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「火群様・・」
地べたに座り込んだまま、火群様を見上げる。そのお顔は、月明かりを背にしている所為で窺うことは出来ない。 沈黙は、一瞬だった。 「 藤・・・」すとんと地面に足を下ろした火群様の背から、真っ黒な翼が消える。 ぽつりと私の名前を呼んだその声に、安堵の色が交じっているような気がしたのは、私の都合の良い解釈の所為なのか。そうでなければ、嬉しいのだけれど。 再び落ちた沈黙を破ったのは、 「無事か、藤 ッ!!」パタパタと賑やかな羽音を響かせながら眼前に飛び出して来た丈爺様と、 「あああああ、良かったァ、藤〜っ!」 両腕を広げて突進してきた雷獣様の甲高い声。逃げる間もなく雷獣様の腕にぎゅうぎゅうに抱きしめられ、一瞬息が詰まる。 矢張り、思っていた以上に心配をかけてしまっていたらしい。 詫びの言葉を告げるためにはまず抱え込まれた頭を解放してもらわねばならず、遠慮がちに雷獣様の腕を叩くと、その意図を察して下さったのだろう、すぐさま雷獣様の腕から解放された。と思ったのだが、それは未だ早かったようで。 「もう、心配したんやで───って、手ェどないしたん!? 怪我したんか !!?」今度はガシッと両の手首を捕らえられてしまった。未だ傷が塞がっていないのか、お侍様が巻いて下さった紫色の手ぬぐいに、赤黒い染みが広がっているのを見て、眉を寄せる。これではもうお侍様にお返しすることは出来そうにない。 と、そこまで考えて、思い出す。 「あ! 火群様! あのお侍様は・・・!?」 強風に攫われて姿を消したあのお侍様は何処に行ったのですかと心配になって訊ねてみれば、私に視線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ火群様が雷獣様が握っている私の手首を横から攫った。 「大丈夫だ。ちゃんと近くの村に落としてやった。それより、手、見せてみろ」 言われた通り自らの手でそっと手ぬぐいを取り、両の掌を月明かりの下に晒せば、火群様が眉をひそめ、雷獣様は悲鳴と共に頭を抱えてしまった。 「あああああっっ!! 藤の可愛いお手々がっ! 可哀相に。ごめんな、うちがヘマしたばっかりに っ!!」「これは、雷獣さんの所為ではありませんから」 大袈裟に嘆く雷獣様に私の方が慌ててしまう。 「私が神楽様の結界を無理に破ったので」 「藤も無茶をするのぅ」 呆れたように鳴いた丈爺様が火群様の肩に乗る。 火群様が紫色の手ぬぐいで、私の掌に固まってこびりついている血を拭ってくださるのを見るともなしに見ていると、 「まあ、そのお陰で見つけられたんだけどな」 溜息交じりに呟かれた言葉に、視線を火群様へと向ける。 「え?」 「あの野郎、結界で屋敷をまるごと隠してやがったんだよ。近くまでは来てたんだが、見つけられなかった」 「 ![]() 」思い出す。あまりにも唐突な再会にすっかり忘れてしまっていたのだが、思い出す。 胸を苛んでいた冷たい恐怖を、今になって思い出した。 ───火群様はもしかしたら本当に私を手放してしまわれたのかも知れない。 それを肯定されるのが怖くて、会いたくて堪らなかった火群様に会いたくなくなるほどに怖かったのだということを。火群様の言葉で、どうやら私を捜して下さっていたのだということが分かった今になって思い出す。 その冷たさをじんわりと溶かす安堵感が心地良い。 真っ直ぐに火群様を見つめれば、 「待たせて悪かったな」 視線を合わせてくださらないまま、詫びの言葉を向けられた。 