天界で迎える二度目の朝。 太陽が地上へと姿を現し、人々が活動を始めるその前に、 水日と風樹は幻炎城へとやって来ていた。 早朝に、それぞれの副官―清癒と犀霖に起こされた二人は 、幻炎城を出た時と同様に顔を隠し、ひっそりと城を出たのだった。 そして、幻炎城で通されたのは、初日に風樹が泊まった部屋。そこで二人は火陵を待っていた。 口から溢れ出そうする欠伸を一つ一つ噛み殺し、しかし時折殺り損ねた欠伸を零しながら、 水日が風樹へと視線を遣った。何か話していなくては眠りこけてしまいそうで、 閉ざしてしまいそうになる瞳を必死に開きつつ、水日が風樹へと問う。 「どうだった? 自分が住んでたってゆー城は」 眠らないためだけに発された水日の力無い問いに、しかし風樹はガッツリ気合いたっぷりに答えた。 ズズイっと体まで水日へと乗り出し、風樹は朝っぱらから大声で言った。 「それがさ、聞いて驚けッ! 何と・・・・空に浮いてんの!」 その一言に、眠りに誘われようとしていた水日の意識も完全に覚醒した。 「ウソ!!? ラ●ュタ !?」 「ね!? そう思うよね!」 「で、どうやって浮いてんの!?」 「さぁ、全ッッく分かんない!!」 「やっぱ飛●石みたいな 」 きっぱりを首を左右に振った風樹を余所に、水日は顎に手を当て、本格的に悩み始める。それを遮ったのは風樹の問いだった。 「で、水日が住んでたって城はどんなトコだった?」 その問いに、何故城が浮いていたのかという疑問を中断させた水日がこちらも気合いたっぷりに答えを返した。 「こっちはね、湖の中に建ってた!!」 「え!? 湖の中って…水日泳げないじゃん」 「う゛っ」 風樹の言葉に、図星をつかれた水日が口を噤んだ。 そんな彼女とは対照的に、珍しく言い返してこない幼馴染みに、ここぞとばかりに風樹が言い募る。 「ってか、そもそも水を操る人が泳げないってどうよ!? ちょいとこれはオカシイっしょ! そこんトコどうなんスか、水日さんっ!」 「う゛うううう」 (やった! 久々に勝った) 「勝ったとかって言ってんじゃないわよ」 「ごめん─── って、あたし口に出してないんだけど!!?」 「うふ」 「怖ッ!!」 先程までの眠気はどこへやら。朝っぱらにもかかわらず、テンションは軽く深夜に突入していそうな高さでもって騒ぎ立てる水日と風樹。 しかし、その賑やかさを中断させたのは、 「で、決めた?」 「へ?」 水日の真面目な問いと、それへと返された間抜けな声。 「これからどうするか、決めた?」 付け加えられた水日のその言葉に、風樹はようやく彼女が何を問うていたのかを察する。 そして、答える。その問いへの答えを返すまでには、しばしの沈黙を伴ったが、それでも明確な答えにはならなかった。 「・・・・う ん、一応」 曖昧なその答えに、水日も怒ることはしなかった。 「そっか。私も同じくよ」 水日も、風樹と同様に曖昧な答えを返すことしかできなかったから。しかし、それに続く言葉があった。 「でもね 」 「うん」 同様に風樹も曖昧な答えの先に続くものがあるらしく、大きく首を縦に振って口を開く。 そして、水日と風樹は声を揃えて言った。 「「あと一押しがね 」」 その時だった。固く閉ざされていた扉が、音を立てて開いたのは。 「お、おっはよ♪」 「おはよー、火陵」 「おはよ。お待たせ」 そう言って部屋へと入ってきた火陵の表情を見るなり、水日と風樹は顔を見合わせる。 何故なら、いつものぽんやりとした火陵の顔が、今は見る影もなかったのだから。 その表情から、水日と風樹は察する。 「あら、その真面目な顔はもしかして」 「もしかして、決めちゃったってワケかい?」 二人の問いに、ますます火陵の表情は真剣さを増す。そして、二人の前に腰を下ろすと、火陵は深い溜息のあと、口を開いた。 これから火陵の口から告げられるその言葉が、彼女が真剣に悩んだ上で 下した決断であろうことは想像に難くない。水日と風樹も火陵の真剣な表情につられるようにして押し黙った。そして、火陵の言葉を待つ。 「・・・私 二人がどうするかは分からないけど、決めたよ」 「うん」 緊張気味に語る火陵の言葉の先を、水日が優しく促す。それに背を押され、火陵は結論を告げた。硬いままの声ではあったが、はっきりと。 「 私、記憶を取り戻そうと思う」 「「・・・・」」 火陵の言葉に、水日と風樹は顔を見合わせる。しかし口を開くこともなく、どちらからともなく外した視線を火陵へと戻した。 