KINGDOM →→ イレース

 PLACE →→ セリル


 日が沈む。
 けれど、夜の闇を蹴散らしてしまいそうなくらい、家の中は賑やかだった。テーブルにはオル・オーネの恋人、リーファの好きな物ばかりが並べられている。それを目の前に、アノンとクート、オル・オーネとティスティーがわいわいと賑やかに談笑に耽っている。
 やがて、夜が更けた頃、遠慮する面々をオル・オーネが「冷めてしまいますから」と宥め、遅い夕食が始まったのだった。勿論、そこに主賓の姿はない。だが、まだ今日という日が過ぎるにはまだまだ時間がある。その事実、そして昨年とは違う賑やかな雰囲気のおかげだろうか。オル・オーネの表情にかげりが見えることはない。
「おいいしい〜♪」
「本当に美味しいですよ、オル・オーネさん」
 いただきますの後、勢いよく食べ始めたアノンが、笑顔と共に洩らすと、クートも同じように顔を綻ばせてオル・オーネに告げた。
「皆さんが手伝ってくれたおかげですよ」
 オル・オーネは言って穏やかに微笑む。そんな彼女の前に、ラッピングが施された大きな箱があることに、アノンが気付く。
「あ! それ、プレゼント?」
「ええ」
 訊ねると、オル・オーネは頷き、箱をたぐり寄せた。
「なになに??」
「コラ、アノン」
 中身が気になるのだろう。すぐさまオル・オーネに訊ねるアノンに、ティスティーが宥めるように彼の名を呼んだ。だが、オル・オーネはそれを「かまいませんよ」と制して答えた。
「これは、リースです」
「リース?」
「外に飢えてある花をドライフラワーにして、丸く編んだ木の蔓に飾り付けてみたんです」
 言って、オル・オーネは「あれもそうです」と、暖炉の方を指差した。目の見えない所為で、彼女の指の先にオル・オーネの言ったリースはなかったけれど、少しずれた場所に、多くの花があしらわれたリースが飾られてあった。
「わ、綺麗!!」
 さすがに食事中と言うこともあって、立ち上がってリースの方に寄ることはしなかったが、アノンはリースの方へ身を乗り出して感嘆の声を上げた。
 昔に作られたのだろう。僅かに色は褪せているものの、配色がきちんと考えられた美しい出来のリースだった。
「お上手ですね」
 アノンに負けじとリースを誉めたのはクート。
「ありがとうございます」
 穏やかな笑みを向けられたクートは、彼女には見えないと知りつつも、笑顔を返す。その表情の中に、哀しい色があることに気付いた者はいなかった。
 リース。
 見えない目で、花を摘み、懸命に編んだのだろう。リーファの為に。それが、切なくも羨ましくもあった。
「リーファさん、これは貰わないと損だよね」
 アノンも同じことを思ったのだろう。オル・オーネが心を込めてリーファのために用意した誕生日プレゼント。今年こそはリーファが貰ってくれればと、そう思った。
「まったくだ」
 渋い顔でクートが頷く。心境はと言うと、「こんなに素敵な人にプレゼントを用意してもらえるなんて・・。貰わないなんてバチがあたるぞ」と、羨ましい気持ちで皮肉の一つも言いたい気分だった。
 と難しい顔で唸っていると、
「クートさん」
 唐突にオル・オーネに声をかけられる。
「はい、何です―――――え?」
 オル・オーネの方に視線を遣り、クートは瞳を瞬いた。
 彼の目の前に、小さな箱が差し出されている。誰からかと箱から視線を上げていくと、オル・オーネが、クートに向けてリボンがかけられて小さな箱を差し出していた。いったい何だろうと首を傾げていると、それを察したのか、オル・オーネが口を開いた。
「確か明後日はクートさんの誕生日だったかと」
 その言葉に、クートは目を丸くする。
 誕生日なんて、以前、仕事中にチラリと言っただけなのに、彼女はそれを覚えていてくれた。それだけでも舞い上がりそうなほど嬉しいのに、目の前に差し出されているのはオル・オーネからのプレゼント。死んでも構わないと一瞬本気で思ってしまった。
「こ、これを・・・僕に?」
 もしかしたら、自分勝手な解釈をしているのかもしれないと、クートは念のため訊ねてみる。すると、オル・オーネは微笑んで言った。
「はい。いつもお世話になってますから。どうぞ、お受け取りになってください」
「―――あ、ありがとうございます!!」
 喜びのあまり、思わずイスから立ち上がり、両手でプレゼントを受け取るクート。その瞳にはうっすら涙まで滲んでいる。
 その様子に、「良かったね」と何となく拍手を送るアノンと、「こいつ、惚れてるな」と悟るティスティーがいた。
「じゃ、オレからもプレゼント!」
 ひたすら礼を言いまくっていたクートの皿に、アノンの台詞と共に、食べかけの肉切れが乗せられる。いつもなら「食べかけかよ!」とつっこむところだが、今のクートは上機嫌だ。
