KINGDOM →→ フェレスタ

 PLACE →→ フェレスタ海沖


 どのくらい時間が経ったのだろうか。
 どうやらデリソン一、いや、世界一の港、ララーン港に到着したらしい。 急に甲板の方が騒がしくなり、二人の入っている檻が倉庫の外に出された頃にはもう、太陽は姿を消し始めていた。
 檻の中でお喋りをする以外、特にやることもなく、暇を持て余していたアノンも、やっと逃げるチャンス到来かと目を輝かせ、 隙あらばすぐにでも逃げ出せるよう、神経を研ぎ澄ます。そんなアノンにならって、 タタラも厳しい表情で辺りの雰囲気を探っている。そうして、海賊たちの手で船から降ろされた檻が開くのを、 今か今かと待ちわびていた二人だったのだが、やはり人生というものは、そう甘くはないらしい。
「あーらら」
 檻は開けられることなく、再び海賊たちの手で担がれ、その上、大きな布に覆われてしまった。
 いくら夕方で人の姿は少なくなっているとはいえ、大きな港であるここには、まだかなりの数の人がうろついている。 そんな中、売買の禁じられている人間や、有翼人を檻に入れて運んでいることを知られれば、 文句なしでお縄を頂戴することになってしまうのだ。海賊たちは、いかにも「自分達はただの荷物を運んでいるんですよー」 といった顔で、アノンとタタラを入れた檻を運んでいく。
「・・どうしましょうか」
「うーん。どうしよっかー」
 檻が開けられた瞬間に、海賊たちの意表をついて逃げよう作戦は、失敗に終わった。 檻が開けられなかったわけなのだから、実行するにも至らなかった。
 今ここで大声を上げれば、きっと誰かが気付いてくれるだろうが、助けてもらえる前に海賊たちに自分た ちが殺されかねない。檻の中に入れられている今、自分たちを殺すことなど、赤子の手を捻るが如く、 それは簡単なことだろうから。
「もうちょっと様子を見るっきゃないね」
「そうですわね」
 脱走はおあずけだ。
 いつでも駆け出せるよう、腰を浮かせていた二人だったが、仕方なく冷たい床に座り直したのだった。
 次第に二人の入った檻は、商売人やその客の声などの入り交じった、心地良い街の音から遠ざかっていく。 細い道に入ったのか、時折、ガンと檻が何かとぶつかり、大きく揺れた。布がかけられていて外がどうなってい るのかは分からないが、何となく空気で伝わってくる。きっと、自分達が今いる場所には、法に触れるような店が、 ひっそりと並んでいるであろうことが。
「お」
 突然、揺れが止まった。おそらく目的地に着いたのだろう。ギィッと、 軋んで開く扉の音の後にすぐさま、店の中から予想外に明るい声がかけられる。
「いらっしゃいませー」
「はァ?」
 あまりにも場違いな声。思わずタタラと顔を見合わせてしまったアノンは、突然布をどけられ、 目の前に広がった光景に、再び目を丸くする。
 一体どんな辛気くさい店なんだろう。という疑問は吹っ飛んでしまった。そこは 裏通りにある店とは思えないほどに広く、明るく、何よりも洒落ていた。
 キョロキョロと辺りを見回していたタタラは、あることに気付く。 今海賊たちが入ってきたであろう後方のドアから見える風景と、反対側のドアから見える─と言っても、 人よりもはるかに優れた有翼人の視力があったからこそ見えた─風景とが、全く違っていたのだ。
 前者の景色は、はっきり言って暗い。いや、夕方だからと言うこともあるが、それにしても暗いのだ。 街灯というものが全くもってない。そして、そんな暗い道を行き交う人の雰囲気もどこか暗いのだ。 そこを通り過ぎる人々の中には、明らかにまともな職業に就いていない者だということが、一目瞭然である者もいた。 おそらくこちらが裏通りになるのだろう。
 後者は、と言えば・・。そう、こちらは表通りだ。裏通りに比べて、何とも明るい。 向かいの店の光や行き交う人々の雰囲気が、だ。おそらくこの店は、表通りと裏通り両方に入り口が設けられており、 普通の商売にも、ヤバイ商売にも通じているのだろう。
 考えを巡らせている内に、どうやら商談がまとまったらしく、海賊たちがそそくさと店を出ていく。
 商談。・・・そう。自分達を買うかどうかの、だ。海賊たちは自分たちの手で売るのではなく、 人売りの元に商品を売って金をもらっていたのだ。攫うのはその手のプロである自分たちが。 売るのはそちらのプロにお任せ、と言うことらしい。
 その付き合いはおそらく長いのだろう。店の主人らしき男も、海賊船のキャプテンも、 慣れた様子で金を払い、受け取っている。どっさりを金貨の入れられた麻袋を手に取ると、 キャプテン・ダグルは店の主人と二言三言交わし、クルリと身を翻した。 店のドアを出ようとしたダグルは、ふと何かを思いだしたらしく立ち止まり、 アノンとタタラの方を振り向く。そして。
