53 ☆ 夢は夢のままで 



 どんなに長く感じても、明けない夜はない。
 ─── 朝。
 Silvery cityにも爽やかな朝が訪れていた。
 朝焼けを脱ぎ捨てた空は、見事なまでのブルー。
 太陽は月に代わり、橙の光でもって大地を温め始めている。


 いつもと同じ空を迎えた朝。
 けれど、いつもとは違う目覚めを迎えたのは、cafeEDENの若き経営者─シャオ。いつもならば、眠りにつく際にセットした目覚まし時計の音でもって目覚めるのだが、今朝は違った。
「・・・・・・・・・・」
 ふ、と自然に目が覚めた。
 カーテンを閉め忘れていた窓へと視線を遣り、ほっと安堵する。毎朝、同じ時間に目を覚ますようにしているためか、目覚まし時計なしでも店の開店に十分間に合う時間に目が覚めたらしい。太陽の高さでそれを察する。
 ほっと安堵の溜息を零した後、そろそろ起き出して朝食の支度をしなければと思うのに、
「・・・・・・・・・・」
身体を起こす気力が生まれてこないのは、何故だろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・何だ、この疲れは」
 自分は睡眠を取ったはずだ。睡眠とは、つまり休養。身体の疲れを癒すために眠っていたはずなのだが、全ッッッッッッッ然疲れが取れていないのは、何故。
 ぐったり。
 朝一番には最も似つかわしくないが、コレが今の自分の状態に一番ぴったりくる。
 シャオは、身体をベッドに横たえたまま、もう一度瞳を閉ざした。
 身体は疲れ切っているが、不思議と眠気は訪れない。
 疲れは取れていないが、随分と長く眠っていたような気がする。
 そして、思い返す。
 長い長い眠りの中、
長い夢だった・・」
 長い長い夢を見ていた気がする。しかも、もンの凄い悪夢。
「リコがレヴィに惚れて、サヤがレヴィに惚れて、レヴィがリコに惚れて・・・夢で良かった・・・!!! ウォンめ、ざまァみろ!!!」
 アレは全て長い眠りの中で見た悪夢。
 そうそうウォンに遊ばれてたまるか。実際、全力で遊ばれてしまったわけなのだが、それは、夢の中での出来事。カウントには入らないはず。
「夢で良かった・・・・!」
 瞳を閉ざしたまま、シャオはほっと安堵の溜息を零した。
 溜息と共に、僅かに身体にまとわりついていただるさが吐き出されたのか、気持ちが軽くなる。
「よし、今日も適度に頑張るか」
 今日はどんな客がEDENを訪れてくれるのだろうか。
 軽やかに鳴るベルの音を思い起こし、シャオは僅かに口元を弛ませた。


 香ばしいコーヒーの香りがお出迎えするまで、あと3時間。
 もうしばしのお時間を。


 cafeEDENスタッフ一同、準備を万端に、貴女のご来店を心よりお待ちしております。


「バトル in Cafe★」the end.
























