「ハハ。ありがとう」
 アノンからのプレゼント・・と言えそうにもないプレゼントですら、喜べてしまう。クートにとって、最高のバースデイイブになったようだった。
 そうして、夜は更けていく。賑やかさも、やがておさまってしまっていた。
 遅い夕食も済ませ、片付けも終わらせてしまったテーブルでは、アノンが欠伸を噛み殺している。満腹になり眠気が襲ってきたようだ。時間も時間なので、欠伸は止まらない。そんな彼に気付き、何度も「先に休んでください」とオル・オーネは勧めたのだが、アノンは頑なに頷こうとはしなかった。
 あと十数分で明日がやってくる。
 せめて今日という日が終わるまでは、オル・オーネと一緒にリーファの帰りを信じて待っていたいと、そう思ったのだ。
 しかし、それを止めたのはオル・オーネ自身だった。徐に立ち上がり、口を開いた。
「・・・ケーキは明日にしましょうか」
 リーファのために用意したケーキ。料理は食べてしまったけれど、せめてケーキは一緒に食べようというアノンの言葉に、ナイフを入れることもせず、ずっと待っていた。けれど、どうやら今日も帰ってこないようだと、オル・オーネは少し淋しそうに微笑んで言った。だが、それをアノンは首を振って拒否する。
「ううん。もうちょっとだけ」
 その言葉に、オル・オーネもそうですねと頷き、イスに腰を下ろす。表情が曇ってきたオル・オーネに気付いたのだろう。ジストルが鼻を鳴らし、主人の腕にすり寄っていった。
 カチカチカチカチ・・・
 時計の音が部屋を支配し始める。今日という日が、着実に終わっていく音。
「おい、ここで寝るなよ、アノン」
 ついに船をこぎ始めたアノンの頬を、クートがうにっとつねって起こす。
「寝てないよ」
「寝てた」
「寝てないって」
「寝てたって」
 そんな二人のやりとりに入ってきたのはオル・オーネだった。「まあまあ」とおっとりと二人を宥めた後、クートに声をかける。
「もう遅いですし、クートさんも今夜は泊まっていってください」
「え、でも・・」
「遠慮なさらないでください。外は危ないですし」
「ありがとうございます」
「では、ベッドの用意を――」
「あ、僕がやりますから・・!」
 徐に立ち上がり、部屋を出ようとしたオル・オーネに、慌ててクートが彼女を追う。そうして、いつの間にか二人は部屋を出て行ってしまった。
 時刻は、0時を目前に控えている。
 時計をチラリと見遣り、ティスティーが小さな声で呟いた。その声音は静か。残念だとも、やっぱり帰ってこなかったという失望ともとれる表情で時計を見つめていた。
「・・・・帰ってこなかったわね」
「まだもうちょっとあるよ」
「もう無理よ」
「もうちょっと・・・」
 そんな言葉を返すアノンだったが、やはり眠気には勝てないらしく、こっくりこっくりと首が揺れている。それを見て、ティスティーは溜息をつく。アノンが頑固であることは重々承知である。夢現を行き来するこの状況でも、まだ信じて待っていたいという彼の気持ちを、それ以上否定する気にはならなかった。
「・・・そうね」
 アノンのように信じることはできなかったけれど、ティスティーはそう相槌を打ち、口を閉ざした。することもなく、何とはなしにアノンの方に視線を向けていると、彼は眠気と必死で戦っているようだった。その様子は幼い子供のようで、微笑ましい。小さく笑いを洩らした後、ティスティーはアノンの肩を叩いて言った。
「もう寝なさいよ、アノン。明日になれば、リーファさんも帰ってきてるかもよ」
 その言葉に、アノンもとうとう甘えることにしたらしい。
「うん・・・」
 頷いて立ち上がる。オル・オーネが提供してくれている部屋に向かおうとしたちょうどその時、ジストルを連れたオル・オーネが部屋に戻ってきた。その表情は、いつも通り穏やか。
「アノンくん。申し訳ないんですが、今日はクートさんと一緒のベッドでいいかしら?」
 自分のベッドを明け渡そうとしたオル・オーネだったが、クートからの猛反発にあい、アノンと一緒ということでおさまったのだ。オル・オーネがそこまで説明することはなかったが、アノンもティスティーも、だいたいそんなもんだろうと察しをつける。
「勿論、いいよ」
 快く引き受けたアノンは、その後、申し訳なさそうに眉を下げ、オル・オーネを見遣る。
 最後まで待てなかった。それを、オル・オーネは責めない。「きっと今年は帰ってくるよ」そう言っておきながら、帰ってこなかった。あの言葉は、ただの慰めになってしまった。
 しょんぼりしているアノンを雰囲気で察したのだろう。オル・オーネはアノンの肩を優しく撫でる。そして、いつもの笑みをアノンに向けて言った。
「さ、もう寝ましょう。続きはまた明日ですね」
 その言葉も、肩を撫でた手と同様に、とても優しいものだった。