このcityの中で、唯一と言っても過言ではないだろう、 その建物だけが、完全なる原型をとどめており、C−cityの住民たち−と言 っても、40人程度だが−は皆その建物で生活をしていた。 いわば、そこが彼らの『家』である。
 そんな我が家に、ヘトヘトになって辿り着いた少年たちを迎えたのは、 C−cityの裏リーダーと密かに呼ばれている少女だった。
 名を、ユイという。
 闇に溶け込むような黒髪と、同じく瞳も夜色をしている。 非常に整った顔立ちをしている彼女だが、美人特有の冷たさがないのは夜色の瞳に浮かぶ優しい光の所為だろう。
 そうした美少女の誉れ高いユイが、裏リーダーなどという何やら物騒な名前 で呼ばれているのには理由がある。実は、何を隠そう彼女こそが、 表向きのリーダー・ユキムラを背後で操り、C−cityを影で牛耳っている真のリーダーなのだ。
 ・・・・というわけでは決してない。
 リーダーと少年たちとがC−cityを離れている時、cityに残った 幼い子供たちを守り、面倒を見る少女たちのリーダーが彼女なのである。 ちなみに、「裏リーダー」などと冗談でも呼ぼうものなら、 ビンタを頂戴する事になる。なかなか気性の激しい少女でもあった。
「ちょっと、どうしたの!? ボス。みんなも…! バイクは!?」
 どうやら歩いて帰ってきたらしい少年たちの姿に、ユイは驚いて彼らに駆け寄る。 いつも日暮れまでには帰ってくるはずの少年たちがなかなか帰宅しないので、 心配して建物の外で待っていたらしい。
「ただいま、ユイ」
「おかえりなさい。ホントにどうしたの? ボス・・・・って、この子たち、誰?」
 苦笑を浮かべているユキムラの両側にちょこんと引っ付いている二人の少女に気付き、ユイが目を瞬かせる。
「あら、あなたたち、双子??」
 二人の容姿が瓜二つであることに気付いたユイが二人を覗き込み問うと、 フォーラとファータは大きな瞳を更に丸くして顔を見合わせている。 どうやら双子という言葉が分からなかったらしい。
「ユイ、とにかく中に入ろう。話は後だ」
 困ったように自分を見上げてくる二人の頭を撫でながら、 ユキムラはユイにそう提案し、後ろの少年たちにも同じように『家』の中に入るよう促す。
「都筑サンも、どうぞ」
「ああ、じゃあ、失礼させてもらうよ」
 少年たちが『家』に入ったのを見届けた後、ユキムラは都筑を伴って『家』の中に入って行く。 そんなユキムラと見知らぬ男の後ろ姿とを交互に眺めながら、ユイは隣に立っているアズマに声をかけた。
「・・ねえ、あのおじさん、誰?」
「さあ。よく知らねーけど、都筑秀一っていう───」
「え!? 都筑秀一って…あの都筑博士!!?」
「お前も知ってんのか?」
「うん。有名な人よ?」
「へ〜。ではでは、その有名な都筑博士とやらのお話を聞きに行きますか」
 言って、アズマも『家』へと足を向けた。
 少年たちが『家』にしているその建物は、戦前はホテルだったらしく、 自動ドア−勿論今は機能しておらず、手動となっているが−を抜けるとすぐ、 だだっ広いロビーが広がっている。そこに置かれている古びたソファに、 都筑とあの少女たちが腰をおろしていた。その周りでは、少年たちとユキムラとが何やら話している。 ユキムラに向けられた少年たちのどこか不満そうな表情に気付いたアズマは、すぐさま彼らの元に駆けて行く。
「どうした?」
「いや、もうみんなは休めって言ってんだけど・・・」
言って、ユキムラは苦笑を浮かべた。
「俺たちだって話聞きたいって〜!」
「気になって夜も眠れないっスよ」
「いいじゃないデスかー」
「絶対に邪魔しないからッ!」
 少年たちの言うことももっともだ。
 だが、彼らがいては話がなかなか進まないことも、経験上よく分かっている。
「今日は勘弁してくれよ。おツムの弱いユキムラに話理解させるだけでいっぱいいっぱいになるだろうからな」
