KINGDOM →→ デリソン

 TOWN →→ ?


 次にアノンが目を覚ましたのは昼。地上では太陽が既に真上を通り越した頃だった。 実際、窓のない部屋に入れられているアノンに、そんなことは分からなかったけれど。
 だが、開かれたドアの向こうからは、燦々と日の光が流れ込んできているので、おそらく昼頃だと知ることができた。
「・・・」
 そう。ドアが開かれ、大勢の男たちが部屋に入ってきた音で、アノンたち四人は目を覚ましたのだった。
 男たちは何も言わずに四人の入った檻に近付くと、ガチャガチャと鍵を開け始める。
「出ろ」
 幾重にも男たちに取り囲まれた中で、檻から出された四人は 、初めて檻越しにではなく顔を合わせる。だが、それを喜んでいる暇などない。
「来い」
 言葉少なにそう命じ、四人は周りを男たちに囲まれていた。前に立った男は、何処かへと向けて歩き始める。
「・・・アノン」
 何処に連れて行かれるのだろうか?
 そんな不安に耐えかねて、幼い姉弟を守るように間に挟んで立っていたタタラが、小さな声でアノンに指示を仰いだ。
「・・行こう」
 アノンは彼らについていくことに決めて、促されるままに歩き出した。それ以外に方法がないのだから仕方ない。
 この狭い部屋の中、しかもそこには出口が見えないほどの数の男たちがいた。 今、剣を抜いて戦っても、銃でたちまちやられてしまうだろうし、タタラの翼で飛んでも同じ事だ。 ここはおとなしくチャンスを待つ方が良い。賢明な判断だった。
 だが、
「あ、アノン!」
 部屋を出て、しばらく歩いてところで、急に男に腕を掴まれたタタラが声を上げた。
 すぐに彼女を助けようと試みる前に、アノンも同様に腕を掴まれ、レラとラドも男たちによって担がれていた。
「お前たちはこっちだ」
「アノン!」
 タタラとレラを連れて、男たちはすぐ目の前のドアを開け、入っていく。
「タタラ! レラ!」
 アノンとラドはと言うと、彼女らが入れられたドアの、すぐ隣の部屋に入れられてしまっていた。
 すぐにドアは閉められ、アノンとラドは、男たちに更に部屋の奥へと連れて行かれる。
「・・・・?」
 そして向かった場所に、アノンはキョトンとしてしまった。何故ならそこは、バスルームだったからだ。 バスルームと言っても、白い壁にただシャワーが取り付けてあるだけの簡素なものだったが。
 不思議そうにしているアノンに、部屋の中までついてきた一人の男が、短く言った。
「シャワーを浴びろ。服はここに置いておく」
「・・・・・・。は?」
 それだけを言って、男はバスルームの扉を閉め、出ていってしまった。 しばらく状況が把握できず、辺りの様子を窺っていたアノンだったが、不意に扉を叩かれ、 「早くしろ」と男に促される。どうやら、バスルームの外で二人のことを見張っているらしい。
 どうしてシャワー? と思ったアノンだったが、商品が埃をかぶっていては、見栄えが悪いからだろうと察する。
「お兄ちゃん」
 不安そうに見上げてくるラドの頭を、アノンは優しく撫でて言う。
「・・大丈夫だよ」
 そう。剣と魔法石を持っている自分たちは大丈夫だ。だが、タタラとレラの方は・・・? 魔法石をタタラに渡しておくべきだったと、アノンは今更ながら後悔する。
 と、その時だった。微かに話し声が聞こえてくることに、アノンが気付いたのは。
 見張りの男の声ではない。高い、女の子の声だ。しかも、バスルームの壁の向こう側から。
「お姉ちゃんの声だ」
 どうやら、二人のバスルームと、タタラたちの入れられた部屋のバスルームとは、薄い壁 を一枚挟んだところにあるらしい。と言うことに気付いたアノンは、ニッと笑って言った。
「よし、チャンス」
