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夜空には、下弦の月。
その細い体とは裏腹に、闇夜に指す月光は、強く美しい。 凜。 そんな響きが一番、似合い。 そんな月影の下、夜風を夜色の翼で切り、そっと降り立ったのは客間としてオレと藤のために用意された部屋の窓。 今宵もオレと藤は、兄天狗─相樂の屋敷に居た。 爺も待っていることだろうしそろそろ帰ると言ったのだが、どうしてもと引き止められ、諦めた。 夕食は、昨晩のものと比べれば豪勢さを欠いたが、それでも常のものとは比べものにならない量が並んだ。 相樂はご機嫌に酒を飲み、桔梗姉さんはお気に入りの藤とおしゃべりに興じ、オレはというと、どうしても箸が進まず、「ちょっと散歩してくる」と食事の途中で行儀悪く屋敷から飛び出し、今に至る。 「はぁ」 溜息なんて、らしくない。 そうは思うものの、止まらないのだから、吐き出すしかない。 宵闇の中をがむしゃらに駆けてみたが、気分は晴れないまま、屋敷へと戻ってきた。 刻限は既に丑一つ。 廊下に明かりは灯されているものの、屋敷の中は静まりかえっていた。 おそらく藤も先に横になっているだろう。 そっと部屋の中を覗けば、矢張り藤は既に夢の中。 「・・・おい。布団は広いぞ」 思わず、笑みが零れた。 大の大人が手足を広げても余るほどの布団の中で、藤はまるで猫のように小さく丸まって眠っていた。もっと手足を伸ばして眠れば良いのにと何度か言ってみたが、「これが落ち着くんです」と笑っていた。 足音を忍ばせ、枕元まで寄る。 体を小さく丸め、首まで引き上げた掛け布団の端をぎゅっと掴んで眠るのが藤の癖だった。その様子はまるで幼子のようで愛らしい。幸せそうな寝顔が其れに拍車をかけている。 最早、見慣れた寝顔。 藤を起こさぬようそっとふすまを開けると、静まった廊下に出た。 眠る前に酒でも拝借しようと思い立ち歩いていると、不意に背中に声がかけられた。 「帰ったか、火群」 振り返れば、すっかり酒に酔っているらしく赤い顔をした兄天狗がとっくりを片手に立っていた。もう片方の手には、二つのおちょこ。 「久しぶりに二人で呑むか♪」 そのお誘いに、つい眉を寄せる。 どうせいつものように、これでもかと惚気まくる気なんだろうと、うろんげな顔をしたオレに、相樂は陽気に笑いながら言った。 「もう、そんな恥ずかしがるなよォ。困ったなァ、反抗期か〜??」 おい、待て。絶対に恥ずかしがっているような顔はしていないぞ、オレは。 「まあ、いいから。来いって」 ますます嫌そうな顔をして見せたオレの肩をぽんぽんと叩き、相樂はオレの前に立って歩き出した。いつもならば嫌がるオレの手を強引に引いて無理矢理連れて行くのに、今日は何故か其れがない。 何故だろうと訝しく思っている内に、つい相樂の後をついて歩きだしてしまっていた。 「・・・・・」 ちょっと癪な気もするけれどちょうど寝酒でもと思っていたところだし、久しぶりに兄天狗に付き合ってやるのも良いかと思い直す。 そうして相樂が腰を下ろしたのは、下弦の月を見上げる縁側。そこには用意されている円座は二つ。どうやら、たまたまオレを見つけて酒に誘ったわけではなく、最初からオレを誘うつもりで待っていたのだろう。 わざわざ、何故? 訝しく思っていると、さっさと縁側に腰を下ろした相樂が、自分の隣を叩き、オレに座るよう促してくる。 大人しく其れに従って腰を下ろせば、すぐさまおちょこを渡され、酒を注がれた。 「まあ、呑め」 「・・・お、おう」 いつになく静かな酒盛り。 一体何なんだと首を捻りながら酒を一息にあおったところで、ぽつりと相樂が言った。 「悪かったな」 「・・・・何が?」 唐突な謝罪。きょとんと兄天狗を見遣ると、相樂はバツの悪そうな顔で笑いながら、空になったオレのおちょこに再び酒を注ぎながら言った。 