爆発の余韻が完全に消えたところで、唐突に「あ」と声を上げる者がいた。 少年たちの視線が、不思議な少女たちからC−city最年長―と言っても23歳だが―の青年へと一斉に移される。
「何だ? オーディー」
 何かを思いついたものの、それを口に出す事はまだ出来ないのか、 難しい顔で腕組みをしていた唸っていた青年−オーディーだったが、アズマに問われ、彼はようやく口を開いた。
「・・いや、この子たち、ドールなんじゃないかなと思って・・」
「「「「「「ドール??」」」」」」
 間髪入れず、一斉に問い返される。どうやら自分しかドールのことを知っている人間がいないのだと 悟ったオーディーは、少年たちをゆっくりと見回しながら口を開いた。
「確か俺がまだガキの頃だったんだけど、ドールってのが流行ったことがあ ったんだ。ドールってのは・・・まあ、言ってみれば動いて喋るリカちゃん人形みたいなもんかな」
「「「「「「動いて喋るリカちゃん人形ォ??」」」」」」
 少年達の頭上に、更に?マークが飛びかう。
「そう、勝手に動いたり喋ったりする人形・・ロボット・・いや、 アンドロイドって言った方がいいかな。・・・・ペットロボットはみんな知ってるだろう?」
 オーディーのその言葉に、一様に少年たちは首を縦に振る。
 今では全くその姿を見なくなったが、ペットロボットというものは、 戦前は彼らとも大変に馴染みの深いものだった。
 地球上から生物がその数を激減させていった時代、 ついに人々はペットを新たに飼うことすら禁止された。 そのことをうけ、開発されたのがペットロボットだった。
 それは従来までの無機質で、あくまでもオモチャであったロボットとは全く違った。 毛並みや肌触り、仕種、全てが本物の動物に似せて作られたロボット。それがペットロボット。
「それの、人間バージョンだよ」
 ペットロボットで大成功をおさめた会社は、さらなるステップアップを試みた。 そして開発されたのが、ペットロボットの人間バージョン、アンドロイド。 長年、研究はされてきたが、道徳的・人道的問題からなかなか販売にまでこぎ着けなかった 人型アンドロイド。これが、ドールという名で売り出されたのはペットロ ボット発売から三年後のことだった。だが、小型のペットロボットとは違い、大き さ・機能共にペットロボットの何倍もの費用と時間を掛けて作られたドールを手にす ることができたのは、一部の金持ちだけ。一般人の目にはほとんど触れる事のなかったドールだ。 少年たちがドールの事を知らなかったのも無理はない。更に、このドールが少年 たちの記憶に残らなかったのにはもう一つ理由がある。ドールの発売期間である。
 ドールはその発売から僅か一年あまりで、販売を禁止された。その理由はやはり 、道徳的・人道的見地からくる多くの批判であったらしい。
「俺も雑誌で見たくらいだったんだけど多分この子たち、そうだと思うよ」
 オーディーの説明に耳を傾けたていた少年たちは、改めて二人の少女をもの珍しげに眺める。
 好奇の目を向けられているにもかかわらず、相変わらず少女たちは無表情のまま立ち尽くしていた。
「・・・コイツらが、ドール?」
 恐る恐る手を伸ばし触れてくるユキムラに、少女たちは視線を遣 っただけでその手を払う事も、嫌がる事もなく受け入れた。
 いや。拒んだのは、あるいはユキムラの方であったのかもしれない。
「!」
 突然、弾かれたように彼女たちの腕に触れさせた手を引く。
 そんなユキムラに、アズマが訝しげにな視線を遣った。
「どうしたんだ?」
「いや。冷たくて・・ビックリしただけだ」
 改めて触れた彼女らの肌は、その質感こそ自分たちと何ら変わり はなかったのだが、人間であれば当然そこにあるはずの温もりを持っていなかった。 すべらかなその肌に纏うのは、まさに機械の冷たさ。