「火群様が謝ることなど何もありません」 すぐにでもそう言いたかった。言うべきだったのに、その言葉は唇を越えてはくれなかった。胸をじんわりと温めてくれた熱が、今度はジンジンと胸を熱く痺れさせてしまっている。唇が、上手く動かないのはきっとその所為。 熱心に私の傷周りの血を拭って下さっていた火群様が、不意に手ぬぐいを開き、そこにポツリと浮かんでいる逆さ月の家紋をじっと見つめる。それを丈爺様と雷獣さんも横から覗き込んだ。 「逆さ月、じゃな」 「何処の家やったっけ??」 腕を組んで首を捻っている雷獣さんにつられて、私も首を捻る。思い出せないということは、あのお侍様には失礼だけれど、あまり大きなお家ではなかったのだろうと一人納得していた、その時だった。 「!!」 「なんとっ!」 「きゃっ 」突然、火群様の手に握られていたものと、私が手にしていた紫色の手ぬぐいが赤い炎に包まれ、次の瞬間、炎と共に消えてしまっていた。 あっという間の出来事に驚いて目を瞬いていると、不意に鼓膜をバサリと羽音が揺らした。そちらへと視線を向けるよりも先に、 「神楽!」 「神楽様」 火群様と丈爺様の声で、そこに現れたのが神楽様であることを知る。遅れて視線を遣れば、月明かりを背に宙に浮いている神楽様のお姿が其処にあった。 火群様が勢いよく立ち上がって神楽様を睨み、雷獣さんが私を庇うためか、私の前に立った。 「お前、藤に怪我させやがって・・・!!」 「まさか結界を破るほどの力があるとは思っていなかった」 「言い訳は聞かねェぞ」 神楽様は私を戻すためにお越しになったのだろうか。 それよりも私が気になっていたのは、 「お返ししようと思っていたのに」 おそらく神楽様がそうしたのだろう。炎に焼き尽くされてしまった手ぬぐいがあった掌を眺める。一枚は血が滲んでいてとてもお返しすることは出来そうになかったけれど、もう一枚は洗えばお返し出来ると思っていたのに。 残念に思い呟けば、それを聞きとがめたのかふわりと地に足を付けた神楽様が私へと視線を遣り、次いで火群様へと冷ややかな瞳を向けた。そうして放たれた言葉に、火群様は眉を寄せ、私は目を瞠ることとなった。火群様が口にした言葉は、よく母が私に言い聞かせた言葉と同じだったから。 「彼を人の世に近付かせるな、火群」 「 ![]() 」───良い、藤貴。貴方は人の世に深く関わってはならぬ。一人、静かに生きておいき。 それは、寂しいです。 ───許される限り、母が傍におる。我慢おし」 はい。 ───ごめんね、藤貴。 申し訳なさそうに笑った母の顔が鮮明に蘇る。その顔を見ると、どうしても「何故ですか」とその理由を聞くことが出来ず、訳も分からぬまま結ばされた約束だけが私の中に残っている。 (神楽様は、その理由をご存知なんだ・・・!) 教えて欲しい、と強く思った。けれど私が口を開く前に、火群様がそれを問うていた。 「何故だ。藤は人の子だ」 「それでもだ、火群。何も知らぬのだから、私の言うことは聞いておけ。お前が手元で守ると言うのなら」 返される答えに向けられた期待は、すぐに破られることになる。それ以上、神楽様は答えを寄越す気がないらしく、口を噤んでしまわれたから。 「うるせー! 取り敢えず藤に怪我させた落とし前つけさせろッ!」 火群様が唸り、私と丈爺様が止める間もなく、握り締めた拳を神楽様へと振り下ろす。 「火群様!」 「若ッ 」「ええぞ、ヤレヤレ、火群〜♪」 雷獣様だけが無責任に火群様を煽っている。 けれど、雷獣様の応援も空しく、火群様の拳は空を切るだけ。今の今までそこに居た神楽様は、いつの間にか別の場所へ。