朝。Silvery cityは今日も快晴☆朝から元気な太陽が、大地を照らし付けている。
そして、open直後のCafeEDENの店内には、 「ふんふふ〜ん♪」 上機嫌なDr.ウォンの姿があった。 今日はテーブル席ではなく、堂々シャオの前、カウンター席に陣取り、早くもコーヒーを啜っている。 一番乗り。 というよりも、今日は開店前から彼はそこにいた。さらに言うと、ちゃっかり朝食までEDENで頂戴し、そのまま居座っているといった方が正しいだろう。 そして、上機嫌で食後のコーヒーを味わっているのだった。 鼻歌が止まらないくらい、上機嫌。 そんなウォンを横目で見遣り、 「 」 シャオはブルッと身震いする。彼の機嫌が良いときには、大抵自分にとってステキに最悪なことが起きるのだ。このウォンという男は、それを期待して機嫌が良いのが常だったものだから、シャオは自然と警戒する。 「・・・」 「ん?」 チラチラと自分の方を見ているシャオに気付き、「どうかしたかい?」と、ウォンがニ〜ッコリと人の良い笑みを向ければ、 「・・・・何でもない!」 シャオはその笑みから速効で顔を背け、ウォンの存在を忘れることに全力を注ぐことにしたのだった。 彼を追い出すことは、きっと出来ない。万が一にもそれを達成することが出来たとして、そのためにはかなりの精神力を消費してしまうだろうことも分かっている。 無視。それが精神衛生上、一番よろしい。 (ふふふ。警戒してるなァ♪) シャオの考えていることなどお見通し。自分が何か茶々を入れに来たのではないかと、シャオは警戒しているらしいが、本日のお目当ては、ソレではない。 ウォンが視線を向けているのは、カウンターのシャオではなく、その奥の厨房。 そこには、一生懸命生クリームを作っているサヤと、それを物珍しげに見つめているレヴィの姿があった。 朝日の差し込む厨房は、店の奥にあっても爽やかな明るさに満たされていた。そこで一生懸命ケーキを作る黒髪美しい少女と、この近辺では珍しい金糸の髪に紫の瞳を持った美しい少年二人が作る空間は、見る者に思わず溜息を零させるほどに麗しい。 まさか自分たちがそんな空間を作っているとは露知らず、レヴィとサヤは厨房内で他愛のない会話を繰り広げていた。 「それさ、疲れない?」 カシャカシャと、ボールの中で地道にホイッパーを動かしているサヤに、レヴィが問う。 「うん。でも、手でやったほうが美味しいと思うから」 ハンドミキサーで作る方が断然楽ではある。だが、EDENでは、一度に大量に作らなければならないものでもない。 急ぐこともないので、少しくらい手間を取られる方法だとしても美味しいものを提供できる手段であるのならば、楽で早い方法よりも、そちらを選ぶ。 というのがサヤの信条らしい。 「ふーん」 そういうものか、と相槌を打ちながら、 「よし。交代♪」 レヴィがボールに手を伸ばした。 「え? いいわよ、レヴィ」 悪いわと遠慮するサヤに、レヴィは「いいから」と手を伸ばす。サヤが疲れているだろうから、というのもあるが、単純に楽しそう♪だからというのも理由の一つ。 「オレがやってみたいの」 「そう? じゃあ。ちょっとだけお願いしよっかな」 レヴィにせっつかれ、サヤは申し訳なさそうな顔のままではあったが、手にしていたボールをレヴィへと差し出した。実際、大変な作業ではあるので、非常に助かるのは事実。ほっと一息つき、頬に落ちてきた髪を耳にかけ直す。 「よっしゃ♪」 いっちょ、やるか♪と意気揚々ボールを手にしたレヴィだったが、 「あ、サヤ。髪にクリームついてんぞ」 サヤの髪に白いものが付いていることに気付く。 「ウソ。ドコ??」 「取ってやるよ。ちょっとこっち寄って」 手にしていたボールを置き、レヴィはサヤへと手を伸ばす。サヤもそれに応じてテーブル越しにレヴィから離れていた体を乗り出し、彼へと顔を寄せた。 レヴィは腕を上げ、サヤの髪へと手を伸ばす。 そして、触れた髪の感触に、 「 !」 