全てを受け入れると、そう覚悟を決め頷いた三人に夜衣は視線を遣る。彼女らの決意が本物であるか否かを確かめるように、代わる代わる火陵たちを見つめ、そして夜衣は「分かりました」と口にする代わりに小さく頷いて見せ、口を開いた。 「それでは、お話させていただきます。大切なことは明日猩火様よりお話があるかと思いますが 」 と、ここでいきなりハテナマークを飛ばしたのは水日だった。 「ストップ! 初っぱなから止めて申し訳ないんだけど、猩火様って誰なの?」 残りの二人にしてもやはり首を傾げはしたのだが、止めることまではしなかった。話を聞いていればいつか分かるだろうと楽観的な二人とは対照的に、物事は一つ一つ片付けていかなくては気の済まない水日は、どうしても気になってしまったらしい。いきなりで申し訳ない気持ちもあったが、訊ねずにはいられなかった。 しかし、問われた夜衣は気を悪くする風でもなく、逆に、自分の説明が足らなかったと、まず謝罪の言葉を口にした。 「申し訳ありませんでした。猩火様というのは、先程謁見いたしました火陵様のお祖父様のことです」 「猩火・・?」 その名前を頼りに、記憶を探るため瞳を閉ざした火陵だったが、その唇に続いたのは小さな溜息。祖父だと螺照から告げられたその人の名前、それを聞いてさえもピンと来ない。記憶はチラリともその姿を現すことはなかった。 「やっぱり思い出せない? 火陵」 「・・・うん」 風樹の問いに頷く火陵の表情は暗い。 そんな火陵を気遣ってか、夜衣は肩を落とした彼女の手をそっと取り、「どうぞ、お座り下さい」と、 ベッドの隣に敷かれた敷物の方へと彼女を導き座るよう促す。 驚くほど紳士的な夜衣の誘いに少々戸惑いながらも、火陵は促されるがまま敷物の上に腰を下ろした。続いて同様に優しく夜衣に促され、水日と風樹も腰を下ろす。 三人が腰を落ち着けるのを待ってから夜衣も同様に腰を下ろし、そして口を開いた。その唇が紡いだその台詞に、三人は目と口を全開にし、ハテナマークを飛ばすことになるのだった。 「無理もありません。お三方の記憶は今、封印されているのですから」 「「「 フウイン!?」」」 三人は仲良く口を揃える。もうこれは揃えるしかなかった。 もし三人が飛ばしたハテナマークが見えるものだったとすれば、マッハのスピードをもってこの部屋の窓を突き破り、 夜空にキラリ ンと光りを放ちながら消え行く様を見ることができただろう。 そして、ハテナマークが夜空のお星様になった所で、ついに風樹が口を開いた。もう、叫ばずにはいられなかったようだ。 「もうどうにも止まらないよ、ファンタジックワード! だいたい出尽くした気すらして来ちゃったよ! YOYO★」 「 私の妄想力ももう追い付かないわ」 「とっくの昔にギブですYO★ あたしはYO−YO★ ちぇけら〜!」 「封印って、どうやって?」 思いきって火陵は風樹の言動を無視する。いや、もしかしたら、風樹がエセDJの真似をして、ありもしないヘッドホンの耳を押さえつつ幻のディスクをきゅるきゅるとやっていたことになど気付かなかったのかもしれない。 水日はと言うと、気付いていなかった。気付いていたとしたら速攻で回し蹴りが風樹の頭を砕いていたことだろう。 おそらく夜衣は風樹の奇行に気付いていたのだろうが、明らかに無視した。 否、彼の場合、どうつっこんでいいのかが分からなかったのだろう。完全なるスルーだ。 だが、幸いなことにも、それに対して否やを唱える者はいなかった。 火陵の問いに、夜衣が短く答えた。 「対価です」 「・・・対価」 夜衣が口にしたその単語を繰り返しつつ、火陵はあの時、全ての不思議が始まったあの時へと記憶を巡らせていた。何故なら、あの時も、対価というその言葉が鼓膜を揺らしたから。 あの時、螺照も口にした対価という言葉。 「・・・神への、ってヤツ?」 