「?」
 そう言って、突然服を脱ぎ始めたアノンに、ラドは首を傾げる。 そんなラドに、アノンは服を脱ぐように促してから、何故か大声で言った。
「よし、ラド。まずはとにかくシャワーを借りような」
 アノンは言ったとおり、キュッと蛇口を捻ってお湯を出し始めた。
 すると隣でも、同じようにザ─────ッという水音が響き始める。アノンの声が聞こえ、 彼の言葉に習ったらしい。ただ、アノンたちのように本当にシャワーを浴び始めたかどうかは分からなかったけれど。
 檻の床は、決して綺麗ではなかったし、何よりもアノンは海に落ちていた。 船長さんやティスティーの話を聞くと、どうやら精霊が、体についた海水は払ってくれたらしいのだが、 やはり気になるのだ。ザバザバと髪を洗ったアノンは、ついでにラドの頭も洗ってやる。
「ちゃんと洗うんだぞ」
 と、わざと大きな声で、バスルームの外にいる男に聞こえるよう言ったアノンだったが、 彼もラドも、もう既に髪も体も洗い終え、店の主人が用意してくれたらしい服に袖を通しているところだった。
 服を着替え終えたアノンは、耳朶じだに光るピアスに手を伸ばし、 そして外す。すると、ティスティーが説明した通り、アノンの掌中で、ピアスは剣へと姿を変えたのだった。 思わずラドと二人で、おおっ、と歓声を上げる。・・が、 感心している場合ではない。剣を片手に携え、アノンは隣のバスルームに面しているらしい壁に近付き、 あまり音を立てないよう、気を付けて叩く。
「タタラ、いる?」
「はい」
 小さな声で呼びかけると、同様に小さな声で返事が返ってきた。 シャワーの音が響く中で、この声量でも会話ができるくらいだ。この壁は薄いに違いない。
「今からそっち行くけど、いい?」
「はい」
 確認を取ってきたアノンに、タタラは大丈夫だと返事を返した。
「あ、シャワーはそのままにしておいて。多少の物音なら、水音が消してくれるから。 あと、少し壁から離れておいて」
「分かりました」
 タタラの返事を聞いてから、アノンは剣を思い切って壁に突き刺す。
「・・っと」
 予想以上に壁は薄く、スルッと難なく剣を通してくれた。力を入れすぎていたアノンの方が、 勢い余って壁に顔をぶつけそうになってしまう。
「・・・・よし」
 アノンは一度剣を抜くと、改めて突き刺し、ザリザリと縦に線を入れ、 横に切り、また縦に切り・・・。で、壁を四角く切り取ってしまった。そっと壁を外すと、 湯煙の向こうに、自分たちと同様にちゃっかり服を着替えた、タタラとレラがいた。
「よし、ラド。おいで」
 剣を手放してピアスに戻したアノンは、ラドを呼ぶと、寄ってきた彼を抱き上げ、 二人の方に向かって足をのばす。
 その時だった。
「おい」
「!」
 急にバスルームの扉の外にいる男が、声をかけてきたのだ。
「もういいか?」
 どうやら、気の短い男らしい。まぁ、いきなり扉を開けないだけマシと言えばマシだが。
「ちょっと待ってよ。オレ、海に落ちてて塩だらけなんだ」
「ああ、そうか」
 どうやらアノンの言葉に、男は納得したようだった。
 ホッと溜息をついたアノンは、タタラをレラのいるバスルームへと行きラドを下ろすと、 四角く切り抜いた壁を、器用にも再び元通りにはめ込んでしまった。
「あ、タタラ、これ持ってて」
 無事再会できたことを喜んだ後、アノンは不意に思い出して、 ポケットに入れていた魔法石をタタラに手渡す。
 ありがとうございます、と礼を言うと、タタラはその魔法石をスカートのポケットに入れた。
「脱走開始♪」
 まるでゲームを始めるかのような軽い調子で言ったアノンに、三人は頷き返す。
 とりあえず第一の目標は、なるべく目立たずにこの部屋を出ること≠セった。