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 身体をベッドに横たえたまま、シャオは穏やかに閉ざしていた瞳を、
ムリだ
カッと見開いた。両の手はぎゅっと掛け布団を握り締めている。震えてさえいる。必死で耐えているのだが、
「ムリだ・・・!」
 どう頑張っても、ムリ。
 昨日までのことは、夢! 夢オチ万歳!!!
 と、何とか思い込もうとしたのだが、
「ムリだ・・・」
あえなく、失敗。
 リコがレヴィに惚れて、サヤがレヴィに惚れて、レヴィがサヤに惚れたりリコに惚れたりシャオに惚れたり。cafeEDENをごっちゃごちゃにしまくった全てが、ウォンのが組んだ『催眠療法人体実験・・・・・・・・・・・・・・・・パラダイス☆』というシナリオ通りだったというこの約3週間。
 兄貴分としてリコの恋を応援するべきか、リコへの想いを貫くべきか、激しく思い悩んだあの悪夢の3週間が、ウォンが鳴らした指5本で綺麗さっぱり消えた───らしい。
「って、消えてるか────────────ッッッ!!!!!!」
 ウォン曰く、レヴィとリコとサヤのここ3週間の記憶は綺麗さっぱり消えているらしいが、自分は何一つ忘れちゃいない。もう、いっそ忘れたい。せめて忘れたい。夢オチは諦めてやってもいい。せめて忘れさせてくれ。
 再び瞳を閉ざして、深呼吸。
「・・・もう、忘れよう。もう終わったんだ。大丈夫だ。また頑張ろう、俺」
 自分を励ましてから、ようやくシャオはベッドの上に身体を起こした。
 あの苦悩の日々がもう終わったのだと考えれば、心は僅かに晴れるではないかと無理矢理己に言い聞かせる。
 ウォンが言ったとおり三人が何も覚えていないとすれば、今日からまた元通りになるだけ。おバカなレヴィにうんざりしながら、可愛らしいリコに胸をときめかせ、サヤの笑顔とお菓子の甘い香りに癒されてコーヒーを淹れる。
 少し前のcafeEDENの日常に戻るだけなのだ。
 もう、それで良しとしようじゃないか。
 この数日間は悪い夢 否、己を成長させるチャンスだったのだ。
 ノロノロと身支度を調えながら、シャオは必死で己の言い聞かせる。
 もう、前向きになるしかない。
「よし!!!」
 無理矢理、自らに気合いを入れると、シャオは勢いよく部屋の扉を開き、大きく一歩を踏み出した。
 決して軽やかとは言い難いが、それでも疲労の残る足を辛うじて絡ませることなく一階へと下りて行きフロアへと足を踏み入れれば、
「・・・」
カウンター内に、リコの姿があった。
 今日はリコが朝食当番だったのかとぼんやり考えながら、未だ自分の存在に気付いていないらしいリコの横顔を眺める。
 リコはすでに制服を身につけていたが、その上にかけているエプロンは店に出るときのものとは別。可愛らしいピンク色のエプロン。機嫌良く歌を口ずさんでいる小さな唇はピンク色。頬も同じ色に染まっている。彼女によく似合う色。
 ぱっちりとした薄茶色の瞳に、黒色の髪の毛が肩口でふわふわと踊っている。耳の横に飾られた小さなお花のヘアピンがよく似合っている。
(可愛い・・・)
 思わず心の中で洩らす。
 同時に、胸がトクンと揺れる。
 ここ何日かは胸を高鳴らせるたび、そこに痛みを伴っていた。どんなに彼女のことが好きでも、彼女が好きなのは自分ではなく、レヴィ。それが痛みと、胸を痒くする嫉妬とを生んでいた。
 けれど、今はそれがない。ただ、ときめく胸。
 だが、それは長くは続かなかった。温かかった胸に去来したのは、焦燥感。
 リコの心は今は誰にも向いていない。けれど、リコがいつ誰に恋心を抱くか分からない。あんな風に、突然誰かを好きになってしまうかもしれない。
 それが自分であれば嬉しいけれど、そうとは限らない。
 レヴィかも知れないし、自分の知らない男かもしれない。
 相手が誰かは分からないけれど、はっきりと分かっていることがある。
 そうなってしまってからでは遅いのだということは、おかげさまでよ───っく分かった。
(感謝なんて絶対しないけどな
 ウォンに感謝など絶対にしてやるものかと心に決めながらも、蘇ってきたのはウォンの言葉。


『ホントは、お兄ちゃんじゃなくで、別のポジションになりたいんじゃないの?』


「・・・・・・」
 この想いを、告げる───?
 彼女の心が誰かに向いてしまう前に、この想いを伝えれば。
(・・・どうなるんだろうな)
 全く分からない。
(しまった)
 どうせあの一連の騒動をリコたちが全て忘れているというのならば、試しに告げてみれば良かった。当然、あれが催眠術によるものだと知らされていなかったのだから仕方がないのだが、絶好の予行演習の機会を逃したような気がする。
 まあ、そもそもあの時のリコはレヴィに惚れていたのだから、断れていたに決まっているのだが。
「・・・・」
 と、そこまで考えてやはり告げなくて良かったと思い直す。
 もしもたとえ催眠術にかかったリコにであっても、ふられてしまっていては今ここに立つことも出来ないほどのダメージを受けていたような気がする。
 フロアの入口に佇み、密かに安堵の溜息を零しているシャオの背に、声が掛けられた。
「おはようございます」
 振り返れば、軽く頭を下げながら歩いてくるサヤの姿があった。肩の辺りで切りそろえられた黒髪がサラサラと鳴っている。
「ああ。おはよう、サヤ」
「おはようございます」
 挨拶を返せば、穏やかな笑みを向けられる。
(・・・やっぱり忘れてるみたいだな)
 ウォンの言っていたとおり、やはりサヤは何も覚えていないらしい。そうでなければ、あの鬼の形相を浮かべて居た少女が今こんなにも穏やかな笑みを浮かべていられるはずがない。