これは、神への対価。 対価を受け取り、神は私たちの願いを聞き届けてくださるのです。 部屋中に風が巻き起こり、その不思議を問うたその時に螺照が言った言葉を、どうやら風樹も覚えていたようだ。 「そうです。対価分の奇跡を神は叶えて下さるのです」 「はぁ」 当然のことのように夜衣はそう言ったが、三人は簡単に納得することはできなかった。彼女らは敬虔なクリスチャンでも、ましてや真に仏教徒でもなく、大した信仰を持たない今時の女の子。一生懸命お祈りしたら、神様がご褒美をくださるのね なんていう純真な心は生憎と持ち合わせていない。 だが、ここで神云々の問いを発しても埒があかないだろうと、三人は曖昧に頷き、胸中の疑問をやり過ごす。その代わりに別の問いを発したのは水日。 「で、どうして私たちの記憶を、その・・封印? する必要があったの?」 その問いに、夜衣は一瞬口を噤んだ。その瞳が迷いを含み一瞬伏せられる。慎重に言葉を選び、夜衣は閉ざしていた唇を開いて言った。 「・・・時が満ちるのを、待つためです」 「時が満ちる?」 迷った末に出された夜衣のその答えを、風樹が訝しげに眉を寄せつつ繰り返す。水日も同様の表情で首を傾げている。 そんな中でただ一人、火陵だけがその言葉の意味を察していた。 「・・・赤い月が昇る日を」 「その通りです。それまではお三方の存在を知られてはならなかったのです。人界で、完全に人族として暮らしていただかなくてはならなかったのです」 夜衣のその台詞には、いくつも分からない言葉が含まれていた。 「ちょっとストップ」 「ジンカイ? ジンゾク?」 「what’s!!?」 水日がストップをかけ、火陵が鸚鵡返しに繰り返す。最後にアメリカン顔負けのジェスチャーつきで風樹が問うた。 「申し訳ありません。えっと・・先程も少々申しましたが、ここは昨日まで火陵様が生活なさっていた世界ではありません」 「・・・・・・それは、薄々感じてたよ」 やっぱり、と火陵がうなだれる。 「で、ここは何処なの?」 気丈にも問いを続けたのは水日だった。 その問いに、夜衣は答える。やはりその言葉の節々に火陵たちには理解不能な言葉が含まれていたが、それでも何とか理解はできた。 「ここは天界。そして昨日まで火陵様たちが暮らしておられた場所を、僕たちは人界と呼んでいます。天界は人界よりも上の世界。人界よりも神の住まう天に近い世界です」 「・・・天国?」 「いいえ」 風樹のその言葉を、夜衣はゆっくりと首を振って否定した。 「天には神がおわします。ここ天界は、その天を模して神が創った世界。第二の楽園と呼んでもいいのかもしれませんね」 楽園というその名に、眉を寄せ待ったをかけたのは水日だった。 「ねえ、楽園にしてはちょっと物騒じゃない? あんな、えっと・・・魔物? だったっけ? あんな気持ち悪い生き物がいるのに」 「おそらく均衡を保つためでしょう」 「均衡? どういうことよ」 「人界には魔物 天敵がいないために人間が絶対の権力者となり世界を支配してしまいました。その為、人界はかつての豊かだった世界をなくしつつあります。それを止めるため、神は自然の驚異という手でもって人間の驕りを静めてきました。けれど、ここ天界には、魔物という僕たちの天敵がいます。そのことによって互いに牽制し戦い、どちらか一方のみが権力を持った、偏った世界を作らずにいられるのです」 彼の台詞の中には、つねに神という単語が出てくる。 どうやら夜衣にとって神という者は当然に存在し、全てを握っている絶対の存在なののだということが分かった。だから、三人ともその点に関して疑問は残るにしても、それを問うことはしなかった。その代わりに、火陵が「あれ?」と別なる疑問を口にした。 「でも、魔物の方が大きいし、強そうだよ? その時点でちょっとバランスがおかしくないかな?」 