空は真っ青。太陽は今日も燦々。 爽やかなSilvery cityの朝。 今日もレヴィは心臓の音を聞きながら眠りについていた。本日、彼の目覚めにピリオドを打つため、部屋に現れたのは、 「ボ ス」 鈴を転がすように愛らしい声で彼を呼ぶ、リコ。 その面には愛らしい笑みが浮かび、レヴィを呼ぶ声の語尾にも可愛らしいマークが付いている。 だが、その手に握られているのは、キラリと光る、例のブツ。可愛らしい声でレヴィを呼びながら、手にしたブツを掲げ、に〜っこりと笑うリコ。 「ボ〜ス 起きないと・・・」 「はっ!」 その瞬間、レヴィは目覚めた。それはもうはっきりくっきりと目覚めた。笑顔の合間、自分に向けられた殺気が彼を覚醒へと導いたのだった。 一気に全開まで開かれたアメジストの瞳が、目の前のソレを捉える、 「 」 キラリと朝日に輝く、ナイフ。 それが己の鼻先に突き付けられていた。 おかげさまで、眠気はマッハのスピードでもって遙か彼方へと駆けて行った。 レヴィが目覚めたことに気付いたらしいリコが、ようやくブツをレヴィの鼻先から退けた。そして、またニッコリ☆ 「ボス、ご飯できてますよ」 「は、はいィ。た、只今っ!!」 寝起き一番で裏返る声をものともせず、レヴィは転がり落ちるようにベッドから下り、再び凶器が己に向けられる前にさっさと着替えを済ませ、1階のフロアへとリコと共に足を向けたのだった。 1階のフロアでは、朝食をテーブルに並べ終えたシャオがサヤと共にコーヒーを啜りながら、レヴィとリコを待っている。 トン、トン、トン。 と二つの足音が近付いてくることに気付いたシャオは、視線をフロアの入口へと向ける。 どうやらレヴィとリコが下りて来たらしい。 (今日は早かったな) 寝坊助なレヴィが今日は珍しく素直に起きたらしい。 リコが彼を起こしに行って、まだ数分と経っていない。珍しいこともあるものだと感心していると、フロアにそのレヴィが現れた。 「下りてきたか って、え!?」 暗い表情をしているレヴィのその後ろ、そこでナイフをレヴィの背に突き付けているリコの姿に、シャオは思わず手にしていたコーヒーカップを落としかける。 辛うじてテーブルクロスにシミを作ることは免れた。 背中にナイフを突きつけられたレヴィはというと、つい、両手を挙げてしまっている。 ( ら、拉致!?) 完全降伏状態、だ。何が何だか分からないが、とりあえず降伏の意を示しているらしいレヴィの頬は、完全に引きつっている。 レヴィの目覚めがスムーズだった理由が、それで分かった。 彼女の殺気に、動物的勘の鋭いレヴィは一瞬にして目覚めたのだろう。 沈黙の中、テーブルにレヴィが付くと、ようやくリコはナイフをテーブルの上に置き、自分も席についた。 「いっただっきま〜す♪」 ご機嫌で朝食を口に頬張り始めたリコに続く三人は、顔を引きつらせたまま、だ。 (今日はずっとコレだな) あのナイフが常にスタンバイしたまま、今日一日を過ごす羽目になるらしい予感。 また長い一日が始まりそうだと、シャオが大きな溜息をつく。 それにつられるようにして、レヴィとサヤも溜息を零したのだった。 cafeEDEN、オープン☆ いつになく神妙な顔で、レヴィはフロアにスタンバイしていた。その理由は、簡単。リコの脅迫─否、お願いを忠実に守るためだった。 「 ・・・」 真面目にお仕事をしているはずなのに、背中にチクチクと突き刺さるような視線を感じ、レヴィは思わず体を震わせる。 視線が具現化されるものであったのならば、レヴィの背は剣山もしくはハリネズミも真っ青な状態になっているに違いない。 「 」 その視線の主が誰なのかは、振り返らなくても分かっている。もう誰もが分かっている。そして、その主が、視線の鋭さと背反する愛らし〜い笑みをその面にベッタリと貼り付けている様子も、振り返らなくても見える。 視線の鋭さに耐えきれなくなり、隠れようと厨房へと足を向ければ、厨房の入口にスタンバイしたリコ─視線の主が視界に写る。どうしたって写ってしまう。そして、彼女の面に貼り付けられたヒマワリが如くに明るく愛らしい笑みと、その手でキラリと存在を主張している無機質な光のギャップに、即座にレヴィは、 「 」 1、2、3♪ と、美しい回れ右を余儀なくされるのだった。 くるりとフロアの方へと視線を戻したレヴィは、思わずしゃがみ込む。 「な、な、な、何だよ、コレ」 もうすでに涙目ですらある。 (そ、そんなにオレ、不真面目だったか!? 徹底的に監視されなきゃなんねーくらいだったか!?) 刃物をちらつかせてまでも監視しなければならないほど、自分の勤務態度には問題があったのだろうか。しかも、到底、自分こそ真面目とは言えないリコにそう思わせる程に問題アリアリだったのだろうかと、これまでの自分の仕事ぶりに猛省を始めながら、よろよろとカウンター席に腰を下ろした。 「・・・・」 「・・・・」 そこでは、全てを察しながらも、レヴィとリコに関わるまいと知らん顔をしているシャオがいた。 「 なあ」 「・・・」 至近距離。 絶対に聞こえているはずなのに無視を決め込むシャオに、レヴィが声を上げる。 「なあってば! あからさまに無視るな!!」 「・・・何だよ」 思いっきり嫌そうな顔をしながら自分の方へ視線を向けたシャオに、レヴィが小声で問う。 「なあ、オレ、どうしたらいいわけ?」 そして、気付かれぬように体の影に隠してリコを指さす。 これまた気付かれぬように視線をリコへと向けたシャオは、すぐさま視線を引きはがす。彼女の手にキラリと光るブツを認めたからだ。 アレに刺されないためにはどうしたらいいのかレヴィは問うているらしいのだが、 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 シャオは、沈黙する。 答えは知っているが、教えたくない。 その沈黙を誤解したレヴィが悲鳴を上げた。 「沈黙すんなよ 何だよ!! 刺されるしかないってか!?」 「残念だ」 「残念すぎる!! もれなく化けて出てやるからな!! 朝昼晩、出血大サービスだ!!」 思わずシャオの胸ぐらを掴み上げ、八つ当たりを始めたレヴィに、シャオが「悪かった」と詫びながら、レヴィの手を引きはがす。 「本気にするな。冗談だ」 「リコの目はマジだ」 「・・・だな」 リコに視線を遣ったシャオは、溜息を零す。 愛らしい笑みを浮かべたまま、本当にレヴィを刺しかねない目をしてリコは立っていた。 怖すぎる。 そろそろレヴィが本当に可哀相になってきたシャオは、磨いたばかりのグラスに水を注ぎ、彼に渡してやる。 それを一気に飲み干してから、レヴィはカウンターに顔を伏せ、絶叫した。 「オレ、何で殺意を向けられてんだ !?」 分かんね !! と頭を抱えるレヴィのつむじを見つめながら、僅かな沈黙の後、シャオは言った。 迷ったけれど、真実を、口にした。 「・・・殺したいほど、愛されてんだよ」 その言葉に、徐にレヴィが顔を上げ、眉をしかめた。 「 は?」 どういう意味だと問い返されたが、シャオは押し黙る。 (・・・気付くか?) 真実を告げたのだ。 これまで、どうしても告げてはならないと思っていた真実を。 そうしてしまったのは、何故だったのか。リコから強すぎる感情を、かなり誤った形で向けられているレヴィに対する同情からか、レヴィのことが大好きで大好きでたまらないリコの姿を見ることに、いささか疲れてしまったからか。どんな形でも良い。この気持ちを終わらせたいと、そう思ってしまったからなのか。 何も答えてくれないシャオに、レヴィは「う〜ん」と唸る。自分で答えを見つけようと考え込んだレヴィが、ポツリと呟いた。 「・・・そう言えば、サヤと自分と、どっちが好きかって聞かれたな」 「・・・」 その質問がどんな意味を持つのかなんて、簡単に分かるだろう。 ついにレヴィもリコの思いを察しただろうかと彼を見遣れば、 「最近はおさまってたのに、まァた子供の嫉妬かァ? 昔はシャオと自分と、どっちが好きかってしつこかったもんなー」 「・・・」 まだ気付かないのか、おい。 思わず額に青筋が浮くのを感じる。思わず握りしめた拳が目的を果たさぬよう、もう片方の手でそれを制する。 今が勤務時間外であったのならば、思いっきりその頬をグーで殴っていただろう。 そんなシャオの葛藤など露知らず、 「 って、何で好きなのに殺されんの!?」 どうやらリコは大好きなお兄ちゃんである自分が、別の女の子と仲良くしていることに妹分のリコが可愛い嫉妬をしているらしいと己の中で結論づけたらしい。が、その可愛い嫉妬がどうして自分に殺意として向けられているのかが分からないらしい。 「う゛あ !! 怖ェよ」 再び頭を抱えて絶叫したレヴィに、シャオは盛大に溜息をつく。 