cafeEDENは今日も営業中☆
時刻はまもなく昼の2時を迎える頃。フロアにはランチを食べ終え、食後のデザートに笑みを零すマダムたちが幾人か。 客足も止まり、しばし穏やかな時間がEDENに訪れていた。 「・・・・」 カウンターでおやつ時のピークを迎えるための準備に勤しんでいるシャオ。その眉根は、僅かに皺を刻んでいた。 シャオは首を背後に巡らせ、厨房の中へと視線を注ぐ。 そこでは、お菓子を作っているサヤと、それを眺めているレヴィの姿があった。 何らいつもと変わりのない風景。けれど、その空間に満ちている空気が、いつもとは明らかに違っていた。 それが、シャオの眉根に皺を刻ませている原因だった。 「・・・何か、良い雰囲気なんだよな」 訝しさのためか、眉根の皺をさらに深くしながらシャオが呟く。思わず声に出してしまうほど、その雰囲気は昨日までのものとは違っていた。 じっと手元を見つめられ恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、熱っぽい瞳でレヴィを見つめ返すサヤ。 それは疑うべくもなく、恋する乙女の顔。 「・・・いつからだ?」 気付いたのは、今日。 確かにレヴィは顔は良い。かなり良いので、見た目だけで女にはよくモテる。が、その繊細なルックスとは反対に、性格はかなり大雑把だ。だが、それを男らしいと受け止める女の子もいるだろうし、顔さえ良ければという女の子がいるもの事実。何より、レヴィは優しい。そもそも、サヤをこの家に招いたのも彼だった。交際をしつこく迫ってくる男からサヤを助け、強引にここに連れてきた。 乙女ならばきゅん と来ること間違いなしのシチュエーションでもってサヤはレヴィに出会っている。 「まあ、サヤは。な」 彼女がレヴィに惚れるのは、百歩譲って、納得できる。 が、 「レヴィが、なァ」 理解できないのだ。 サヤの熱っぽい瞳を受け止めるレヴィの瞳が優しい、その理由が分からない。 基本、レヴィは優しい性分ではあるのだが、サヤに向けられるその瞳は、自分は勿論、リコや女性客に向けられるものとも明らかに違っていたのだ。 何より、今日は厨房に入り浸っている時間が普段と比べて格段に多い。何をするでもなく、他愛のない会話をし、ちょっとの手伝いをするため足繁く厨房に通うレヴィ。 その理由として考えられるのは、ただ一つ。 「 ま、まさか・・・レヴィが??」 サヤに、恋をしたのでは? 考えられる可能性はその一つだけ。 リコからのラブビームをことごとくスルーし、恋愛のれの字も理解していなかったレヴィが、サヤに恋? 「・・・・」 まったく理解ができない。 (急すぎだろ・・?) と訝しく思いながらも、 (・・・でも、俺も、そうか) 恋に落ちるのは、いつだって突然のことだ。自分がリコに恋をしたのも、突然のことだった。突然、気付いたのだ。 レヴィが突然サヤに恋をしたとしても、何ら不思議なことではない。 そう思い直し、再度厨房を振り返る。 甘い香りに包まれて、日本人形のように可憐な少女と、西洋ドールのように金糸の美しい少年の姿。 それを覗き見ては「キ〜っ」とハンカチを噛みしめるリコの姿が時折目に止まる。 リコも当然、彼らの変化に気付いているようだった。彼女もまた足繁く厨房を覗きにやってきていた。そして、その度に唇を噛みしめて立ち去る。 「・・・絵になるんだよなァ」 美男美女。リコには悪いが、レヴィとサヤが並んでいる姿は、絵になる。 「すみません」 フロアからの声に、ウォンはハッと我に返り、厨房を振り返る。 「は〜い!」 客の声はレヴィにも届いていたらしい。シャオが呼ぶまでもなくレヴィが声を上げ、フロアへと飛び出して行った。 そんな彼の後ろ姿を見送る途中、シャオの視線が一つのテーブルで止まった。 そこでコーヒーを啜っているのは、お隣のDr.