 一瞬、沸き上がったのは、驚きと言うよりも、畏怖と言った方が正しいものだったのかもしれない。 何処からどう見ても人間にしか見えない彼女たちが、人間ではないのだという事実。 人間が生み出した、人間よりも優れた人間への畏怖。
 指先に残る冷たさを消そうしてだろうか。ユキムラは無意識の内に、きつく拳を握りしめていた。
「「・・・イヤ?」」
「え?」
 唐突に降ってきた声に視線を移す。その視線の先には、自分を真っ直ぐに見つめている二人の少女がいた。
「・・何だ?」
 問いの意味をはかりかね、問い返してみると、少女は僅かに言葉を補うようにして繰り返す。
「フォーラ、イヤ?」
「冷たいファータ、イヤ?」
「??」
 やはり意味が分からない。
 助け船を求めて周りの少年に視線を遣るが、誰もが皆、僅かに肩を竦めてみせただけで助けてはくれない。
 困りはてているユキムラの隣に立っていたアズマが、不意に彼の隣に膝をついた。 ユキムラに向けられている少女たちの瞳を見遣り、アズマはすぐにその質問の意味を悟る。
 冷たく光っているだけだと思っていた。感情を宿すことを知らないのだと思っていたそ の金色の瞳が、僅かに曇っていた。その翳りの示す感情はきっと、不安。いったい何に不 安を抱いているのかというと、それはきっと。
「・・・自分たちが冷たいから、ユキムラに嫌がられてるんじゃないかって、そう言いたいんだよな?」
 と、言葉少なな少女たちと、鈍チンのユキムラに助け船を出してやる。
「え? そうなのか?」
 訊ねると、二人は同時に頷いて見せた。
「・・・・」
 僅かの驚きを持って二人を見つめているユキムラの隣で、アズマが少々呆れたような …けれど、どこか優しい顔でユキムラと少女たちとを見つめていた。
 しばしの沈黙の後、ユキムラは優しい笑みをその面に浮かべた。
「ゴメン。ちょっと驚いただけだ。別に、嫌なワケじゃない」
 そんな自分の言葉に、彼女たちの瞳から翳りが消えていくのを見たユキムラは、 そこで初めて彼女たちの瞳に浮いていた不安の色に気付いた。こういう時、 自分の鈍さを歯痒く、そして、申し訳なく思うのだ。その詫びを込めて、 先程はすぐに離してしまった少女たちの手を、両手にそれぞれ握りしめる。
「冷たいのが何だ。オレだっていつも手ェ冷たいんだぞ。冷え性だから。 あ、手が冷たいのはな、心があったかい証拠なんだゾ。オレって熱いハートの持ち主だからな」
「何バカなこと言ってんだ、お前は」
 冗談めかして言うと、すぐさま横のアズマに頭を小突かれた。
「ははは、ボス。心が冷たいから手も冷たいんだって説もありますよ〜?」
「うるさいわ!」
 少年たちの間にも穏やかな雰囲気が戻ってくる。そんな空気の中で、 ユキムラに手を握られた少女たちの表情が僅かに緩んだのを、彼は見逃さなかった。
「お前、名前、フォーラって言うんだな? お前はファータか」
 それは、彼女らの腕に刻まれてあったのと同じ言葉。
 ユキムラの問いに、二人は頷いて見せる。
「オレはユキムラだ。コイツはアズマ。・・・以下略!」
「うわ、ヒドイっスよ〜、ボス」
「俺らのことも紹介してくれよ〜」
「いっぺんに言ったって覚えられるわけないだろ。徐々に覚えていけばいいんだ。な?」
「「うん」」
 彼の口ぶりから、どうやらこの少女たちをC−cityに連れて帰るつもりらしいユキムラに、 アズマは口を開く。別に、反対するつもりではないが、少々不安を覚えずにはいられなかった。
「・・なあ、ユキムラ」
「何だ?」
「コイツら、ドコにいたんだ?」
「う〜んと・・・地下の、地下。隠し階段みたいなのがあって・・ 下りて行ったら、コイツらが箱の中に入ってて」