涼しいお顔をして火群様の拳を避けた兄天狗様に、ますます火群様の眉がつり上がる。 「火群様、もうお止め下さい!」 どうやら私が怪我をしたことで怒って下さっているらしいのだが、兄弟で喧嘩をするのは良くないと止めに入ろうと立ち上がったのだが、すぐさま行く手を丈爺様に遮られる。 「放っておけ、藤」 「でも 」「若には悪いが、どうせ当たらんのじゃ」 丈爺様の言葉の通り、いくら火群様が躍起になって神楽様に向けて拳を降ろうとも、それが神楽様を捕らえることはなかった。 「・・・・・おそらく数年こうしていても当たらぬぞ」 するりと火群様の拳を交わしながら、神楽様が溜息交じりに呟いた言葉に、火群様がムッと唇を尖らせる。 「分かってる!! お前が止まれば当たるんだよ! 止まれ!!」 再び大きく拳を振るう。 「分かった」 神楽様の淡々とした言葉。その通りに神楽様は足を止め、火群様の拳を避けるのをお止めになった。まさかわざと殴られようとしているのかと驚いたが、そうではなかったらしい。真っ直ぐ顔面に向けられた火群様の拳を、神楽様はやすやすとお受けになっていた。 「くっそォ、腹立つなァ!! 大人しく殴らせろよッ!!」 顔を真っ赤にして喚く火群様の拳を眼前から払いのけると、唐突に神楽様が背の黒い翼をはためかせ、 「え?」 立ち去るおつもりなのだろうかと考えていた私は、次の瞬間宙に攫われてしまっていた。火群様の前からお姿が消えたと思った瞬間、神楽様は私の体をやすやすと横抱きにし、空高くに連れ去ってしまっていた。 「ちょっとォ!」 慌てる雷獣様の声が下の方で聞こえ、すぐさま火群様の怒鳴り声が追ってきた。 「藤を返せ!!」 「私を殴ることが出来たら返してやろう」 「ふざけんな!!」 黒い翼をはためかせ、火群様が向かってくる。 「神楽様、下ろして下さい!」 どうやら兄弟喧嘩の只中に巻き込まれてしまったらしいことを遅ればせながら悟る。否、全く無関係であるとは思っていない。むしろ、喧嘩の原因になってしまっていることを大変申し訳なく感じているのも事実であるが、素直に詫びる気持ちにはなれない。 「あ、あの、火群様も落ち着いて───」 「さっさと殴らせろ、神楽!」 「ではさっさと殴ってみろ、火群」 「あ、あの!!」 原因である自分の言など一切聞いて下さる気のないらしい神楽様と火群様。渦中にいるはずなのに蚊帳の外にいるようなこの感覚は一体なんだろう。 何だか呆れてきた。喧嘩ならば私抜きで存分にやっていただきたい。私が関わっているのならば、その私の言葉を聞いていただいのだが、二人の耳に私の言葉は一切届いていない。 空中で繰り広げられる兄弟天狗の喧嘩に、森の中に潜んでいた妖怪たちが何事かと木の上から顔を出している。 もう恥ずかしくなってきた。 思わず顔を伏せた私の耳に、神楽様の静かだが、否やを決して受け付けぬ凛と強い言葉が振ってきた。それは、相変わらず私に向けられたものではなかったのだが、 「火群、お前ではこれは守れぬ。諦めろ」 直接注ぎ込まれたのではないかと思うほど、大きく私の耳に響いた。 それは、神楽様が何度も仰っていた言葉。そして、私は何度も否定した言葉。 私は、火群様に守っていただきたくて、雛菱山に来たのではないのです、と。 何度言えばこの方は分かってくれるのだろうかと、だんだん腹立たしくなってきて、思わずぐいっと神楽様の袂を両手で掴んだ。裂けた掌が痛んで悲鳴を上げそうになったが、それをぐっと堪える。 「神楽様! 下ろして下さい!」 ようやく神楽様の赤い瞳が私に向けられる。その間にも、神楽様は火群様の拳を器用に避けている。 「先程も申しました通り、私は火群様に守っていただくために火群様の元に嫁いだのではありません。