先程から降り始めた雪は、次第にその粒を大きなものへと変えていく。
 そんな雪の降る中、Shamrock squareに佇む者が居た。
 白い肌。白い服。それとは対照的に黒…否、よく見ると濃い灰色をした瞳。そして、そ れと同じ色の髪をした青年。冬の到来が目前に迫っているというのに、 薄い服を一枚羽織っているだけだ。そしてその足は、裸足。にも関わらず、まったく赤らんでもいない。そもそも、彼の足は地の雪を踏みしめていなかった。
 そう。彼は人間とは違う生き物。
 白い精霊。
 人間は彼らをそんな風に呼んでいた。
「居ない…」
 広場をぐるりと見回した後、彼はぽつりと呟く。その呟きを聞き、問い返すのは雪達だけだ。
「彼女だよ。昨日、会ったあの子」
 居ない。
 その広場に、彼が求めてやってきたあの少女の姿はなかった。
 あの綺麗な少女――ケイ。
 本当に、偶然だった。昨日、ここに来たことに、特に理由はない。 何となくShamrock squareの近くを歩いていたそのとき、足音が聞こえてきた。 サクサクと雪を踏み、広場に近づいてくる足音。 その軽やかな足音は、人間の大人のものではない。人間の子供だろうか。
 行ってみようと思った。
 人間には未だ会ったことがない。精霊の仲間達は皆、口々に人間は汚い生き物だ。 怖ろしい生き物だと言っていた。それを確かめてみようと思った。だから、広場に向かった。
 そして、そこに居たのが、彼女だった。
 白い肌に、黒い艶やかな髪。広場にポツンと咲いた花を見つめて微笑みを浮かべている彼女が。
 ―――言葉が、出なかった。
 どこが汚いって? どこが怖ろしいって?
 花のために屋根を作り、「頑張ってよね」と優しく花に語りかける彼女には、汚さも恐ろしさもない。
 ただただ―――綺麗・・。
 自分が彼女に目を奪われていることにすら気付かなかった。ずっとずっと、彼女を見つめていた。彼女の帽子が自分の方に向かって飛んでくるその時まで、シュウは彼女に見とれていた。
 思わず彼女の帽子を風からすくい上げていた。そして、
 ―――夜空に似た、綺麗な瞳とぶつかった。
 茫然と自分を見つめる彼女の瞳。怯えられただろうかと視線を伏せると、 彼女は突然名乗った。そして、あまりに自分の台詞が唐突なものだったことに気付いたのか、頬を染めた。
 その愛らしい様子は、まるで可憐な一輪の花のようだった。
 彼女に合わせて名乗った自分に、彼女は笑ってくれた。
 まさに、花。
 また、見とれてしまっていた。
 もう、駄目だと思った。


 ―――もう僕は、彼女を忘れられない。


「ん?」
 広場の中央に立ち尽くすシュウに語りかけたのは、やはり雪だった。
 彼女への思いから我に返ったシュウは、雪が言ったとおり、広場の端へと足を向ける。すーっと積もった雪の上を滑るように移動したシュウは、そこにメッセージを見つけた。
 花のために作られた屋根のちょうどその前、雪にメッセージが書かれてあった。


また明日。ケイ


「・・・彼女だ」
 疑うべくもない。きっと彼女は今日もこの広場にやって来たのだ。
 そして、自分にメッセージを残していったくれたのだ。
「また明日。ケイ≠ゥ・・・」
 笑みが、シュウの口許に浮かぶ。
 嬉しかった。
 自分が彼女にまた会いたいと思ったように、彼女もまた、自分に会いたいと、こんなメッセージを残してくれたことが。
「ありがとう」
 それは、雪に向けての礼。
 このメッセージを消さずに残しておいてくれてありがとう、と。
 しばしその場に佇んでいたシュウだったが、やがて歩き始める。自分の寝床に帰るために。やはりその口許には笑み。おそらく、今日は一日中、その笑みが剥がれることはないだろう。
「また、明日」
 来ようと・・、必ずまたこの広場にやって来ようと思った。
 そして、明日は今日よりも少し早い時間にここを訪れよう。人間には辛いこの寒さの中、彼女を待たせるのは可哀想だから。






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