慌ててEDENに戻ったシャオは、扉を開き、そして、 「 ・・・」 絶句した。今、彼の目の前では、うら若き乙女たちが壮絶なバトルを繰り広げていたのだから。 ええ、それはもう、壮絶な光景が目の前に広がっていた。 ことごとく倒されたテーブル。床にキラキラと輝くのは、憐れなグラスの欠片。よくよく見れば、足が折れたイスも何脚かあるようだが、それを数えきる前に自分の思考回路が焼き切れてしまいそうで、詳細の把握をするのは、やめた。 テーブルの後ろに身を隠し、美しく磨かれたグラスを惜しみなく投げ合うリコとサヤの姿に、シャオは天を仰ぐ。いっそ意識を失いばったり倒れてしまいたかったのだが、何とか踏みとどまる。ここで自分が彼女らを止めなければ、更に状況が悪化することは目に見えている。 シャオは、天井へと向けていた切ない瞳をぐいっと目の前の現実へと引き戻す。 そして、大きく息を吸い込むと、覚悟を決めた。 「 お、落ち着け、二人とも! とりあえず物を投げるのはやめろ!!」 「じゃあ、拳で!?」 「望むところよ!!」 「もっと駄目だ っっ!!!」 シャオの言うとおりグラスを手から放ったはいいものの、拳を握り締めたリコと、同様にバキボキと指の骨を鳴らしたサヤに、シャオは腹の底から叫ぶ。 うら若き乙女の殴り合いなど、見たくない。怖すぎる。 「頼むから、落ち着いてくれ、二人とも」 互いに睨み合ったまま見事なまでのファイティングポーズを崩さないリコとサヤに、シャオは思わず両手を挙げる。それでも二人は互いに睨み合ったまま微動だにしない。 「・・・・・・・・・・・・・・」 もう、一体どうしたらこのバトルが終わってくれるのか、皆目検討もつかない。 再びシャオが天を仰ごうとした時だった。 カランカラン♪ closedの札を下げていたはずの扉が開かれ、軽やかな鐘の音が戦場に響き渡った。 こんな店内を客に見られてはたまらないと、シャオが慌てて入口を振り返れば、そこに立っていたのは、 「レヴィ!?」 自分がぶっ飛ばして昏倒させたレヴィだった。 この惨状を目の当たりにしても顔色を変えないところを見ると、ウォンからだいたいのことを聞いて来たに違いない。それでも、毛を逆立てている猫よろしく睨み合っているリコとサヤを見遣り一瞬固まったレヴィだったが、回れ右はしなかった。 意を決したように唇を引き結び、真っ直ぐリコとサヤの方へと向かって歩み始めたレヴィを見て、シャオはほっと安堵する。 レヴィの血迷った発言がこのバトルを勃発させた。終息させるのもまた彼しかいない。 「レヴィ、正気に戻ったか!? さあ、真実を話せ!!」 一歩一歩歩み寄ってくるレヴィに焦れて、シャオが彼の方へと駆け寄りその腕を引く。早くどうにかしろと彼の体を強引に二人の少女の前に押し出した。 突然、リコに告白をかましたレヴィ。 ウォンに何をどう吹き込まれてそうなったのかは分からないが、それは真実ではないはずだ。 彼が惹かれているのは、リコではなく、サヤの方。 リコにとっては残酷な真実だが、それでもはっきりさせておかねばならない。 (悪いな、リコ・・・) レヴィがリコに告白をかますというまさかの展開を目の当たりにして、シャオは気付いた。 (やっぱり、お前が誰かのものになるなんて、嫌なんだ) リコの幸せを願っている。本当に、心の底から。 それでも、レヴィがリコに愛を告げたその瞬間、それが成就すればリコにとって何よりも幸せな結末が待っているのだという光景を目の前にした瞬間、思ってしまった。 気付いてしまった。 嫌だ。 