ウォンだった。 (最近よく来るな、コイツ・・・) 顔を盛大にしかめつつ、ふとシャオは思い出す。 (そう言えば、サヤが言ってたな) 『ウォンさんには、おまじないをしてもらったんです』 そう言って笑ったサヤ。 (・・・あれからじゃなかったか?) あれから彼女のレヴィへの態度が変わったのではなかっただろうか。 思いつくと、気になって仕方がない。カウンターを出たシャオは、真っ直ぐにウォンが座るテーブルの前まで歩み寄ると、 「おい」 ぶっきらぼうに声をかけた。 「ちょっと、客においはないでしょ」 愛想のかけらもない声掛けを受けたウォンは、苦笑する。 しかし、シャオはその苦情をさっくりと無視し、 「お前、サヤにふっかけてないか?」 と、詰問する。 「・・・なに?」 その問いに、ウォンはきょとんとする。問いの意味が理解できないと首を捻るウォンに、シャオは言葉を加えて問いを繰り返した。 「お前、サヤとレヴィに、お互いに気を向けるように仕向けてないか?」 その言葉に、ウォンは「まさか」と笑った。 「そんなわけないでしょ。レヴィはともなく、サヤちゃんは簡単に口車に乗ったりしないでしょ」 「・・・確かに」 「なに? もし、そうだったら?」 「は?」 今度はシャオが、どういう意味だとウォンに問い返す。 意味が分からないと訝しむシャオから視線を外し、ウォンはコーヒーカップを口に運ぶ。一口コーヒーを流し込んだ後、ニコリと笑みを浮かべ、真っ直ぐにシャオを見上げて問うた。 「もしそうなら、君は僕に感謝してくれてもいいんじゃないかな?」 「 」 ウォンの言葉に、シャオは口を閉ざす。 もしもウォンが、レヴィとサヤがお互いに惹かれ合うよう仕向けているのだとしたら、どうだ。そして、その通り、レヴィとサヤがくっついてくれたら? 自分が想っているリコが好きなのは、レヴィ。つまり、レヴィは自分の恋敵。その恋敵が別の女の子を好きになるということは、つまり、恋敵が姿を消すということ。自分にとって、それは非常に喜ばしいことだ。 だから、感謝してくれてもいいのでは、ウォンはそう言ったのだ。 (感謝・・・) 確かに、そうかもしれない。 だが、そうなれば、傷付くのは ? 「・・・・・」 押し黙り、シャオは唇を噛む。 そんな彼の横顔を、ウォンは眼鏡の奥の瞳で、じっと見つめていた。観察しているといった方が正しいような鋭い視線だったが、そのことにシャオが気付く前に、彼は眼鏡の縁を指で押し上げ、言った。 その言葉にいつものようにシャオが反発しなかったのは、彼がいつも通りの笑みを浮かべていなかったからかもしれない。 「ず っとみんなのお兄ちゃんだったんだもんね。なかなか抜けないか」 「・・・・・」 少し呆れたように、けれど心配そうに細められたウォンの瞳から逃げるように、シャオは再び視線を落とす。 彼の言うとおりだった。 シャオが正直に喜べない理由。それは、 (リコが・・・) もしもレヴィとサヤが想い合うことになれば、自分は恋敵が姿を消してくれて、万々歳。だが、レヴィを想っているリコは、どうだ。 傷付くに決まっている。 (そんなの、無理だ) リコが傷付いて泣く姿など、見たくない。 今だって、そう。レヴィとサヤが話しているその光景を見ては、唇を噛みしめて嫉妬に耐えているリコの姿。それでさえ痛々しくて見ていられないのに、恋に破れたそのときに、あの大きな瞳からポロポロと涙を零す姿など、見ていられない。 恋に破れ、涙を零すリコの姿を見て、「よし! 俺のチャンスだ!!」と素直に喜ぶことは、シャオにはできない。 リコのことが、大切で大切でたまらない。だから、傷付く姿など見たくない。 それは、恋心からくるものではなかった。 6年前 リコがこのEDENにやってきたその時から、ずぶ濡れだった可哀相な少女を、年長者である自分が、兄として守っていかなければと思ってきた。 