「達者でなー」
 と、一言声をかけると、彼は店を出ていった。
 今から売られるというのに─しかもアンタの所為で─達者も何もあるか────! と、アノンは彼の消えていったドアに向けて、べーっと舌を出した。が、いなくなった人に対 して何をやっても意味がないことを悟ったアノンは、自分達を眺めている店の主人に声をかける。
「ねぇ、おじさん」
 年の頃は四十代後半くらいだろうか。少し小太りな男だ。 整髪剤をたっぷりと塗りたくっているために、店の照明を浴びて黒光りしている髪には、 所々白い物を混じらせている。無遠慮に話しかけてきたアノンに、 何ら気を悪くした風でもなく、彼は人のよい笑顔でアノンに応じた。
「何だい?」
「こっから出してよ」
 素直に頼んだアノンに、主人は少し驚いたような顔でアノンを見つめたが、 すぐに穏やかな笑みを浮かべ、そして答える。
「ああ、勿論だよ。出してあげようね」
「え!?」
 一瞬我が耳を疑ったアノンが、隣にいるタタラに視線をやってみたけれど、 同じくタタラも目を丸くしている。
 もしかして、この人はいい人なのだろうか? 何だか優しそうな人だし・・・。 と、しきりに首を捻っているアノンを見て、主人は小さく笑いを洩らすと、一言付け加えた。
「明日のオークションになったらね」
「・・・おーくしょん?」
 聞き慣れない単語に、アノンは首を傾げる。
「そう。明日は年に一度の世界最大の大競り市が開催されるんだ。デリソン中・・・、 いや、世界中から商人や金持ちが集まって、希少とされる有翼人の翼や美しい魔物。そして人が競売にかけられる」
「そんなの許されるはずがありませんわ!」
 有翼人の羽根、魔物、人間。それらはどれも法律上売買を禁じられている物ばかりだ。
 タタラの抗議の声に、主人は何ら動じることなく頷いてみせる。
「そう。つまりこのオークションは、法律上売買を禁じられている物ばかりを扱う、闇のオークションなのさ」
「闇のオークション?」
 納得のいかない顔をしている二人から視線を転じた主人は、パンパン、と手を叩いた。
「さ、彼らを運んでおくれ」
「ちょっと、待ってよ・・・!」
 アノンの言葉など聞こえないかのように、店の奥の方から出てきた店員たちは主人の命令に従って、 檻を担ぎ、運び始めた。
 次に檻が下ろされたのは、色々な物がゴチャゴチャと積まれている、 倉庫のような場所だった。呼び止めるアノンの声を無視して、店員たちはすぐに部屋の扉を閉め、出て行ってしまった。
 だが、好意でか、ただたんに忘れたのか、電気を点けたままにして行ってくれたことはありがたかった。 おかげで倉庫の中に積まれている物が何なのか、見ることができた。
 壁には、何か動物の毛皮が掛けられてあり、他にも立派な角や牙、剥製にされた動物や、 魔物たちが所狭しと並べられてあった。蓋の開いた箱からは、豪華な装飾品類が覗いている。
 おそらくこの部屋にある物─自分達を含め─全てが、明日のオークションに出される物なのだろう。
「アノン!」
 キョロキョロと周りを見回していたアノンは、急にタタラに声をかけられ、驚いて彼女の方を振り返る。
「隣の檻から、何か聞こえます」
「隣の?」
 タタラの指差した方に視線をやると、確かにそこには二人の入れられている檻より少し小さめの、 四角い檻のようなものがあった。布がかけられていて、中に一体何が入っているのかは分からないが、 タタラが何か聞こえるというのならば、生き物なのだろう。
 檻から手を伸ばしたアノンは、その四角い物の上に被さっている布を掴む。
「よっと」
 そして、そのまま布を引っ張ったアノンは、その檻の中の光景に目を瞠る。
「────」
「・・・っく。ひっく」
 そこにいたのは、四、五歳くらいの小さな男の子と、彼よりも少し大きな女の子の二人だった。 琥珀色の瞳に、赤毛の女の子と男の子。顔立ちもよく似ているところからして、姉弟だろうか。
 泣きじゃくる弟を抱き締め、アノンとタタラを睨むようにして見つめている女の子の瞳も、 やはり泣いていたのだろう、少し赤かった。
「可哀相に。貴方たちも明日、売られるのね」
 身を寄せ合っている姉弟の姿を見て、痛ましそうに目を細めて言ったタタラに、 アノンは信じられないとでも言うように口を開いた。
「そんな・・・! だって、こんなに小さな子たちが・・・」
 人間や魔物が売買されるのだと言うことは、身をもって知ったばかりだった。 小さな子供だからいけない。というわけではないが、やはり、何故こんなに幼い子が商品にされなくてはならないのかと、 思わずにはいられなかったのだ。
