KINGDOM →→ フェレスタ

   TOWN →→ リスタ




 いよいよ日が陰ってきた頃、ティスティーは黙々とフェレスタ王国一の港町、 セディアへと向けて歩いていた。それはもう本当に黙々と・・・。
 そんなティスティーの後ろを、愛おしそうに自分の左頬を撫でながらついていくアノンの姿があった。
三歳って、ティスティーの精神年齢のことか
 その言葉に対するティスティーの返事は、容赦のない平手打ち。 ようやく赤みのひいてきた頬に、再びティスティーの手形を付けることとなってしまったのだ。
 気まずーい沈黙の中、アノンは何とかティスティーのご機嫌を取ろうと、試行錯誤している。 何か、良い話題のネタになるものはないだろうかと、キョロキョロしていたアノンの目に止まるのは、 魔法使いたちの姿と、店先にならぶ奇妙な魔法具。リダーゼ王国の街並みとは全くもって異なる風景はすぐにアノンの中から、 怒っているティスティーをどうにかしなければ。という考えを急速になくさせていった。
「ねぇ、ティスティー。やっぱティスティーもここ出身?」
 そうだとしたら、ティスティーの家にも行ってみたい。
 訊ねたアノンに、ティスティーからの返事はない。
「あー・・・」
 そう言えば、自分はつい先程ティスティーを怒らせ、叩かれてしまったのだ。 彼女が口をきいてくれないのも無理はない。そう思ってチラリとティスティーを盗み見たアノンは、 自分の考えが間違っていることを知る。ティスティーは真っ直ぐ前を向いてはいたけれど、 その黒い瞳は、何処か遠いところに見ているように見えた。 アノンが珍しいものに気を取られて、ティスティーを怒らせたことを忘れていたように、 ティスティーも何か考えているらしく、アノンに腹を立てていたことを忘れてしまっているようだった。
 そのまま、そっとしておいた方がいいのだろうかとも思ったのだが、 ぼーっとしているティスティーの横顔が何だか切なく見えて・・・・。
 思わずアノンは、ティスティーに声をかけていた。
「ティスティー」
「え? あ、何?」
「・・・えっと、ティスティー、ここ出身かな、って」
 ハッと我に返って振り返ったティスティーに、アノンは取りあえず当初の質問をしてみる。 本当は、何故そんな顔をしているのかが聞きたかったのだけれど・・・。
「ええ。そうよ。この街から南に行ったところにある、カナン砂漠の辺りが私の故郷よ」
「ふーん。そっかー」
「ええ。・・・・」
 頷くなり、再び前を向いたティスティーの瞳はやはり遠くを見ているようだった。
 小さく首を傾げつつ、アノンはティスティーの後について歩いて行くしかない。 何だか、深く追求してはいけないような気がしたから。
 土地勘のないアノンは、潮の香りが鼻をくすぐって初めて、 海が近くなってきたらしいことを知る。道の端の方にも【セディア 右折】などという標識が見られ始めた。
「あれ?」
 アノンは小首を傾げる。【セディア 左折】との標識があるにもかかわらず、 ティスティーが右折したからだ。最初は近道でもしているのだろうと思っていたアノンだったが、 ティスティーは悉く標識を無視して行ってしまう。そうして二人は、いつしか人通りの少ない道を歩いていた。
「・・・ねぇ、ティスティー。こっちでいいの?」
 潮の香りも心なしか遠退いてきたような気がして、アノンはティスティーを引き止めて問う。
 アノンに声をかけられて初めて、ティスティーは自分達が何処にいるのか気付いたらしい。
「・・・・」
 この道は・・・。
 そう、遠い、本当に気が遠くなるほど遠い昔に歩いた道。
 母に連れられて。父の腕に抱えられて。兄と手を繋いで・・・。 どれもこれも、既に忘れられていた記憶。それでも、体は覚えているらしい。幼い頃に歩んだ道を。
 そして、この道を行けば・・・。
 ティスティーはそこまで考えながらも無理矢理その答えを掻き消すと、アノンの方を振り返る。
「・・・・道を間違えたみたいね。ごめんなさい」
「ん、別にいいけどさ」
「・・・・・さ、行きましょ」
 くるりと一八〇度方向転換したティスティーの後について、 アノンも元来た道を歩き始めたのだが、どうにも気になって仕方がない。 この道が何処に続くのか。この道の先にあるものをじっと見つめていたティスティーの瞳は切なくて、淋しくて・・・・。
「ティスティー」
「え? ちょ、ちょっと、アノンッ」
 突然後ろからアノンに腕を取られて、ティスティーは面食らう。
 そんな彼女のことなどお構いなしで、アノンはティスティーの腕を引っ張っていく。