その思いはいつしか恋心に変わっていってしまったけれど、根本の思いは、きっと変わっていない。 雨に濡れ、深く傷付いて笑顔を忘れていた少女が、笑えるようになった今、その笑顔を守っていくのが、EDENの主であり兄代わりである自分の役目。それは今も変わっていない。きっとこれからも、変わらないだろう。 好きなのに。いや、むしろ好きになればなるほど、その思いも強くなる。 笑っていて欲しい。涙は、見たくない。幸せになって欲しい。 幸せに、したい。 けれど、それは、自分には叶わないこと。 けれど、それは、一生叶わないわけではない。今は、叶わないだけ。リコがレヴィに恋をしている今は、自分には叶えられない。それだけ。 彼女が恋に破れたその時には、もしかしたら自分にもチャンスが巡ってくるのかもしれない。だが、そこにたどり着くまでには、彼女の涙を見なければならない。 それが、出来ない。望むことさえ出来ない。 「ねえ、シャオくん」 「・・・何だよ」 答える声に、勢いはない。 シャオは察していた。きっと目の前のドクターは、自分の葛藤を全て悟っているに違いない。だから、哀れむような目で自分を見つめているのだろう、と。 俯いたままでいるシャオに、ウォンは一度開いた唇を、閉ざす。 言うべきか、否か。僅かな逡巡の後、ウォンは口を開いていた。 「余計なお世話かもしれないけど、今が正念場なんじゃないの?」 「・・・うるさい」 やはりその声に勢いはない。 分かっているから、言い返せない。 そしてウォンも、そんなシャオの気持ちが分かっているから、それ以上口を挟むことはしなかった。 黙ってウォンの前から踵を返したシャオは、カウンター内に戻る。 客の会計を終えたレヴィが自分の後ろを通って厨房の中に入っていくのを、見るともなしに見遣り、溜息を洩らす。 厨房の中から、軽やかなサヤの笑声が耳に届いてきた。 「 ・・・」 サヤの恋。 リコの恋。 どっちを応援するべきか。 その答えは、問うまでもなく、決まっている。 (リコ、だけど、でも・・・) だが、リコの恋を応援するということは、自分の恋が散るということ。それも分かっている。 ふと、思い出されたのは、 『リコちゃんを幸せにしてあげられるのは何もレヴィだけじゃない。君がリコちゃんのレヴィへの気持ちから攫って、幸せにしてあげることもできるんじゃないのかな』 『もしかしたら、その方がリコちゃんにとっては幸せなことなのかもしれないよ』 癪だが、ウォンの言葉だった。 もしもリコが自分の想いを受け入れてくれるのなら、全身全霊で彼女を守り、幸せにする。それは、間違いない。 そうなったら、どんなに幸せだろうか。 ただそれは、リコのレヴィへの恋が破れた後の話。 望む未来のためには、リコの涙は決して避けては通れない。それを望んでいる自分がいるのは確か。けれど、望んでいない自分がいるのも、確か。 「はぁ」 溜息を零し、何気なくリコの姿を探したシャオは、カウンターとは別の、フロアの奥から厨房に通じる入口前で彼女の姿を見つけた。そこが、彼女の今日の定位置。そこでいつもリコは唇を噛みしめながらレヴィの姿を見ているのだ。 だが、今ばかりは、違った。 リコは、唇を噛みしめていなかった。ただ真っ直ぐに前を見つめ、ポロリと一滴、涙を頬に落とした。 「 ッ」 一粒だけ涙を零したリコの横顔に、シャオは眉を寄せた。 胸が、引き裂かれそう。 それ以上見ていることが出来ず、シャオは慌ててリコから視線を引きはがす。 その唇から、再び溜息が零れ落ちた。 そうしてシャオに溜息を吐かせたリコはというと、客に背を向け、ぐいっと手のひらで頬を濡らした涙を拭う。 その切ない涙の理由というのは、 「う〜っ。辛ッッ!!」 客に背を向け、こっそりホットドッグをつまみ食い。ちょっとマスタードを入れすぎちゃっただけ☆ 全然切なくないじゃん!! 