42 ☆恋のお薬


 Silvery cityの朝。
 目が眩むほどに晴れ渡った青い空。
 未だ日差しは柔らかな光でcityを包み込んでいた。
 cityの中央、ウォンが営む診療所内では、ウォンが朝のコーヒータイムの真っ最中。真っ白な診療所内に迷い込んできた朝日は、その柔らかさを増し、ウォンを包み込む。
 実に優雅で穏やかな朝。
「うん。イイ朝だ♪」
 と思う時に限って、それは邪魔をされるもので、
「おっはよ〜、ウォン!!」
 朝っぱらから元気の良いお声。同時に勢いよく押し開かれたドアの向こうに居たのは、これまた朝っぱらから快活な笑みを面に浮かべている
「レヴィ」
 だった。
 これにて優雅なコーヒーブレイクは終わりを告げることになったわけだが、可愛い弟分の訪問だ。ウォンはゆったりと微笑み、レヴィを招き入れた。
「おはよう、レヴィ」
 開店前の空き時間にやって来たらしい。
 いつもフロアで身につけている清潔な白いカッターシャツと、黒いパンツ。すでに黒いエプロンも身につけ、開店準備万端なその様子に、どうやら彼がサボるためにやって来たわけではないことを察する。
 では、何の用だろう。
「どうしたんだい、レヴィ」
 眼鏡の縁に指をあて、それを目元まで押し上げながらウォンが問えば、レヴィはいつもどおり診察台の上にドカッと腰を下ろし、そして、これまた元気な声、笑顔100%で言った。
「オレ病気なんだ。薬、くれ♪」

 ウォンは眼鏡を押し上げるその動作のまま、固まった。
 そんな元気な声で、そんな楽しそうに、そして、明快に元気よく病気宣言をされても困る。
 そんな元気一杯なレヴィに、何の薬を処方しろと?
(・・・・頭の薬??)
 とついついウォンが考えてしまったのも仕方のないこと。
「・・・・・病気って、何の?」
 彼のかかりつけは自分だ。最近彼を診たこと言えば、風邪を引いた時だけ。それ以外の医者にかかっているとも思えないので、おそらく自分で勝手に病気だと思い込んでいるらしい。
 頭の? とは聞かず、取り敢えずレヴィに訊ねてみたウォンは、再度フリーズすることとなるのだった。
「SDS」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて??」
 長い い沈黙の後、ウォンは辛うじて問い返した。
 全ッッッッッッッッく聞いたことのない病名をサラリと口にしたレヴィ。何度反芻してみてもそんな病気をウォンは知らない。おそらく、存在していないはずだ。
 しきりに眼鏡を押し上げながら考え込んでいるウォンに、レヴィは再度告げた。
「だから、SDS。心臓いやにドキドキしちゃうなシンドローム」
 ウォンの沈黙は、先程よりもたっぷり。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・what’s!?」
 思わず外人さんジェスチャーで両の手のひらを天井へと掲げたウォンに、レヴィが告げた。
「え? リコとシャオが、胸がドキドキするのは、オレが病気だからって言ってたんだけど、違うの?」
 その一言で、ウォンは全てを察した。
 どうやらこの朴念仁─否、凶悪ニブチン男=女の敵は、己の胸のトキメキを、よりにもよってリコに相談したようだった。 それを必死で否定したリコが、適当な事を言って彼の胸のトキメキの理由を病気へとすり替えたらしい。
 そこまでは、分かった。
 リコの気持ちはよく分かる。が、意外だったのは、
シャオくんも?」
「うん」
「ふ ん」
 シャオまでが、リコの嘘を後押ししたのだということ。
 眼鏡の縁を押し上げる手のひらで口元を隠し、ウォンは口の端を吊り上げる。
(シャオくん、お兄ちゃんを貫く気?)
 せっかく自分が葉っぱをかけてやったのに、彼はやはりお兄ちゃんポジションを脱することが出来なかったらしい。
(リコちゃんの涙はどうしたって見たくないって?)
 愛する少女が幸せになればいい。
 そんな悟りの境地に達したわけでは、きっと未だ、ない。彼にはただ、意気地がないだけ。恋に破れて涙する愛しい少女の姿を見ることがどうしても出来ないだけ。ただ、それだけなのだ。
 それは、長い間妹として彼女を守ってきた彼の中に植え付けられている感覚。
 守らなければならない。
 涙しないように、自分が守ってあげなければならない。そのためであれば、彼は自分の想いさえ裏切ることが出来てしまう。
(見たくないなら、見なければいいだけなのに)

 彼には、それが出来ない。
 優しくて、不器用。
 たとえ背を向けて見なくても、思うだけで苦しくて白旗を揚げてしまうのだろう。
(まあ、そこがシャオくんの可愛いトコではあるんだけど)
 だけど、いっそ、憐れ。
 突然押し黙ったウォンに、レヴィが顔を不安げに曇らせる。
「ウォン?」
「ああ、ごめんごめん」
 どうやら病名を聞いた途端黙り込んだ自分に、「え、もしかしてオレって不治の病的なヤツ!!?」と不安になってしまったらしいレヴィに、ウォンは笑みを取り戻し、彼に向き直る。
「で、リコとシャオに言われて、薬を貰いに来たんだ?」
「うん。くれ」
 言って手を差し出したレヴィに、ウォンは小さく笑う。
 リコとシャオの言葉を信じ切ってしまっているおバカなレヴィが、ウォンとしては、
「も 、可愛いな
 たまらないらしい。
 バカな子ほど、可愛いとはよく言ったものだ。
「ちょ やめろって」
「まあまあ♪」
 急に何をするんだと嫌がるレヴィに構うことなく、くしゃくしゃと頭を撫でて金糸の感触を存分に楽しんだ後、ウォンはデスクの引き出しを開けると、
「はい。どうぞ」
 錠剤の束をレヴィの手に握らせた。
「朝と晩に1錠ずつ飲むんだよ。1週間分ね」
「サンキュ!!」
 やはり自分の病は薬で治るらしいと分かったレヴィは途端に表情を輝かせ、診察台から勢いよく立ち上がった。
「これでもう安心だよな。よし、店戻るわ」
 すっかり元気を取り戻したレヴィに、ウォンはひらひらと手を振って彼を見送る。
「治まらなかったら、またおいで♪」
「分かった」
 再度「さんきゅ」と礼を言ってドアの向こうに消えていったレヴィに、ウォンはひらひらと振っていた手を止める。
 そして、独白。
「・・・・治まるわけないんだけどね、ビタミン剤じゃあ、ね」
 今頃EDENに戻ったレヴィは、さっそく一錠飲んでいるに違いない。そして、効いた気がしてきた!とか何とか言って、しばらくの間はだまされてくれるに違いない。

「ふふふ。可愛いんだから、もう♪」
 彼のこのだまされやすさは尋常ではないが、それだけ疑う余地すらないほど自分を信頼してくれているのだという証でもあり、憎めないのが現実。
(ごめんね〜、レヴィ。違うって言ってあげたいんだけど)
 病気などではないのだと言ってやれば良いのだろうが、
(今はまだ、秘密
 そのドキドキの理由は、今はまだ秘密にしておきたい。
 打ち明けるのは、まだまだ先。
「もうちょっと、面白くなってから、ね
 そう。面白くなってから。








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