32 ☆恋は甘〜いイチゴ味


 cafe EDEN。
 昼食のピークを過ぎ、店内の客はまばら。フロアには、カウンターから響いてくる水音と、シャオが洗うグラスたちが互いに擦れ合う音。常連客とレヴィの話し声、リコの賑やかな笑声。
 そんなフロアの奥、厨房ではおやつ時のピークに備えてケーキ作りに勤しむサヤの姿があった。
 すっかりサヤのケーキはEDENのメニューに馴染み、それを目当てにEDENに通う女性客は確実に増えた。
 そんな女性たちを迎えるために、サヤが今作っているのは定番、イチゴのショートケーキ☆
 甘いイチゴの匂いが厨房に漂う。
 それにつられたのか、ふらりとレヴィが厨房に入ってくる。
「あれ? お客さんはいいの?」
 この時間、いつもレヴィはおしゃべりが仕事。
 彼をこのEDENへ拾ってきた女主人が存命であったころから通ってくれていた常連客で、いつもレヴィと他愛のないおしゃべりを楽しんでいくおじいちゃん。彼が今日も来ていたはずだ。
 彼の相手はもういいのかと問うたサヤに、レヴィは頷く。
「うん。今日はもう帰ったよ」
「そう」
 言って近くのイスに腰掛けたレヴィは、何をするでもなくケーキを作っているサヤの手元を見つめている。
「・・・・・」
 サヤは僅かに身動ぐ。
 レヴィの美しく澄んだアメジストに見つめられているのだと思うと、何だか落ち着かない気持ちになる。
(何でだろ・・?)
 こんなことは日常茶飯事。これまでにも、何度もこうしたシーンはあったはずだった。
 あまり見たことのないケーキ作りが珍しいらしく、レヴィは暇になると、こうして厨房にやってきてはサヤの手元をじっと見つめていることがあった。
 そんな様子を、まるで小さな子供みたいだと微笑ましく思いながら、逆にレヴィを見つめていたのに、何故か今日は、違う。
(・・落ち着かない)
 じっと見つめられている手が、震えそうになるのを止められない。
(緊張してる・・?)
 ついにサヤはイチゴを切る手を止めてしまっていた。
 どうかしたのだろうかと、レヴィの視線が自分の手元から顔へ上がるのを感じて、更に落ち着かない気持ちにある。
 今、目が合ったら、もっと落ち着かなくなるに違いない。
 慌てて視線をレヴィとは反対の方へやると、サヤはまな板の横の方によけていたイチゴを手に取った。
「レヴィ」
「ん?」
 顔を上げたレヴィが何か言う前に、
「はい。あーん」
「へ?」
 指につまんだイチゴをレヴィの口先へと突き出すと、彼はきょとんとしながらも条件反射で口を開いた。そこへとイチゴを放り込む。
「ちょっと傷があるやつだけど」
 言って微笑む。視線はいつものように彼のアメジストアイを真っ直ぐに見つめ返すことができず、もぐもぐと動かされているレヴィの口元を見ていたけれど。
 幸いにも、レヴィがそれに疑問を持つことはなかった。
「大丈夫。おいしーよ
 言って快活に微笑んだレヴィに、サヤも笑顔を返す。
「そう、良かった」
 ここにきてようやくざわついていた心が、落ち着きを取り戻したようだった。
「ケーキには乗せられないし、捨てるのももったいなくて」
「って、オレはゴミ箱代わりかよ」
「ふふふ。いいじゃない。美味しい思いができるんだから。はい。コレも」
 レヴィは不服そうに口を尖らせながらも、サヤから差し出されたイチゴを、ついぱくっと口の中へと納めては、
「ん。美味し
満足げに笑みを零してしまっていた。
 そんなレヴィにサヤはくすくすと笑う。
 厨房に、穏やかな時間が流れていた。



 が。
 


   そんな風景を見つめていたのは、
「キ ッ!」

 可愛らしいレースのエプロンを口元にまで引き上げ、ギリギリと噛みしめているリコと、
「・・・な、何だ? 急接近??」

 首をしきりに傾げているシャオだった。
 確かに、以前からレヴィとサヤは仲が良かった。そもそも、サヤをこの家に連れてきたのもレヴィだったし、 二人は同い年ということもあり、気が合うようだったが、この風景はこれまでのものとはちょっと違うような気がする。
 何が違うのだろうかと考えてみると、
(サヤ、が・・・)
 彼女の目が、いつもと違う。
 レヴィを見つめる彼女の瞳が、いつもよりも優しく、けれど、熱っぽいような。
 あれではまるで、
(恋してる、みたいじゃないか?)
 別段、サヤがレヴィに恋することに異論はない。
 個人の自由だ。
 けれど、昨日まで全くそんなそぶりはなかったように思う。けれど、今目の前にで繰り広げられている光景は、まるで仲睦まじい恋人同士のそれ。
(急すぎやしないか・・?)
 そんな気がして、引っかかる。
「キ っ!」
 隣ではリコが未だエプロンをくわえて歯軋りをしている。
 そんなリコを見遣る視線が、シャオの他にもう一つ。

 それに気付いたシャオが、視線の先を振り返ると。
「や♪」
 にこやかに片手を上げて見せるのは、
「・・・ウォン
 その笑顔がうさんくさく見えて仕方がない。
 これまでの彼のシャオに対する行いが彼の笑顔をうさんくさく見せているに違いない。
 そして、ふと思い出す。
「そう言えば、おまじないをしてもらったとかなんとか・・・」
 そう言っていたサヤ。
(おまじないとやらで、レヴィに恋・・・? まさか)
 まさかと自分で否定しておいて、それでも疑心がはれない。
 そもそも、ウォンがこんな時間からEDENでお茶をしていることが自体がまずもって怪しい。 よく夕食時には出没するが、こんな昼日中にウォンがEDENにいることなど滅多にない。
 それがどうした、たまたまだと言われればそれまでなのだか、彼の一挙一動に不信感を抱いてしまうのは、シャオの癖だった。
 ツカツカとウォンの前へと歩いていったシャオは、
「・・・お前、何してんだよ」
 客に向ける台詞としては0点の声掛けをする。
 けれど、それを気にした風でもなく、ウォンはコーヒーカップを掲げて見せた。
「何って、お茶さ
「・・・・」
 そんなウォンをうろんげな瞳で見つめていると、ウォンは再度にこっと笑った。 それは誰から見ても、人の好い笑顔で、100人中99人は思わず笑みを返してしまっていただろう。
 けれど、100人中1人であるシャオの目には、
 ニタリ。
 ウォンの人の好い笑みに擬音をつけるとしたら、それ。
 思わず、ゾゾッ! っと背筋を凍らせたシャオは、速攻で回れ右をする。
 ああやって自分に向けて笑みを向けてくるウォンには近寄らない方がいい。
 シャオの自己防衛本能がそうさせていた。







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