やっぱり、誰にも渡したくない、と。 自分でも、往生際が悪いと思う。彼女の気持ちが自分に向くことなどないのかもしれないけれど、それでも、少しくらい可能性に縋っていたい。 彼女の恋が終わりを告げたその後に、少しでも彼女の視線が自分に向くことを、情けないけれど、少しだけ願っている。 「さあ、レヴィ。二人にちゃんと言えよ」 可哀相だが、彼女の恋を終わらせてやれ、と。 「レヴィ、真実を話せ」 促すと、レヴィは小さく頷いた。 「「真実!?」」 ようやくリコとサヤの視線が互いから外れ、レヴィへと向けられる。 ゴク。 思わず生唾を飲み込んだのは誰だったのだろうか。 静寂の中、徐にレヴィが口を開く。 (すまん、リコ・・・!) その唇から告げられる真実が分かっているシャオは、思わず瞼を閉ざし、心の中でリコに詫びる。 申し訳ないけれど、自分はお前の恋が破れるのを願っている、と。 リコとサヤの鋭い眼差しに見守られながら、ついにレヴィが口を開いた。 「オレが好きなのは 」 「「好きなのは!?」」 がっつくリコとサヤ。 「さあ、言え!」 リコの泣き顔を見る覚悟を決めるシャオ。 「オレが好きなのは 」 「「「好きなのは!!?」」」 そして、次にレヴィが告げた言葉が、再びEDENを戦場へと変えるのだった。 「オレが好きなのは シャオ」 言った。 「「 」」 固まる二人と、 「そうそう。俺 って、俺!!? え!!?」 一瞬遅れて固まるシャオ。 そして、見開いた瞳をゆっくりと閉ざし、そして、またゆっくりと開かせたリコとサヤは、黙ったまま顔を見合わせた。 「これが、真実って?」 「へー。ふーん。・・・そう」 互いから視線を外した二人が次に見遣ったのは、シャオ。そして、 「「」」 どこから取り出したのか、ギラリと不穏なきらめきを放つブツをその細い手に握りしめる。 「「・・うん」」 一体、何の決断が下されたのか。同時に首を縦に振った二人を見て、シャオは顔を引きつらせる。 「ま、待て! おい、レヴィ!? な、何言って」 早く撤回させなければ、あのブツで切り刻まれるに違いないと慌てて隣に立つレヴィの腕を引けば、 「シャオ、スキダ」 繰り返される迷言。 「「」」 リコとサヤの瞳の中にギラリと憎悪の光が揺れる。 (ヤバイ。殺られる!!) そう察知した瞬間のシャオの行動は早かった。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 雄叫びと共に、レヴィの腹に見事なタックル一発☆ 小さく呻いて本日何度目かの失神に見舞われたレヴィを担ぎ上げ、シャオがダッシュで向かったのは言うまでもなく、 「シャオ ッッッ!!!」 お隣のドクターの所。 が、そうはさせじと手に武器を握ったままのリコとサヤがシャオの後を追う。 「「待て !!!」」 ここでその命令に従えば自分の明日はない。必死でウォンの診療所に駆け込むと、扉に鍵をかける。 リコとサヤの怒号が僅かに遠ざかった。 「はぁ、はぁ、はぁ」 息も絶え絶えに診療所に駆け込んできたシャオを迎えたのは、 「いらっしゃい♪ どう? レヴィから刃物は外されただろ?」 ニッコリと極上の笑みを浮かべたDr.ウォンだった。その笑顔と台詞に、どこかの血管がプチッと切れる音がした。 何故ならレヴィから外された刃物は、 「もれなく俺に向いた ッッッッ!!!」 のだから。 「やっぱり??」 そう言って「あははー☆」と軽く笑ったシャオの笑声は、 「開けなさい!!」 「大人しく出てきなさい!!」 という少女たちの怒声に掻き消され、幸いにもシャオの耳に届くことはなかった。 