事の始まりを説明するためには、2時間ほど前まで時を遡る必要がある。


 −−2時間前。


「ボス〜。さすがにココにはなんにもないんじゃないっスか〜?」
 そんな少年の声に答えたのは、ボスと呼ばれたユキムラではなく、アズマだった。
「そうだな〜。このやられようは凄いな。・・基地か研究所でもあったのか?」
 彼らがいたのは、爆撃によって見る影もなく破壊された都市だった。


 西暦U−9年。


 地球最後の大戦だと言われ、同時にそう願われる、GLOBAL GLOOMY WAR−Gg戦ジージーせん、 またはG2戦ジーツーせんと呼ばれる−が終結して9年。その9年を既にと捉えるか、 未だと捉えるかは人それぞれだろう。 戦前の暮らしを取り戻しつつある人間は前者だろうし、未だ戦争の傷を引きずっている人間は後者だろう。
 9年という歳月は、子供を大人へと変えるには十分な時間だったが、 それでも地球に刻まれた戦争の爪痕を癒すには至らない。 否。痕になるどころか、その傷は、未だ塞がってさえいないのかもしれない。 では、いったいどれほどの時が経てば傷痕が消えるのか、癒えるのか。 答えは知らない。きっと、誰も知らないのだ。ただ一つ、人々が予想できる答え。
 戦争の爪痕が消える日など、来ないかもしれない。
 そんな思いを人々に抱かせる理由。それはGg戦で破壊され、そして今なお廃墟のまま放置された都市 −Fall cityがこの地球上に存在するというその事実だった。


 いつしか人々は、今≠ェいったいいつ≠ネのかを忘れてしまった。 その理由は簡単。暦を見なくなってしまったからだ。
 では、何故暦を見なくなったのか。その理由もまた簡単だ。 暦を見る余裕もない程、世界が荒れていたからだ。
 第一次世界大戦。
 第二次世界大戦。
 第三次世界大戦。
 第四次世界大戦。
 GLOBAL GLOOMY WAR。
 激しい戦争の中、とにかく生きることに必死だった人々は、暦を見ることを忘れ、 西暦は3625年を過ぎた辺りで途切れた。
 死と隣り合わせの時代。そんな時間の中に身を置かざるを得なかった人々に、 明日は何日か、昨日は何日だったか、ということを考える余裕などなかった。 彼らが考えるのは、今この瞬間≠どうやって生きのびるか。ただ、それだけ。 昨日のことを振り返り、明日の事を思う暇など、人々には無かったのだ。
 人類史上最も熾烈な戦争、GLOBAL GLOOMY WAR−地球の暗澹あんたんたる戦い−。
 第一次世界大戦から第四次世界大戦。人が人を殺し、国が国をつぶし合う醜い戦争を経て、 Gg戦まで生き残った国は、僅か十数カ国であったという。
 それでも、愚かな人間たちは戦いをやめようとはしなかった。


 西暦3619年3月5日。
 GLOBAL GLOOMY WAR勃発。


 Gg戦は、十数年にも及び、国が一つ、また一つとその姿を消していった。
 いくつもの大陸が、そして小さな島が海の中に消えていった。海底に穿たれた巨大な穴。 それによって引き起こされる地殻変動によって潮の流れは変わり、同時に気候も大きく変化した。
  鉄の雨に打たれた大地には、無数の穴が不気味に口を広げ、 雨水をため込んだその穴は、やがて巨大な湖へと変わる。 焼き払われた街は、時を経て砂漠へと姿を変え、戦火を免れたビルディングは住む人もなく、 ただただ空しく天へとのびる。かつて、進んだ科学技術によって自然を操り、 極寒の地、灼熱の大地に作られていた街は、たちまちのうちに滅んだ。 人間のコントロールから逃れた自然は、長年枷をはめられていた仕返しとばかりに、 容赦なく人間たちを襲ったのだ。
 人間が自ら起こした戦禍と、自然の猛威によって大地はその姿を大きく変え、いつしか、 世界地図はあてにならなくなった。かつての美しかった地球を知る者は、最早一人としていないだろう。
 そうした長い長い戦争の中で、いつしか暦は消えた。 今≠ェ西暦何年の何月何日かを正確に知る者はいなくなった。


 そして、
 Gg戦、終結。


 人々から暦と安息、そして、多くの命を奪った戦争が終わった。 死と隣り合わせだった時代がようやく終わりを告げたのだ。
 その時になって初めて、人々は今≠ェいつなのかを知らない自分たちに気が付いた。 そして、その戦争終結の日から、人々は新たに暦を一から数え始めることに決めたのだった。
 戦争終結のその日が、二度目の西暦U−1年い ち ね ん−Uが二度目の、を意味する−1月1日。