 そんな彼に、タタラは静かな調子で言った。
「これが現実です。人間はお金のためなら、同じ人間だって売ることができるんですわ」
「・・・・・」
 アノンは、何も言えなかった。タタラにも、目の前にいる子供たちにも、本当に、何も・・・。
 何も言えずに俯いてしまったアノンの肩に優しく手を置いてから、タタラは泣きじゃくっている男の子と、 そんな弟を守ろうとでもするかのように、強く彼を抱き締めている女の子とに声をかけた。
「泣かないで。ね? 貴方たちのお名前は?」
 タタラの優しい問いかけに、険しい表情を少しゆるめた女の子が、オズオズと口を開く。
「・・・あたし、レラ。この子は弟のラド」
 女の子のしっかりとした口調に、タタラは安堵する。
「そう。私はタタラ。こちらはアノン」
 タタラに紹介されて、アノンはレラとラドと名乗った姉弟に、ぎこちなく微笑み返しただけだった。
「・・・レラ、ラド。貴方たちは何故こんな所に入れられているの?」
 遠慮がちにそう訊ねたタタラに答えたのは、やはりお姉ちゃんのレラの方だった。
「パパもママも病気で死んじゃって泣いてたら、おじさんが来たの」
 レラの言うおじさんというのは、おそらくこの店の主人か、店員か・・・。 とにかく彼女らを商品として引き取りに来た人のことだろう。
「あたしたちのこと助けてあげるって言って・・・、ここに連れてこられたの」
「・・・・そう」
 レラの口調が、あまりにも淡々としすぎているように、タタラは感じていた。 父母が死に、わけも分からぬまま、こんな檻の中に入れられたというのに、 それをまるで他人事のように話すのだ。もっと取り乱しても、泣いても良いはずなのに、何故?
その姉弟に気付かれぬように眉をひそめたタタラは、レラがその小さな腕で弟のラドを強く抱き締 めていることと、その腕が微かに震えていることに気付いた。
 お姉ちゃんだから。
 お姉ちゃんだから、弟を守らなくてはいけない。自分が泣いていてはいけない。 レラのそんなプライドが、彼女を冷静にさせていたのだ。
「───・・どうして・・」
「アノン?」
 今の今まで黙ったままでいたのに、突然口を開いたアノンに、タタラは首を傾げて声をかける。
 けれど彼は、タタラの方を向かなかった。おそらく、誰かに聞かせようというわけではないのだろう。
「どうしてこんな風に、人の命をおもちゃみたいに扱えるんだろう」
 小さな声でそう呟くアノンの口調は、とても静かだった。 本当に静かに問うのだ。それは決して自分と同じ人間を売り物にする人たちを責めているわけではなかったのだが、 彼の憂えた表情と、その静かな口調とは、聞く者の心に少なからず淋しい気持ちを植えつけるには十分だった。
「命に値段なんか付けて・・・。おかしいよ。命に区別なんてないのに・・・・」
 命に値段なんて付けられるわけがない。その前に、金で買えるわけもない。 その買った命はその買われた人のもので、一度失われてしまえば、もうそれまでだ。 二度と得られるものではないのだ。どんなに金をつぎ込もうとも、もう二度と・・・・。 そんな命を商品として扱うことができる人の気持ちが、アノンには全くもって分からなかった。
「アノン・・・・」
 ギュッと唇を噛み締めて俯いてしまったアノンに、タタラは静かな口調で言った。
「人間が皆、貴方のように優しい心を持っていれば、私も人間のことが好きになれますのにね」
 タタラの切ない微笑に、アノンは一度は上げた視線を再びおとしてしまった。
「・・・」
 そんなアノンの様子に気付いたタタラは、もうこの話題はうち切った方が良いと判断したのだろう、 急に口調を一変させて言う。
「さ、これからどうします? どうやら明日のオークションまで、ここから出られそうにありませんわ」
「え? あ、そうだね」
 じっと俯いていたアノンは、突然自分に振られた会話に、慌てて応じる。
 いつまでもぐちぐち悩んでいても仕方がない。今はとにかく、彼女の言ったように、 自分たちがこれからどうするのかを考えなくてはならないのだ。腕を組んだアノンは、少し考えた後、タタラに答える。
「オークションまでに、きっと檻が開けられるときがあるよ。そのときに逃げ出そう。タタラには翼があるし、 レラとラドを連れて、飛べるかな?」
 自分には関係のない話だと思っていた話の中に、自分たちの名前を見つけて、 レラは少し驚いたようにアノンを見る。
 この人は、自分たちのことも助けてくれるつもりらしい。では、翼を持った不思議な女の人は・・・?