 思わず、刃物を振りかざし己に襲いかかってきたサヤの姿を想いだし身震いしたシャオだったが、
「あ、シャオ」
 自分の存在に気付いたらしいリコの愛らしい声に名前を呼ばれ、恐怖の画を追い払う。
「おはよー、シャオ♪」
「おはよう、リコ」
「ねえ、シャオ。もうご飯できるから、ボスを起こして来てもらってもいーい?」
 上目遣いのお願いを、シャオが断れるわけがない。
「分かった」
 すぐさま首を縦に振ったシャオは、今下りて来た階段を上り始めたのだった。
 リコも何も言わない。
「やっぱりウォンの言うとおり、覚えてないんだな」
 そのことにほっとする。同時に、リコの顔を思い出し、思わず口元をゆるめる。
 小柄なリコはいつだって上背のあるシャオを見上げることになる。それが、たまらなく可愛いのだ。先程のようにちょっと首を傾げてお願いなんてされてしまうと、それがどんな願いでも叶えてやりたいと思ってしまう。
(・・・重症だな)
 リコに、惚れている。
 あの騒動があってリコへの想いが更に強くなったような気がする。
 リコが自分ではなく、他の誰かのものになってしまうかもしれない恐怖をリアルすぎる程リアルに感じて、己のリコへの想いの強さを知ってしまった。
(───ここからだ)
 今から、始まる。
 悪夢は終わって、今からが、現実。
 どんな終わりが待つのかは誰にも分からないけれど。
 レヴィの部屋の前に立つと、シャオは一度深呼吸をする。
 催眠術に簡単にひっかかりまくったレヴィには、小言の一つや二つ───いや、足りない。拳骨の一発や二発お見舞いしたい気分なのだが、勘弁してやろう。
 彼もまた何も覚えていないのだろうから。
「レヴィ!」
 扉の前で呼びかけるが、返答は無し。
 どうやら未だ夢の中に居るらしいレヴィ。シャオはノックを省略して部屋に入った。
 部屋の主はやはりまだベッドの中に居た。窓から差し込む朝日を嫌がっているのだろう、身体を丸め布団を頭からかぶっている。そこからチラリと覗く髪の毛が、朝日を浴びてきらめいていた。この辺りでは珍しい金の髪色。それを一瞥し、シャオはレヴィを覆っている布団を遠慮無くむしり取った。
「レヴィ、起きろ!! この単純脳!!」
 布団を奪われ、乱暴に身体を揺すられてようやくレヴィが目を覚ます。
「ん
 だが、意識の覚醒にはまだほど遠いらしく、徐に瞼を持ち上げたものの、身体を起こす気配はない。掠れた声で呻きながら、しきりに手の甲で瞼をこすっている。
 瞼の下から僅かに覗く瞳は、紫色。夢見がちな乙女たちの瞳には、その美しい色彩を宿した瞳ときらめく金糸の髪が、彼を王子様のように見せるらしいが、残念ながらシャオの目にはそうは映らない。
 王子様とは似てもにつかないレヴィの内面を嫌という程知っているし、彼の顔を飽きるほど見てきたのだから、今更だ。
「おい、起きろ。朝飯だぞ」
 再度、起床を促せば、ようやくレヴィが身体を起こしたのだが、
「ん 。何か、頭痛ェ」
起きるのを渋っているワケではなく、本当に頭痛がするらしい。顔をしかめて額を抑えたレヴィに、
「・・・後遺症か?」
「は?」
ウォンが面白がって催眠術を掛けまくった後遺症だろうかと呟いたシャオに、レヴィがきょとんとする。それに何でもないのだと首を振ってから、早く着替えろと促す。
「はーい」
 ノロノロと緩慢な仕種でベッドからおり、着替え始めたレヴィに踵を返したシャオだったが、
「っと
 どうやら本当に体調がおかしいらしく、ベッドをおりるなりよろけたレヴィに、シャオは部屋を出ようとしていた足を止めた。
「・・・おい。大丈夫か」
「大丈夫大丈夫。寝過ぎたんだな、コレは」
「・・・違うんだけどな」
「え?」
「何でもない。早くしろ」
「はいはい」