思わず、ドキッとする。 サラサラとしたその感触に、驚いた。 そして、自分がそんなことに驚いてしまったということに、レヴィはまた驚く。 (・・・なんだ?) サラサラとした髪に触れる機会がないわけではない。自分の髪も、シャオの髪も、ウォンの髪も、同じ感触をしている。それは、サヤの髪となんら変わりのない感触。 それなのに、弾んだ鼓動。 異性の髪に触れた機会がないから? その問いにイエスと答えてしまっては、リコが激怒するだろう。 先日、頭を撫でてやったところだ。けれど、あのときには、こんな風に胸が高鳴っただろうか。答えは、No。 だったら、何? この感覚は、何だろう? そして、不意に鼻をついた、香り。甘いお菓子の香りとはまた別の、けれど、同じく、甘い香り。 それを感じた瞬間に、再びドキンと弾んだ鼓動。それは治まることなく、続いている。 「 あれ・・・?」 この感覚は、何? サヤの髪へと伸ばした腕が、そのまま固まる。 「? レヴィ? 取れた?」 「あ、ああ」 不思議そうなサヤの声に、はっと我に返る。サヤの髪に触れさせたままだった手を、慌てて取り戻す。不思議そうに間近に見つめてくるサヤの視線から逃したアメジストアイは、行き場なく自分の手元に落ちた。 そこには、白い生クリーム。 (・・・・そうだ) そうだった。これを取ってあげるために、手を伸ばしたのだった。 「レヴィ?」 突然俯いてしまったレヴィに、サヤが首を傾げている。 「どうかした?」 「い、いや。何でもない」 サヤに顔を下から覗き込まれそうになり、レヴィは慌てて体を引き、イスから立ち上がっていた。 「あ。オレ、フロア、戻るわ!」 「え? レヴィ??」 カウンターに通じる出入口から飛び出すレヴィの背を、サヤの驚いたような声が追ってきたが、レヴィは立ち止まることができなかった。 ドキ、ドキ、ドキ。 鼓動が、常よりもその音を主張している。そして、顔が、熱くなる。 厨房を飛び出し、突然カウンターに乱入したレヴィを迎えたのは、 「な、なんだ、レヴィ?」 目を丸くしたシャオと、平然とコーヒーを啜っているウォンだった。 「い、いや。別に 客、来たかと思って」 「残念ながら、目の前のヤブだけだ」 「名医だよ」 「迷う方のな」 「・・・そ、そっか」 「?」 珍しく歯切れの悪いレヴィに、シャオは僅かに首を捻る。 カウンター席に腰を下ろしたウォンだけが、全てを悟った顔で、ニヤリと笑う。 彼は、全てを見ていたから。 「レヴィ、レヴィ」 カウンター内で顔を俯かせ、立ち尽くしたままでいるレヴィを、ウォンがちょいちょいと手招く。 「何? ウォン」 ウォンの手招きに応じて素直にカウンターから出てきたレヴィの耳元に唇を寄せ、ウォンが囁いた。 「もしかして、恋の予感??」 「 」 ウォンの言葉に、レヴィは目を瞠る。 レヴィからの反応は、返ってこない。けれど、無理にそれを促すことをウォンはしなかった。むしろ、その反応の無さに満足したように笑うと、ウォンは席を立った。 「くすっ。じゃあ、戻るよ。ごちそうさま♪」 「もう来るな」 「また来るよ♪」 しっしっと手を振ってウォンを温か〜く見送るシャオと、ニコニコと人の良い笑みを崩すことなくEDENを出ていくウォンを見送ることも忘れ、レヴィは立ち尽くす。 「 ・・恋、って? オレが・・・?」 その日一日、レヴィが厨房に入ることはなかった。 力強くSilvery cityを照らしていた太陽が地平線の向こうへと姿を消し、その役割を白銀の月へと託す、夜。 夕食を終え、それぞれがフロアで、または自分の部屋で己の時間をのんびりと過ごしているさなか、一人レヴィだけが忙しなくEDENの中を動き回っていた。 部屋に戻っても、落ち着かない。 シャオはすでに自室に戻っているし、お仕事熱心なサヤは厨房で新作ケーキ作りに勤しんでいる。リコはフロアのテーブルで最近ハマっている小物作りに没頭していた。 