「いや、桔梗が喧しく言ったのだろう?」 相樂の言わんとしていることは、分かった。 屹度、桔梗姉さんから聞いたのだろう。彼女とした、藤をいつまで手元に置いておくつもりなのかという、あの話を。それを決めかねてうじうじとしているオレの情けない姿も、嫁さんから聞いたに違いない。 「・・・別に、気にしてない」 って、気にしまくってるけど。其れを知られたくはなくて、本心とは裏腹な言葉を返す。きっと、兄天狗にはオレの本心などお見通しだろうが、せめて虚勢くらいは張らせて欲しい。 (まあ、いじられるのがオチだろうけど) だが、 「そうか」 相樂は、静かに相槌を打っただけだった。 「・・・・・・?」 オカシイ。 いつもの相樂なら、情けない弟天狗の姿をこれでもかといじるはずなのだが。どうやら、この話題を酒の肴にして面白おかしく呑もうという主旨ではないらしい。 自身のおちょこにも酒を注ぎ、それにゆっくりと唇と付けながら語る相樂の声音は、相変わらず常とは違い、静かなものだった。 「言い過ぎたと、アイツも少し反省していた」 「・・・・」 おそらく桔梗姉さんは全てを相樂に聞かせたのだろう。 ─── 一時の気まぐれならもうお止めなさい。藤が可哀相よ。 そう言ってオレを睨んだことも、オレがそれに何も言い返せなかったことも。 言い返せなかった。 だって、その通りだと思ったから。 桔梗姉さんだって、自分が投げた言葉が間違っていたとは今でも思っていないに違いない。それでも言い過ぎたと彼女が思ったのは、オレがあまりにも不甲斐なかったから。何も答えることが出来ずにただ狼狽えて、そのザマが憐れだったから、悪かったと感じたのだろう。 姉さんは、何も悪くない。オレが考えまいと逃げていたこと示してくれただけ。 「なあ、火群」 黙り込んだオレに、相樂が徐に口を開く。 「俺はな、お前の気持ちがよく分かるぞ」 「・・・・アンタに?」 何故、アンタに分かるんだ。 思わず、芽生えたのは反発心だった。 だって、アンタは桔梗姉さんを永遠に望んだじゃないか。どんなに冷たくあしらわれても諦めることなく桔梗姉さんを思い続け、ついには永遠を共にする誓いをした。 だが、オレは、どうだ──? 一時の感情で藤を娶り、この先の約束を何もしてやれていない。 人間の世界に返す約束もしていなければ、命を共にする約束もしていない。ただ、気が向くままに共にいるだけのあやふやで脆弱な関係を桔梗姉さんに指摘されて、みっともなく狼狽えているだけのオレの何を、相樂が分かるというのか。 けれど、相樂は大きく頷いて見せた。 「そうだ。俺には分かる。だってお前とはどの兄弟よりも一番年が近いし、同じ人間の嫁を貰ったんだ。分かるさ」 そう言って笑った相樂の瞳は、優しい。 兄弟の中で一番長い時間を共にしてきたのがこの相樂だった。一番年下のオレを誰よりも可愛がって面倒を見てくれたのもこの相樂。オレの全てを知られているからこそ、どうしても照れくさくて突っぱねてしまうけれど、それでもきっと兄弟の中で誰よりも一番この兄天狗がオレを思ってくれていることを、オレは知っている。 相樂の真っ直ぐな瞳を見つめ返すことが出来ず、手元のおちょこに視線を落とす。 「・・・同じじゃねーよ。桔梗姉さんはおなごだ」 「おなごか男の子かは、俺たち妖怪には関係のないことだろ。相手が異種族なら特に」 諭す口調も、今ばかりは静か。いつもの茶化すような調子はどこへいったのか。幼い子に物を諭すように静かで穏やかな声。 其れに答えることが出来ずにいると、相樂が小さく笑った。 「おいおい、何だ、火群。人里近くに暮らした所為で、すっかり人間と同じ価値観に染まっちまったのか?」 「・・・そういうわけじゃねーけど」 「確かに、俺と桔梗は男女だ。お前たちとは違う」 酒を飲み干して、相樂は「だが」と続けた。 