そんな視線の先で、火陵は静かに語る。幼馴染み達が何も言ってくれない事に不安を覚えつつも 、それでも一度決めた己の意志を覆すつもりはないらしい。 二人の瞳を見つめ返すことはできそうにないが、それでも語る。その声は、不安げな響きをしていたけれど。 「ここに残るか、それとも帰るかは、記憶を取り戻してからじゃないと私は決められないと思ったんだ。だから、取り戻そうと思う」 不安げな口調は、しだいに明瞭さを取り戻していく。水日と風樹へと語る内に、己の意志の強さを確認していったのかもしれない。 「おじいちゃんは、記憶を取り戻したら私たちは必ずここに残るだろうって言ってたけど・・・でも、知りたいんだ。 私がどんな子供だったのか、お父さんとお母さんのこと、この世界の人たちのこと。 知ってしまったら、確かに戻れないかも知れない。それでも、知らないままはイヤだ。 ただ、知りたいだけなのかもしれない。それでもいい。私は、取り戻そうと思う。記憶を取り戻して、全てを知ってから、決めたいと思うんだ」 「「 」」 あまり自分から喋ることをしない火陵がいつになく懸命に語っている様子を、水日と風樹は黙って見つめていた。 同時に、それ程までに火陵の意志が固いのだという事を感じ取ってもいた。そして、彼女と同様に固く決められた己の意志を頭の中で反芻する。 「・・・ふ、二人はどうするの?」 一通り己の意志を語った火陵は、押し黙ったままでいる水日と風樹の様子に、再び表情に不安の色を塗る。 この決意は、変わらない。 たとえ水日と風樹が別の道を選択しようとも、火陵は己が決したその道を行くだろう。 それでも、出来ることならば水日と風樹にも隣を歩いて欲しいと願ってしまうのだ。 これまでずっと隣にいてくれた二人の存在があれば、どんなに苦しく険しい道が己の前に敷かれていようとも、 歩いていけるような気がするのだ。 血を流しながら、もうダメだと弱音を吐きながらも、二人と助け合い、叱咤し合えば歩いていけるような気がするから。 火陵は祈るように、水日と風樹を代わる代わる見つめる。そして、答えを待つ。 沈黙は、一瞬だった。 ぽつりと呟くように洩らしたのは風樹。それに続いたのは水日だった。 「・・・・押されちゃったね」 「あと一押しを、ね」 「え?」 二人のその言葉がいったい何を指しているのか、火陵には分からなかった。 しかし、次なる言葉でその疑問は晴れた。否、晴れたとは言えないのかも知れない。 ただ、疑問などどうでも良くなってしまう答えを、水日が返してきたのだ。 「私たちも記憶を取り戻すわ」 「ホント!?」 「うん。怖いけど、三人一緒だったらどうとでもなるさ♪」 目を瞠った火陵に、風樹が大きく頷いて見せる。ついでに両手でVサインを作って見せる。 今日び両手でVサインとはなかなかに格好の悪い姿だったのだが、今はその事にツッコミが入ることはなかった。 「・・・うん! 良かった!」 安堵の溜息と共に、火陵が笑みを零した。今日、初めて火陵が見せた笑みだった。 その笑みに、水日と風樹も笑い返す。 決断は下していた。 水日と風樹も、記憶を取り戻す、と。否、本当の事を言えば、更にその先の事まで二人は決めていた。 無惨に焼き払われた村を見て、自分を愛してくれている人の姿を見て、 美しいこの世界を そして、その世界を守っていた誇らしい人の姿を垣間見て、二人は決めていた。 この天界へと残り、戦いたいと。 しかし、その意志を言葉にするには、あと一歩が必要だった。何か、もう一つ背中を押すものがあれば、堂々と決意を口にすることができるのに、 そのあと一歩が見つけられないでいた。 私、記憶を取り戻そうと思う。 火陵のその言葉が、二人の背を押す、最後の一歩となった。 己の進むべき道が決まれば、あとは行動するのみ。さっそく立ち上がったのは水日だった。 「そうと決まればさっそく教えてもらおうじゃないの♪」 「賛成!」 拳を振り上げて水日に賛同したのは風樹。意気揚々と立ち上がり、火陵を待つ。 不安な事など何一つない。そんな瞳をしている水日と風樹を代わる代わる見つめ、火陵は笑みを零す。 (やっぱり、大丈夫だ) この二人と一緒ならば、何があっても大丈夫だと、そう信じることができた。 だから、火陵も立ち上がる。そして、 「じゃあ行こう! 記憶を取り戻しに!」 扉を開け放つ。 ずっと閉ざされていた、記憶を取り戻すために 。 |