そして、1時間後。


 今や張り切って辺りを闊歩しているのはユキムラ一人になっていた。 他の少年たちは皆疲れ果て、瓦礫の上に座り込んでいる。
 アズマもそんな内の一人だった。
「アズマさーん、やっぱ、何もなかったですね」
「そうだな。何もなかったな」
 答えて深い溜息をついた後、アズマはふと気付く。
「アレ? あのバカリーダーはドコ行った??」
 一応、cityリーダーを務めているユキムラなのだが、どこかそそっかしいところのある彼から、 ナンバー2であるアズマは常に目を離さないようにしていた。疲れている今この時でもそれは怠らない。 否。疲れている今だからこそ、面倒事を起こされたくないのだ。 いつにもまして監視の目を光らせていなければ、 と彼が視線を巡らせると、隣にいた少年がアズマの後方を指差す。
「ボスですか? ボスならあそこに・・・・・・・って、 ええええええええええぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!??」
「うわあああああ、ボスが−−−−−−−−−−−−ッッッ!!!!」
「今度は何しでかしやがった、あのバカッ!」
 突然、メンバー達の間から沸き上がった絶叫に、アズマは慌てて立ち上がり辺りを見回す。 その口から出た怒声は、「ユキムラに何かあったのか!?」というものではなく、 「ユキムラが何をした!?」という、今までの経験を非常によく表したものだった。
「・・・・ん?」
 訝しげに眉を寄せ、アズマはゴシゴシと目を擦る。 だが、視界を遮るものなど何もないというのに、その視界にユキムラの姿をおさめることができなかったのだ。
 しきりに首を傾げていると、絶叫を上げた少年たちがわらわらとアズマの元へ駆け寄って来た。
 そして、
「アズマさん! ボスがいなくなった!!」
「突然視界から消えたんスよッ」
「一瞬にして!」
「神隠しにあったんじゃ…!?」
 口々に言う。
 簡潔にまとめると、ユキムラが一瞬にしてその姿を消した。ということらしい。
「・・・・・」
 アズマは沈黙する。
 そして至極真面目に一言。
「あいつ、瞬間移動が出来たのか・・・!!」
((((((・・アホだ。コイツもアホだ))))))
 思わず口をついて出そうになった言葉を、メンバーの少年たちは必死で飲み込む。
「で、ユキムラはドコに行ったんだ?」
「いや、だから、消えたんですよ!」
「はぁ??」
「ホントだってば」
「こっちですよ」
 混乱気味の口調で繰り返す少年たちに、ユキムラが消えたという現場まで連れてこられたアズマは、なるほどと頷いた。
 そこで彼が見たものは地面にぽっかりと口を開けた直径2m程度の穴。
 みんなして地面に這いつくばり、穴の中を覗き込む。と、少年たちは思い思いに溜息を吐いた。 安堵の溜息、呆れ混じりの溜息。
 ちなみに、アズマが零した溜息は、誰のものよりも大きかった。 そして、その溜息を形作っている主な成分が呆れであった事は言うまでもない。
 ユキムラは神隠しにあったわけでも、勿論、瞬間移動をしたわけでもなく、ただ単に穴に落っこちただけだった。 その証拠に、穴の底では何処か酷く打ちつけたのか、床を転がり回って呻いているユキムラがいた。 ホッとしたと同時に何故か腹が立つのもまた事実。
 あのまま見つからなかったら見つからなかったで、自分の心配の種が消えていただろうに、畜生!
 というわけではない。確かに、彼の世話は非常に疲れるというのは事実である。だが、アズマもそこまで鬼ではない。
 沸き上がったこの腹立たしさも、ひとえに彼への心配から転じたものだろう。
 と、自分に言い聞かせる。アズマは心中の葛藤に終止符を打つと、
「お〜い。大丈夫か〜?」
 大丈夫じゃなさそうだな〜、と思いつつ、お決まりの台詞を口にしてみる。すると案の定、
「大丈夫そうに見えるのか!? えぇッ!?」
 という、怒鳴り声が返ってきた。大丈夫じゃないと訴えているようだが、 それだけ怒鳴れれば大丈夫だろうとアズマは判断を下す。だが、余程痛かったのだろう。 穴の底から自分を睨み上げているユキムラの目にうっすらと涙が溜まっているのが分かった。
「ざまあみろ」
 いつもいつも自分を手こずらせるから痛い目を見るんだ、と思わず笑ってやろうかと思ったのだが、 その言葉を口にする前にアズマはあることに気付いた。
 ユキムラの姿が、よく見える。その暗紫の瞳に滲んだ涙でさえ克明に見る事が出来るのだ。 アズマの視力が原始人なみだからである。というだけでは片付けられない。 いくら原始人なみに視力が優れていようとも、光源がなくてはものを見る事は出来ない。 つまり、穴の中が明るいのだ。 改めて穴の中を見回してみると、驚いたことにその穴の中には電気が灯っているようだった。
