KINGDOM →→ リダーゼ

   TOWN →→ チェスタ


「ちょっと待っててな」
 旅に出る準備をするからと言って家に戻ったアノンは、 ティスティーを玄関先で待たせておいて家の中へと入って行った。
 どうやらアノンの住む街は大きな街から離れたところにある、 いわば田舎のようだ。こじんまりとした家が続いている。住民のほとんどが 英雄祭で王都ギルドへ行っているのか、街はしーんと静まりかえっている。 時折、どこの家からか聞こえてくる話し声や笑い声が、いやに大きく響いた。
 周りを見渡していたティスティーは、不意に自分に注がれている視線を感じて振り返る。
「あら、ごめんなさいね。知らない顔なもんだから。あなた魔法使いでしょう?」
 アノンの家の向かいから、少し太り気味なおばさんが、珍しそうにティスティーを眺めていたのだ。 こんな田舎の村に魔法使いがやってくることは滅多にないのだろう。
「あなた、アノンのお知り合い?」
 もう、家の中に入っていくのかと思いきや話しかけてきたおばさんに、 人間嫌いなティスティーは、無表情ながらも一応返事を返した。
「・・ええ、まあ」
 つい先程知り合ったばかりなのだが、知り合いと言えば知り合い。 そんな曖昧な返事だったが、おばさんは構わずに話しかけてくる。
「まぁ、そう。仲良くしてあげてね。私が言うのも何だけど、あの子、とってもいい子だから」
 まるで我が子の自慢をするように、おばさんはカラカラと笑いながら言った。
「はぁ・・」
 少々呆れ気味のティスティーに声をかけたのは、小さなカバンと剣を持って家から出てきたアノンだった。
「おっ待たせっ♪」
「おや、アノン。その荷物は?」
 おばさんの興味はすぐに、ティスティーからアノンが持っている小さなカバンに移ったらしい。
「何処か行くのかい?」
「オレね、旅に出るんだ」
「旅に? ・・そうかい、気を付けて行っておいでよ」
 最初は驚いたように目を丸くしたおばさんだったが、それ以上アノンに問いつめることはしなかった。 すぐに心配そうな顔をしてアノンの頭を優しく撫でる。 本当に彼のことを可愛がっていたのだろう。その表情は少し寂しそうでもあった。
「ありがとう。あ、村のみんなにもよろしく言っておいてよ」
「分かったわ。でも、何もみんなが出払ってるときに行かなくてもいいのに。 みんな寂しがるわよ。見送りが出来なかったって」
 どうやら、アノンがいつかは旅に出ると言い出すだろうという事を、 このおばさんも、そして村の人たちも知っていたのだろう。 少し怒ったような顔をして言ったおばさんに、アノンは少し困ったように笑って謝る。
「ごめん。じゃ、見送りの代わりにお迎えを豪華にしてよ」
「・・そうね。伝えておくわ」
 もう少し文句を言っても良かったのだが、これ以上アノンを困らせるのも可哀相だと思ったのか、 おばさんはもうそれ以上何も言わず、ただひらひらと手を振って彼を見送る。
「行って来ます!」
 おばさんに手を振り返して歩き出したアノンの後について、 ティスティーも歩き出す。チラリと振り返ってみたおばさんの表情は、 とても寂しそうだった。アノンは、初対面でいきなり攻撃をふっかけた自分にさえ、 笑いかけて来るという人懐こさと素直さがある。きっとこのおばさんからも、 村の人からも可愛がられていたのだろう。
 それは彼の家族とてそうだろう。 可愛い息子が旅に出ると知って、寂しがらないわけがない。 だがティスティーは、彼の家族の姿を見ていなかった。大事な息子を見送るのは確かに寂しいだろうが、 顔を見せてもいいのではないだろうか。
「・・・・ねぇ、アノン」
 視線をまだ手を振っているおばさんからアノンの家の玄関に移したティスティーは、 やはりそこに彼の家族の姿がないことを確認し、彼に声をかけた。
「家の人、いないの?」
 お向かいのおばさんにはお別れを言っていたが、家の中に入っていった後、 思い返せば一切彼の声は聞こえなかった。おそらく英雄祭にでも行っているのか、 彼の家族は家にはいなかったのかもしれない。今はまだ特に急ぐわけでもないので、 家の人が帰ってくるまで待ってもいい。
「いきなりいなくなったら心配されるでしょ?」
「あー。大丈夫」
「何が大丈夫なのよ」
 メッセージでも残してきたのか、大丈夫だと言い切ったアノンに、 ティスティーが溜息混じりに言った。村の人にならまだしも、家族のいない間に旅に出ます、 なんていくらメッセージを残したからと言って、非常識だ。
「アンタねー。ちゃんと直接伝えてから出発した方が────」
「いないから」
「・・・・え?」
 直接言ってからの方がいいと忠告しようとしたティスティーは、 アノンの言葉に思わずぼんやりと訊ね返してしまっていた。どういう意味か、理解しきれなかったのだ。
「オレ兄弟いないし、父さんと母さんも死んじゃっててさ。だから大丈夫」
「───・・」
 軽い調子でそう言ったアノンの言葉の内容と、いつもと何ら代わらない彼 の人懐こい笑顔とのギャップに戸惑いを感じて、ティスティーは彼を凝視してしまった。
「・・・悪いこと言ったわね」
 しばらくしてからポツリと言ったティスティーに、一瞬何を言われたの か意味を理解しかねて首を傾げたアノンは、ようやく彼女の言ったことを理解してフルフルと首を振る。
「いいって、別に謝んなくてさ。んなことより、他の友達にも挨拶してっていい?」
「ええ、構わないわよ」
「さんきゅ。よし、行こう行こう」
 アノンはティスティーの手を引っ張って、意気揚々と村を旅立って行ったのだった。


