「ダメだ。開かない」 この台詞を言うのも、もう何度目になるだろう。 仲間たちに、金目の物のついでに探されていることなど露知らず、 ユキムラは地下に広がる廊下を歩いていた。 廊下には所々部屋があった。だが、どの扉も硬くその口を閉ざしている。 扉は頑丈に出来ている上、全てオートロック式になっているらしく、 パスワードを入力しなければ開かない仕組みになっているようだった。 中に人がいるのではないかと扉をノックしてみたりもしたのだが、どの部屋からも反応はなかった。 電気は通っているようだが、この地下室に人はいないらしい。 再び現れた部屋の扉を叩いてみる。が、やはり反応はない。 「・・・・ダメだな」 扉を開けることを諦めたユキムラは、 とりあえずこの地下に広がる空間が何処まで続いているのかを確かめる事に専念したらしい。 次々と現れる扉に視線を遣りはするものの触れることはせず、ただ歩を進める。 カン、カン、カン、カン。 無機質に響く自分の足音に耳を傾けながら、四角いその空間を歩いていく。 歩いても歩いても、何もない。規則的に並んだ扉と、低い天井に並んだ明かり。 人の気配のしない空間。そろそろ見飽きてきた。 「ん?」 と、不意に足下に違和感を感じた、次の瞬間。 「うっ!? わッ、わああああッッ!」 突然、地面が目の前に迫る。反射的に差し出した手に鈍い痛みが走って、 ようやく彼は気付く。どうやら転んだらしい。天井に並んだ明かりを見つめながら歩いていた所為で、 足下に転がっていた分厚い鉄板に気付かなかったのだ。 「いってェ〜」 腕をしたたかに打ったユキムラは、盛大に顔をしかめる。 「畜生、何だってこんなトコにこんなもんが−」 と文句を言いかけて、やめる。 自分が転んだ原因となった分厚い鉄板を睨んだその瞳が、驚きに見開かれる。 鉄板の下に、黒い穴が顔を覗かせていたからだ。 「何だァ?」 重量のある鉄板をズルズルと横に移動させるとそこに姿を現したのは、四角く切り取られた大きな穴。 そして、その穴の先には階段が続いている。 だが、それがどこまで続いているのかは分からない。 その穴の中には電気は灯っていなかった。 「・・まだ下があるってのか?」 そこから続く階段が、それを肯定していた。 「・・・・・」 行くべきか行かざるべきか。 彼の逡巡は、本当に僅かなものだった。 「よし、行く!」 いわゆる隠し階段、だ。彼の旺盛な好奇心が刺激されないはずがない。 意気揚々と階段を下り始めたまでは良かった。だが、すぐにユキムラは不安を覚える。 真っ直ぐ下に伸びているのだと思われた階段は、緩く螺旋を描いているようだった。 その所為で、すぐに上の廊下から差し込んでくる光も届かなくなり、何も見えなくなってしまったのだ。 そして今、ユキムラは完全に闇の中に飲み込まれてしまっていた。 引き返そうかとも思ったが、せっかくここまで下りてきたのだ。どうせなら最後まで行きたい。 「もうちょっと・・もうちょっとだけ行こう」 狭い空間に反響した自分の声に励まされ、再び階段を下り始める。 周りは完全な闇。ユキムラはすぐに視覚に頼る事をやめた。壁に手を当て、用心深く下へ下へと下りていく。 冷たい壁の感触と、自分が目を開けている事すら疑問に思うような闇。 そんな空間にいる所為か、階段がいやに長く感じられる。 もしかしたら、本当に長かったのかもしれない。そろそろ戻ろうかと考え始めた矢先、階段が不意に途切れた。 「うっわ」 階段があるのだと思い込み踏み出した足が、予想外の展開にたたらを踏む。 ユキムラはまたもや冷たい地面と親密になりそうになりながらも、何とか堪える。 そろそろと足を伸ばして、辺りを探ってみるが、もう階段はないようだ。 次に、用心深く手で前を探ってみると、冷たい感触にぶつかった。 それは、先程までさんざん叩いたり押したりしていた感触と同じ。 どうやら、目の前には扉があるらしい。 「ちぇ、またドアか〜」 ここまでの道のりで、この扉がどれほど頑丈に出来ているのか、 そして、どうあってもこの扉が開かないのだという事はよく分かっている。 何か面白い物があるのではないかとワクワクしていたユキムラは、大いにガッカリする。 だが、暗い中、頑張って階段を下ってきたのだ。すぐさま諦めてしまうのも癪だったらしい。 彼がすぐに方向転換をすることはなかった。 扉に両手を触れさせると、僅かに力を込めて押してみる。 「う〜ん。ダメか」 やはり、軽く押しただけではビクともしない。 意味なく腕まくりをすると、扉から少し距離をおき、 「っしゃ」 気合いを入れ、駆け出す。強行突破を試みたらしい。肩で扉に体当たりをかます。 と、 「っだあああああああッッッ!!!」 