「あ、アズマさん。あっち、階段がありますよ!」
 アズマと同じく、穴を覗き込んでいた一人の少年が穴の奥を指差す。 どうやらそこは地下室か何からしい。彼の指差す方に視線を遣ったアズマは、 確かにそこに階段があることを認めると立ち上がった。
「お、スッゲー。地下室??」
 と、穴の中から聞こえてきたユキムラの呑気な言葉に、アズマはハッとなって再び穴を覗き込む。
「ユキムラー! いいか!? 俺が行くまでそこを動くなよ!? いいか。1mmだって動くなよ!?」
「はいはい。分かりましたよ〜」
 絶対だぞ!? と再度念を押した後、アズマは階段のあった辺りに向かう。 同様に少年たちもその付近に集い、地面に積もった瓦礫をどかし始めた。 程なくして、彼らの前に緩やかな階段が姿を現す。その道先は明るい。やはり電気が通っているらしい。
「いったい何なんだ? ココは・・・」
 訝しげに階段の上から地下を見渡した後、アズマは緊張した面持ちで階段を下り始めた。その後に少年たちも続く。
 階段を降りると、何やら広い空間に辿り着いた。ユキムラが落下し、のたうち回っていたその場所に、だ。
「「「「「「はぁ〜」」」」」」
 盛大な溜息が一同の口から漏れる。溜息をつくとそこから幸せが逃げるという。 今、彼らの溜息を拾って集める事が出来たのなら、バラ色の人生を送れるほどの量になったのではないだろうか。
 そして、誰よりも幸せを多く吐き出しただろうアズマは、口許に微笑を浮かべた。 いや。微笑などと言う穏やかな言葉で片付けてはいけないのかもしれない。 笑みを刻んだと言うよりも、歪ませたと言った方が正しいだろう。その口から零れたのは、笑い。
「ふっ。予想通りだ」
 頭痛を堪えるかのようにこめかみに手を当てる。もう怒る気にもならない。
 1mmだって動くなという命令に、分かったと返事をよこしたのはドコのどいつだ。
 アズマだけでなく誰もがそんなツッコミを入れる。
 アズマの予感は的中。彼らが辿り着いたその場所に、ユキムラの姿はなかった。
 自分の思った通りに事が運ぶのは、なかなか面白いものである。だが、この場合、 面白くも何ともない。ユキムラがおとなしくその場で自分を待っている事はないだろうと、 予想はした。予想したから動くなと言ったのだ。それなのにやはり彼は、 アズマの予想した通り自分たちの到着を待つことなくその場から姿を消していた。 そんな予感が的中しても、喜びは生まれない。ふつふつと沸き上がるのはそれとは逆の感情で。
「・・・分かってる・・・分かってるさ。アイツはこーゆーヤツだよ」
 ユキムラが突然姿を消すことなど、今に始まったことではない。 その度に何かしら問題を抱えて帰ってくるのだっていつものことだ。 その尻拭いをさせられるのだってもう慣れている。プロだと言っても過言ではない。 そう、何もかもいつものことじゃないか。
 と、何とか自分を慰めようとしたが、どうやらそれも失敗に終わったらしい。
「ったく、アイツは毎度毎度毎度毎度−−−−−−−−−ッ!!」
 沸き上がる怒りを、とりあえず怒声に変えてみる。
「まあまあまあまあ」
「落ち着けよ、アズマさん」
「いつもの事じゃないですか〜」
 と宥める少年たちも、こんな状況にはもう慣れている。
「ボスだって悪気があってやってるわけじゃ−−」
「悪気がないから余計手におえねーんだよ!!」
 ・・・・・・・・・・・・・・確かに。
 同情の眼差しを一身に浴びつつ、アズマは本日何度目かの溜息を洩らした。 が、いつまでも喚いているアズマではない。すぐに平静を取り戻す。やはり、慣れたものである。
「まあ、いい。よし、この中探すぞ。何かお宝があるかもしれねーし。お宝のついでにユキムラも探せ。 見つからなかったら不慮の事故として処理しよう。俺に任せろ」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・イエッサー」」」」」」
 あえて何もつっこまずちりぢりに消えていく仲間たちの背を見送った後、アズマは改めて辺りを見回す。
「・・・コイツは、ホントにとんでもないモンが眠ってるかもしれないな」
 ポツリと呟いた後、アズマもcityへの土産を探すため歩き始めたのだった。


 −−−−自分の呟いたその言葉が、現実のものになるとも知らずに。





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