 村を出てしばらく原っぱを歩いて行った二人は樹海に入る。
 木々が繁っている所為で少し薄暗い樹海の中には、多くの魔物が潜んでいる。 ティスティーは気持ちを緊張させ、いつ何処から魔物に襲いかかられてもいいように、 杖を取り出して手に握っている。そんなティスティーとは対照的に、アノンはと言うと。


「フン、フン、フーン♪」


 なんて鼻歌を歌いつつ、楽しそうに歩いて行く。
 緊張感の欠片もないアノンの様子に、ティスティーはやる気をなくして深ァい溜息をつく。
「はぁ───。アノン。こんな所に誰がいるって言うのよ」
 見渡す限り、木、木、木。アノンは友達にも挨拶をしたいと言っていたわけなのだが、 進むにつれて人里から離れているような気がするのは、ティスティーの気のせいなのだろうか?  自分の気のせいであるならどんなにいいか。ティスティーの溜息がいやに重い。
  それとは対照的に、アノンの足取りは綿毛のように軽い。
「もう少しだよ。ほら、あそこ! お───いっ」
どうやら友達の姿を見つけたらしく駆け出したアノンに、 ティスティーは取り残されそうになり、仕方なく彼について走り出す。
「久し振りッ☆」
 そう言ってアノンが声をかけたのは・・・。
「友達・・・・って、アンタそれ魔物じゃない!!」
 アノンの腕の中にピョンと飛び込んでいく獣型の生き物は、 どこをどう見ても、彼女の大嫌いな魔物以外の何者でもない。
「そんな怒鳴るなよー。びっくりするだろ」
 突然の怒鳴り声に驚いて魔物が身を竦ませたのを見て、アノンがめっとティスティーを叱る。
 が。
「私は魔物が嫌いなのよ! 友達殺されたくなかったらさっさとどっかにやって!」
 憎い魔物を見ると、どうしてもロッドを握っている手が「殺す殺す!」とワキワキしてしまうのだ。
「まあまあ。そんなカッカしないでよ」
「するわよ!」
 怒りも露わに杖を握り、自分と魔物とを睨み付けてくるティスティーにアノンは一歩後退る。 ティスティーなら自分がいようがいまいが攻撃してくる。必ず! ア ノンは自信を持ってそう言い切れる。何せ、初対面でいきなり焼き殺されそうになったのだから。
「ちょっと・・ちょっとだけだから待ってよ!」
「・・・・私の理性がある間は待ってあげるわ」
 そうは言いつつも、もう既に目が据わっているティスティーに、アノンはハハハ、 とかわいた笑いを零してから一応礼を述べ、もう二歩彼女との距離を置く。 とにかく早めにお別れを告げた方が良さそうだと判断したアノンは、 すぐに腕の中にいる友達に向かって話しかけることにした。
「ふぅ。気を取り直して、と。あのさ、オレ──」
「もう駄目! ファイア─────!!!」
 ようやく落ち着いて話ができると思ったその矢先、 ついに−否。早くも−我慢の限界に達したティスティーの杖が火を吹く。
「ウソ? ちょ、ティスティー、早すぎ──────ッッ!」
 叫びつつアノンは、一直線に向かってくる炎を咄嗟にしゃがんで避ける。
「こ・・・・怖ぁ・・・」
 背後の木が轟音とともに地に倒れたのを見て、アノンが青い顔をして呟く。
 驚いたのは魔物も同じで―彼に至っては最初からティスティーの放つ殺気にビク ビクしていたから尚更だ―、彼はアノンの腕から飛び降り、前も見ず一目散に駆け出していく。
「あっ、ちょっと待って! そっちは危ないって!」
 引き止めようとするアノンの声は、無我夢中で逃げていく魔物には届かなかったらしい。
「あー、ったく」
 言うが早いかアノンは、駆け出す。運動能力では人の二倍も三倍も優れているアノンだから、 難なく魔物に追いついてしまった。
「フゥ。良かった」
 ガシッと魔物の尾を掴んで抱き寄せたアノンは安堵の溜息をつくと、 腕の中に収まった魔物に、めっと怒った顔をしてみせる。
「ちゃんと前を見なくちゃ・・・」
 とそこまで喋ってアノンはフと違和感を感じて口を閉ざす。 何だか足下がおぼつかないような気が・・・。
 ちゃんと前を見なくてはいけないのは、アノンも同じ事だったようだ。 そしてあることに気付いたアノンとティスティーは、同時に声を上げていた。
「あっ」
「あっ! あ─────────・・・」
 足下を確認したアノンは、爪先が地面を踏んでいないことに気付く。 だが、もうどうしようもない。
 そして、アノンと同じくそのことに気付いたティスティーの耳から、 急速に彼の叫び声は遠退いていった。
「ちょっと、アノ─────ン!」
 崖から真っ逆様に落ちていってしまった。