「俺と同じ命を母様から与えてもらって、最早桔梗は人間ではなくなった。それでも、天狗と元人間。それは永遠に変わらないことだ。お前と、藤もそうだ。・・・俺が言いたいことは分かるだろう?」 「ああ。どうしたって子は成せないってことだろう?」 異種族では、子は成せない。 それは分かっていること。相樂が言いたいのは、そういうことだ。 子が成せないのならば、伴侶に女を求めようと男を求めようと同じコトだ、と。そう言いたいんだろう。 「そうだ。人との間に子が成せないのならば、男も女もないだろ。俺が桔梗を選んだのは、たまたまだ。たまたま伴侶におなごを選んだだけ。だからお前も、それでいいんだ。ただ、コイツがイイとお前が決めたその人で良いんだ。お前にとって、藤はそういう存在じゃないのか?」 「・・・・」 相樂の問いは、オレの胸に深く突き刺さった・・・ように、オレは感じた。 (・・・・イテーよ) ここで頷くことが出来ていれば、今オレは悩んでなどいない。そもそも、桔梗姉さんに、藤を人間の世界に返せと言われてもいないんだろう。 頷くことは出来ない。かと言って、首を左右に振ることもできない。 ただ、黙ることしかできない。 だって藤は、人間から差し出されてオレの元に来ただけ。オレが望んで藤を求めたわけではない。 (───けど・・) では、藤がオレにとってかけがえのない存在に成り得ないのかと言えば、それにも答えることが出来ない。 既にオレの生活の一部になってしまっている、藤。 あの村主の娘が藤を求めたあの時のように、一つ目に求婚されたあの時のように、藤が自分ではない他の誰かの元へ行ってしまうのではないかと思うと襲ってくる胸の痛みがある。 その痛みの名、それは、簡単に導き出すことができる。 ─── 独占欲。 藤を、誰にもやりたくないという思い。けれど、オレ自身にそう思わせるこの感情に名前を付けることが、難しい。 ─── 愛。 そう名付けてしまえるのならば、話は簡単なのだ。 (・・・・もういっそ、そういうコトにしちまえばいいんじゃねーか?) ─── 藤を愛している。 そうして答えを決めてしまえば、悩むことは最早ない。 相樂がそうしたように藤に愛を告げて、共に永きの時を生きて欲しい、人間としての生を捨てて共に生きて欲しいと懇願すれば良いだけ。 ただ、それをしてしまったときに、 (アイツは、どうするんだ・・) オレが懇願すれば、アイツが頷かないわけがない。 愛が無くても、藤は頷くだろう。 其れが、怖い。 オレの勝手な思いだけで藤から大切なものを奪ってしまうのが怖い。 否、其れすら厭わぬ程、溺れてしまえばいいのだろうか。そうなることが、愛するということなのだろうか。それであれば、矢張りオレの今の思いは、愛ではない。 「───・・分かんねーんだよ・・」 愛って、何だ? 桔梗に永遠を求めた相樂の思いを愛と呼ぶのなら、では、藤に今しばらくは傍に居て欲しいと求めるオレの思いは、何だ? 愛と呼ぶには、今のオレの気持ちでは、足りない。全然、足りてない。 「呑め、火群」 「・・・・」 無言で、オレのおちょこに酒が注がれる。 相樂は無理にオレから答えを引き出そうとはしていないらしい。自身のおちょこにも酒を注ぎ、それをちびちびと飲みながら、もう同じ問いを繰り返すことはしなかった。 「桔梗は元人間だ。だから、ついつい藤の肩を持ってお前をいじめちまうらしい」 「別にオレ、藤をいじめてねーけど」 桔梗姉さんが肩を持ちたいと思うようなことを、藤にしているつもりはない。 「うーん。お前がさ・・・」 「オレが?」 歯切れの悪い相樂に先を促すと、思わぬ答えが返された。 「藤を不安がらせるから、だとさ」 「───不安がってんのか? 藤のヤツ」 「お前はあの子の不安を感じたことはないか?」 「・・・・・」 問い返されて、黙る。 