49 ☆ラブタックル


 CafeEDEN、open♪
 つつがなく、時間は流れていく。・・・わけがなかった。
 昨日、サヤから苦言を呈されたリコは、それまでのあからさまな妨害工作をやめていた。なるべくサヤとレヴィとを見ないよう努めているようだったが、厨房からレヴィとサヤの楽しそうな笑い声が聞こえてくる度に、その額の青筋が一本ずつ増えていく様を、シャオは頬を引きつらせながら見守っていた。
 フロアで嫉妬心を必死で抑えているリコの姿は、当然厨房にこもっているサヤに見えるはずもない。厨房内に満ちている穏やかな空気と、フロアの空気とは雲泥の差。本来華やかであるべきはずのフロアに満ちているのは、緊張感。
 必死の形相で嫉妬心と闘っているリコと、そのリコがいつブチ切れるのか気が気でないシャオ。彼らの醸し出す空気は客にも伝わっているようで、いつも長居をする常連客も、本日ばかりはコーヒー一杯でそそくさとEDENを後にしていった。ドアを開けたところで、回れ右をする客も居る始末。
 しかし、それに憂慮する余裕など、今のシャオにはない。いつでも有事に備えて厨房と、その入口に佇むリコの姿を注視し、いつでも飛び出していけるように常に前傾姿勢ですらある。
 そんなフロアを余所に、昨日までのリコの監視が緩まったことに気付いたレヴィは、呑気に厨房に入り浸っている。
 時折聞こえてくるレヴィとサヤの笑声。
 ぴきっと、リコの青筋が増える音。
 シャオのどでかい溜息。
「はぁ 。もう、無理だ」
 ついに声に出してシャオは項垂れる。
 朝から自分を苛んでいる頭痛は威力を増すばかり。ついでに胃も違和感を訴え始めている。
(・・・もう、いっそ倒れるか、俺)
 そうしてこの場から逃げ出してしまえたら、どんなに楽だろうか。
 だが、自分が倒れた後、このEDENでいったいどんなコトが起こっちゃうのかを想像すると、更に頭痛が増す。自分は何が何でもここにとどまらなければ、歯止めをかける者がいなくなってしまう。
(・・・じゃあ、レヴィ、か)
 自分が退場することが出来ないのならば、いっそのこと日頃の鬱憤を込めてレヴィをぶっ飛ばして負傷させ、この空間から一時撤退させるのが最善の方法なのでは、とシャオが思い始めたころ、ついにリコが動いた。
 厨房から出て来たレヴィの腕を、リコがむんずと掴んだ。
「何だ? リコ」
 突然、リコに腕を掴まれたレヴィが足を止める。
 リコはレヴィの腕を掴み、視線を俯かせたまま虚ろな声でレヴィに告げた。
「・・・・・ボス、お願いがあるんですけど」
「ん? 何だよ、改まって」
 明らかにいつもと様子の違うリコに、レヴィが瞳を瞬かせる。
 それを、見守っていたシャオが、レヴィよりも先に気付いた。
!」
 リコの手に握られている、キラリと光る物の存在に。
(アレは・・・っっっ!!)
 ウォンが面白半分で渡した偽物とは明らかに違う輝き。あれは、確実にレヴィの腹にぶっすりと突き刺さるモノホンに違いない。
 慌ててシャオが磨いていたグラスを放り出し、駆け出していた。
 しかし、シャオの介入を待たずして、リコが動く。
 いつもの明るいソプラノボイスはどこに行ってしまったのか。ひたすら陰気な声で、リコはレヴィへのお願いごとを口にする。左手にレヴィの腕を捉え、反対の右手には、キラリと光るブツ。
 ようやくレヴィを見上げたブラウンの瞳は、完全に据わっていた。
私も後からいくんで」
「は? ドコに??」
 この期に及んでもまだ事態の深刻さに気付いていないレヴィがきょとんと首を傾げる。そんなレヴィに、リコがニ〜ッコリと愛らしく微笑んで言った。目は変わらず据わったまま。
「おとなしく、あたしに殺
 そこにようやく到着したシャオの絶叫がこだました。続いたのは、レヴィの悲鳴。
「だああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「うわぁっ!!」
 全速力で突進してきたシャオは、その勢いのままレヴィに体当たりをかましていた。
 リコの魔の手から逃れたレヴィがぽ〜んと吹っ飛び、廊下の奥へと消えていった。後から響いてきた衝撃音に、フロアに居た客の視線が一斉に集まる。 その視線に、滅多に見せない営業スマイルで何でもないことをアピールした後、シャオはリコをフロアから店の奥へと押していく。その先では、店の奥に摘まれていた瓶やら箱やらをなぎ倒し転がっているレヴィの無残な姿があった。
 が、それには触れず、シャオはリコに向き直った。
「リ、リコ。お願いごとは、古風に短冊にでもしたためてみようか」
 好きな人を殺してください。なんていうダーク過ぎる願い事は、織り姫も彦星も叶えてくれないに違いない。
 ぽんぽんと宥めるようにリコの肩を叩き、そっと彼女の小さな手から、危険物を取り上げる。
 やはり、それはホ・ン・モ・ノ☆
 ほっと安堵すると共に、ドッと汗が噴き出してくる。
(ヤバイ。リコのヤツ、本気だ・・・!!)
 本気でレヴィと心中するつもりらしい。
「さ、さあ。リコ、フロアに戻っててくれ。俺は、ここを片付けて行くから」
「・・・・・はーい」
 名残惜しそうに床に転がったレヴィを見遣りながらも、シャオの言うとおりフロアに足を向けたリコに、シャオは今度こそ安堵の溜息を洩らした。
 何とかこのEDENが殺人現場に変わる危機を脱したらしい。
 だが、その危機が完全に去ったわけではないことも分かっている。
「ったく、何で、俺が・・・
 思わずしゃがみ込み、ぼやく。
 一番奮闘しなければならないのは、
「・・・・コイツだろ」
呑気に床の上でのびているレヴィに他ならないはずだ。
 だが、この鈍感なレヴィに全てを委ねれば、間違いなく終わる。
 最悪の結末で幕が下りるに違いない。
 だが、取り敢えずこの状況に終止符が打たれるのならば、それはそれで何だかもう良いような気がしてきた。が、
(ダメだダメだダメだ!!!)
 思わず諦めそうになった自分を叱責する。
 もう、自分しかストッパーになれる人物がいないことは分かっている。その自分が諦めてしまえば、最高にバッドなエンディングが待っていることも分かりきっている。
 そうだ。そんなモノをお見せするわけにはいかない。頑張ってくれ、シャオ。
「もう、どうしたらいいんだよ・・・」
 思わず弱音を吐く。
 はっきり言ってもうどうしていいのか分からない。
「・・・頭痛ェ
 はっきりとその大きさを増した痛みに眉をしかめながら、シャオは転がっているレヴィへと手を伸ばす。取り敢えず、ここに転がしておくのは宜しくない。またいつリコが襲いかかるか分からない。
「仕方ないな・・」
 気合いを入れて立ち上がったシャオは、弛緩したレヴィの体を抱え上げる。
「呑気にのびてんじゃねーよ」
 自分がぶっ飛ばして気を失わせたことは完全に棚の上。舌打ちと共に歩き出し、裏口から外に出る。
「さて・・・」
 コレを、どうするか。cityの外にでもぽいっと捨てて来ようかとも思ったが、思いとどまる。
 そして、シャオが足を向けたのは、お隣の診療所だった。








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