 ユキムラの答えに、アズマは指を口許に当てて黙り込んでしまった。
 その仕種が、アズマが何か考え込む時の癖だということを知っている ユキムラが、それがどうかしたのかと声をかけるが、
「いや・・」
 と、返ってきたのは何とも曖昧な答えだった。
(・・・何でただのドールが地下の地下・・・更に、隠し階段なんかの先にあるんだ? いくら販売が中止されたからってこんな厳重に隠す必要があったのか?)
 と、かなり真剣に考え込んでいると、
「おいおい、アズマ。何があったのかは知らないけど、あんまり悩んでると、いつかハゲるぞ?」
 などという、とんでもなくありがた〜いお言葉をいただいてしまったので、
「お前な〜、何で俺がこんなに真剣に考えてると思ってんだ、あァん? お前がいっつもいっつもおかしなコト持ち込んで来て下さるからだろーがよぉ。 こう毎度毎度厄介事持ち込まれてりゃ、お前が絡んでることとなると、 何歩も先読まねーと、ナンバー2なんてやってらんねーっつの。そこんとこいい加減分かれよ!!!!」
 という長い独白は心の中だけにとどめておき、今の気持ちを簡潔に、
「お前は考えなさすぎだ!!!」
 と、怒鳴りつける。同時に、一発ユキムラの頭をはたく事も忘れない。
「いてッ。何すんだよ〜」
 と文句は言いつつ、勿論本気で怒っていないユキムラだったのだが。
「・・何だ?」
 叩かれた当の本人ではなく、その傍らに佇んでいたフォーラとファータが、 憮然とした面持ちでアズマを見つめていた。 いや、睨み付けていたと言う方が正しいだろう。
 その事に気付いたユキムラが、笑いながら二人に言う。
「何だ? オレがいぢめられたと思って怒ってくれてるのか? 大丈夫。別にいぢめられたわけじゃないから。な?」
「スキンシップだ」
「そうそう」
「愛情表現、愛情表現」
「そうそう。愛情ひょう・・・・いや、待て! ソレは激しく違うと思うゾ!?」
「何が違うってんだ? ユキムラ。俺が時折お前に体罰を与えるのも、アレも愛情表現だぞ?? 愛情表現以外のなにものでもない。そう、愛情表現だ!」
「・・・お前、愛情表現の意味をもう一度よーく考え直した方がいいぞ」
 ユキムラとアズマとの間でかわされている言葉のキャッチボールを、 フォーラとファータは真剣に聞いていた。それは、幼い子供が周りの人間から言葉を習って いる様子によく似ている。・・が、この二人によるキャッチボールは、幼い子供が 習うには、球が早すぎたかもしれない。もしくは、習ってはいけない悪送球。
「・・・にしても」
 一通りユキムラをからかい終えたアズマは、溜息混じりに洩らす。
「変だと思わないか?」
 と問いかけてみても、誰一人として賛同してくれる者はいない。 それどころか、「何が??」と幾つもの顔に見つめ返され、 アズマは再び溜息をついた。リーダーの影響か、皆呑気すぎる。その事をつっこむ べきか否か迷ったアズマだったが、そんな事をいちいち言っていては話が進まないと、切り捨てる。
「変だろう? 何だってただのドールがこんな地下室に隠されてるんだ?」
 そこまで言って、ようやくアズマの賛同者がちらほらと見え始める。
「言われてみれば」
「あ〜、確かに」
「え? でも、ドールの販売が禁止されたから隠したんじゃねーの?」
「いや、それはないよ。確かにドールの販売は禁止されたけど、別に回収が言い渡 されたワケじゃない。ただ、新たなドールの販売と、ドールを動かし続ける ための燃料の販売がなくなっただけだ」
「燃料がきれたらドールは本当にただの人形になる」
「別に人形を持ってたって罰されたりはしないわな〜」
「な? 何か、コイツら、ただのドールじゃないかも、って感じがするだろ?」
 アズマが少年たちを見回したその時だった。


