突然、上が静かになったと思いきや、タルトをぺろりと平らげた3人娘達は、今度は戦利品の物色に入っていた。水日と風樹が買ってきた商品の袋が、大きいものから小さいものまで入りまじり、火陵の部屋の床に並べられていた。 それを見た火陵が感嘆の溜息を洩らした。 「わー。たくさん買ったんだねー」 「だって安かったんだもん♪」 満面の笑みで答える水日に続いて、風樹も同様に笑顔を浮かべて、手に取った袋からスニーカーを取りだして言った。 「この靴とか1200円だったんだよー!?」 「わー、スゲイスゲイ!!」 安い! と拍手する火陵に、水日が笑いながら言った。 「ねえねえ、今度火陵も行こうよ〜。私がコーディネイトしてあげるからさ♪」 と言いつつ、水日は袋から取りだしたワンピースを体に合わせてくるくると回っている。もうルンルン気分だ。余程ショッピングが楽しかったのだろう。水日は三人の中で誰よりもオシャレに気を配る性分だったし、人の多い賑やかな場所も好きだった。 彼女とは逆に火陵は、デパートの新装開店なんて人がわんさか押し寄せるに決まっている場所に行くことを好まない上、さほどオシャレにも興味のない人間だった。ある程度の服さえ着ていれば、背丈もありおまけに容姿も整っている火陵にはそれだけで十分だった。それでも年頃の女の子であることには変わりはない。 「やった よろしく」 と機嫌良く水日に頼む。だが、すぐさま彼女の顔から笑みが消えることになるのだったが。 「まっかせて♪ ねえ、女装がいい!? 男装がいい!?」 いつだって一言多い水日ちゃん。 「水日! 今からお風呂入ろっか〜?」 方頬を引きつらせて笑いつつ、火陵が水日に詰め寄る。胸小さいけどありまっせ! 下だって何もブラさげてませんで!! と言いたいらしい。 すると水日は、 「いや〜ん」 と、わざとらしく照れ、体をくねくねさせた。 そのヒドく不快なボケ方に、火陵は思い切り水日に蹴りをクリティカル・ヒットさせたい欲望にかられていた。だが、それを実行すれば、己の身にその何倍ものクリティカル・ヒットの嵐が訪れることを経験から知っていたので、 「きいいいィィィィ!!」 と頭を掻きむしることでその欲望を己の内へと押し込める。 「あっはははははははははははははは!!」 くねくねと照れている水日と、その様に絶叫している火陵を見て、風樹は大笑いだ。腹を抱え、床を転がってさえいる。水日と火陵の繰り広げている光景は、文字にしてみれば何でもないことなのだが、実際に目の前でやられてみてごらん? そりゃ腹も抱えて笑い転げますわ。と言った感じらしい。しかも、いつもは自分が水日の餌食になるのだが、今日は珍しく傍観者という立場が巡ってきたのだ。それを存分に堪能しているらしい。だが、 「やかましいわ、風樹ッ!! ていやあああ―――ッ!!」 「いだ――――い!!」 見事お尻にクリティカル・ヒット☆やはり風樹が傍観者であることは認められなかったらしい。ついに火陵のイライラの矛先が向けられたのだった。 コンコン。 扉がノックされたのは、水日がくねくねを終わらせ、風樹のお尻でストレスを発散し終えた火陵が、腹の代わりに尻を抱えて床を転がっている風樹に「ごみーん」と謝っている時だった。 「はーい?」 水日が答えると、扉が開き、そこから姿を覗かせたのは螺照だった。 「・・・・」 尻を抱えて転がっている風樹に視線をやった螺照だったが、 「失礼します。申し訳ないんですが、下に来てもらえますか? ちょっとお話があります」 そう言って、サラリと無視した。三人のドタバタ騒ぎにはもう慣れきってしまっている螺照だった。 「話って?」 きょとんと訊ね返す火陵に、螺照は「下でお話ししますから」と繰り返した。 一体なんだろうと三人は顔を見合わせるのだが、分かるはずもない。めんどくさい〜とごねることもせず、三人は素直に下のリビングへとおりて行った。 「あ」 螺照が開けたリビングのドアの向こうには、客人の姿がまだあった。