 地球の歴史から見れば、瞬くことよりも短い時間。それでもGg戦が勃発し、終結に至るまでの十数年という時間。 それは、人間たちにとっては、気が遠くなるほどに長かった。
 そんな時間の中で、減少の一途を辿っていた人口は、さらに激減した。 最盛期には100億を誇っていた人口も、1/100近くにまで減少したのではないかと言われているが、 正確なことは分からない。
 Gg戦という、まさに生死をかけたサバイバルゲーム。 そして、そのサバイバルゲームに勝ち、生き残ったのは、僅か数カ国に過ぎなかった。
 だが、生き残ったものの、どの国も長い戦争の中で、国としての機能をほとんど失っていた。 そうした状態になってようやく、人間たちは戦争をやめた。
 戦争の終結を喜ぶ声は、聞かれなかった。人々の口から漏れたのは、 何故もっと早くに終結がなされなかったのか。もっと早くに終わっていれば。 という、あまりにも遅すぎるピリオドへの嘆きばかりだった。
 Gg戦終結がなされたその日、生き残った国々は、二度と戦争はおこすまいと、 こぞって平和条約に調印した。それに対しても、今更だ、という人々の声は多かった。 今平和条約を結んでも、意味はないのだ。どうせどの国にももう、戦争を起こす資力はなかったのだから、と。
 やがて地球上に残った六つの国は、国の復興に向け、協力して対策を立て始めた。
 そこでまず第一に打ち出された政策というのが、廃墟と化した都市の放棄であった。 放棄される事となった都市を政府は、壊れた都市−Fall cityと呼んだ。
 Fall cityを捨てた政府は、比較的被害の少なかった都市に首都を置き、 そこに生き残った人々を呼び集めた。
 その際、国籍は問わず。と、決められた。幾つもの国が滅びていったのだ。 自分が籍を置いていた国が滅んでしまったという人も多い。そうした人々も受け入れる、としたのだ。
 政府は、
 今の時世、国籍など関係なく、私たちは皆兄弟であり、助け合っていかなくてはいけないのだ。
 などと、綺麗事を並べてはいたが、ようは国民を少しでも増やし、より早い国の復興を望んでいたのだろう。
 そうして人々を集め、まずは首都から復興を。 そして、爆撃によって人が住む事の出来なくなった都市の復興は、 国の情勢が戦前時にまで回復してから検討する。というのが、国によって打ち出された政策だった。 この政策は差別的復興策と呼ばれ、非難も多かった。だが、政府はその政策を強引に実行に移した。
 政府の政策に異論を唱えていた人間も、結局は首都に移り住んでいった。 生活をするためには、やはり政府の庇護が必要であったのだ。 そうして人々は少しずつだが、確実に政府の定めた首都に集まっていった。
 だが、そうした人々とは反対に、廃墟へと移り住んでいく人々も存在した。
 愛する者を戦争で失い、人との関わりを捨てた者。
 戦争を引き起こした政府の庇護下に入る事を拒んだ者。
 法に縛られた首都での生活に嫌気のさした者。
 そして、廃墟へ行くしかない者。それは、戦争で親を亡くした子供たちだった。
 首都は次第にかつての生活を取り戻していったが、 そこに身寄りのない幼い子供たちが、一人で生きていける場所は存在しなかった。 政府はそうした子供たちの存在を知り、孤児には積極的に力を貸すようにと呼びかけたが、それだけだった。 具体的な政策を打ち出す事はしなかった。
 そして、政府の呼びかけに律儀に応えた者もいない。
 自分一人が生きていく事に精一杯だった戦後に、身寄りのない子供たちを援助しようという者、 ましてや引き取ろうという者などいるはずもない。そして子供たちは次第に首都を離れていき、 世界中、至る所に散らばっているFallcityに集まっていった。
 だがそこが、首都都市よりも良い生活環境であったかと言えば、必ずしもそうではない。 戦後のFall cityは、無法地帯そのものだった。
 Fall cityにやって来た者たちは、己の身を守るために仲間を集め、一つのグループを作る。  そうして出来たグループは、自分たちの安全を確保するため、周りのグループを吸収、または潰し、大きくなる。 それを繰り返し、やがてFall cityを取り仕切る一つの大きなグループが出来、 そのグループのリーダーがFall cityのリーダーとなる。 そうしてようやくそのcityでの抗争は終わりを告げる。
 だが、また新たな抗争が始まる。それはcity内部での抗争であったり、 他のcityとの抗争であったり。そうしたグループ間、Fall city間に 渡る武力抗争が頻繁に起こっていたのだ。
 だが、戦争終結から9年の時を経た今では、Fall cityも落ち着きを見せ始めている。
 その証拠に、 Fall cityで独自に生まれた法が、ほぼ全てのFall cityで機能していた。 それは文字にされている成文法とは違い、 拘束力を持たず、法律家ではない素人が考えたもの故の不完全さはあるものの、 Fall cityの住民たちはそれを守ることで、平穏な暮らしを得ていた。
  そして、それを守らせるのが、Fall cityを取り仕切るグループのリーダーだった。
 リーダーの下、Fall cityは国という庇護者なしでも、戦後を生き抜いてきたのだった。