「ええ。大丈夫ですわ。でも、アノンは・・・・?」
 小さなレラとラドを両手に抱えて飛ぶことは難なくできるだろう。 一度空へ逃れてしまえばこちらのものだ。しかし、アノンには勿論、共に空へと逃れる術はない。 彼には翼などないし、かといって自分が抱えて飛べるわけもない。
 まさか、ここに残るつもりなのだろうかとタタラは不安そうに彼に視線を遣った。
 そんな視線の意味に気付いたアノンは、彼女の不安を取り払うように微笑んで見せた。
「大丈夫。剣は持ってないけど、オレだってそれなりに戦えるよ」
 自分は魔法なんて使えないし、その上武器である剣も持ってはいないが、一応武術の心得はある。 もしこの店の店員たちがその道のプロであるならちょっと不安な面もあるが、まぁ、 見た限りではさほど腕の立つ者はいないようだったし、大丈夫だろう。
「・・・剣?」
 アノンが戦士であるということを知らないタタラは、不思議そうに首を傾げる。 こんなに細い少年に、剣なんて扱えるのかしら、と言った表情だ。
「オレ、戦士なんだ。・・・・あ!」
 自信満々にそう言ったアノンは、不意にしまったと、口を閉ざす。 もう言ってしまったのだから、今更どうしようもないのだが、思わずアノンは自分の口を塞いでいた。 言って、思い出したのだ。
大嫌い。賞金のために私たちを襲う戦士や魔法使いも
 そう言ったタタラの言葉を、だ。
「・・・・・オレのことも、嫌いになっちゃう?」
 少し黙り込んだ後、アノンは上目遣いにタタラを見上げて、そう訊ねた。 自分は魔物を金に換えたりしたことはないけれど、彼女の嫌いな戦士であることに変わりはないのだ。 ひょんなコトで戦士だとばらして─隠していたわけではないが─しまったのだが、自分の全てを知って欲しい。 知った上で、自分のことを好きになって欲しいのだ。
 不安そうに揺れる瞳で自分のことを見上げてくるアノンに、タタラはすぐに彼を安心させようと、優しい微笑を返す。
「こんなこと言ったら不公平だと言われそうですが、私、アノンなら、たとえ戦士だったとしても、 好きですわ。嫌いになったりできません」
 優しい微笑みを称えてそう言ったタタラに、アノンは少し照れくさそうに視線をおとして言った。
「・・・・ありがとう」
 そんな時、突然上がったのは、タタラもアノンも初めて聞く、レラの弟、ラドの声だった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
 姉の腕の中で、今までおとなしく会話を聞いていたラドだったが、いつの間に拭ったのか、 彼の琥珀色の瞳から、もう涙は消えていた。
「ぼくたちのこと、助けてくれるの?」
 どうやら彼もアノンの言葉を聞いていたらしい。タタラという女の人に自分たちを連れて飛んでくれないかと 言ったアノンの言葉を。
 ここから出ることができるかもしれない。そんな期待に満ちあふれた瞳でじっと見上げられたアノンは、 その子供特有の大きな瞳に、リダーゼ王国の端の町で出会った、カーノという少年のことを思いだしていた。
「うん。一緒にここから出ようね」
「うんっ」
 檻越しに手をのばしてきたアノンに頭を撫でられ、ラドは花が咲き零れんばかりの笑みを浮かべ、 そのままお姉ちゃんを見上げていった。
「良かったね、お姉ちゃん。ぼくたち、お外に出られるんだよー」
 屈託のない無邪気な弟の言葉に喜ぶかと思いきや、レラは冷たい表情のまま、ラドにではなく、 格子を挟んで、アノンに向かって答えた。
「・・・外に出て、どうすればいいの? パパもママもいないのよ。外に出ても・・・」
 レラの言葉に、ラドもハッとして、黙り込んでしまった。
 この檻の中にいても、外にいても、これからへの不安は同じ。大差のないことなのだ。 いや、むしろこの檻の中にいる方が、楽かもしれない。寒さに凍えることもないし、 食事だって与えてくれる。ならばまだ、この檻の中に入っている方が、 外に出て生きるより何倍も何倍も楽なのではないだろうか? 外の世界で、幼い自分達が一体どうやって生きていけるというのか。
 そんな不安で、レラの中はいっぱいになっていたのだ。
 自分を、まるで睨み付けるかのように見つめてくるレラの瞳に、アノンは優しく微笑みかけながら口を開く。
「オレ、これからイレース王国に行くんだ」
 それがどうしたのだろうか、と不思議そうな顔をしたレラに、アノンは続ける。
「イレースには修道院とかがたくさんあるって言うし、そこに行けば君たちの新しい家族も見つけてもらえるよ」
 イレース王国は、四つの王国の中で、最も孤児院の設備が整っている国だ。引き取り手を捜してくれるし、 孤児が自立できるようになるまで、世話もしてくれる。