「そうですね。確かに魔物の体は僕たちよりも大きく作られている種がほとんどです。 しかし、我々天界に住む者 神族という名を戴いていますが、その神族は神より力を授かっているのです。怖ろしい魔物とも対等に戦える力を」 「力? 力ってなによ?」 「あ。怪力だ!?」 「イコール 水日!! うぐッ」 と、まさに水日が誇る力を腹に受けている風樹を尻目に、火陵が再度「あ!」と声を上げた。ぽむ、と掌を打ったことから、何か思い出したらしい。 「分かった。あの、炎のこと?」 「そうです。僕や螺照様、そして火陵様は炎を操る力を持っています」 螺照に続いて、自分の名前まで呼ばれたことに驚いた火陵だったが、すぐにその驚きを上回る光景を火陵たちは見せられることになるのだった。 徐に三人の前に夜衣の掌が差し出される。一体なんだとその掌を窺うのだが、そこには何も乗っていない。三人がそろって眉をひそめたのと、その掌に炎が現れたのとはほぼ同時の出来事だった。 「「「!」」」 ぽっと、夜衣の掌に小さな炎が灯ったのだ。 「スゴ イ」 水日が無邪気に歓声を上げ、火陵が目を瞬く。 思い返してみれば、魔物に遭遇したその時、螺照は炎を何処からともなく放ち、魔物を追い払った。更に記憶を蘇らせると、学校で正体不明の男に襲われたその時、迫ってくる男の手を拒んだのは、自らの体から発せられた黄金の交じった紅の炎だった。 そう。夜衣が今掌に乗せている、美しい炎を、火陵は何度も目にしていた。 ふっと、三人の見つめる前で、現れた時と同様に忽然と炎は姿を消していった。その途端、風樹が声を上げた。 「ねえねえ、あたしはあたしは!?」 「はいはいはい!」と手を挙げ、お前は小学生かッ!? というツッコミを十人中九人がしてしまうであろう元気さで風樹が夜衣に問うた。 「風樹様は風を操ります」 「あたしは風か〜」 「あはははははは! 何たって、風樹だもんね」 「あ。じゃあ私はもしかして、水!?」 「そうです」 「当たっちゃったよ! 分かりやす い」 「ホントだね★ あははははははは」 「ウホっホホホホホホホ」 「風樹、それゴリラだよ」 「あんまりお姉さんを笑わせないでよ、風樹ったら。きゃはははははは 」 「楽しそうで何よりです」 和やか〜に笑っている三人の少女に、夜衣が呑気にコメントを述べた次の瞬間、 「「「ハッ!」」」 三人は我に返った。 「な、何すんなりと受け入れちゃってんのよ、私たちッ!」 と、ビンタを己の頬に食らわせる水日。しかし、残りの二人にそこまでの抵抗力は最早残っていなかった。 「だってもう否定するのも面倒なんだも〜ん」 「んだんだ〜」 気だるげな火陵の隣で、風樹も「もう眠たいです」と誰が見ても分かる顔をして頷いている。 「あ、あの、素直に受け入れていただいて結構なんですが・・・全て真実を申し上げております、僕は」 嘘ではありません、と真剣な瞳に見つめられノックアウトしたのは、 「水日ちゃん信じちゃう ってか、夜衣になら騙されてもイイ」 水日だった。 そんな幼馴染みを横目に、ぽそりと風樹が言った。 「 好色めが」 「ん? 今、何て?」 ニコニコニコニコ。そんな音が聞こえて来そうな程、The 笑顔!を浮かべた水日が風樹に迫る。 「・・・・・・・・・麗しの水日様、と」 かたや迫られている風樹はと言うと、ひくりと片頬を引きつらせつつ笑みを返す。ご機嫌取りの台詞も忘れない。 「よろしい」 風樹が珍しく報復を免れ、勝ち得た安堵に水をさすのは躊躇われたが、その迷いも一瞬で、火陵がすぱっとついつい流れがちなお馬鹿な空気を切った。 「とにかく! 私たちは普通の人じゃなくて、天界ってトコに住んでる・・・何だっけ? 神族? って人種? 人種か? まあ、いいや。神族ってのに分類されるってことなんだ?」 