「あ、何だと〜」
 それがアズマなりの助け船だということを知っているユキムラは軽く言い返した後、 再度少年たちに申し訳なさそうに言った。
「絶対に明日話してやるから、今日は、な?」
 悪い、とリーダーに両手を合わせられては仕方がない。 少年たちは互いに顔を見合わせた後、仕方ないなと肩を竦めた。
「じゃ、約束ですよ?」
「明日、絶対話してくれよ」
「お休み〜」
「お休み」
 大人しく各々の部屋に移動し始めた少年たちを、ユキムラとアズマは安堵の溜息と共に見送る。 彼らの足音が完全に聞こえなくなったところで、二人は踵を返し、 ソファで待たせている都筑の方に向かった。
「お待たせしました」
「いやいや」
 そう言って都筑と向かい合うように二人はソファに腰を下ろす。 ちょうどその時、もう部屋に戻ったのだと思っていたユイが、 その手にグラスを乗せた盆を持って現れた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 都筑と二人の少女、そしてユキムラたちの前にそれぞれグラスを置いたあと、 もう一つ残ったグラスと盆を持って、彼女も空いたソファに腰を下ろした。 どうやら話を聞くつもりらしい。実質的にこのcityのナンバー3に位置する彼女には、 その権利がある。アズマもユキムラも、それを咎めようとはしなかった。
 むしろ、アズマ的には大歓迎である。決してバカではないのだが、どこか感覚のずれているユキムラよりも、 利発な彼女が同席していてくれた方が、何かと助かるだろうと思われたのだ。 が、口に出してしまうとユキムラが拗ねるので、黙っておくことにする。
「・・・ここには、大人はいないのかい?」
 一口お茶を口に含んだ後、唐突に都筑は問った。
「え? あ、いや、一応いる。23歳がここの最年長だ」
「へ〜、そうか。まさか、こんな少年ばかりのcityがあったとはね」
 Fall cityは確かに少年の集まったグループのcityではあるが、 それは戦争終結直後の話であって、今ではどこのFall cityでも、 そこで生活をしているのはかつての少年。もう十分に大人となった者たちだった。 だが、このcityにいるのは、どうやらまだ少年と呼ぶ方が相応しい年代の子供たちばかりのようだった。 今目の前にいる彼らもそうだ。
 そんな未だ幼い少年たちによってFall cityが機能している事は、 俄には信じられない事でもあり、同時に賞賛すべきものだった。
「凄いね」
 感心したように呟き、都筑は再びお茶に口を付けた。
 つられたようにユキムラもグラスに手を伸ばす。歩きっぱなしで相当のどが渇いていたらしい。 一気に飲み干した後、まるで家内に茶碗を差し出すオヤジよろしく、
「ユイ、おかわり!」
と、グラスを渡す。
「はいはい」
 ユキムラのその物言いが可笑しかったらしく、 クスクスと笑いながらユイは受け取ったグラスを持って立ち上がった。
 遠ざかっていくユイの姿をしばし目で追った後、都筑は再びユキムラに問う。
「君が、このcityの子供たちをまとめているのかい?」
「う〜ん。ま、一応そういうことにはなってるけどな〜。 でも、ここのチビたちはいい子ばっかだから、そんなまとめる、って程のこともないけどな」
「そうか。それは、子供たちがいい子だってのもあるかもしれないけれど、 やはり、リーダーがいいから、子供たちもいい子になるんだよ。きっと」
「・・・」
 突然褒められたユキムラは不思議そうに目を瞬いたあと、 何故か頬が赤く染まるのを感じて慌てる。大人に褒められるという感覚が、 とても懐かしいものだったからかもしれない。
「君を見ていると分かるね。子供たちが、君に従うのも」
「い、いや、べつにそんな・・ッ//////」
(・・・・・ユキムラなんか褒めても何も出ないぞ??)