 そう説明したアノンに、レラは怒ったように言う。
「あたしたちのパパもママも、一人だけよ」
 新しい家族。新しい父母なんていらないと、そういうことらしい。 両親を亡くして間もない幼い少女の、両親への深い愛情故だった。
 そんなレラの気持ちを感じ取ったタタラは、彼女の言葉にアノンがどう答えるのだろうかと、彼を見つめる。
「・・・そうだね」
 アノンは、そう静かに答えた。そして、そのまま続きの言葉を紡ぐ。
「・・オレもね、小さい頃に父さんと母さんが死んじゃったんだ」
 その言葉に驚いたのは、レラだけではなかった。そんなこと、彼の様子からは微塵も感じ取れなかったタタラも、 レラと同様に目を丸くしてアノンを見つめている。
 レラが驚いたのは、彼の意外な告白と、その告白の内容に反して、 アノンの表情がとても明るかったことだ。どうしてそんな風に、こともなげにさらりと言い切れてしまうのだろうか。 分からなかった。
 そんなレラの疑問に答えるように、アノンは殊更明るく言った。
「でもね、ルウって人がオレの家族になってくれたんだ。一緒に暮らしてさ、一緒に泣いたり、笑ってくれたり・・・」
 そう。
 そうして幸せでいられたから、父母の死を、ただの悲しみとして語らないでいられるのだ。 悲しい思い出としてではなく、大切な思い出として、心に残しておけるのだ。
「家族って、そういうものなんだと思うよ。血の繋がりとか、 そんなの関係なくて、一緒にいたいって思える人が、家族なんだって、オレは思うんだ」
 確かに、血の繋がりのある親兄弟、親族。それらが一番の家族であるだろう。だが、アノンにとって、 父母が他界してからの家族は、誰でもなくルウその人であった。血の繋がりもない、昨日までは他人だったルウが、 彼の家族になったのだ。共に時を過ごし、感情を共有する。一緒にいると、幸せな気持ちになれた人。 そんな人であれば、誰でも家族になりうるのだと、アノンは信じているのだ。自分がそうであったから、尚更に。
「オレは二人にも、そんな家族に出会って、幸せになってくれたらな、って思うんだよ。・・・分かるかな?」
 一通り喋り終えてから、アノンは自分の言葉が幼い彼女らに伝わったのか不安に思ったらしい。 だが、それは無駄な心配だったようだ。
「うんっ。分かるよ、ぼく」
 それこそ、幼いラドにアノンの言葉の全てが伝わったのかは、疑わしいところだが、 アノンの気持ちは十分に伝わったらしい。
 勿論、レラにも伝わったはずだが、弟のように素直に頷いてしまうのは、 意地っ張りな彼女のプライドが許さなかったらしい。
「・・・一応、分かったってことにしておく」
「そう。ありがとう」
 つん、とそっぽを向いて言ったレラの態度に、アノンは一瞬、ティスティーのことを思い出していた。
 そう言えばティスティーも、レラに負けず劣らず、意地っ張りだ。レラが大きくなったら ティスティーみたいになるのかもしれない。そう思って、クスッと笑いを洩らす。
 と、次の瞬間、突然タタラがアノンの腕を掴んだかと思うと、悲鳴にも似た声で彼の名を呼んだ。
「アノンッ!」
「え?」
 レラとラドの方からタタラを振り返ろうとしたアノンは、途中で視線を止めた。 声も出なかった。檻の前に、いつの間にか人が立っていたのだから、それはもうびっくりだ。 本当に音もなく。しかも、その人というのが、彼のよぉーく知っている人だったのだから、なおびっくりだ。
「・・・・。うわ・・ッ」
 一瞬の間をおいて叫ぼうとしたアノンの口を、即座に伸ばされた手が塞ぐ。
「静かになさい。人が来るでしょ。しかもアンタ、反応遅すぎよ」
 有無を言わさぬ口調でそう言ったのは、アノンがちょうど今思い出していた、ティスティー本人だったのだ。
「んーんんんんんー?」
「何言ってんのか分かんないわよ。ちゃんと喋りなさい」
 ティスティーに口を塞がれたまま、何事か言っているアノンに、ティスティーはそう注文を付けるのだが、
「あ、あの、貴女が手をどければよろしいのでは・・・・」
 タタラの遠慮がちなツッコミもごもっとも。
「それもそうね」
 成る程。と、当たり前のことに納得したティスティーは、ようやくアノンの口を塞いでいた手をどけた。
 ティスティーの手から解放されたアノンは、一息つくと、もう一度訊ねる。
「どーしてここに?」
 ご丁寧に、先程手に口を塞がれていて伝わらなかった言葉を、 もう一度繰り返したアノンに、ティスティーは彼の口許に指をやって黙らせる。 コイツは全く、先程静かにしろと注意した自分の言葉を聞いていたのだろうか。 と、溜息混じりにティスティーは彼の問いに答える。