 大丈夫だと言いながら、ふらふらしながら身支度を調えているレヴィを見かねて、シャオはレヴィを待つことにする。程なくして「お待たせー」と片手を上げたレヴィと並んで、部屋を出る。未だいつもの軽い足取りからはほど遠いレヴィの歩み。階段を踏み外されてはたまらないとレヴィの後ろに立ち、いつでもレヴィの首根っこを掴めるように手をスタンバイさせたままシャオは一階へと下りた。
 フロアに出れば、いつものテーブル上には既に朝食が並べられ、リコとサヤが自分たちを待っていた。
 いつも通りの朝の風景がそこには広がっている。
 何もかもが元通り。
 ほっと安堵の溜息をつきながら、いつもどおりの席に腰を下ろす。その隣の席へ、レヴィが欠伸をしながら腰を落ち着けた。
 テーブルの上には香ばしい香りを漂わせているコーヒーと、ほどよく焦げ目のついたトーストとベーコン。白い皿の上にレタスの青とトマトの赤が鮮やかに映えている。そして中央には黄色い、卵だけの簡単オムレツ。
 食欲をそそる香りにつられて、シャオはすぐに手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまーす」
 シャオに倣って手を合わせ、オムレツに手を伸ばしたのはレヴィ。だが、それを遮ったのは、
「あ! ボス、ちょっと待って!」
 リコ。
 何だと目を丸くするレヴィの目の前で、ケチャップを手に取ったリコは、
「はい。どうぞ
レヴィの向かいの席から、器用にレヴィの卵オムレツにマークを描く。そして、ニッコリと愛らしい笑みをレヴィに向けた。
 それを、茫然とシャオは見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 一縷の望みに縋り、震える手でオムレツに箸を伸ばしてみる。できるだけゆっくり箸を伸ばしてみる。さらにはチラチラ───否、がっつり リコに視線を遣ってみたのだが、
「あ、シャオさんにも。はい」
 リコの手で目の前に差し出されたケチャップは、
「あ、ありがとう」
 すんなりシャオの掌中に収まった。
 マークなんて夢のまた夢。かけてくれさえしない。
 己の手にある冷たいケチャップを握り締め、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あれ?」
シャオは首を捻る。その額からダラダラと汗が零れている。
 ケチャップを握り締めたまま固まっているシャオの隣で、レヴィが再度手を合わせ、オムレツへと箸を伸ばしていた。
「じゃ、いただきまーす」
「ちょっとボス! ハート真っ二つにするのやめてくださいよっ
「はァ? じゃあ・・・」
「潰さないでっ! もう、ボスは乙女心が分かってないんだからァ
「はァ?? 何だ、それ」
「でも、お代わりもあるんで、言ってくださいね またケチャップかけてあげますから
 口を尖らせながらもニコニコと愛らしい笑みを浮かべ、身を乗り出し気味にしてレヴィを見つめるリコ。
「ちょ、ちょっと待て・・・・
 リコのレヴィを見つめる瞳の熱さには、見覚えがある。よぉ〜っく覚えている。忘れたいと望んでいたのだけれど、容易に思い出せてしまう。
(な、何だ、コレは。これじゃあ、まるで・・・)
あの悪夢の日々の再来ではないか。
 リコの瞳は、恋をする乙女のソレ。
 ただの悪夢だと思っていたあの日々の中、リコがレヴィに向けていた瞳が、まだそこにある。
「な、何でだ・・・!!?」
 シャオは動悸がする胸を押さえる。
 そんなシャオを尻目にレヴィは呑気に食事を続け、リコはそれを嬉しそうに見つめている。同様にサヤも何食わぬ顔で朝食を口に運んでいる。
(待てよ、催眠術だったんじゃないのか!?)
 一人頭を抱えて俯いたシャオの背に、
「おはよう、シャオくん♪」
「─────────」
今一番聞きたくないのだが、しかし聞かなければならない声が降りかかった。
 ぎこちない動作で首を後ろへと巡らせれば、やはりそこには笑顔のウォン。爽やかな朝にぴったりの明るい笑みを浮かべて立っている。
 いつからそこに居た。