 訝しげな視線を都筑に向けたアズマは、心の中でついそんな台詞を洩らす。 が、勿論それが都筑に伝わるはずもない。なおも彼はユキムラに優しい瞳を向けていた。
「君はさっき、私を信用してくれたね。・・・今度は、私が君を信用しようと思うんだ」
「??」
 都筑の言葉を理解しきれず、ユキムラがしきりに首を傾げていると、 そこへ彼のグラスを持ったユイが戻ってきた。
「はい、ボス」
「お。サンキュ」
 ユキムラにグラスを手渡し自分の座っていた場所に腰を落ち着けたユイが、 ふとフォーラとファータに視線を遣り、首を傾げる。
「あら、お茶、苦手?? ジュースがいい?」
 フォーラとファータが、自分たちの前に置かれたお茶に、 まったく手をつけていないことに気付き声をかけると、 それに返事をよこしたのは少女たちではなく、都筑だった。
「ああ、ありがとう。いいんだ。この子たちは何も飲まないんだよ」
「え?」
 でも、歩きっぱなしでのどが渇いているのではないのかと首を傾げるユイとは対照的に、 アズマは何かを悟ったらしく、ソファに深く沈めていた体を起こした。
「・・やっぱりコイツら、ドールなのか?」
 アズマの問いかけに、ユイが驚いたように二人の少女を見遣る。 どうやらドールのことを知っていたらしい。
「そうだよ」
 静かに頷いて見せたあと、都筑はお茶を飲み干す。 それを見たユイが「おかわりを…」と立ち上がるのを、彼は穏やかな笑みで制した。
「いや、この子たちのを貰うよ」
 言って、隣に座っているフォーラのグラスを手に取った都筑は、 けれどそのグラスに口を付けようとはしなかった。のどはもう潤ったらしい。
「そうだね。何から話そうかな・・・」
 小さな声でそう呟いた都筑は、 手の中にあるグラスを両手で握り締め、僅かに揺らす。 そんな都筑を急かすことはせず、三人はしばし彼と沈黙を共にする。 やがて都筑が、手にしていたグラスを目の前のテーブルに置いたのを見て、 三人も真剣な面持ちで彼の言葉に耳を傾ける。
「君たちは、ゼッタという国を知っているかい?」
「ゼッタ??」
 思わずアズマが繰り返す。
 知っているも何も、この場所に昔あった国の名前ではないか。
 第四次世界大戦までは生き残ったものの、Gg戦で滅びてしまった国だ。 そして、自分たちも昔はその国の民であったのだから、知らないはずがない。
 そんな三人の心情を、表情から読みとったのだろう、 無理に彼らから答えを引き出すことはせず、都筑は続けた。
「では、これは知っているかな? ゼッタの政府が、Gg戦ジージーせんの最中、 国中の発明家や科学者を集め、新しい武器の開発を進めていたことは?」
 三人は一様に首を横に振って見せる。
「そうだ。知らないだろうね。この武器の開発は、 国民にも知らされることなく秘密裏に行われていたんだよ。あるcityの地下研究所でね」
「地下研究所!?」
「って、もしかしてさっきのか!?」
 代わる代わる問いかけてきたユキムラとアズマに、 都筑はもったいぶることなく頷いて見せる。
「私はあそこの研究所で、チーフとして新型兵器の開発をしていた」
「新型兵器??」
 問い返すユイに、都筑は頷き、話を続ける。
「そう。どの国もまだ持っていないような最新の、殺人兵器を、だ」
 そう言って都筑が浮かべた笑みは、どこか自嘲的なものだった。
 そんな彼の表情から、彼が自ら進んで新型兵器の開発に携わっていたわけではないことが窺い知れた。
「で、出来たのか? その新型兵器ってのは」
 自嘲の笑みを口許に刻んだまま、都筑はアズマに視線を移し、答える。
「ああ、完成したよ」
「じゃあ何故だ? 何故オレたちの国は滅んだんだ?」