「わざわざ魔法で捜してあげたのよ。感謝なさい」
「うんッ。ありがとう、ティスティー」
 実に素直に、しかも満面の笑みでそう礼を返してきたアノンに、ティスティーは 「実はそんなに大変じゃなかったのよね」とは言えなくなってしまった。
 実のところ、本当に難なくアノンの所に来ることができたのだ。それは、何故か彼贔屓 な精霊たちのおかげだった。アノンの行方を聞かれた風の精霊は、 ティスティーに彼の居場所を教えてくれただけでなく、頼まれもしないのに、わざわざここまで転送してくれたのだ。
(全く、何なのかしらねー)
 一人で首を傾げていたティスティーだったが、やがてもうそのことについては気にしないことにしたらしく、 次は何やらカバンの中をゴソゴソと探り始めた。
「?」
 一体何が出てくるのだろう、アノンとタタラは顔を見合わせ、レラとラドは、興味津々で彼女の行動を見つめている。
 そして、ズイッとアノンの前に差し出されたのは、銀色に輝くのピアスだった。 ピアスと言うよりはイヤリングに近いかもしれない。銀の輪は途中途切れており、 そこを開いて耳朶に挟むのだ。そんなリングには、アノンの瞳よりやや濃い色をした、瑠璃の石が下がっている。
 差し出されても、どうして良いのか分からないアノンの様子に、 ティスティーはじれったそうに溜息をついてから、彼の耳に手を伸ばすと、そのイヤリングを彼の左耳に付けた。
 そうして、アノンにイヤリングを付けてやったティスティーは言った。
「はい。剣よ」
(・・・・・・・・け、剣???)
 一瞬、アノンは混乱しかけてしまった。だって、これはどう見てもイヤリングで・・・? 何処をどういうふうに見れば、剣だと言えるのだろう?
 これはティスティーのボケなのだろうか。それならツッコミを入れるべきか、はたまた笑ってあげるべきか・・・・!?
 そして辿り着いた結論は・・・。
「ティスティー、とうとう耄碌したの?」
 そうだよなー。いくら見た目は、十代でも、もう三百年近くも生きてきた訳なのだから、ボケの一つや二つ・・・。
「ふっ」
 アノンの言葉に、ティスティーは小さく笑いを洩らし、そして・・・。
「元の大きさのままじゃ、すーぐに取り上げられちゃうでしょーがっ! だから私がわざわざピアスに変えてあげたのよっ。分かったかしらァ!? えー?」
「はい・・・」
 大声で、とはいかないけれど、小声で怒鳴ったティスティーに、アノンは小さくなる。
「いい? ピアスを外せば剣に戻るわ。逆にピアスにしたいときには、剣を手放しなさい。 そうすれば自動的にアンタの耳に戻るから」
 ・・・・これで大切な剣を、なくすこともないでしょ?
 という言葉を最後に用意していたのだが、ティスティーはその言葉が口をついて出る前に、慌てて唇を閉ざした。
 この剣のためにまだ魔物がいるかもしれない海の中に飛び込むほど、彼にとってはこの剣が・・・、 ルウという人にもらったこの剣が大切らしいことを知ったティスティーからの、 ちょっとしたプレゼントだった。が、ティスティーとしては、そんなこと照れくさくて言えたものではない。
「ありがとう、ティスティー!」
 耳のピアスに触れて、その存在を改めて確認したアノンは、嬉しそうに礼を言った。
「・・・はい、あと、これも」
 少し照れたようにアノンから視線を逸らしたティスティーは、再び何かを手に握り、差し出してきた。
「何? コレ」
 アノンの掌に置かれていたのは、少しいびつな形をした、濃い緑色の石だった。
「魔法石、ですわね」
 隣からアノンの掌中にある石を覗き込んで、タタラは言った。
 魔法石。
 それは読んで字の如く、魔力を持った石である。
 魔法石は、永い年月をかけて魔力を自然と蓄えて出来る物と、魔導師など、魔力を持つ者が魔力 を吸収しやすい材質の石を常に携帯することにより、魔力を帯びて出来た物との、二種類がある─ティス ティーがアノンに渡した魔法石は後者である─。魔法石を持つことで、魔力のない者でも、石の中に込めら れた魔力を使って、魔法を使うことができる。そして、石はそれぞれ、特性を帯びるため、用途によって、 石を使い分ける必要がある。
「その魔法石の特性は守り。持っているだけで、ある程度の攻撃からは身を守れるわ。 もしもの時のために持っておきなさい」
 分かったとアノンが頷いたのを見てから、ティスティーは厳しい表情で言葉を続ける。
「私が協力するのはここまでよ。後は自力で抜け出して、明日の午後五時までに、ララーン港に来なさい。 船長さんがアンタのこと心配しててね、今日出発の予定を明日にずらしてくれたのよ」