「シャオ!!」 「出て来なさい!!」 「・・・だってさ」 「無理に決まってんだろ!! 100%殺られる!!! って、お前、このポンコツに何しやがった !!?」 ブンブンと勢いよく首を左右に振ったの後、シャオは肩に担ぎ上げていたレヴィを指さす。 シャオに何を吹き込まれたのか突然リコに告白をかましたかと思えば、次はシャオ。 一体レヴィに何をどう話せばこんなコトになってしまうのか皆目検討もつかない。 リコの恋を終わらせて欲しいと願ってはいた。その望み通り、リコの恋は破れた。 が!!! 自分がまさかリコの恋敵に躍り出ようなどとは思っても見なかった。それはもう本当にチリほども思っていなかったのだから、驚愕した。 まさか本当にレヴィが自分に思いを寄せているわけではないだろう。そんな素振りはこれまで微塵も感じたことがなかったのだから、それはない。あってはたまらない。 ヤツはサヤに惹かれていたはずだ。それは誰が見ても明らかで、それが何だって自分の名前なんか口に出しやがったのか。 考えられる要因はただ一つ ウォン。 おバカなレヴィにあることないことを吹き込みまくってこのカミングアウトに導いたに違いない。一体何をしでかしやがったのかと鋭くウォンを睨み付けながら問えば、しれっとウォンは言った。 「レヴィも真実の恋に目覚めたんじゃ 」 「っだああああああああああああああああ!!」 ウォンの台詞を皆まで聞くことなくシャオは絶叫すると、肩に担ぎ上げていたレヴィをぽいっと投げ捨てた。今回は最早診療台の上へという配慮すらない。 「コ、コラ」 自分に向かって放り投げられたレヴィの体を、よろけながらもウォンは辛うじてキャッチする。 「 ん」 突然の衝撃に僅かに瞼を震わせたレヴィだったが、目を覚ます気配はない。ぐったりとしたレヴィの体を診療台の上に寝かせ、ウォンはこれ見よがしに溜息をついた。 「あーあ。せっかくガールズの魔の手から救ったのに」 「その魔の手が俺に向いている !!」 「いいじゃない♪」 「良くない!!!」 しれっと言ってのけるウォンにシャオが目を剥く。 だが、ウォンはしたり顔で更に言ってのけた。 「ほら、前にシャオ君が言ってたでしょ。殺したいほど、愛されてみたいって」 「・・は??」 「しかも、両手に花」 ウォンの言葉に、シャオは記憶を巻き戻す。 そんなコトを果たして言っただろうか。 「 俺は殺したいと思うくらい、愛されてみたいよ・・・」 (バトル in Cafe★第44話「恋は命がけ☆」参照) 言っていた。 サヤに惹かれていくレヴィを止めたくて、必死で──それこそレヴィを殺りかねない勢いでレヴィとサヤの間を引き裂こうと画策していたリコ。そこまでの思いをぶつけてもらえるレヴィが羨ましくて、つい口をついて出た台詞だった。 「・・・・」 言った。確かに、言っていた。 が、 「おい、待て!!! 今向けられてんのは100%殺意のみだ!!!」 愛が1ミリも含まれていなんですけど!! 絶叫したシャオに、 「あ。みたいだね」 本当に今気付いたのかそれともとぼけているのか、ぽんと手を打ちながらあははと笑っているウォンに、シャオは目眩を覚え、がっくりと床に膝をつく。 堪忍袋の緒が切れる前に、頭の中の別の回線が焼き切れたらしい。 「もう、どうなってんだ ・・・頼むから白状しろ!! いや、してくれ。お前の所為だと言ってくれ! もう限界だ!!」 言葉の通り、本当に限界らしく頭を掻きむしっているシャオに、ウォンはにんまりと唇を弓形に変える。 