「少し、遅かったんだよ。新型兵器が完成したと地上に連絡をしたんだけどね、 いくら待っても返事は返ってこなかった。その時には既に、ゼッタの軍隊は壊滅していたよ」
 彼の表情に浮かぶ感情が、喜びなのか悲しみなのか、 三人にはそれを明確に言い切ることは出来そうになかった。
 自分の開発した殺人兵器が使用されることなく戦争が終わって良かったと彼は考えているのか、 それとも、もう少し早くその兵器が完成していれば祖国が滅びることはなかったのにと後悔しているのか。 あるいは、そのどちらでもあったのかもしれない。
「結局、私たちの開発した新型兵器は、地下研究所内に置き去りにされた。 その情報を何処からか手に入れたラジスタ国の人間が、 開発チームのチーフである私を追って来たんだよ。 もしかしたら私の同僚たちも追われているかもしれない。 新型兵器を手に入れるために、ね」
「「「・・・」」」
「あの兵器を使用してはならない。今度こそ、本当に地球が滅びる・・。 だから、私は彼らよりも先にそれを研究所から取り出そうとしたんだ」
「どうして!?」
 たまらず、声を上げたのはユイだった。
「もう戦争は終わったのよ? それなのに何故武器が必要だっていうの!?」
 その問いに、都筑は淋しそうに笑った。
「人間というのは愚かしい生き物だね。戦争であんなに痛い目を見たのに ・・・それでも、征服欲は尽きないんだからなぁ」
「・・で、どうするんだ? まだ研究所内にあるんだろ? その新型兵器ってのが。また取りに行くのか??」
 ユキムラの問いに、都筑は首を振る。
「いや、もう研究所内は、奴らが隅から隅まで調べただろうね」
 大砲をぶち込まなくとも、すでに老朽化していた地下研究所の天井は、 所々に穴があいていた。現に、ごく一部の人間しか知らない出入り口から研究所内に入ってみると、 既にそこには先客がいた。そう、ユキムラたちだ。 あの地下研究所はもう、かつての頑丈な要塞ではなくなっていた。 ラジスタの人間たちも、簡単に研究所への侵入を果たしただろう。
「じゃあ、その兵器はもうラジスタの手に渡ってるってことですか!?」
 僅かに青ざめた顔で問うユイに、都筑は彼女を安心させるように微笑みかける。
「いや、大丈夫。奴らの手には渡っていないよ」
「え?」
「ちゃんと、持ってきたよ」
「え!? もしかして小さいのか!? 見せて見せて!」
「もう、ボス!」
 戦争反対! ではあるが、地球を滅ぼすほどの威力を持っているというその新型兵器に興味はある。 それを間近に見られることが嬉しいらしく、ズイと都筑の方に身を乗り出したユキムラをユイが窘めている。
 アズマはと言うと、
(・・ガキ)
 と心の中で呟きつつ、お茶に手を伸ばす。
 ユキムラの期待のこもった眼差しを受け、都筑はニッコリと微笑んで言った。
「これだよ」
 そうして指差された先に視線を遣り、三人は思い思いのリアクションを返した。


「はい────────────────────ッッッ!!!!!」
「・・・・・なんかそんな展開だと思ったのよ〜(涙)」
「ブフゥッッ!! ゲホッ、ゲホッ。う、嘘だろ〜!!?」


 ユキムラの絶叫を聞きつつ、涙するユイと、豪快にお茶を吹き出すアズマ。
 話の展開からして、うすうす予感していたことではあった。あえて考えないようにしていた。 だが、やはり、悪い予感の的中率は何故か高い。見事正解★
 ・・・・できる事ならば、裏切られて欲しいと心の隅で願っていたのだが。
 都筑が指差していたのは、ユキムラの隣でちょこんと大人しく座っている二人の少女だった。




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