 今この場で檻を壊し、建物を破壊して逃げ出しても良いのだが、そうすると後々厄介なことになりかねない。 闇商売をする店は、そう言った店や組織と連結している場合が多く、たった一軒の店から目を付けられただけで、 その情報はすぐに組織や他の店にまで広がり、それら全てから目を付けられたに等しいものとなってしまう。
 どうにしろ、ここから逃げ出すアノンにとっては、その事実に何ら変わることはないが、 ティスティーとしては、それは御免被るのであった。何より、あの船と共に、 宿屋まで巻き込んでしまうかもしれないのだから。
「いい? 明日の午後五時よ?」
「うん。分かったよ」
 念を押していったティスティーにアノンは頷いて見せた後、アノンは何か言いにくそうに口を開いた。
「ねぇ、ティスティー。船長さんに、この子たち三人も乗せてもらえるように、頼んでくれないかな」
 アノンのこの申し出に、ティスティーは大きな溜息をついて、彼の言う三人に目を遣る。 ブラウンの髪に、同じ色の瞳をしている少女の背には、美しい翼がある。有翼人だ。 アノンの入れられている檻の隣には、赤毛に、琥珀色の瞳をした幼い子供たちがいる。 アノンに、彼女らを見捨て、一人で来いと行っても無駄なことはよく分かっている。半ばこの展開は予想できていたらしい。
 溜息の後、ティスティーは一気にまくし上げるかのように喋り始めた。
「・・全く、このお人好し! この子たちを助けて一体何が変わるのよ。 世界中を見てみなさい。こんな風に売買されてる子供や魔物なんて、ごまんといるのよ。 たった三人助けたからって、それが何? アンタがたまたまこの子たちと会っただけでしょ? 三人は助けられるけど、他の子たちはどう? 助けられやしないでしょ? アンタのやろうとしていることは、偽善以外の何でもないのよ」
 ティスティーの言葉に、シュンと項垂れてしまったアノンを、タタラが心配そうに見つめている。 自分には何も言えなかった。連れて行ってください、と言えばまた彼女が怒るだろうし、置 いて行って下さい、と言えば一体アノンはどんな顔をするのだろうか?
 レラとラドには、ティスティーの言っていることは難しすぎて、よく理解できなかったようだ。 キョトンとした表情で、アノンとティスティーとを代わる代わる見つめている。
 そんな中で口を開いたのは、アノンの方だった。
「・・そうだね。オレのしてることは、偽善者のそれでしかないのかもしれない・・・」
「よく分かったようね」
 項垂れたまま言ったアノンに、ティスティーは満足したように答えた。
 だがアノンの言葉は、そこで終わりではなかった。
「確かにこの三人を助けたからって、世界中を見て何か変わった? って聞かれたら、 何も変わってないって答えるしかないよ」
 アノンの言葉に、ティスティーは改めて彼の方に向き直る。
「・・・でも、少なくともこの三人の未来は変わるよっ」
「・・・・」
 今度は、ティスティーが口を噤む番だった。
 顔を上げて自分を真っ直ぐに見つめてくる青い瞳には、強い懇願と、そして何より、強固な意志が浮いていた。
「世界中で売買されてる人や魔物がいるってことも分かったよ。でもオレは無力だから、その人たちを全員助けてあげることは、 一生かかってもできないと思う」
 例えそれができたとしても、再び世界の何処かで人や魔物は、売られ、買われ始めるだろう。 それは孤児を利用する悪者であったり、子供がいない人であったり、 金が無くて困っている親であったり、自らが自分を金に換えて生きる人達であったり・・・。
「でも、オレにだって、今目の前にいるタタラと、レラとラドを助けることはできるよ」
 世界中にいる不幸な人たち全てを助けることはできないかもしれないけれど、今目の 前にいる三人を助けることならできる。
「どんなに小さなコトでも、自分にできることはやりたい。 それは多分偽善だと思う。誰かを助けてあげるんだって言う自己満足に過ぎないんだ。 でも、その偽善や自己満足の結果で、誰かが少しでも救われるんだったら、オレは偽善者でいいよ。だから・・ッ」
「アノン・・・」
 必死にティスティーに懇願するアノンの姿に、タタラは自分の方が苦しくなってしまう。
 もういいです。そう言うように肩に置かれたタタラの手に、アノンは甘えようとはしなかった。
「ティスティー、だから・・。だから・・・・!」
「もういいわ」
 アノンの懇願を、ティスティーは遮った。そして、大きな溜息。
 その次に自分に降ってくる言葉は、きっと怒声だと思っていたアノンに、予想外の反応が返ってきた。
「アンタなら絶対そう言うと思ったのよ」
 諦めとも、呆れとも取れる言葉を洩らし、額を軽く押さえた後、ティスティーはアノンに向かって問うた。
「・・・増やす席は、三つで良いのね?」