「その通りです」 大きく頷いて見せた夜衣に、三人は視線を幼馴染みへと移す。 普通の人とは違うと言われたが、何ら異なる点を見つけることは出来ず、水日が大きく首を捻った。 「でも、見た目全然変わらないよね」 「ね」 「んだ」 「人族との決定的な違いは、先程申しました力を持っていることと、もう一つ、寿命でしょうか」 即座に反応を返したのは風樹。 「え!? 寿命ってまさか、美人薄命!!?」 「じゃあ、風樹は長生きできるわね」 「確かに綺麗な人ばっか!!」 善意かそれとも無意識だったのか、水日のサラリと飛び出た、だがしかし強力な攻撃が風樹の ―あくまでも本人曰く―繊細なハートにダメージを残す前に、火陵がそれを掻き消していた。 真ん中の痛いツッコミが少々気にはなったものの、やはり夜衣はそれをサラリと無視し、答えを口にした。 「いいえ。その逆です」 「逆・・・・ってことは、長生きなんだ? どれくらい?」 100を越しちゃうのかな? と首を捻りつつ想像を巡らせている火陵、そして水日と風樹に夜衣が告げたのは、 「我々の寿命は、約千年です」 「「「 」」」 三人を一瞬にして黙らせてしまっていた。 しばしの沈黙の後、衝撃からいち早く復活した火陵が、 「な、何て?」 聞き間違いかと訊ね返したのだが、 「千年です」 やはり聞き間違えたわけではなかったらしい。 せいぜい120くらいまで生きちゃう程度だろうとふんでいた火陵は思わず叫んでしまっていた。 「す、すげ !!!」 隣では水日がゾゾゾゾゾッと鳥肌を立てながら顔を引きつらせる。 「ヤ! イヤよ!! どんだけカピカピになればいいのよッッッ!!?」 極めつけは、いつだって風樹ちゃん忘れちゃいないよ、お笑い魂。炸裂だ。どっかんどっかんだよ。 「千歳って、繊細よ」 残念。完全なる不発弾。風樹のいわゆるオヤジギャクは、ツッコミを頂くことすらなく、火陵と水日の突き刺すような視線によって消滅させられていた。 風樹の寒いギャグを一掃し、ちょっぴりスッキリとした表情の火陵が「じゃあ」と口を開いた。 「私って17歳とかって言ってるけど、実は100何歳だったりしちゃうわけ?」 「賢い! 火陵! 時の流れが違うとかってゆーパターンね!」 「あ、スーパー●イヤ人っしょ!!?」 「はい?」 「気にしないで、夜衣」 「コレは私がバッチリこらしめておくから」 「んぐぐぐぐぅ !」 またもやうっかりと口をすべらせた風樹が、ついに水日の魔の手に囚われてしまった。塞がれた口から漏らされる、むぐむぐという言葉にならないその声には、「助けて! 殺される」という言葉が集約されてあったのだが、そのことに気づけるほど夜衣は風樹との意思疎通が未だはかれてはいなかった。 南無、風樹。 水日によっておしおきを受けている風樹の姿を、自らの体で夜衣の視界から隠しつつ、火陵が笑顔で促す。 「さ、続けて」 「は、はい。えっと、お三方が17歳ということに変わりはありません。成長の仕方が人族と神族とでは異なっているのです」 「成長の仕方っていうと?」 「成人するまでは人族と変わらぬ早さで我々も成長していきます。けれど、成人し肉体的に最も優れた状態にまで体が達してからは、しばらくの間老化が止まるのです」 「・・・・・肉体がピーク時でキープって 」 これは、もしや・・・・と呟いた火陵の後ろで、 「「合ってんじゃん、サイヤ人!! ビバ 鳥●明!!」」 狩っていた者と狩られていた者とが、思わず両手を取り合って某漫画家を賞賛した。 「さ、さいや人? とり?」 聞いたことのない単語のオンパレードに、夜衣がきょとんと目を瞬く。 「何でもないデース」 「ささ、次々!」 「ゴーゴゴーゴーGO★」 三人一斉に促され、夜衣は渋々頷き、先程の話の続きを唇に乗せた。 「成長が止まってから、しばらくそのまま時を経て、500歳頃から成長・・というよりも、老化が始まります。