私が何を背負っているのか私自身知りませぬが、それでもその背負っているものは私のもの。私のことは私がいたします! 火群様にも神楽様にも背負っていただこうなどとは思っておりませぬ!」 神楽様を睨み付けるようにして見上げれば、一瞬驚いたように目を瞠った神楽様だったが、すぐに首を振った。 「・・・お前には背負いきれぬ」 だから諦めろと告げた神楽様に、私は唇を噛む。 「いくら天狗様と言えど、それを神楽様に決められるよしみはございませぬ!!」 思わず反抗的になってしまっていた私の言葉に返されたのは、 「白葉瀬との約束だ」 静かだが、芯を持った神楽様の言葉。それでも、その言葉に今ばかりは黙ってしまうわけにはいかなかった。神楽様にとって、その約束は違えることが許されぬほどに大切なものなのだろう。けれど、私にとっても、違えることの出来ない約束事がある。 「私には私の約束事がございます! 火群様に果たさねばならぬ約束です。あなたが母と交わしたのと同じくらいに大切な約束があるのです!!」 その言葉に、僅かだが逡巡したらしく、神楽様は一瞬口を噤んだ。 だが、 「・・・可哀相だが、諦めろ」 それ以上の問答はしないという意志をお示しになったのか、視線を私から外してしまった神楽様に、はっきりと怒りを感じた。 強い力をお持ちになった天狗様に対し、ただの人の子である私がこのように感じるのは許されないことなのかも知れないけれど、でも、もう我慢できない。 (分からず屋!!) 堪忍袋の緒というものが目の前にあったのならば、切れかけた緒を自らちぎっていたに違いない。それほどまでに腹が立っていた。 私のことを勝手に決めないで欲しい。それは至極まっとうな要求であって、私は間違っていないはず。 「神楽、藤を離せ!」 「神楽はん、横恋慕はあかんて!!」 雷獣様までもが小さな雲に乗って、神楽様の腕から私を取り戻そうと躍起になって下さって言うのを、何処か冷静な目で見遣る。私のことなのに、私を放って勝手に繰り広げられている目の前の光景が何だか茶番に思えてきてしまった。 もういい加減にして欲しい。 「・・・・・神楽様」 溜息の後、神楽様の名を呼んでみる。 聞こえているはずなのに、神楽様から答えはない。視線が向けられることもない。 再び溜息。それを全て吐き出した後、徐に右手を眼前に掲げる。夜の闇の中では判然としないけれど、未だ口を開いた傷があるはず。 だが、構いやしない。 「 神楽様を殴ることができたら、でしたね」神楽様に聞かせるつもりはもうない。ぽつりと呟いた後、意を決し、 「えい!」 思い切り火群様の頬を張っていた。 「───」 「え?」 「なんと」 「おおッ♪」 さすがの神楽様も一瞬動きが止まる。火群様と丈爺様が目を瞠り、雷獣様だけがイイぞと手を叩いた。 「お離しください!」 固まった神楽様の胸を両手で強く押す。我に返った神楽様に止められる前に、 「お、おいっ!」 焦ったような火群様の声が聞こえたけれど、それに構ってなど居られない。思い切り神楽様の体を押し、自らの身を宙へと放り出すことに成功していた。まあ、後に待っているのは落下以外にないのがいただけないけれど。 流石に慌てたお顔で私に向かって神楽様が伸ばした手よりも先に、 「藤!!」 「火群様!」 慣れた温もりに落下を救われていた。抱き留められたらしい衝撃にぎゅっと閉ざした瞼を徐に持ち上げれば、間近に火群様のお顔がある。突然神楽様の腕の中から飛び出した私に余程驚いたらしく、肩の辺りに感じる火群様の鼓動が常よりも随分と早いことに気付いた。