最後までリコを見守ることができていればシャオが済ませていただろうツッコミは、宙ぶらりんのまま。 リコが零した涙の本当の理由をシャオが知ることなく、EDENの時間は過ぎていったのだった。 そして、Silvery cityの夜。 EDENでも、夕食とそれぞれバスタイムを終え、住民たちは自分の時間を過ごしている時間。 リコの切ない−と思っているのは彼だけだったが−涙をうっかり目撃してしまったシャオは今、レヴィの部屋の前に佇んでいた。 扉をノックするために伸ばした手もそのまま、佇むこと約数分。 行くべきか、否か。 シャオは激しく迷っていた。 リコの切ない−と思っているのは、以下略−涙が、シャオの足をレヴィの部屋へと向けてしまっていた。 いつも元気なリコが、あんな風に切ない−と、以下略−涙で頬を濡らす様は、シャオには衝撃だった。 恋が破れたその時には、もっともっとたくさんの涙を零すのだろう。それを、見ていることが果たして自分にできるのだろうか。 きっと、無理。 あの一滴の涙でさえ、こうして胸が締め付けられてしまう。そして、こうして、恋敵の元へやって来てしまうしまうのだから。 シャオは溜息を漏らす。 そして、ついにレヴィの扉を叩いた。 「レヴィ。起きてるか?」 「おう」 問いかけた声に、レヴィの声が返ってくると同時に、扉が押し開かれ部屋の主が顔をのぞかせた。Tシャツに短パンというラフな格好。店に出るときは常に一つに結ばれている金糸の髪も、今ばかりは自由に彼の肩を撫でている。 「今、ちょっと、良いか?」 「はっ。何だよ、改まって。いいけど?」 シャオのあまりに真剣な表情に、突然どうしたんだとレヴィが笑う。 シャオはレヴィの部屋に入ると、まっすぐベッド脇のイスを目指し、そこに腰を下ろした。 基本、寡黙な性格ではあったが、今日はまた輪を掛けて口を固く閉ざしているシャオに、レヴィは僅かに首を傾げながら彼の後を追い、自分はベッドに腰掛けた。 訪れたのは、しばしの沈黙。 今日のシャオは口を固く閉ざしているだけでなく、纏わせている雰囲気がまず堅い。 (・・・何だ?) 何か話したいことがあって訪ねて来たに違いない。が、なかなか喋りだそうとしないシャオに、レヴィは居心地が悪くなってベッドの上で僅かに身じろぎする。 いっそ彼を無視して寝てしまおうか。 レヴィが薄情なことを思い始めたその時、ようやくシャオが口を開いた。 「単刀直入に聞くぞ」 「お、おう」 一体何を聞かれるのだろうと身構えるレヴィに、シャオは言葉の通り前置きなく、ずばっと問うた。 「お前、サヤに惚れてんのか?」 「 」 レヴィは僅かに目を瞠る。 「え? な、何だよ、急に・・」 一瞬見開かれた紫色の瞳が、今度は忙しなく彷徨う。 質問に驚いたと言うよりも、どう答えを返すべきか分からず戸惑っている様子のレヴィに、シャオの方が目を見開く。 (・・・本気か?) どうやら、本気でサヤに惹かれ始めているらしい。 「そうか。お前・・」 その後の台詞は続かなかった。喉元で萎える。 よっしゃ! ライバル消えた!! と、テンションが上がったのは、一瞬のこと。すぐに冷たいものが胸をかすめ、その喜びと、まさかレヴィがという驚きは消えた。 唇を引き結び、シャオは目を伏せる。その瞼の裏に浮かんだのは、リコの切ない−略−涙。これから目にするのは、あれよりももっともっと大粒の涙を零す、リコの横顔。 考えるだけでも、胸が痛い。 自分の喜びなど、跡形もなく消えた。 押し黙るシャオとは対照的にレヴィはというと、僅かに頬を赤く染め、言い訳のような台詞を、聞いてもいないのに口にする。 「いや、惚れてるとかじゃなくて! ちょっと、気になるっていうか、ドキドキするっていうか あ! でも、これは別に恋とかそんなんじゃなくて、病気だってリコも言ってたし」 その言葉に、シャオは弾かれたように顔を上げる。 