扉は呆気なく開いた。 その所為で、勢いよく部屋に突入したユキムラは、またもや床と仲良しこよしになる羽目となった。 ゴロゴロゴロ─────・・・ と、勢いよく転がった末、 ────ガン!! と、景気よく何かに頭をぶつけて止まった。 「いッ、いってェ〜!! くっそ〜。いきなり開くなっつーの」 目の前でチカチカと散っていたお星様が消え、ユキムラは辺りが相変わらずの暗闇である事に気付く。 「・・・何だ? 中も真っ暗────っわ」 そんな文句に応えるかのように、突然明かりが灯り、ユキムラを飲み込む。 しばし光から遠ざかっていた瞳に突然の明かりは眩しすぎた。きつく瞳を閉ざす。 そのまま瞼の裏から光を眺めた後、恐る恐る瞼を持ち上げたユキムラは目を瞠った。 「・・・・・何だ、ココ・・・」 見渡す限り、機械機械機械。コンピューターが2、3台。 そして、他にもいったい何に使うのか、ユキムラには想像も付かないような機械が、 そう広くもない部屋の中を覆い尽くしていた。そんな部屋の中央、 そこに何か大きな箱が置いてある事に気づいた。恐る恐るそれに近付いてみる。 「・・・・・・・・・か、棺桶??」 近付いてみて初めて、それが棺桶の形をしていることに気付いたユキムラは、2、3歩後ずさる。 「・・・・・・」 開けるべきか否か。 「う─────ん」 腕を組み、真剣に考え込む。これにはさすがのユキムラもすぐに答えを出す事は出来ないでいるらしい。 もし、本当にこれが棺桶で、中に死体が入っていたら・・・?? それは、御免被る。 絶ッッッ対に見たくない!! だが、棺桶と見せかけて、実は宝箱だったりするかもしれない。 しばらく腕組みをしたままその場に突っ立っていたユキムラだったが、 ムクムクと沸き上がる彼の好奇心は、ひたすら彼に「開けろ!」と囁きかけている。 「うーーーーん」 たっぷりと熟考した後、 「よし」 覚悟を決めて、棺桶型の箱に手を掛ける。 「そっと開けてみよう。そぅっと」 そっと開けてみて、ヤバそうだったらすぐさま閉めればいいのだ。 と妙な納得の仕方をしたユキムラは、そろそろとフタを持ち上げていく。 僅かに空いた隙間から、中を覗いてみる。 が、今のところ死体らしき物は見えない。 「よーし、思い切っていってみよう」 誰にともなく声をかけた後、ユキムラは潔くフタを引っぺがした。 と、 「・・・・・・・・・!!?」 彼の手から滑り落ちたフタが、ガランガランと大きな音を響かせる。 耳に障る音だったが、ユキムラはそれに反応することなく、茫然と箱の中にあるモノを見つめていた。 そこにあったのは死体でも、お宝でもなく、 「・・・・・・こ、子供??」 箱の中では、二人の幼い子供が眠っていた。 その明るい肌の色からして、死体ではないようだ。 その予想だにしない箱の中身にも驚いたが、更にユキムラを驚かせたのは、 そこに横になっている二人の子供が、まったく同じ姿形をしていることだった。 「双子、か?」 子供たちの足下に立ち、ユキムラはまじまじとその子たちを眺める。どうやら女の子らしい。 今は閉ざされていてその色を知ることは出来ないが、子供特有の大きな瞳。 小さな鼻と、赤い唇。肩にかかるか、かからないかのブロンドはフワフワとして柔らかそうだった。 と、まったく同じだと思っていた二人の少女の異なる点に気付く。 髪の長さだ。 向かって左側の少女の髪は肩まで伸びているのに対し、右側の少女の髪は短い。 耳元で可愛らしくはねていた。一つ目の相違点。 眠っているのだろうか。いや、死んでいるのかもしれない。 だが、それにしては肌の色が明るい。唇も赤い。 「何だってこんなトコロに…??」 訝しげに首を傾げながら、ユキムラは二人の少女をまじまじと見つめる。 「ん?」 彼女らの腕に視線を遣ったとき、ユキムラは不思議なものを見つけ、思わず覗き込む。 彼女ら右腕から何本もの細い管が伸びていた。点滴のようでもあるが、 不透明なその管の中を何が通っているのか、もしくは何も通っていないのか、 それを知る事は出来なかった。そして、その管が何処まで繋がっているのかも分からない。 長く伸びた管は、壁際にひしめいている機械の間に飲み込まれていた。 そして、次に気付く。二つ目の相違点。 彼女たちの腕に、何やら文字が刻まれてあったのだ。 左側の少女は右腕に。右側の少女は左腕に、それぞれ違った文字が刻まれてある。 「何だ? これ。・・・・名前、か?」 左側で横たわっている少女の腕に刻まれたその文字をなぞってみる。 その肌は滑らかで、けれど、驚くほどにひんやりとしていた。 「・・フォーラ?」 次は、右側で眠っている少女の文字を。 「こっちは、ファータ・・?」 と、その時だった。 |