 ズザザザァァ──────・・・・。


 派手にアノンの体が斜面を削る音がしばし辺りに響き、それからやむ。落ちきったようだ。
「アノン? 大丈夫!?」
 慌てて崖の下を見下ろしてティスティーは十メート程下で倒れているアノンの姿を見つける。 ここからでは彼がどうなっているのかよく分からないが、少なくとも血だらけになっていることはないようだ。
「まったくもう・・・」
 呆れ顔でそう呟いてからティスティーはトンと崖から飛び降りた。
「フライ!」
 すかさず魔法で翼を召喚したティスティーの体が、 急降下を始める前にフワリと宙に浮き、それからゆっくりと崖下のアノンの元へとおりていく。
 さて、崖下に蹲っているアノンはと言うと。
「───い、痛い・・
体を起こそうと試みたのだが、それは叶わなかった。 口から痛みをこらえるような声が零れる。鈍い痛みが全身を覆っている。
 特に、腰の辺りが酷く痛む。ベルトで剣を固定していた所為で、 落ちる際に腰の当たりを剣で打ってしまったのだろう。
 アノンは、骨が折れたりしてはいないだろうかと用心深く体を動かしてから、 再度体を起こそうと試みる。今度は起きることが出来た。 至る所が痛みを訴えている。視線を巡らせると、血も滲んでいる。だが、大した外傷も出血も ない。骨も折れてはいないようだ。
 ほっとアノンが安堵の溜息をついたのと同時に、ティスティーがアノンのもとに降り立った。 「アノン、大丈──」
「あっ!」
フワリと地に降り立ったティスティーが、アノンに声をかけたのだが、 突然彼は何事か思いだしたらしく、大きな声を上げた。
「ど、どうしたの?」
 訝しげに眉を寄せ、ティスティーが見守る前で、アノンはあたふたしながら周りを見回している。 そして、アノンはようやく探していたものを、自分の服の中で見つけた。
「良かったぁー」
 ちゃっかりアノンの上着の中に潜り込んでいたのは、 心配そうにアノンを見上げている魔物だった。自分を助けるためにアノ ンが崖を落ちてしまったことも分かっているのだろう、申し訳なさそうに小さな声で鳴いた。
「ん───」
 服の中から魔物を出して、彼が怪我をしていないかどうかチェックしてみる。 彼に怪我がないことを確認してからもう一度、良かったと安堵の溜息をつく。 それから改めてアノンは、自分が滑り落ちてきた崖を見上げてみる。
「はぁ、焦ったー」
 崖はそこまで高くはなかったし、斜面もなだらかだった。 その上その斜面を覆っていたのが乾燥した土だったおかげで、大怪我もせずに済んだ。 もしも斜面がデコボコとした岩肌であったなら・・・。
「────・・」
 一瞬、崖下で血まみれになって倒れている自分の姿を想像して、アノンは青くなる。 すぐにその映像を消そうと首を左右に振った後、アノンは改めて魔物の姿を見て微笑んだ。
「ホントに、無事で良かった」
 そんなアノンの様子を、ティスティーは何も言わずに見つめていた。
 友達を助けるために、前も見ずに駆け出していき、自分が傷付くことも構わず、 身を挺することが出来るアノン。先程、初めて会ったときもそうだった。自分に真 実を伝えるため、たったそれだけのためにさえ、彼は自分の身が傷付くことも厭わないのだ。
「────・・」
その姿、そしてその、花が咲き乱れんばかりの微笑みはティスティーに、 昔出会った一人の青年のことを思い出させた。人嫌いのティスティーの心に、 いつも優しい光を投げかけてくれた人のこと。
 そして今、目の前にいるこの少年も、 ティスティーの心に、何かを投げかけているのかもしれない。
 まだ出会ってから一日と経ってもいないのに、その短い時間の中で彼は、 突然パーティーを組もうと言い出したり、ただの甘チャンかと思ったら父母を亡くして健気に生 きていたり、馬鹿みたいに明るくて、お人好しで。でも・・・。
「────・・変なヤツ」
そう洩らしたティスティーの口許にチラリと浮かんだものを、アノンは見逃さなかった。
「今、ティスティー笑った!?」