どうやら、彼にも関係している話らしい。そうなると、ますます予想がつかない。しきりに首を捻っている三人に、客人である少年―夜衣は立ち上がり丁寧に頭を下げてきた。それにつられるようにして三人もぎこちなく会釈を返し、螺照に促されるまま螺照と夜衣の向かいのソファに腰を下ろした。 「まず、彼のことを少しお話ししておきましょう」 螺照は、話をそう切り出した。 「彼の名は夜衣。私の古くからの知人です」 「・・・親戚か何か?」 そう訊ねた水日に、螺照は少し困ったように笑った後、首を縦に振って見せた。 「そうですね。そう言っても過言ではないかもしれません」 それはひどく曖昧な答えだった。だが、それを三人が言及する前に、螺照は言葉を続けていた。そして その言葉は、三人をひどく驚かせるものだった。 「今日からしばらくの間、彼がこの家で暮らします」 「え!?」 「やった」 「はい??」 目を瞠る火陵。手を叩き喜ぶ水日。きょとんとしている風樹。三者三様の反応が返ってきた。 けれど、そこからの反応は、三人とも全く同じものだった。 「ふーん」 彼女らは誰も、言及することなくその事実を受け入れた。彼女らは、 螺照に多くの秘密があることを知っていた。一時は、 それを全て明かして欲しいと詰め寄ったこともある。だが、 それでも螺照は何も教えてはくれなかった。優しい彼は辛そうに瞳を細め、 ひたすら謝っていた。そんな彼の様子に、三人は言及することをやめた。 螺照にどれほど、どんな秘密があろうとも、彼が彼であることに変わりはない。だから、知らなくてもいいと思ったのだ。 おそらく夜衣がこの家に住むその理由も、螺照は教えてくれないだろう。 三人の少女はそう察したようだった。 そんな三人の様子に、螺照は申し訳なさそうに眉を下げたが、 やはり追求されずほっとしたような様子も見受けられた。 「じゃあ、自己紹介自己紹介!」 明るくそう言ったのは風樹だった。その言葉に、水日と火陵も「そうだそうだ」と頷く。 「じゃあ、私から! 私は水日。この家の中では、長女って感じの頼れる――」 「怖〜い鬼婆です ――むぐっ!」 「頼れるお姉様でーす」 そう言ってにっこり微笑んだ水日の右腕には、ぐわし! と口ごと顔を掴まれバタバタもがいている風樹が居た。 「さっき自己紹介しちゃったけど」 そう断って、火陵は口を開く。 「私は火陵です。水日が長女なら私は次女かな? 凶暴な姉とアホな妹にサンドイッチされた大人しい女の子です」 「「どこがだッ!!!」」 「いいじゃーん。何言ったってー」 二人から息のあったツッコミをお見舞いされ、火陵がぶーと頬を膨らませる。そんな火陵の肩をぽんぽんと叩きつつ、今度は風樹が口を開いた。 「あたしは風樹! 元気いっぱいの17才 鬼婆な水日と、天然娘火陵に苦労しつつも、毎日明るく生きてます ポジション的には――」 「「ペット!!」」 「わんわーん♪ ――って、ペットかよ! YOYO!」 出た! ノリツッコミ!! と、そんな今までにお目にかかったことのないような自己紹介に、明らかに戸惑いを隠せていない夜衣に助け船を出したのは、穏やかな笑みを浮かべた螺照だった。 「とまあ、賑やかな子たちだけど、いい子だから。このやりとりにも、すぐに慣れるよ。しょっちゅうだから」 そうして笑っている螺照は、悟りの境地に達した僧侶のようだった。どんなにやかましく収拾のつかないバカ騒ぎであっても、全て受け入れ流せる程の度量を、彼は会得したようだった。 「―――は、はい・・」 自分も彼のように、三人のテンションに慣れるのだろうかと不安にかられながらも、夜衣は何やらぎゃーぎゃー騒いでいる三人に向けて、 「よろしくお願いします」 と、届くことはないだろうと思いながらも、律儀に頭を下げる。 そして、ここから、五人での生活が始まるのだった。 それは、驚くほどに短い間でしかなかったけれど、その短い時間の中で目まぐるしく運命の輪は回り続けていたのだった。 |