どうやら思った以上に心配をさせてしまったらしい。 申し訳なく思ったけれど、それ以上にようやく火群様の元に戻れたのだという安堵感が勝った。 「な、なんて無茶なコトするんだ!!」 「火群様の代わりに、私が神楽様に一発お見舞いしましたので、離していただきました」 声を上ずらせる火群様に、にっこりと笑みを向けながら神楽様の頬を張らせていただいた掌を翳せば、火群様の口から大きな大きな溜息の後、 「お前、凄いな!」 可笑しくてたまらないといった笑みが零れた。つられて私も笑みを零していると、小さな羽音が鼓膜を揺らした。視線を上げれば、いつも通りの無表情に戻っている神楽様が目の前に居た。 さすがにお怒りだろうかと感情を窺うが、静かな瞳に怒りの色はない───と、思う。 「あの、すみません、神楽様。神楽様にも果たさねばならぬ約束があるように、私にも果たさねばならぬ約束事があるのです。ですからどうか、藤の我が儘をお許しください」 真っ直ぐに神楽様の瞳を見つめて、懇願する。 それを受け止めて、神楽様は言った。 「私の元で暮らせば平穏を約束してやれる。白葉瀬も安心するだろう」 「・・・・・」 母が今此処にいれば、どちらの言葉に頷いたのだろう。 私が望む道へと背を押してくれるのか、私を守る為に神楽様の元へと手を引いていくのか。 それは、分からない。 分からないから、私は私の望むまま生きたい。 「それでも、私は火群様の元が良いのです」 はっきりと告げれば、思いがけず神楽様の表情が和らいだ。ふっと小さく笑い、 「頑固だな」 告げる言葉に諦めの色が交じっていることが分かった。それに安堵しながら、私も笑みを返す。 「ええ。母似ですので」 「全くだ」 今度こそはっきりと、神楽様は冷たかった顔に笑みを浮かべた。 私と神楽様のやりとりを黙って見守っていた火群様が、小さく安堵の溜息を零したのが聞こえた。ゆっくりと地上へ降り、火群様の腕から大地へと足を付けると、パタパタと丈爺様が宙を駆けてくる。 「藤〜っ」 良かったなァと顔をほころばせながら、雷獣さまが両手を広げて飛びついてきたのを何とか受け止める。 どうやら喧嘩は終いだと察したのか、見物に集まっていた様々な妖怪たちが森の奥へと姿を消していった。それを見送っていると、神楽様が火群様を呼ぶ声が聞こえた。 「火群」 「何だよ」 不機嫌そうな声で答える火群様に、神楽様は構うことなく続ける。 「今はお前に託そう。無理と思えばすぐ攫いにくるぞ」 「オレに無理なコトなんてねーよ!」 かみつくような火群様の答えに、 「そうか」 ふっとお笑いになって、神楽様は火群様の頭を撫でた。 どうやら照れくさかったらしく、大きく首を振ってそれを払う火群様の仕種が子供っぽくて可愛らしい。気付かれないようにそっと笑っていると、神楽様と目があった。神楽様も優しい瞳をしておいでで、きっとこの兄天狗様も、末の弟である火群様をとても大切に思っていらっしゃるのだろうと思った。 「ではな、藤。また顔を見に行こう」 「はい。お待ちしています」 「安請け合いすんなよ、藤」 バサリと黒い翼を大きく広げた神楽様に私は大きく頷いて見せたのだが、横から火群様の不満そうな声に窘められた。横顔を見遣れば、唇を尖らせながらも穏やかな瞳をしているのが分かり、その言葉が本音でないことは問わずとも知れた。 「ではな。藤、火群」 「はい!」 「おう」 すっかり世界は、夜。 雲一つ無い空にはキラキラ瞬く星と、それを照らす白銀の月が浮いている。 そこに飛び込む大きな影。長い黒髪が線を描き、黒い翼が星の瞬きを隠す。 遠ざかって行く神楽様の後ろ姿を、しばし黙ったまま見送っていた。 |