雪が、降り始める。
 唐突に降り始めたその大粒の雪は、空を、森を、白く白く染めていく。
 そんな大粒の雪を受けながら、広場に佇む精霊が居た。空を覆っている雲と同じ灰色の髪。そして、瞳。
「・・・冬が、始まる・・・」
 この広場が次にシロツメクサで覆われるのは、半年以上も先のことになるだろう。長い長い冬が始まる。
 空をじっと見つめるシュウの瞳は、どこか悲しげ。冬の寒さに凍えるであろう村人を憂えたものではない。 雪の下、更にその下の土で眠り、長い長い春を待たなくてはならないシロツメクサを憐れんだものでもない。
 ――今、自分の隣に愛する少女の姿がないから。
 彼の瞳は、悲しげな色をしていた。
 ケイは、帰ってしまった。ディーレという人間を愛し、そして凍らせ、 狂った精霊の姿に涙し、そのまま帰ってしまった。 引き止るために名を呼ぼうとしたが、それも彼女によって遮られた。
「また、明日ね」
 涙の光る瞳で、それでも微笑んでそう言ってくれた彼女の心遣いだけが、ケイが居なくなってしまった絶望から、彼を救っていた。彼女は、永遠に自分と別れを告げるわけではないのだと。
「――ケイ・・」
 いったいどうしてしまったのだろうか。
 己の祖母を愛し凍らせ、そして狂った精霊の姿に怯えを感じたのだろうか。 それとも、人間を凍らせる精霊に嫌悪したのだろうか。
 答えは、分からない。
 彼女はただ一言だけ残した。


『―――こんなの・・・残酷すぎるよ・・・』


 何が、彼女にとって残酷だったのだろうか。
「・・・分からないな。僕には」
 シュウは踵を返し、shamrock squareから森の奥を目指す。まだ日は高い。けれど、今日はどんなに待ってもケイは来ないだろう。「また、明日」とそう言ったのだ。信じて、また明日この広場を訪れればいい。
 宙をゆっくりと飛びながら、シュウは思考を巡らせていた。
 残酷だと言ったケイ。
 祖母を凍らせたディーレがだろうか。
 その可能性も、シュウは首を左右に振ることで否定した。
「そんなはずがない」
 誰にともなく、シュウは口に出していた。
 何故なら、ディーレは誰よりも何よりもどうしようもないほど、彼女の祖母−カエデを愛していたから。
 ディーレに訊かなくても、シュウには分かる。
 凍らせるということは、永遠を手に入れることなのだ。時間は、精霊と人間の恋を妨げる。流れていく時間は、精霊を取り残し、人間だけを老いへと導き、最後には死を与え精霊から奪い去ってしまう。その時間を排除して初めて、精霊と人間の恋は成就する。永遠の時間を手にすることが出来るのだ。その為に、愛する人と言葉を交わすことが出来なくなっても、それでもいいと思えるほどに愛しているならば、精霊は人間との永遠を望む。人間に永遠を与え、そして自らも人間を愛し永遠に傍にいることを誓う。それは、最高の愛の形ではないのか。最高の、幸せの形ではないのか。
「――なぜ・・」
 思わず唇から零れた問いは、今度はケイに出はなく、ディーレに向けられたものだった。
 何故、ディーレはカエデを人間に渡したのだろうか。彼は、自ら望んだカエデとの永遠を放棄した。カエデを凍らせ、けれど、傍にいることは出来なかった。彼は、カエデを人間達の元に返した。そして、狂った。長い長い月日、自らが手放したというのに、愛しい人の姿を求めて森の中、徘徊を繰り返す。
「なぜ、手放したんだ」
 何故、手放せたのか。それが、シュウには分からない。
「僕は・・・傍にいる」
 自分だったら、永遠に愛する人の傍にいるだろう。もしも、愛する彼女と、永遠を共にできるのならば、迷うことはないだろう。永遠を彼女に与え、自らも彼女のために永遠の時間を捧げる。捧げ、彼女の傍に居続けるだろう。それが、精霊と人間の恋の、最高の結末なのだから。
「――・・傍にいる」
 離れることなんて、考えられない。今、ついさっき別れたばかりなのに、もう胸が痛いのだから。
「―――痛い・・」
 その痛みはもしかしたら、ケイの落としていった涙が、胸をチクチクと突いているからなのかもしれない。
 シュウは、そっと胸を押さえた。
 





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