「その通りだよ」


「!!?」
 全く知らない声が、少年たちに降りかかる。
 慌ててそちらに視線を遣った少年たちは、そこに見知らぬ大人が立っていることに気付くと、 すぐさま腰のレーザーガンに手を遣る。彼らは、大人に対して、良い感情を抱 いていなかった。C−cityが子供だけのcityだと知り、荒らしにやってくる 汚い大人しか、彼らは知らなかったからだ。その所為で。何よりもまず警戒心が先に立つ。
「こらこら、待て」
 立ち上がってそれを制したのは、リーダー・ユキムラの穏やかな声だった。
 緊迫していた場の空気が途端に和らぐ。
 それを認めたユキムラは、少年たちの前に出ると、彼らが止めるのも聞かず、突然現れたその大人の前に立った。
 埃まみれのスーツを纏ったその男は、40代中頃だろうか。 元は綺麗になでつけられていたのだろう黒髪は乱れ、その所々に白い物をまじらせていた。 フレームの小さな眼鏡を、絵本の中のおばあさんよろしく鼻の上にのせている。 どことなく、妖しさ満載な男なのだが、ユキムラは彼が自分たちにとって危険な人間ではないことを 本能的に感じ取っていた。一瞬ではあれ、銃を向けられかけたのだというのに、 その男が微笑を浮かべていたのも、ユキムラの警戒心を解いた要因の一つだった。 その笑みは、余裕の表れと言うよりも、彼の穏やかな性格をよく表しているようだった。 彼とは全く面識のないユキムラでさえ、それを感じ取ることができる。
「・・どちらさんですか??」
 無遠慮に訊ねてみると、男はにこやかに答えを返した。
「ああ、突然済まないね。私は都筑つづき。都筑秀一というものだ」
「都筑秀一!?」
 唐突に声を上げたのはオーディーだった。
「都筑秀一って、あの都筑博士ですか!?」
「は? 誰??」
 全然知らないと、首を傾げるユキムラに気を悪くすることもなく、 都筑と名乗った男は微笑んだまま立っていた。逆に慌てたのはオーディーである。
「こら、ボス!!」
「んぐッ」
 それ以上ユキムラが失礼なことを言う前に彼の口を両手で塞ぎながら、 オーディーはこれまた「誰??」と顔に書いている少年たちに向かって早口に言い放つ。
「超有名な発明家だよ。さっき話したペットロボットの開発にも貢献してる!  それに戦時中には色んな武器も開発してる人だ!・・・ですよね!? あの都筑博士ですよね!?」
「そうだよ」
 憧れのアイドルに会えたかの如く興奮した様子で喋るオーディーに、都筑はゆっくりと頷いて見せた。
「詳しいな、オーディー」
「エンジニアを目指す者としては当然だ」
 感心したように洩らしたアズマに、オーディーは少し得意げに答えた。
 戦前、彼はエンジニアになるのが夢であったのだと、少年たちも何度か聞かされたことがあった。 実際、C−cityでも彼は唯一のエンジニアとして頼もしい存在だった。 彼らの持っているレーザーガンも、戦場に落ちていたものを彼が修理したものだった。
「んんッ! ん〜!!」
「あッ、ボス、悪い!」
 ユキムラの存在をすっかり忘れていたオーディーは、 彼の抵抗が激しくなってようやく彼の口を塞いでいた手を放す。
「こ、殺す気かッ!?」
 微妙に鼻も塞がれていたらしいユキムラは、涙目でオーディーを睨みつつゼェゼェと肩で息を繰り返す。
「惜しかったな、オーディー。あともう一息だったのにな」
「アズマ! さてはお前気付いてただろ!!?」
「・・・・・・・・・・・。そんなコトない」
「ある!!! 」
 と、呼吸を止められていたのに加え、その不足分の空気を補う間 もなく怒鳴り声を上げた彼は、ゲホゲホと激しく咳き込む。
「大丈夫かい、おとっつぁん」
「げほッげほッげほ」
「それは言わない約束よ」
「ぐはぁッ」
 誰と誰の会話とは明記しないが、再び始まった彼ら特有の言葉のキャッチボールを、 都筑は「おやおや」と、呑気に眺め笑っている。が、その細められていた瞳が唐突に見開かれ、 驚きの色を示したのは、その直後だった。その見開かれた瞳に映っているのは、 ユキムラの元に心配そうに駆け寄ってきた少女たち。しばし茫然と少女たちを見つめた後、 都筑は誰にも気付かれる前に、その表情を消した。すぐさま彼の顔に戻ってきたのは、 先程まで彼が浮かべていたのと同じ、穏やかな笑み。いや、違う。その顔に浮かべたのは、 彼が今まで見せていたものよりも、もっともっと優しい笑み。
「起きたんだね。フォーラ、ファータ」
 そして、穏やかな声音で、少女たちの名を呼ぶ。
 それに反応したのは、その名を呼ばれた少女たちではなかった。
「コイツらを知ってるのか!?」
 未だ不足分の空気を補うことに必死になっているユキムラの代わりに、アズマが声を上げた。
「ああ、知っているとも」
 ゆっくりと頷いて見せた後、都筑は静かに言った。
「この子たちは、わたしが−」
 と、唐突に言葉を切った都筑が、天井を仰ぐ。 その表情が険しいのを見たアズマが、訝って眉を寄せた、その時だった。


 ドオオォォン!!


「な、何だッ!?」
 突然、爆音と共に空気が激しく揺れた。それは、 彼らのよく知っている感覚。彼らの恐れる感覚だった。
 爆音に驚いたのか、フォーラとファータがしがみついてくる。 それに気付いたユキムラは、大丈夫だと言うように二人を抱き寄せた。


 ドオオォォ ────・・ン!!