−−−−西暦U−9年5月6日。


  五月晴れの空の下、十数人の少年たちがFall cityにいた。
 彼らも、首都での生活が望めず、Fall cityに出てきた少年たちだった。
  そこは、首都から北に10km程行った所にある小さな無人のFall city。 かつてはゼッタという国の首都が存在していた場所だった。
 ゼッタという国は、Gg戦終結を半年後に控えた時期に滅んでしまった国だ。 ここにいる少年たちの多くが、このゼッタの国民だった。 首都から離れた少年たちは知らず知らずの内に自分たちの国のあった場所に舞い戻り、 その近くのFall cityに散らばっていった。 彼らが住処と決めたFall cityも、このFall cityから比較的近いcityだった。
  だが、彼らの外見に共通点は全くと言っていいほど見られない。 髪の色、肌の色、瞳の色。その全ては様々。元来ゼッタは、世界中、あらゆる国から亡 命してきた人たちの手によって独立を果たし、成長した国だったからだろう。
  Fall cityによっては、同じ民族で固まっているグループが多いのだが、 このゼッタのあった地域のFall cityは、そうした国柄の所為か、 様々な血の人間が集まるFall cityとなっていた。


「ボス〜。次のcityに行きましょうよ〜」
「そうっスよ〜。ここには何もないっスよ」
  少年たちの伸びやかな声が風に乗って流れていく。
  彼らは各地にある、人の住んでいないFall cityを巡り生活をしていた。
  定住のFall cityを持っていないわけではない。そのcityを拠点に、 各地のFall cityを回っているのだ。
  彼らの住んでいるFallcity−彼らはそのcityをC−cityと呼んでいる−は、 戦争で親を亡くした子供や、戦時中親に捨てられた子供たち、そして、 戦争が終わってもなお繰り広げられるグループ同士の争いに疲れ、 グループから抜け出してきた子供たちが集まって出来た大人のいない、 子供たちばかりのグループだった。最初は幾つもの小さなグループが混在するまとまりのないcityだったのだが、 ある一人の大人が現れた事により、次第にグループは一つにまとまっていき、 今、ユキムラ率いる、総勢40名弱の、他のcityを取り仕切るグループから見れば小さいけれど、 C−cityを守るには十分なグループにまで成長した。
  戦後9年になった今、C−cityの住民の平均年齢は19歳。 だが、全てが18、19歳の少年、青年たちではない。 彼らのcityには、戦後、親に捨てられた小さな子供たちもいる。
 そんなcityでは、自分たちの力のみで生活を営んでいく事は出来なかった。
 故に、彼らはcityから離れた。そのcityのリーダー・ユキムラを始め、 そんな彼をサポートしていたナンバー2・アズマ。年長者の少年たちを中心に、彼らはcityを離れた。
  cityに集まった子供たちを見捨てたわけではない。 彼らのためにcityを離れ、無人のFall cityを巡っていた。 子供たちを養うため、各地のFall cityに埋もれている金品や、金目のものを拾い集め、 他のFall cityの商人に売って生計を立てているのだ。
  そして今日も彼らは無人のFall cityにいた。
「ホンットーに何もないな〜」
 辺りを見回し、ユキムラは感嘆したように洩らす。巡らせた視線を遮るものは何もない。
 彼らが見つけたFall cityは、今まで彼らが訪れてきたどのcityよりも、 徹底的に破壊し尽くされていた。アズマの言ったように、軍事基地や軍の研究所でもあったのかもしれない。 何一つ残っていない。かつては建物だったコンクリートの残骸ばかりが、地面を灰色に染めていた。
「行こう、ユキムラ。ココには何もないだろうよ」
 肩を叩いて言ったアズマの言葉に仲間達が頷く中、ユキムラだけが首を横に振った。
「いや。基地とかがあったんなら、尚のことどっかに金目のモンがあるんじゃないか? 一応探してみようぜ」
「探すったって・・・・」
 ユキムラの言葉に、一同は改めて辺りを見回す。
  そして溜息。
「ドコをどう探すんだ?」
「ドコでもいいからどうにかして何か探すんだ!」
  ユキムラの横暴な言葉に、アズマは再度溜息を洩らす。 けれど、それ以上文句を言うことはなかった。 彼が一度言い出したら聞かない性格なのだということを承知していたからだ。 それに、ユキムラの言う通り、とんでもないものが眠っている可能性も皆無ではない。 それが自分たちにとって望ましいものか否かは分からないが。
「・・・そうだな。一応探してみるか」
  リーダー・ユキムラだけでなく、ナンバー2のアズマにまでそう言われては、 少年たちも従わないわけにはいかない。 渋々、彼らは見渡す限り灰色に染まったFall cityを徘徊し始めたのだった。




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