そして、確認のため視線をリコに遣れば、 「・・・・・」 未だにじっとレヴィを見つめていた。 大好きで大好きで、他の誰とも喋って欲しくない。自分だけを見ていて欲しい。 そんな情念のこもった瞳に、シャオも思わず背を凍らせる。 (リコ、それはりっぱな・・・アレだ) スから始まる、アレだ。 (このままじゃ本当にレヴィを刺し殺しかねないぞ) と思いつつ、 (それはそれでオッケー、か?) 思わず、自分の中の悪魔がぐっ! 親指を立てた。 ライバル消えて良いじゃ〜ん♪ ということらしいが、すぐに頭を振ってその悪〜い考えを追い払う。 (Non、Non、Non!!!) それでは、リコが殺人者になってしまう。 そうなれば そうなったとしても、 (好きだ。大丈夫だ。愛する自信がある!!) 自分の中の天使が何だかおかしな方向で自分を励ましている。 (いやいやいや! そういう問題じゃないだろ、俺ッッッ!!!) 再び頭を左右に振る。 リコの毒気に当てられたのか、自分の思考もおかしな方向に向かっているらしい。 「ふぅ」 息を吐いて、心を落ち着かせていると、 「 オ! シャオ! おいコラ!!」 「あ?」 レヴィが自分を呼ぶ声。どうやら何度か自分のことを呼んでいたらしい。ついには腕を掴まれ、ようやくシャオはそのことに気付いた。 そんなに慌てた声を出してどうしたんだと見遣れば、レヴィが青い顔をして厨房の方を指さしていた。そんなことをすればまたリコの嫉妬攻撃が始まるぞと心配したが、 「シャオ! サヤがリコを連れ出したぞ!!」 その言葉に、シャオはすぐさま厨房を振り返り、覗き込む。確かにそこにサヤの姿はない。慌ててフロアを見れば、先程まで佇んでこちらを見ていたリコの姿も、ない。 どうやら店の裏に出たらしいと察したシャオは、すぐさまエプロンを外し、踵を返した。 「お前はここにいろ! ややこしくなるから、絶対に来るなよ」 「お、おう」 珍しく素直に納得したレヴィを残し、シャオは慌ててカウンターを飛び出した。 まさかリコがサヤにアレを向けることはないとは思うが、何たってサヤはリコのライバル。何が起こってしまうか分からない。 しかし、レヴィが言うには、リコを連れ出したのはサヤの方だったらしい。 リコが「ヤキ入れてやんぜ!」とサヤを連れ出したわけではないようだが、不安はぬぐえない。慌てて裏口のドアに手を伸ばしたシャオの耳に、 「急になァに? サヤちゃん」 存外に冷静なリコの声が届き、思わず手を止める。 ドアに耳を近づけ、遣り取りを窺う。次に聞こえてきたのは、いつもより僅かに低い、サヤの声だった。 「リコちゃん。ちょっと、やりすぎじゃない?」 何のことを言っているのかは、すぐに分かった。 「・・・ナニが?」 とぼけるリコに、サヤは僅かに声のトーンを上げた。 「リコちゃんの気持ちは分かるわ。でも、好きな人にそんなモノを向けるのは、絶対に間違ってる!」 短い遣り取りだった。 言い捨てて、サヤがこちらに向かって歩いてくるのが分かった。慌ててドアから身を離したところで、サヤが入ってくる。 チラリとシャオを一瞥しただけで、すぐにサヤは厨房の中へと戻って行ってしまった。 残されたリコがどうしているのか心配になり外へ出ると、 「む 」 唇を噛みながら、リコが佇んでいた。 言い返さなかったところを見ると、彼女自身、心当たりがあるからだろう。 分かっていても、止められない。 「リコ」 苦しげな表情で立ち尽くすリコの名を、シャオはそっと呼ぶ。そして、徐に手を差し出した。 「サヤの言うとおりだ。貸せ」 何を、とは言わなかったが、リコは察したようだった。 差し出されたシャオの手に、そっとポケットから取り出したナイフを置いた。 「よし、良い子だ」 偉いぞ、と彼女をほめながら、 「ん?」 シャオは盛大に眉をひそめた。 己の掌にのっけられたそのナイフに、見覚えがなかったのだ。 てっきり店のナイフを持っているのだと思っていたのだが。 「・・・コレ、店のじゃないな。どこで買ったんだ?」 問えば、思いがけない答えが返ってきた。 「貰ったの」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰に??」 そうして返されたのは、想像通りの名前だった。 「ウォンさん」 「ああああああああああああああああああああああああああんのヤロ !!!」 次の瞬間、絶叫を残し、シャオはリコの前から姿を消していた。 |