「ふふふ。いいねー、その顔 よし」 何が「よし」なのか。ツカツカと診療所の入口へと足を向けたウォンは、 「お、おい!!!」 慌てるシャオを余所に、 「カモ〜ン♪」 ドアを開け放った。 勿論、そこには凶器を手にものすンごい形相をしたリコとサヤの姿がある。そして、ドアが開け放たれるや、突入してくる二人。 「うあああああああああああああああああああああ!!」 「「覚悟 !!」」 さらば、シャオ。 思わず彼の冥福を祈ったのだが、そこに待ったをかけたのは、ドアを開け放ち二人を診療所内に招き入れた張本人−ウォンだった。 「ストーーーーーーーーーーーーップ!!」 普段の穏やかな笑みからは想像も出来ない程の声量に、ビリビリと空間が揺れる。 猛ダッシュをかましていたリコとサヤもその迫力に圧されてピタリと歩みを止めた。シャオへと振りかざしていた凶器もそのままにきょとんと目を瞠り、ウォンを見遣る。 シャオも彼女らと同じく、目を丸くしてウォンを見つめたが、すぐ我に返る。恐る恐る視線をリコとサヤに戻せば、目の前に翳されている二つの凶器。それがピタリと宙で止まっていた。 「た、助かった・・・!」 リコとサヤがウォンの馬鹿デカい声にあっけにとられている内に、刃物の下から這い出し、彼女らから距離を取る。 静寂が診療所内を包み込んで数秒の後、それを破ったのはウォンだった。彼の口から発せられた台詞に、リコとサヤ、そしてシャオはそろって首を捻ることになった。 「役者はみんな揃ったね。では、カーテンコールだ♪」 「「「は?」」」 カーテンコール。 カーテンコールとは、演劇、ミュージカル、バレエなどにおいて、役者・歌手・ダンサーらが舞台上に立ち、観客にご挨拶をするコト。通常、舞台が終わった後、舞台上から役者、スタッフの紹介をしたり、演出家などの代表者が謝辞を述べたりする。 by.てん 「「「 」」」 だから? 一体何を言ってるんだコイツは。と思いっきり訝しげに眉を寄せた三人を完全に無視し、一人ウォンはご機嫌だ。 わざとらしく大きく片手を振り上げ、そして優雅な仕種でそれを振り下ろすと、まるで舞台に立った役者宜しく、キザな一礼と共に声を張り上げた。 「レディースエーンドジェントルメーン♪ 本日の舞台はいかがだったでしょうか」 最早この空間で彼について行けている者は一人としていない。 それを尻目に、ウォンは続ける。 「苦難に立ち向かう主役を演じてくれたのは、シャオく〜ん」 「は?」 「一途なヒロインは、リコちゃん!」 「え?」 「恋多き乙女には、サヤちゃん」 「え??」 「二枚目モテ男にはレヴィ」 勿論、のびているレヴィは聞いちゃいない。 「これにてウォン診療所劇団によります、舞台『催眠療法人体実験・・・・・・・・・・・・・・・・パラダイス☆』は幕切れ♪ ありがとうございました〜」 ぽかんとしている三人に構うことなく、ウォンは再度一礼をし、勝手に幕を閉じた。 観客からの拍手はない。 変わって歓声 否、抗議の声を発したのはシャオだった。 「おっっっっ前、もう舞台じゃなくてただの臨床実験じゃねーか 苦し紛れにつけただろ、パラダイス☆」 と、取り敢えずつっこんでみる。 そして、ようやく気付いた。 「って・・・」 「「「催眠!!?」」」 「おー、凄い凄い♪」 見事にハモった三人の声に、呑気にウォンが拍手を送っている。 何を喜んでるんだといつもならばソッコーでつっこむシャオだったが、今ばかりは頭の整理をつけるのに手一杯で、それどころではないらしい。 