 と問いただすのは不要だろう。彼は全てを見ていたに違いない。聞かなくても分かる。今聞きたいのはそんなことではなく、
「お、おい、ウォン!!」
 食事の途中でお行儀が悪いことは百も承知。イスを蹴倒す勢いで立ち上がったシャオは、目を丸くする三人を余所に、ウォンの襟首を掴みフロアの片隅に引っ張っていく。
「おい! ウォン。す、全て忘れてるって言ったよな!? な、なのに何で、り、リコのやつ・・・・」
 最早、言葉にならない。
「ゆ、夢だろ。あ、夢なんだな、こっちが。こっちが夢オチだな。それとも、催眠術外しそびれてたって?? ああ、分かった分かった。今ならまだ笑って許してやるから──」
 現実逃避を始めたシャオの肩を、ウォンがポンと叩く。
 それで我に返ったシャオが、ウォンからの回答を待つために口を噤んだ。シャオとしては、
「ごめん。冗談冗談〜♪ 今、ちゃんと解除するから」
という言葉を待っていたのだが、ウォンから返ってきたのは憐れむような眼差しと、
「まあまあ、シャオ君。遅かれ早かれ、こうなる運命だったんじゃないのかな♪」
という御言葉。
 ウォンはNonタッチ☆
 瞬間、
ッ」
 声にならない悲鳴を上げ、シャオはEDENの床に倒れ伏していた。
「お、おい
「どうしたの、シャオ!?」
「シャオさん!!?」
 突然倒れたシャオに、朝食を進めていた三人が目を瞠る。
 が、シャオが起き上がる気配はない。
 催眠術にかけられたわけでも外されたわけでもなく、ただ単に限界値を超えたらしい。終わったと思っていた悪夢がカムバック☆ 丁重にお断りしたいのだが、どうやらお帰りいただけないらしい現実を悟り、シャオの方が先に暇を告げたらしい。
 慌ててシャオに駆け寄ってきたレヴィたちと、その中央でピクリとも動かないシャオを見下ろして、
「ふふふ」
 ウォンはたまらず笑みを零していた。そして、シャオに聞こえないのを良いことに、
「この展開は想定外だけど。ふふ また今日から、楽しくなりそうだねー、シャオくん
と宣った。
 お前だけだ!!
 シャオの意識があれば間違いなくそうつっこんだのだろうが、憐れシャオは夢の中。
 再びウォンは笑みを零し、眼鏡の縁を掴んで押し上げる。
「さあ、ラウンド2ー♪」
「「「は??」」」
 訝しげに見つめてくる3対の瞳に、にっこりと笑顔を返しはぐらかす。
「ううん。何でもない。どうやらシャオくんは疲れてるみたいだから、ゆっくり休ませてあげてね。明日からまた大変だろうから」
 じゃあねと手を振り、ウォンは踵を返す。
 その面には100%の笑顔。楽しくてたまらないと極太マジックで顔───だけと言わず全身に書き綴られている。背に揺れる黒い尖った尻尾も、楽しそうにゆらゆらと揺れていた。

 が、それが見えるのは、この場では唯一人。現実に一時グッバイしているシャオだけ。
 故に、それを誰にも見咎められることなく鼻歌と共に堂々と揺らしながら、ウォンはEDENから姿を消したのだった。


 カランカランカラ───ン♪


 本日、軽やかな鐘が鳴るのは、これが最初で最後。
 

 何故なら、店主の不調により本日cafeEDENは臨時休業となる予定。


 店の扉にはclosedの看板がかけられたまま。


 僅かに軋む扉の音と、軽やかなお迎えの鐘。
 店内に流れるさざ波に似た心地の良いざわめきと、かすかなBGM。
 可愛いパティシエが作る甘くて優しいスイーツの舌触りと、マスターの淹れるコーヒーの香り。
 看板娘の眩しい笑顔と、ブロンド王子様のおもてなしは、またの機会に。




 それでは、貴女のまたのお越しをcafeEDENスタッフ一同、心からお待ちしております♪




cafeEDEN───close。










★ back ★  ★ top ★  ★ next ★(あとがき)





「ぽちっ」と応援ありがとうございました