「お――――――い。いつまで寝てるんだ。起きろ――――――――ッッ!!」 朝。アノンを起こしたのは、クートの声だった。 「ん――。おはよー」 アノンが重い瞼を上げると、すぐさま窓から差し込んでいる朝日に覚醒を促される。いや、朝日にしては日差しが強い。おそらく、正午が近づいているのだろう。 「アレ? ここ・・?」 窓から光が差し込んでいると言うことは、自分が家の中で眠っていたということにアノンは首を捻る、昨夜はティスティーとオル・オーネが家を出たことに気付き、クートと共にこっそり後をつけて行き、そして・・・。そこで記憶が途切れている。どうやら二人が帰ってくるのを待っていて、そのまま眠り込んでしまったらしい。 何故、ベッドで眠っているのか合点がいかないらしく、不思議そうに目を瞬いているアノンに、クートはその答えをよこす。ついでに、これ見よがしな溜息をプラスして。 「腕、筋肉痛になったらアノンの所為だからな」 その言葉に、アノンは彼が自分を家の中まで運び込んでくれたことを悟る。 「そっか。ありがとう! クートさん」 ガバッと跳ね起きたアノンは、これ見よがしな溜息など気にも止めず、素直に頭を下げた。もしかしたら、気が付かなかったのかも知れない。 昨日一日共に過ごしただけだが、彼が頭にバカがつくほど正直で素直な少年だということを知っているクートに、そのことを言及するつもりはないらしい。小さな溜息をついた後、踵を返した。 「どういたしまして。ほら、もう飯できてるぞ」 「は――い」 クートに連れられリビングに向かうと、そこには朝食か、もしくは昼食を済ませたオル・オーネとティスティー、そしてジストルの姿があった。テーブルの上に並べてあるのは、アノンの分と、おそらくクートの朝食だけだった。偉そうにアノンを起こしていたクートも、どうやら今し方起きたばかりらしい。そのことをアノンが詰問する前に、オル・オーネが口を開いた。 「おはようございます、アノンくん」 「おはよう。オル・オーネさん!」 寝起きから元気の良いアノンの挨拶に笑みを零した後、オル・オーネは二人にイスに座るよう促した。 「さ、お二人とも食べて下さい」 「いただきまーす」 クートとアノンが食事を始めたのを確認してから、オル・オーネはジストルを伴い、台所へと姿を消す。それを追って、ティスティーも台所へと向かっていった。 台所では、アノンとクートの賑やかな朝食に笑みを零しながら、食器を洗っているオル・オーネが居た。彼女の隣に張り付いていたジストルが、ティスティーが現れたことに気付き、振り返る。それと同じくして、オル・オーネも背後にいる人の気配に気付いたらしい。何も写さない灰色の瞳で、それでも振り返る。そんな彼女に、ティスティーは言った。 「私がやるわ」 オル・オーネの返事を待たず、ティスティーは彼女が洗っていた食器を手に取った。 「あら。ありがとうございます」 オル・オーネは食器洗いはティスティーに任せたらしく、その場を離れた。何をするのかとティスティーが見守っていると、彼女は戸棚の中に置いてあったケーキを取りだした。それは、オル・オーネが恋人の為に作ったもの。昨日、帰ってくるはずだった恋人と食べる為のケーキ。ティスティーが見守る前で、オル・オーネは包丁を手に取り、見えない目で器用に切り始めた。 「・・・ケーキ、食べるの?」 ティスティーは、そう訊ねた。恋人の帰りと共に食べるケーキを、今、食べてしまうのかと。今、自分たちと食べてしまって良いのかと。 「はい」 オル・オーネは答えた。ティスティーの問いが、「もう待たないの?」と暗に訊ねているのだと言うことを知っていながら。ケーキを切り分けながら、もう一度繰り返す。 「はい。いいんです。今日からまた、来年のリーファへのプレゼントを考えなくてはいけませんね」 言って、オル・オーネは笑った。その笑みに、曇りはない。彼女の手は、いつの間にかジストルの頭を撫でていた。ジストルも、それに答えるように、オル・オーネの腕に鼻先を擦りつける。 彼女はまた待ち続ける。来年こそは恋人が帰ってくると信じて、ジストルと共に待ち続けるのだろう。 「ごちそうさまでしたー」 「いいタイミング」 ちょうどケーキを切り終えた時、リビングから聞こえてきたアノンの声に、ティスティーは笑いを洩らす。 「今運んでも大丈夫かしら」 「大丈夫よ。アイツ、甘いモノは別腹だから」 その言葉に、オル・オーネも笑みを洩らす。 「では、持って行きますね。ティスティーさんもどうぞ」 「洗い物が一段落したら行くわ」 「はい」 オル・オーネが消えたキッチンに、今度は、 「わーい♪」 という、アノンの嬉しそうな声が響いた。 |