それは、遠い日の記憶。一枚の絵のように、自分の中にしまいこんである記憶。
 白一色に染まった、窓の外。
 大粒の雪が、滔々と空から舞い降りてくる冬の日。
 暖炉の前、祖父がイスに深く腰を下ろしている。その膝の上にいるのは、私。 祖父の前に座り込んでいるのは、兄のハル。
 こんな雪が降る日、祖父が聞かせてくれる話はいつも決まっていた。


『いいかい。冬の森で誰かに出会っても、気軽に声をかけてはいけないよ。もしかしたらその子は、白い精霊かもしれないんだから』


 そう。森に住む、白い精霊のお話。


『白い精霊はね、大好きな人を凍らせてしまうんだよ。だから、精霊と仲良くなってはいけないんだ。分かるね?』


 その言葉に、訊ね返すのは兄。


『ねえ、じいちゃん。なんで精霊は好きな人を凍らせちゃうの?』


 祖父は薄く笑って答えた。


『そうだね…何故だろうね。わしには分からんが…とても、好きで好きで仕方がないからなのかもしれないね』


 その答えに、何処か不満そうにしながらも、いつだって兄がそれ以上の問いを重ねることはなかった。


『そっか』


 と、納得したわけでもないのに、頷いていた。
 幼い頃の私は、何故兄がそれ以上祖父に問いかけないのかが不思議でしかたがなかった。 でも、今なら分かる。私はまだ幼すぎて気づかなかったけれど、兄は気づいたのだ。 祖父がその皺だらけの口許に…目元に刻んだのが、何故か悲しみを秘めた笑みだということに。 だから、兄はそれ以上の問いを諦めたのだ。
 精霊は、何故愛する人を凍らせてしまうのか。
 その問いの答えを一番知りたがっていたのは祖父その人だったのだと、その事を知ったのは、 祖父が亡くなった時だった。そして、祖父の愛した人、私たちの祖母が、精霊に凍らされた者の内の一人なのだと知った時 だった。
 ……私も、問いたい。
 何故、精霊は愛する人を凍らせるのか。


 ―――ねぇ、どうして?


『好きだったら凍らせたいの? 変だよ。凍らせちゃったらもう話も出来ないんだよ?』


 幼い頃、兄が私にだけこっそりと呟いた言葉が、蘇ってきた。
 そう。凍ってしまったら、もう話すことも出来ない。笑い合うことも、愛し合うことも。
 それでも、あなたは、望むの?
 ああ。もう…分からない。何が正しいの? 答えはどこにあるの? 私は、もう見つけられない。もう、見つけられないの。
 私は答えを見つける事が出来なかった…。出来れば、その答えをお兄ちゃんに教えてあげたかったのに…。


 ごめんね、お兄ちゃん。
 ごめんね、モリさん。


 ごめんね、大好きな人…。


 ごめんね。
 ごめんね。









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