「催眠療法・・・・って・・・・・はああああああああああああああああああああああ!!? ちょ、待て!! じゃあ、ここ最近のアレやコレやは・・・はああああああああああああああああ!!!?? も、もしかして、ホントにか!!? ホントにとか言っちゃうのか!!?」 催眠療法人体実験。 と、ヤツは言った。 催眠療法(さいみんりょうほう)とは、催眠を用いて行う精神療法の一種である。 by.てん いやいやいや。勿論、知っている。 そして、察した。 ウォンがおそらく 否、100%、医療目的ではなく己が楽しむために催眠術を用いたに違いないことは。 それは、理解した。が、 「ちょっと待て!!! ドコからだ!!? ドコからがお前のシナリオだ!? 誰が餌食になってんだ!!?」 重要なのは、ソコ。 問われたウォンは、「ふふふふ」と実に楽しそうに笑いながら、診療台の上で一人呑気に気を失っているレヴィを揺り起こした。 「レヴィ。起きて起きて」 「ん・・・??」 ガクガクと少々乱暴に体を揺すられたレヴィが、呻き声を上げながらも瞼を持ち上げた。 「あれ? ウォン??」 焦点の定まったアメジストアイに飛び込んで来たのは、いつもより数倍楽しそうに笑っているウォンの姿。何故、そんなに楽しそうなのか。そもそも、自分が何故ウォンの診療所に居て、しかも眠っていたのかが分からない。 きょとんとしているレヴィに、ウォンは問いを投げかけた。 「レヴィ。君の好きな人は誰だい?」 その問いに、再びレヴィはきょとんと目を瞠った後、サラリと言った。 「シャオ」 「おいっ!」 「「」」 青い顔をして全力でつっこんだシャオと、その隣で青筋を額に浮かべたガールズを見遣り、満足げに笑ったウォンは、レヴィの眼前に右手を翳し、 パチン☆ と、指を鳴らした。 今度は一同が目を瞠る。何だそれはと疑問符を振りまきながらも、誰もそれを口には出さなかったが、その問いはすぐに晴らされた。 「さあ、レヴィ。好きな人の名前を言ってごらん」 レヴィに投げかけられのは、先程と同じ問い。勿論、返される答えは同じはず。 が、徐に開かれたレヴィの口が紡いだ名は、 「 リコ」 だった。 「え」 「」 「」 事の異常さは取り敢えず置いておいて、ぽっと頬を染めたリコと、頬を引きつらせたシャオ、青ざめるサヤ。 が、そんな三人の反応を余所に、ウォンは上機嫌。 「リコちゃん、ごめんねー」 詫びる台詞に不釣り合いな明るい笑顔で告げ、再びレヴィの眼前に掲げた指を、パチンと鳴らした。 「「「え 」」」 「レヴィ、誰が好き?」 「サヤ」 今度は三人一様のリアクション。口を噤み、顔を見合わせる。 代表して口を開いたのは、シャオだった。 「 お、おい。まさか」 「そう。そのまさかだよー」 パチン☆ とウォンが指を鳴らすと、 バタン!!! 「「「!!!」」」 勢いよく、レヴィが倒れた。 あまりに唐突であったため、誰もレヴィに手を差し伸べることが出来ず、憐れレヴィは大きな音をさせて診療台の上に倒れ込んだ。 それを見てカラカラと実に楽しそうに笑うのはウォンだ。 「あはははは。いやァ、この子がまたコロッとかかってくれちゃうんだよー♪」 「だ、大丈夫か、コイツ!!?」 洗脳に洗脳を重ねられたらしいレヴィのお脳も心配だが、どうやら引っかかりやすいらしいレヴィの単純脳の作りの方も心配になる。 思わず頭を抱えたシャオの隣で、リコは未だに疑問符をまき散らしている。 「え!? え!!? じゃ、じゃあ、ボスの心は 」 ウォンに縋り付いて問うと、 「フリーさ」 満面の笑みで告げられた真実に、 「ん 、複雑!」 