「お前、リコに話したのか!?」 「え!? いや、ちょっと恋するってどんなのか、聞いてみただけで別に言ったわけじゃないけど」 マズかったか!? と慌てるレヴィに、シャオは盛大に頭を抱えた。 (リコ・・・) きっと、彼女は気付いたに違いない。だから、今日はあんなに厨房を気にしていたのだ。そして、涙していたのだろう。 (コイツ、本気でヤってやろうか) リコの気持ちも知らずにとんでもないことを相談しやがったレヴィを目の前にして、シャオは拳を握りしめる。ついでに言うと、右の拳だけれはなく、両方、だ。片方では足りない。もう片方もその頬にぶち込んでやりたい─いっそ殺りたい─気分だった。 「はっ・・・」 野蛮な欲望を己の理性を総動員してなんとか抑え込み、シャオはその残滓を追い出すかのように深く息を吐く。そして、レヴィに問うた。 「病気だって、リコがそう言ったのか・・」 「え? そうだけど・・?」 病気だと、きっとリコは必死でレヴィに言い募ったのだろう。 リコの気持ちは、痛いほどよく分かる。 必死で気のせいだと、お願いだからと、縋るような思いでその台詞を口にしたのだろう。気付けば、シャオは口を開いていた。 「 そうだ」 それは、自分のためではなく、リコのための言葉。 『ず っとみんなのお兄ちゃんだったんだんもんね。なかなか抜けないか』 ウォンの言葉が頭をかすめたが、それは無視した。 「それは、病気だ」 「マジで!?」 「ただの病気だ。すぐ治る」 言い聞かせる。きっと、リコがそうしたように。 信じて欲しいような、欲しくないような。 そんな複雑なシャオの気持ちを余所に、レヴィはパッと表情を明るくした。 「なーんだ。やっぱりそっか! 明日、ウォンの所に行こうっと。薬、あるよな?」 その顔を、シャオは直視できない。視線を逸らしたまま、曖昧に頷く。 「・・・たぶんな」 自分の言葉を素直に信じたレヴィに、安堵する気持ちよりも、後悔の方が声を大きくして自分を責めている。 けれど、その声も、すぐに止む。 リコのためだった。あの涙を止めるために、必要なことだったから。 そう思えば、諦めも付く。 それでも思い出す、ウォンの言葉。それは、自分の想いを殺しきれていない証拠。 「すっきりしたー。何かモヤモヤしてたんだよ。コレで気持ちよく寝れる♪」 「良かったな」 「おう。サンキュ、シャオ」 「ドーイタシマシテ」 自分の葛藤に一切気付いていないレヴィに、シャオは怒りよりもいっそ感動を覚える。だが、彼の素直さにありがたさを感じるのもまた事実。それを憎く思うのも、また事実。比率は、前者の方がやや勝っているらしい。 自分の苦しみなど、リコのあの涙に比べれば軽いものだ。そう思わなければ、やっていられない。 「・・・お前がおバカで良かったよ」 「何急に失礼なこと言ってくれてんだよ」 思わず口をついて出た言葉にレヴィが眉をつり上げるが、もうそれに応える気力はない。 「じゃあな。お休み」 「おい、シャオ!」 背中にかかる抗議の声を完全に無視して、シャオはレヴィの部屋を出ていた。 そして、真っ直ぐ自分の部屋を目指し、そこに逃げ込むようにして後ろ手で扉を閉ざす。そのまま、扉に背中を預ける。 視線は、己の足下。深く項垂れたシャオの唇から零れたのは深い溜息。そして、 「そうだ。あれでいいんだ。あれで・・・」 あれで、いいと思った。 リコに哀しい顔をさせるくらいなら、自分の思いを隠してしまう方がいい。その苦しみはきっと、リコの涙を見せられる苦しみに比べれば、小さいに違いない。 「そうだ。そうに決まってる・・」 そう言い聞かせなければ、耐えられそうにない。 けれど、殺しきれないリコへの想いが、諦めきれない自分の欲望が、怨みの言葉を零させる。 「 俺の方が、バカだ・・・」 切ない夜が、更けていく。 |