 一瞬だったけれど、アノンは確かにティスティーが笑ったのを見たのだ。
「・・・・は?」
 それがどうしたと眉を寄せるティスティーを余所に、アノンは満面の笑みを浮かべる。
「笑ったよな!? わぁーい、初めて笑ったぁ!」
 笑うなんて、本当に何でもないことだ。だが、ティスティーは今まで一度も笑顔を見せてくれなくて、 それが少し淋しかったのだ。  あちこち傷を付けたままはしゃいでいるアノンに、ティスティーは何も言わない。
 自分が少し笑ったからと言って、それが一体なんなのよ? と、ティスティーからし てみればアノンがこうして小躍りするほど喜んでいる理由が全く分からないのだ。
 疑問を引きずるティスティーを余所に、友達に旅の出発を告げる。という当初の目的 を果たしたアノンは、バイバーイと魔物に手を振っている。
 そうして寄って来たアノンの屈託のない笑顔に、ティスティーは真剣に悩むことをやめた。
 自分には考えても分かりそうにないことだ。
 それに、
「お待たせっ! さ、行こう!」
 と、元気な声に促されては、その場に佇んで考え込んでいるわけにもいかなかったから。
 気合いを入れて歩き出したティスティーは、不意に、機嫌良く自分の前を歩い ていくアノンの後ろ姿に問いかけた。少ーし疑問に思ったことがあったのだ。 この疑問への答えが答えならば、彼とのパーティーは解散だ。
「ねぇ、アノン」
「ん?」
「アンタ、まさか魔物にしか友達がいない。なんて言わないわよね」
 自分の相棒が、お友達は魔物チャンだけ なんて奴では 困る。非常に困る。
 先にも述べたが彼女は魔物が超絶に嫌いなのだ。もしも行く先々でお友達 を作られでもしたら、自分は彼のお友達≠片っ端から燃やしてしまうかもしれない。 そうなると、彼はきっと泣く。自分は人を慰めるなんて言う器用な真似は出来そうにない。 そんな役に回りたくもない。そのためにも、ちょっとアノン本人に確認を、ということらしい。
ちょっとドキドキしながらアノンの返事を待っていたティスティーに、アノンはさらりと答えた。
「言わないよ。近所に住んでるノエもユオロも。あ、あとミラも───」
 指折り、友達の名をあげ始める。しかも、いつまでも名前が途切れそうにない雰囲気に、 ティスティーが慌てて止めに入る。
「わ、分かったから、もういいわ」
 どうやら人間の友達もちゃんといるようだ。ひとまず安堵した後、ティスティーははたと気付く。
「ねぇ、アノン」
「ん? 何?」
 快調に北の地ヒューディスを目指し歩いて行くアノンに、もう一度ティスティーは声をかけてから、一言。
「・・・そっち、南なんだけど」
 その自信にあふれた足取りはいったい何なんだ?
 とでも言いたげに、ティスティーは冷ややかに忠告する。が、アノンはと言うと、
「あっれー? んじゃ北は?」
 と、素でボケる。ボケるとかそんなレベルではない。
「こっちよこっち!」


 北の反対は南って、親に教わらなかったの!? アンタは ────────ッッ!!


と言いかけいかけて、やめた。彼には両親がいないのだと言うことを、つい先程聞いたばかりだったから。
 こんな風に誰かのことを気にかけるなんて、本当に何年ぶりのことだだろうか。
 はっきり言って・・・疲れる。
 今まで自分一人、勝手気ままに旅をしてきたのだ。これからはこの賑やかな少年と、旅をしていくのかと思うと、 自然と溜息が洩れ落ちた。しかしその反面、楽しみな気持ちになるのは何故だろう? もしかしたら、アノンのワクワクした気持ちが、うつってしまったのかもしれない。


「よぉーし、レッツ ゴー!!」


 晴れ渡った空の下、アノンの元気な声と、ティスティーの溜息とが零れ落ちていった。





************一言二言三言**

このアノンという名前について。
高校の時に私が演じた役名です。なんか、スゴイ好きでした。この名前。
なので使わせて頂いてます。一応。
「ん?」と思う人(私の知人とか…)もいるかもなので。