 ティスティーの方も、アノンの腕を振り払おうとはしなかった。二人は人通りの少ない通りを進んで行き、 そして辿り着いたところは背景に不毛の大地を置いた、瓦礫の山。 崩壊した家々。生きているのは、その家々を伝う青々とした葉を繁らせた蔓だけ。そこはまさに、死んだ大地。
「・・・・ここは」
 思わず立ち止まってしまったアノンを追い越したティスティーは、 崩れ落ちた石柱に歩み寄り、そっと手を触れさせると、アノンの疑問に答えるべく、口を開いた。
「・・・二百年ほど前に滅んだ魔導師一族、カナンテスタ族の住んでいた街よ」
「カナンテスタ・・・。あの最強と謳われた・・・・?」
 遠い昔、この地にいた魔物たちを追い払い、国を作る手助けをし、 フェレスタ建国以来、常に王を助け、国を守ってきた最強の魔導師一族─カナンテスタ族。 しかしその数々の武勇伝は、二百年ほど前、カナンテスタ一族が滅びたときから、 次第に人々の口から出ることはなくなり、今ではその名を耳にすることはまれになっていった。
 そしてこの廃墟が、その伝説とも言えるかつて最強と謳われたカナンテスタ一族の住んでいた街なのだという。
「最強、ね・・・。でも、最後はあっけなかったわ」
 アノンの言った、最強という言葉に、ティスティーは少し顔を曇らせて言った。
「魔物との壮絶な戦いで次々と命を落とし、生き残った者たちも、愚かな人間たちの手にかけられていったわ・・・」
「・・・・詳しいんだね」
 カナンテスタ一族が滅んだのは二百年も前だというのに、まるでカナンテスタ一族が滅んでいく様を、 その目で見てきたかのようなティスティーの口振りに、アノンは戸惑いを覚えつつ、そう感想を述べた。
「・・・」
 そんなアノンの言葉に、ティスティーは何も言わない。ただ、真っ直ぐに、目前に広がる風景を見つめている。
「オレ、ちょっとだけ聞いたことがあるよ」
 アノンはティスティーの腕、左手首の辺りにある模様を見つめながら、オズオズと言葉を繋ぐ。
「カナンテスタ族は、黒眼黒髪で、腕に印を付けてるって・・・」
 アノンを振り返ったティスティーの瞳は闇色で、フワフワと肩に流れるその髪も・・・・。
「・・・よく知っていたわね」
「ルウに、教えてもらったから」
「そう・・」
 ティスティーの顔を直視することができず、瞳を俯けたままでいたアノンに返ってきたティスティーの返事から、 感情は何も読みとることができなかった。
「ごめん!」
 再び視線を瓦礫の山へ移したティスティーの背中に、アノンは勢いよく頭を下げる。
「オレ、ティスティーがこっちに来たいのかなって思って・・・。ごめんっ!」
 じっとこちらの方ロを見つめ、無意識に足を向けていたティスティーの姿に、 アノンは彼女がここに来たいのだと思い、連れてきたのだ。まさかそこに、 ティスティーの、かつての家だったろう瓦礫が積み上がっていようとは思いもしなかった。 とはいえ、自分のお節介の所為でティスティーに悲しい思いをさせたかと思うと、謝るほか、アノンにできることはなかった。
 まるで自分が傷付けられたような顔をして頭を下げるアノンに、ティスティーは小さく溜息を零し、 崩れて横倒しになった石柱の上に腰を下ろすと言った。
「アンタが思ってるとおり、私はカナンテスタ族唯一の生き残りよ」
 ティスティーの言葉を聞いて、アノンは落ち着きなく視線を漂わせた後、上目遣いにティスティーを見上げる。
「・・・ティスティーの話、聞きたいな」
 知りたいと思った。ただ、それだけ。
 ただの好奇心で自分の過去について話してくれと言っているのだと受け取って、 ティスティーが怒るのも頷ける。それでもアノンは、ティスティーの口から聞きたかった。 ティスティーの家族のこと、街のこと、悲しかったこと、嬉しかったこと・・・。
 じっと自分を見上げてくるアノンの澄んだ瞳を見つめていたティスティーは、 その青い瞳の中に真剣な光を見つけていた。その光は、 決して軽い気持ちで自分の話を聞きたいと言ったのではないことを、十分すぎるほどに表した、真剣な光。
「・・・・長くなるわよ。飽きたら、止めて」
何でアンタなんかに話さなくちゃなんないのよ!
 なんていう怒声が返ってくるかも。と、内心ドキドキしていたアノンは、 話してくれるらしいティスティーに、思わず驚いてしまった。でも、驚いたのは本当に一瞬で、 すぐにアノンは嬉しそうに笑みを零して頷く。
「うんっ!」
 ぺたんと地面に腰を下ろして、いつでも話し始めてOK、と自分を見上げてくるアノンに、 ティスティーは小さく息を吐き出す。そっと目を閉じて、彼女は徐に口を開いた。


「・・・さ、何から話し始めましょうか」




************一言二言三言*
もう見直しすらしてません。
だめだァ、自分。
頑張れよ。頑張ろうよ。頑張っちゃえよ。

………だーめだァー