ない、とは言えない。 これまでに何度も藤が問うことがあった。不安な色を宿した瞳で問う。 ───私は、覚悟を決めて参ったのですよ。全てを捧げると。 ───ようやくそれが叶ったのに、火群様は私を追い出してしまわれるのですか? そう言って怒ってみせた藤。 けれど、 ───どうか、此処に置いてくださいませ。 そう訴える瞳は、怯えていた。 ───藤は、お邪魔ではございませぬか? 耐えきれなくなったように、そんな問いかけを寄越したこともあった。それが、確か昨日のこと。 いつだって自分の居場所に不安を抱き、瞳を揺らしていた藤。 相樂が言っているのは、このことなのだろうか。 押し黙ったままでいると、相樂が徐に口を開いた。 「分からないのなら教えてやる。藤は今、不安になっている。何故お前が自分を傍に置いているのか分からなくてな」 オレが思っていたものと、相樂が寄越した答えは、違っていた。 藤が抱えているのは自分の居場所を失う不安ではなく、オレが藤に居場所を与えた理由が分からないことへの不安なのだと、相樂は言った。 「命を与えるわけでもなくただ傍に置かれて、その意味が分からないからだ。俺は伴侶に桔梗を選び、母様から桔梗に命を与えてもらった。そうして、永遠を望んだ。それを知った藤が考えていることは、分かるな?」 「・・・ああ」 問いかけられて、オレは小さく頷いた。 「何故、火群様は私に命を与えてくれないんだろう、ってな。私は本当は必要ないのではないかと不安になってる」 まるで全てが分かっているのだとでも言うように言い切った相樂に、オレは思わず反発していた。 「おい、待てよ。そんなのアンタや桔梗姉さんの勝手な想像だろ。藤が桔梗姉さんみたいに人の命を捨てて、いつ終わるとも知れない妖怪の命を与えて欲しいと思ってるって、そう相樂は言いたいのかよ」 オレと同じ命を藤が望んだことは一度だってない。 桔梗姉さんが人間から天狗になったことを知った後も、其れを自分も望んでいるのだと言ったことなどない。 そもそも、藤は言っていた。 ───火群様の生の一瞬で、この藤は大きなことを成さねばなりませぬね。 永きの時をオレが生きるのだと知ったその時に藤が言ったのは、この言葉一つだけ。 もしもオレと生きたいと望むのなら、別の台詞が藤の唇をついて出たのではないだろうか。 「それともアンタ、藤から何か聞いたのかよ」 オレに告げていないことを、藤が桔梗姉さんや相樂に告げたとでも言うのか。 その問いに、相樂は「いいや」と首を左右に振った。 「まあ、確かにこれは俺と桔梗の考えだ。だが、そうでないと言えるか?」 問い返され、ぐっと言葉に詰まる。 「・・・・それが分かれば、苦労しねーよ」 分からないから、悩んでるんだろーが。 思わず唸っていると、相樂が「何をそんなに悩んでるんだ」と、笑って言った。 「分からなければ、聞け、火群」 簡単に言ってくれやがった。それが出来れば今ここで唸ってないと喚いてやろうかと思ったが、その前に相樂の静かな声音にそれを遮られた。 「火群。俺たちと人間とでは種族が違う。考え方も違う。互いに分からぬことだらけだ。全て話さねば分かり合えないぞ」 黙って一人で考えこんでいるからいけないのだと、オトナの顔で諭される。その顔が嫌にムカついたけれど、その通りなので、黙る。 「・・・・・」 相樂が注いでくれた酒を、ちびちびと口内に流し込んだ。 確かに、その通りなんだ。オレが一人でぐちぐち考えていても、答えなど出ない。いっそのこと、藤に聞いてみればいいだけの話なのだ。 ただ、こんな風にうじうじ悩んでいるみっともない自分の姿を晒したくなくて、藤に聞けないだけで、もしかしたら相樂の言うとおり、藤と話してみれば簡単に解けてしまうような他愛もない問題なのかもしれない。 分かっていても藤と話すことが出来なかったのは、否定されるのが怖かったから。 ───火群様の生の一瞬で、この藤は大きなことを成さねばなりませぬね。 その言葉の通り、永きの生など望みませぬと、きっぱりはっきり言われたその時には、きっとショックだろうから。 そこまで思い至った瞬間、オレは息を呑んでいた。 「うっ! げほっ! げほ・・っ!」 その拍子に、喉に流し込んでいた酒が気管に入り、盛大に噎せてしまった。 「おいおい、大丈夫か?」 「だ、大丈夫じゃねー・・・ッ」 (───って、待てよ、オレ。それじゃあ、望んでるってことになんねーか?) 藤と共に生きることを望んでいないのであれば、藤に天狗としての生を与えることを拒まれたとしても、ショックなど受けないのではないか。 (いやいやいや、待て! もし逆だったら、どうだ!!) 相樂が、「何だ何だ」と目を丸くするのを完全に無視して、一人ブンブンと首を振り、慌てて自問自答する。 もしも、藤がオレに天狗としての生をねだって来たら、どうするか。 「・・・・・」 迷う。激しく迷う。 (どっちなんだよ、オレ・・・!!!) 断られればショックだし、ねだられれば頷けない。 どっち付かずの自分が情けなさ過ぎる。 「マジで、分かんねー・・・」 がっくりと項垂れ、完全に白旗宣言をしたオレに、相樂が乾いた笑いを洩らす。 「ハハハ。そんなに困ってるなら、俺が藤を貰ってやろうか?」 相樂としては、助け船かもしくは軽い冗談のつもりだったに違いない。 だけど、 「! 誰がやるか!!」 思わずオレは、相樂を睨み付けていた。 「────」 まさかそんな本気な反応が返ってくるとは思っていなかったらしい相樂が目を丸くする。それを見て初めてオレは「しまった」と、一人で勝手に熱くなっていたことに気付いたが、もう遅い。カッと頬が熱くなってくるのが分かって、慌てて相樂から視線を外し、俯く。 そんなオレに寄越された相樂からの答えは、常とは違って冷やかしではなく、 「・・・何だ。答えは出てるんじゃないか」 何処か優しさを滲ませた台詞。 「藤を傍に居させたいんだろ?」 「・・・・い、いや。だからって、一生傍に居させたいかどうかは、分からないわけで・・」 モゴモゴと口ごもっていると、相樂が小さく笑ったのが聞こえた。オレがムッとして言い返す前に、 「そうか。まだその一言しか出ないのなら、その一言だけでも伝えておけ。な?」 ぽんぽんと、掌で頭を叩かれた。 「言わないと、何も伝わらない。それだけでも伝えておいてやれば、藤だってその一言は分かる。それだけでも、違うだろうよ」 「・・・・・」 また、ぽんぽんと、頭を叩かれる。 それは、懐かしい仕種。幼かったオレを安心させるために、いつも相樂はそうしてオレの頭を撫でてくれた。 いつもなら、「ガキ扱いするな!」と激昂するところだが、今ばかりは、甘んじてやっても良いか、と思えた。 「・・・そうなのか?」 先のことは、未だ分からない。 ただ、今は、藤に傍に居て欲しいと思うんだ。 それだけでも伝えれば違うのだろうか。オレの中の不安も、藤の胸に巣くっている不安も、少しは形を変えてくれるのだろうか。 「おう。たまには兄の言うことも聞いとくもんだぞ♪」 人生の先輩なんだから、といつもの調子に戻ってニカッと笑った相樂は、手にしていたとっくりを高々と掲げる。 「さあ、まだまだあるぞー♪ 呑め呑め♪」 「お、おいっ! 零れるっ!!」 「零れるそばから飲み干せ〜♪」 小さなおちょこに勢いよく注がれる酒が、盛大にオレの手を、膝を濡らす。 兄天狗のいつもと変わらぬ無茶苦茶ぶりに、一気にイライラする。 けど、そのイライラを何だか懐かしく感じて、ちょっとだけ楽しい様な気がする、なんて。 「さあ、呑め! 火群〜♪」 「お前が呑まれろ、バカ兄!!」 「よし、来い! ヤベー! 美味ェ〜!!」 一生言ってやらねーぞ。 ありがとう。 なんて。 |