KINGDOM →→ デリソン

 TOWN →→ ララーン


 波がしきりにうち寄せては砕けていく港。そこでは、ティスティーが苛ついた靴音を響かせ歩き回っていた。
 時計は今、四時を回ったところだ。約束の五時まで、あと一時間。
 きっと、五時になっても船長のオウドはきっと船を出さないだろう。 たとえ宿屋に持って帰らなければならないイリスが、駄目になってしまっても、だ。
 五時まで待つ。そう決めたのは、ティスティーだった。
 どうしてもアノンを待ちたいという船長や船員たちの気持ちは、よく分かった。 だが、魚が駄目になってしまうかもしれない。もしそうなってしまうことを知ったら、 アノンはきっと彼らに帰ってくれと言うだろう。彼らが危険な航海の末、ようやく手に入れた魚だ。 その大変さはアノンもよく分かっているはず。だからこそ彼は、船長に自分のことなど気にしなくていいから、 と言うだろう。そして魚が駄目になったことを知れば、ひどく傷付くのだろう。 そのことが、また船長や船員達を悲しませるだろうし、自分だって耐えられない。
 だからティスティーは、五時まで、と船長にお願いしたのだし、アノンにもそう伝えたのだ。 五時に出発すれば、魚を無事フェレスタ王国の宿まで持って帰ることができる。
 アノンには何としても、五時までに帰ってきてもらわねばならないのだ。この船のため、アノン自身のためにも。
 つい先程、ちょうど四時頃だったか、突然ティスティーの目前に、昨夜チラリと見た赤毛の姉弟が現れたのは。
 二人の幼い姉弟は、オウドが相手をしていたが、船の中が静かになったのを見ると、眠ってしまったのかもしれない。  ・・・幼い姉弟をここまで転送したのは、あの有翼人の少女だろう。
 アノンに持たせた魔法石の中に込められた魔力の元、つまりティスティーの元へと転送の道を開けたのだろう。 あの魔法石には、あまり強い魔力は込めていなかったので、おそらくはもう、ただの石と化してしまったはずだ。
 アノンには剣も渡したし、有翼人の少女も、多少なりとも魔力を使えるようだ。大丈夫だとは思うのだが・・・、 迎えに行った方がいいのだろうか?
「はぁ・・・」
 浅くティスティーが溜息をついたときだった。
「―――! これは・・・!?」
 強い魔力の発動と、何かが来る♀エじ。そう、あの姉弟が転送されてきたときと同じ・・。
(転送!? でも、この魔力は・・・)
 有翼人の少女のものではない。彼女のものとは比べものにならないほどに強い。
 それに、あの店とこことを結ぶものが何もない状況で、ここまでの転送ルートを開けるなんて。
 ティスティーの考えがまとまらない内に、突然辺りに目映い閃光が走った。
 次に瞼を持ち上げたとき、彼女の前に横たわっていたのは、やはりアノンと少女の二人だった。
「アノン!」
 慌ててアノンの元へと駆け寄ったティスティーは、彼がただ眠っているだけなのだということを確認して、安堵する。 同じく、隣に横たわっている少女も、眠っているだけだ。
「ティスティーさん」
 ティスティーの声が聞こえたのか、あの目映い閃光に気付いたのか、 船室にいたはずの船長や船員たちが、慌てた様子でゾロゾロと甲板に出てくる。 その中にあの姉弟の姿がないの彼女らが眠っている所為だろう。
「おおっ、坊や!」
「良かった・・。って、その子は!?」
「翼があるぞ!?」
 甲板に横たわっているアノンを見て、ホッと息をつく間もなく、 彼の隣に横たわっている翼のある少女の姿に、船員たちは度肝を抜かれたらしい。 おそらく、有翼人の存在を知らないのだろう。
 ワーワー騒いでいる船員たちとオウドに、ティスティーは厳しい表情で言った。
「船長。いいから早く船を出してください」
 あの店の者たちが、執拗に追ってくるのを恐れてのことだった。
 まあ、もしここまで追ってくるようなことがあっても、炎を二、三発ぶっ放して追い払ってしまえばいい。 だが、もしもこの船の存在に目を付けられたら、何の非もないこの船に多大なる迷惑をかけてしまう─ もう十分かけてしまったのだが─。それはいくら人間嫌いのティスティーでも、良心が痛むし 、何より、例えそれが自分たちを売ろうとしていた人間であったとしても、アノンは彼 らが傷付いたとなれば、悲しむのだろうし。
「あ、ああ、そうだったな」
 ティスティーの言葉に、そうだと頷いた船長は、すぐに船員たちに碇を上げさせ、船を出すよう促す。
 ゆっくりと船が港を離れだしたのを確認し、ティスティーはホッと安堵の溜息を零した。
 そして、ようやく彼らに目を向ける。二人を連れてきてくれた者たち。 ティスティーが感じた、強い魔力の持ち主。
 それは風の精霊たちだった。しかも、かなり上級位ハイクラス の。故に、船に乗っている者たちは誰一人として彼らの姿を視認することはできなかった。 多少、何か≠感じた者はいたかもしれないけれど・・。
「・・・どうも、ありがとう」
 礼を述べたティスティーに、精霊たちは微笑んで見せただけで、すぐに消えていった。 肌を撫でる潮風の中に、溶け込むようにして・・・。