しかし、その老化も人族に比べればはるかにゆるやかなものですが」 その言葉に、火陵が「ああ」と得心がいったように相槌を打った。 「そっか。だから私のおじいちゃん、いやに若かったのか〜」 「猩火様は御歳718歳になられます」 「へ 」 想像もできない年月を生きてきたらしい猩火に対して、畏敬の念を持って三人は首を縦に振る。あまりにも長い年月だったため、敬いよりも畏れの方が大きかったのだが。 「僕たち神族はそうした長い命と、人族にはない特殊な力とで、今のこの天界を作り上げたのです」 「綺麗な世界よね」 怖ろしい魔物や、薄暗い樹海も垣間見たが、それでもこの城や、そして村々は美しかった。 純粋な水日の賛辞に、「ありがとうございます」と答えた夜衣だった、「しかし」と言葉を繋いで言った。 「昔・・・十万年以上前は、まだこうして整った村も土地もなく、この世界のほとんどが樹海に覆われていたんです。あ、樹海はご存知ですか?」 三人が頷いたのを確認してから、夜衣は次の言葉を紡ぐ。 「その昔、この天界には見渡す限り樹海が広がっており、魔物が横行していました。神族たちは、魔物のいない明るく開けた土地を捜しました。そして、その土地を巡って、神族同士の激しい戦が繰り広げられていたのです」 夜衣の話を、三人は黙ったまま聞いていた。 「しかし、その戦いも終わりを告げました。とある一人の御方が現れてからです」 もったいぶってそこで言葉を切った夜衣に、三人は顔を見合わせる。ここで間を取られても、仕方がない。どう頭を捻ったって答えなど出てこないのだから。 「誰?」 代表して火陵が問う。 すると夜衣は答えた。その口調は生き生きとしており、戦が終わるそのきっかけとなった人物のことをとても慕っている様子が見て取れた。 「初代天帝、阜燿様です。阜燿様は神から授けられたと言われる神剣 ―緋焔刀を携え、争う人々を静め、全ての一族を従えるようになったのです。そして、阜燿様の下、樹海は切り開かれ、村々が作られていったのです」 「英雄、ってわけね」 「ええ。まさにその通りです。十万年という月日が経った今でも、誰もが皆阜燿様をお慕い申し上げています。阜燿様がいらっしゃったから、そして阜燿様の御子たる天帝がこの天界を代々治めてこられたからこそ、僕たちは今こうして生きていられるのです」 いつも穏やかに言葉を紡いでいた夜衣の突然の熱弁に、三人は驚いて目を丸くする。 しかし、その様子こそが、おそらく自分たちと同じくらいの年齢であろう彼には相応しいものだとも思えた。 すると三人のその表情から察したのだろう、夜衣は口を閉ざし己の熱弁を恥じるように僅かに頬を染めた。だが、すぐに背筋を正し、いつもの穏やかな口調で続く言葉を紡ぎ始めた。 「天帝は僕たちの上に立ち、僕たちを統率する者。けれど、僕たちにとって支配者というよりも、 この天界が平穏であることの象徴なんです。神に愛された阜燿様の血を引く天帝がおられる限り、 この天界は平穏であると皆が信じています。阜燿様は、神に愛された御方です。 だから、阜燿様の御子が次代の天帝となられ、そのまた御子が次代の天帝に。 この天界は、阜燿様の子孫によって治められ守られているのです。天地開闢以来ずっと。そうして 阜燿様の民である僕たちも、神の愛を受けていられるのです」 「・・・天帝は、天皇みたいな感じなのかな?」 天帝という言葉はあまり耳にしたことがないが、夜衣の言葉から想像するにそうなのだろうかと首を傾げ火陵が問う。 その問いに、夜衣も火陵と同様、僅かに首を傾げた後答えた。 「そうですね。天皇について、あまり詳しいことは存じませんが 、似ているかと思います。その国の象徴、そして世襲である点は同じですね。 けれど我らが天帝は自ら政も行います。戦の先陣を切るのも天帝の役目です」 そんな夜衣の説明に、ポツリと言ったのは水日だった。 