うろうろとEDENの中を歩き回ったレヴィがたどり着いた先は、そんなリコのテーブルだった。 「リコ」 「何ですか〜?」 視線を手元から離さないまま、リコはレヴィに応える。何かに集中してしまうと、たとえ大好きな人の相手でもついつい二の次になってしまう。 けれど、レヴィの次の一言で、リコの意識はマッハでレヴィへと向けられるのだった。 「リコ。お前、恋してんだよな」 「え!? う、うん/////」 まさかレヴィの口から“恋”なんて言葉が出てくるとは思ってもみなかった。 まさかの恋バナ!? しかも自分を相手にして!!? いったいぜんたいどうしてしまったのだろうかといっそ心配そうな目でレヴィを見遣れば、レヴィは真剣な目で自分を見つめていた。 思わず、ドキッとする。 「し、してるけど、何??」 「・・・・胸、ドキドキする?」 「うん」 正直に、頷く。今だって、高鳴った胸の鼓動は、治まってくれない。 ドキドキ、しっぱなし。 「じゃあ、目が追ってたり?」 「うん」 いつだって、自分の目は貴方を追っている。 「いやにキレイに見えたり?」 「うん////」 綺麗で綺麗で、目が離せなくなるくらいに。 そう、今みたいに。目が、離れなくなる。 「ふーん。そっか」 相槌を打ったレヴィの瞳が、不意に自分から離れる。 (・・・あれ?) いったい何処へ向けられるのかと追ってみれば、彼の視線は、厨房の中。そして、そこにいる、 「 !!!」 サヤへと向けられたのを、しかとリコは見た。見てしまっていた。 「 え!? え!!? まさか!!?」 血の気が引いていく音を、リコは確かに己の耳で聞いた気がした。 何故ここでレヴィの視線が、サヤに? それは問うまでもない。リコも一瞬でその答えに思い当たり、青ざめる。 そして、追い打ちのように、レヴィが呟いていた。しかし、それをリコは、 「・・・・恋、か」 「ち、ち、ち、違 う!!」 「!?」 全力で否定した。 寝静まり始めたcityの住民をたたき起こす大音声。 あまりの大声にサヤに向けられていたレヴィの視線はめでたくリコへと戻された。その隙にとリコが言い募る。 「ち、違う! 違いますよ、ボス!! それは恋じゃないんです!」 「え? 違うの??」 「そ、そうです! 違くて・・・た、ただの病気ですっっ!!!」 思わず、言い放つ。 「え!? これ病気!?」 「イエス!!! し、心臓いやにドキドキしちゃうなシンドロームです! 通称SDS!! 思春期によくある病気なんです ぅ!!」 「え? でも 」 「あたしが病気って言ったら病気なんです!!!」 「病気?」 「イエス!! 病気! 病気!! 病気!!! いいですか、これは病気なんです!!!!」 嘘丸出し。 いやはや、これほどまでにわかりやすい嘘はない。 けれど、それを勢いだけに任せ、言い切ったリコに、 「なんだ。そっか。オレ、病気なんだ」 レヴィは、それを信じた。 そんなレヴィに、 「ほっ。おバカで良かった」 リコはほっとする。 奇跡的に誤魔化せた。というか、洗脳に成功したようだ。が、 (でも、どうしよ う!? 大ピ ンチ!!) 恐れていた事態が起きようとしている。否、もはや起こってしまったのか。 (ど、どうしよ っ!!) 一人パニックに陥るリコを余所に、レヴィは、 「な んだ。病気か、オレ♪」 と、スッキリしたご様子。 この正体不明な鼓動の原因が、恋などというこれまた正体不明な感情によるものではなく、病気という一言でおさまってくれたのだ。病気ならば、治し方は知っている。取り敢えずは睡眠☆それでも治らなければ、ウォンの所に行けばいい。それだけ。 「んじゃ、寝るわ。お休み〜♪ リコ」 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおやおやおやおやすみなさい、ボス」 激しく動揺するリコを残し、レヴィは鼻歌交じりに自室へと階段を上っていったのだった。 そして、リコの眠れない夜は更けていくのだった。 |