昨日は一人で歩いた森への道を、今日は連れを伴ってケイは歩いていた。
 ケイの後ろについて歩いているのは、ケイによく似た面差しを持つ少年。ケイの兄のハルだった。
「いないな」
「そうみたいね」
 広場に付くなり、ケイは小さな溜息を洩らした。今日もあのシュウという精霊に会えればと、ここに来たのだが、生憎と彼の姿はどこにもなかった。同様に、未だ精霊にあったことのないハルも、ケイと同じように少しがっかりした様子で溜息を洩らした。が、すぐにその顔に笑みを戻して言った。妹の表情が、申し訳なさそうに沈んでいることに気づいたからだ。
「またこの広場に来るとはかぎらないもんな」
 だから気にするなと、兄の言いたいことを察したケイだったが、そんな兄の優しい心遣いに、ますます申し訳がなくなってきて、思わず謝る。
「ごめんね」
「何で謝るんだよ。ケイは何も悪くないだろ?」
 そう言ってケイの頭をポンポンと叩いたハルは、視線を広場の隅にやった。
「お、あの花、まだ咲いてるんだな」
 言って花の方へと歩みを進める兄の後を追って、ケイも歩き出す。
「これ、お前が作ったのか?」
 花が雪に完全に埋もれてしまわないよう、昨日ケイが作った屋根を見ながら問う。
「うん。良かった。壊れてないわ」
 雪の重さに潰されているのではないかと少々心配していたのだが、それも杞憂に終わった。屋根の上に積もった雪を払う。重り分の雪は残しておいた。
「キレイだな」
 雪の上に腰を下ろし、花を見つめていたハルがポツリと呟いた。
「スゴイよな。こんな寒さの中でも咲いていられるなんて…強いな」
「うん。強いよね」
 兄の整った横顔から花に視線を移したあと、ケイは頷いた。
 森の中を吹き抜けていく風が、ケイの髪を激しく揺らした。 幸いにも今日は帽子をかぶっていなかったので、慌てることに はならなくてほっとする。その反面、もしまた帽子が飛ばされ ていたなら、あの精霊が拾って来てくれるのではないかと あの精霊に拾って欲しいと願いもしたけれど。
「風が出てきたな」
 妹のそれよりも長い髪を片手で押さえ、ハルは空を見上げた。そこにあるのは、どんよりとした鉛色の雲。
「今夜は吹雪くかもなー。もう帰ろう、ケイ」
「ちょっと待って」
 突然しゃがみこんだ妹に、ハルは首を傾げる。
「……何してんだ?」
「メッセージを残しておくのよ」
 ケイは、真っ白な雪の上に、手袋をはめたままの指で文字を書いていた。その様子を見て、ハルは小さく笑う。
「そんなのすぐ消えるぞ?」
「いいの」
 兄の言葉に耳を貸そうとはせず、ケイはメッセージを雪の上に刻む。


また明日。ケイ


「よし、これでいいわ」
 立ち上がったケイは満足そうに微笑むと、兄を振り返る。
「行こう。お兄ちゃん」
「おう」
 優しい笑みで自分を待ってくれていたハルの腕を取り、ケイは村へと戻る道を歩き始める。


 そんな二人を、ふわりふわりと、小さな雪が撫で始めていた。






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