「ふーん。天皇とは違うみたいね」 「私たちが住んでたところでは、政治とは別だったから」 「それが、何か?」 「あんまり世襲で政治を執り行う国って、良いイメージないもんだから」 きょとんとする夜衣に、火陵が説明する。 「そうですか」 彼女らが暮らしていた世界のことは知らないので、火陵たちがどこの国のことを言っているのかは分からなかったが、 彼女らの持つ世襲に対するイメージは掴めたようだった。 「人界で世襲制に対してどのような認識があるのかは分かりませんが、 僕たちにとって天帝は同じ血を持つ必要があるのです」 誰と、とは言わなかったが、今までの話から察することは簡単だった。 「初代天帝と?」 水日の問いに、夜衣は頷く。 「そうです。神族の皆が忠誠を誓った初代天帝──そして、神に愛された阜燿様の血と力と意志を持つ者であることが、天帝となる上で必要不可欠なのです」 「ふーん」 その阜燿という人は凄い人だったんだな〜と三人が当たり障りのない適当な感想を抱いていることを知っているのかいないのか―知っていたとしても夜衣は何も言わなかっただろうが―夜衣はすぐに次なる話題を口にした。 「そうした阜燿様の血を引く天帝の下、五十あまりの一族がこの天界には存在しています。 天地開闢の時より天帝に仕えていた蒼巽族の王と乾翠族の王がこの天界を東西に分かち守っています。 この二人の王は双王と称され、双王の一族は双王一族と呼ばれています。辰巳―東方に暮らす一族の統一 を任されていますのが蒼巽王。戌亥―西方の一族を任されていますのが乾翠族です」 丁寧に夜衣は説明してくれているのは、そのゆっくりとした口調からも明らかだ。が、 「 ふーん」 ついに火陵の口から生返事が出た。 そして、黙って話を聞くだけでも聞いていた水日の口からは、 「もう、無理」 ギブアップ宣言が出た。 風樹はと言うと、 「ZZZZZ」 器用に座ったまま眠っていた。 それに気付いた水日が風樹の襟首を掴み挙げ、容赦なく揺さぶる。「私だって分かんないけど聞くだけ聞いたらどうよ!!」ということらしい。 「寝るな! 寝たら死ぬぞ!!」 「水日に殺されるぞ」 「火陵? 何か言ったかしら」 ぽそっと火陵が付け加えた一言をキャッチした水日が、風樹を掴み挙げたままくるーりと火陵へ視線を向ける。 こうなれば、 「・・・・・・。ZZZZZ」 寝たふりだ。 「おいッ!!」 狸寝入りなんて、幾つのガキだッ!! と水日が猛然とツッコんだ。 聞くまでもなく、もう話について来れていない三人を見て、 夜衣は僅かに苦笑を浮かべる。けれどそれを三人に見せるつもりはなかったようで、すぐに苦笑を消し、三人へと優しく声をかけた。 「今日の所はここで終わりましょうか」 自分たちを気遣う優しい声に、火陵は即座に首を横に振っていた。 「ううん! 最後までお願い!!」 夜衣が自分たちが疲れているだろうと気遣ってくれたことは分かっているのだが、その好意を素直に受け取るよりも、 「このままじゃ気になって気になって」 「右に同じっス!」 水日も風樹も火陵と同じ意見だったらしい。 確かにもう夜衣の話はちんぷんかんぷんだったが、このまま明日を迎え、猩火からいきなり大切なお話とやらをされても、おそらく全ッッッッくもってもう笑っちゃうくらいに意味が分からないだろう。今、夜衣から大体の話を、たとえ意味が分からないにしても耳にしているだけでも多少は違うかもしれない。 「夜衣も大変だと思うけど、お願い。聞かせて欲しい」 逆に火陵から労いの言葉をかけられた夜衣は慌てて首を左右に振る。 「大変だなんて、とんでもありません」 それは勿論、本心からの言葉だった。 「分かりました。それでは、もう少しですのでお付き合いください」 そう言って、夜衣は再び口を開いた。 |