 彼らの驚きが醒めやらぬ内に、再び頭上で爆音が響く。
「爆弾!?」
「嘘だろッ!!?」
「何で!? 戦争は終わったじゃないか!!」
 たちまちの内に少年たちはパニックに陥る。
 戦時中に比べれば本当に小さなものでしかない爆音ではあったが、 それでも、彼らを恐慌に来すには十分すぎたようだった。 物心つかぬ内から戦争の真っ直中で生き、何度も命の危機に晒されながら、 それでも懸命に生きてきた。生き延びてきた。 たくさんの死を見つめてきた。その時の記憶が蘇る。 辛い時代、過酷な時代を生き延びる事が出来たのだというその記憶は、 確かに喜ばしいものではあったが、決して快いものではない。 唐突に蘇るのは、そんな記憶。鳴りやまない爆音と襲い来る爆風。 あたりを染める血の匂いと、あたりを埋め尽くす死体。その中に転がる大切な人の亡骸。
 繊細な少年たちの中、恐ろしく、辛い経験が植え付けていった傷は、未だ癒えずにいるのだ。
 それを疼かせるのには、この爆音一つで十分だった。
「落ち着け!」
「みんな、落ち着くんだ!」
 年長者のオーディーやアズマの声も届かぬほど、 完全にパニック状態に陥った少年たちを救ったのは、ユキムラだった。
「落ち着け!!」
 その一言。
 その一言が響いた途端、その場は波を打ったようにしんと静まりかえっていた。
 未だ恐怖に表情を凍り付かせたままの少年たち一人一人を見遣り、ユキムラはもう一度言った。
「落ち着け。大丈夫だ。な?」
 少年たちの顔から、緊張の色が薄れていくのをアズマは見つめていた。
 まったく不思議なものだ。
 ユキムラは、落ち着けと言っただけだ。それは先に自分が試し 、少しも彼らに届くことのなかった言葉だというのに、 ユキムラは同じその言葉で、彼らを静めてしまった。
 アズマは小さく溜息を洩らす。
(こういう力はあるんだけどな〜)
 心の中で思わず愚痴る。
 ユキムラには人を惹き付け従える力があるのだろう。それは認める。 認めるが、もう少しそれを普段から発揮して欲しい。そして何より、 そんな力を備え持つリーダーらしく自分の行動には責任を持って欲しいものだ。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではないらしい。


 ドオオォォ ─────ン!!


 再び響く爆音。
「おい、都筑博士とやら」
 唐突に響き始めた爆音。そして、同じく唐突に現れたこの男。関係ないはずがない。
「いったい何が起こってるんだ!?」
 アズマの問いに、さすがに都筑もその表情に笑みを保ってはいられなかったらしい。 再度響いた爆音と、それに伴って天井からパラパラと舞い落ちてくる埃を見遣った後、 何も言わずに歩き始めた。
「おい、ちょっと──」
 アズマの言葉を遮るようにして、都筑は歩みを止め、言った。
「上にいるのはラジスタの軍隊だ」
「ラジスタの軍隊!?」
 それは、現存する国の中でもっとも小さな国の名。 それは分かった。分かったが、何故ラジスタが軍隊を出動させているのか が分からない。見当もつかない。
「話は後だ。とにかくここから脱出しよう」
「脱出ったって、上にいるんだろ!?」
「もう出らんねーじゃん!!」
 悲鳴にも似た声で訴える少年たちに、都筑は静かに言った。
「こっちだ。この地下通路は隣のcityまで続いている。そこから外に出られる。ついておいで」
 早口に言うと、都筑は再び歩を進め始めた。
 少年たちは、そんな都筑の後ろ姿とリーダーとを代わる代わる見遣る。
 どうするんだと問うてくる少年たち視線に、ユキムラは僅かの逡巡も見せず、答えた。
「行こう」
 それに反発したのはアズマだった。
「待て、ユキムラ! アイツを信用するのか!?  アイツはラジスタに追われてるんだぞ!?  アイツと一緒にいたら、俺たちまで狙われるかもしれない!!」
「でも今は、とにかくここから出なくちゃどうしようもない。 このまま埋められるわけにもいかないだろ」
「そうだが・・!」
「大丈夫。あの人は信用しても大丈夫だ」
 ユキムラは言った。その言葉は、アズマだけではなく、 不安そうな表情をしている少年たちにも向けられていた。
「オレの勘は外れない。大丈夫、あの人は大丈夫だ。 ・・みんなはあの人を信用しなくてもいいんだ。 オレの勘を信用すればいい。オレが信用できるなら、一緒に行こう。な?」
 ユキムラのその言葉に、アズマは小さく肩を竦めて見せた。
「・・仕方ない。そこまで言われちゃあな」
 そんなアズマの言葉に笑った後、ユキムラは都筑の後ろ姿を見遣る。 相変わらず歩みを止めはしないが、自分たちが来るかどうか心配しているのだろう、 急がねばならない状態だというのに、いやにゆっくりと歩いている。 そんな都筑の気遣いも、ユキムラが彼を信用した理由の内の一つだった。
「さ、行くぞ!」
「イエッサー!!」
 駆けだしたユキムラの後を、二人の少女とアズマ、そして、少年たちがついて走り出したのだった。





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