 つまり、三人も連れて来い。そういうわけなのだ。
「・・・・うん。うん!」
 一瞬呆然と頷いた後に、今度は満面の笑みを浮かべて多きく頷いたアノンに、 ティスティーは再び小さな溜息をつくと、その刹那、現れたときと同じように、音もなく二つの檻の前から姿を消してしまった。
 突然目の前から人が消えてしまった。びっくりしてレラとラドが小さく声を上げ、目をパチクリさせている。
「不思議な方ですわね」
 ティスティーの消えていった虚空を見つめ、タタラがポツリと言った。
「あはは。ちょっとね」
 笑いながらそう答えたアノンに、嵐が去ったような顔をしたタタラも、薄く微笑んだ。
 最初彼女が現れたときは、一体何者だろうかと、ひどく驚いたのだが、 彼女がアノンと共に旅をしているティスティーという魔法使いであることが分かって、何だか納得した。 自分が魔法使いが嫌いだと言ったときに、アノンが彼女のことを人間で魔法使いだけど、でも、 いいヤツだよ≠ニ、そう言っていた理由が、何となく分かったような気がしたのだ。
「・・ねぇ、お兄ちゃん」
 徐に口を開いたらラドに気付いて、アノンは彼を振り返る。
「ん? 何?」
「・・本当に、ぼくたちも連れて行ってくれるの?」
 ティスティーとアノンとの話の全てを理解できたわけではないのだろうが、 ティスティーが自分達を連れて来ることに、いい顔をしていないことは分かったのだろう。 不安そうに訊ねてきたラドに、アノンは優しく微笑んでみせる。
「うん。一緒に逃げようね。明日はたくさん走らなくちゃいけないかもしれないから、早めに寝た方が良いよ」
 アノンの言葉に明らかにホッとしたラドと、密かにホッとしたレラの姉弟二人は顔を見合わせると、 アノンの言った通り、もう眠ることにしたらしい。
「どうしたの? お姉ちゃん」
 寝ようか、と言った姉が横になる前に、自分をまたぎ、アノンとタタラの入った檻側に移動するのを見て 、ラドは不思議そうにお姉ちゃんに向かって声をかける。
「な、何でもないわよ」
 そう言って、レラは手を伸ばし、何をするのだろうと見守っていたアノンの手をギュッと握った。
「レラ?」
 驚いたように声を上げたものの、その手を振り払うことをしなかったアノンに、 レラはホッとしたが、すぐに弟の声に、顔を赤くする。
「あー、お姉ちゃんずるーいっ」
「違うの。あたしはアノンが逃げないように捕まえておくのっ」
 慌ててそう言ったレラの言葉が嘘だということに、アノンもタタラも気付いて、 小さく笑う。勿論、彼女には聞こえないように、だ。大体、檻に入れられているのだから、 アノンが逃げられるわけがない。レラも、お姉ちゃんであるとはいえ、やはりまだまだ幼い子供なのだ。 素直に手を繋いで欲しいと言えばいいのに、それができないのは意地っ張りな彼女らしくて、何だか可愛らしかった。
「ずるいずるいー」
 ぼくもおててつなぎたいー。と訴えているラドに、タタラはクスクス笑いながら声をかけた。
「じゃあ、ラドは私のことを捕まえておいてくれる?」
「うんっ」
 そっとタタラが差し出してきた手をギュッと握って、ラドは嬉しそうに頷くと、 その手を枕にするようにして、横になった。
 レラはと言うと、少し不安そうにアノンを見上げる。「手を繋いでてもいい?」そんな 風に見上げてくる琥珀色の瞳に、アノンは優しく微笑んでみせる。
「おやすみ。レラ。ラドも」
 いいよ。と答える代わりにそう言って自分の頭を撫でたアノンに、 レラは少し頬を赤くして、小さな声でお休みなさいを言った。
 アノンとタタラに見守られながら、二人は身を寄せ合うようにして丸くなり、 すぐに眠ってしまった。きっと、ずっと不安で満足に眠れていなかった所為だろう。
 しっかりと握られたままの小さな手が、とても温かかった。
「疲れていたんですね」
 スースーと二人して寝息を立て始めた姉弟の姿に、タタラは思わず微笑を零して言った。
「そうみたいだね」
 目を細めて、愛らしい二人の寝顔を見つめていたアノンも、何だか眠たくなって、欠伸をする。
「私たちも、明日に備えて休みましょうか」
 眠たいのだろう。まるで子供がするように目を擦っているアノンに気付いて、タタラは微笑みながらそう提案する。
「んー。そうだね」
 頷くが早いか、答えて瞼を下ろしたアノンも、子供たちに負けないくらいの早さで、すぐに夢の中へと落ちていった。
 一人残されてしまったタタラはあらあら、と笑うと、狭い檻の中、 アノンに当たらないようにそっと背の翼を広げると、それでアノンの体を優しく覆う。 薄着であるアノンが、風邪を引かないように・・・。
「おやすみなさい」
 ────良い夢を・・・・。