リコは頭を抱える。 自分のことを好きだと言ってくれたあの言葉が偽りであったことが悲しくてたまらないけれど、レヴィがシャオを好きでも、サヤを好きでもなかったことは心の底から喜ばしいこと。 悲しいけど、嬉しい、けど悲しい。 ゴッチャゴチャになっている頭を必死で整理しようとしているリコ。 次にウォンの腕を掴んだのはシャオだった。 「おっ前! 人をオモチャにしやがって!! 主に俺!!!」 「無断で悪かったよ。でも、医学の進歩のため、泣く泣く 」 「ウソつけ!!! 純粋に楽しむためだろ!」 「フフフ」 せめて否定しろ。 大絶叫をかまし力尽きたシャオは、がくりとその場に膝をついた。 そこでようやく事態を飲み込んだらしいサヤが悲しげに眉を寄せウォンを責める。 「酷いわ、ウォンさん! レヴィにこんなこと・・・!」 が、 パチン☆ 「え?」 声を上げたのは誰だったのか。 部屋の中に乾いた音が響いたと思った次の瞬間、 バタン!! 「サヤ!」 「サヤちゃん!?」 サヤが豪快に倒れた。電池の切れたロボットさながら。 辛うじて伸ばした腕でサヤが床に激突するのを避けたシャオは、頬を引きつらせながらウォンを見遣る。 「お、おい、まさか!?」 「そ♪ サヤちゃんのレヴィへの想いも、ね」 それに絶叫したのはリコだった。 「はあああああああああああああああああああああああ!!? じゃあ、あたしとサヤちゃんのバトルは全て無駄あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああ!!?」 リコの絶叫を涼しい顔で受け止めたウォンは、次いでニッコリと面に笑みを刷いて言った。そして、リコの眼前に掲げられた右手。 「それどころか・・・」 「え?」 パチン☆ バッタ ン!! 鳴らされた指と、診療所の床に顔面から「こんにちは」をしたリコの姿に、シャオは驚愕する。これでもかと目を瞠り、ぽかんと口を開く。しかし、開かれた口からは、 「 ッッ!!」 声にならない悲鳴が零れただけ。 「全てがム・ダ」 晴れ晴れと告げるウォンに、 「 」 シャオは酸欠の金魚よろしく口をぱくぱくさせるしかない。 そんなシャオに視線を遣ったウォンは、にっこりと笑みを向けて宣った。 「フフフ。どう? シャオ君。コレで元通りだよ♪ また平穏な片思いライフを楽しんでね。あ、大丈夫。みんなぜ〜んぶ忘れてるから」 (な、何が大丈夫って??) 力ないツッコミが唇を越えることはなかった。茫然とするシャオに、なおもウォンは説く。その面からはいつの間にか笑みが消えていた。眼鏡の奥の瞳は、真剣そのもの。 「でもね、シャオ君。いつか、こんな日がくるかもしれないよ。今回みたいに、お兄ちゃんを貫くか、リコちゃんへの想いを男として貫くか、選択しなくちゃならない時が、ね」 もっともらしい台詞をもっともらしい真剣な表情で告げていたかと思えば、次の瞬間ウォンは実に楽しそうに笑って言った。 「今回のは、言ってみればそのときのためのロールプレイングさ♪ 勉強になっただろ? いやァ、僕ってば優しいでしょー♪ ふふふ」 「 !!!」 もう、限界。 シャオの身体がぐらりと傾ぐ。 「あらら。お休みー♪」 呑気なウォンの声を聞きながら、シャオは意識を手放したのだった。 診療所の中に死屍累々と転がるEDENの住民たちを満足げな顔で見回し、ウォンは口を開いた。 その顔にはとびっきりの笑顔。 「あー。楽しかった」 ウォン 年齢:27歳 職業:医師 趣味:シャオで遊ぶこと。 存分に楽しんだウォンだった。 |