29 ☆好きって言えたら…


 再びSilvery cityが夕闇に包まれる。
 cafe EDENの営業時間も終わり、シャオとロナの約束の時間が訪れる。
 昨日と同じ時刻、シャオは店の裏へと足を向けていた。
 さすがに今日はあの少女の姿を店の中で見かけることはなかった。 そのことにほっとしながら、けれど、近づく約束の時間に僅かながら緊張を覚えつつ、今日の営業時間を過ごした。
 約束通り、そこに彼女は居た。
「待たせて、ごめん」
「いえ、早く来てしまって・・・」
 闇がcityを覆い始めていた。遠くに、家路へ急ぐ人の声が聞こえている。
「・・・・」
「・・・・」
 昨日シャオへ愛の告白をしたロナという名の少女は、高鳴る胸が苦しいのか、 胸の前で両手を握りしめ、シャオからの答えを待っている。
 リコと同じブラウンの瞳に、ふわふわと肩先で揺れている黒色の髪。 華奢な体を僅かに震わせている。愛らしいその面が、緊張に強ばっていた。
 昨日までは真っ直ぐに自分を見つめていたブラウンの瞳が、今日は足下へ落ちている。
 シャオは深く深呼吸する。
 そして、答えを待つ少女に、告げた。
「あの ・・ごめん」

 短いけれど自分の愛を拒むその言葉に、少女が弾かれたようにシャオを仰ぎ見る。 強ばっていたその肩から、力が抜け落ちる。その瞳からも、するりと緊張の色が抜け落ちたようだった。
 それが落胆のためか、望む答えではなかったにしろ、ようやく緊張の終わりを与えられた安堵のためなのかは、 シャオには分からなかった。
 ロナに、再度告げる。
「ごめん。好きな人がいるんだ」
 思い切って告げる声が、僅かに震えていた。今はきっと、彼女よりも自分の方が緊張している。
 そんなシャオに、不意にロナが笑った。

 シャオは、目を瞠る。
 驚いた。
 ふわり、と微笑んだロナ。
 彼女の方が年下であろうことは明らかだ。それなのに、彼女は自分よりもずっと大人びた顔で笑った。
 そして、言った。
「知ってました」
「え?」
 何をと問う前に、ロナが答えた。
「知ってたけど、言いたかったんです。他に好きな人がいてもいい。万が一にも付き合ってもらえたなら、 その時には、私の方を好きになってもらおうって、そう思って・・・」
 言って、ロナは視線を落とした。その口元には、未だに微笑みを浮かべたまま。
知ってて・・・?」
 自分に他に好きな人がいることを知っていたのだと、ロナは言った。それでも、言いたかったのだと。
 信じられない思いで、ロナを見つめる。
「はい。知ってても、言いたかったんです」
 きっと彼女は、シャオから返される答えも察していたに違いない。それでも、彼女は愛を告げてくれた。
 その勇気に答えることが、自分には出来なかった。
 それどころか、きっと彼女は、自分に好きな人がいることを知らないから告白が出来るのだと 勝手に決め込んで。彼女がどんなに強く勇敢であるか知らず。
 そんな彼女に、どんな言葉を返せばいいのか分からず、
・・・ごめん」
 ただ繰り返すことしかできない。
 そんなシャオに、ロナは視線をシャオへと戻して言った。その面に一層濃く笑みを浮かべながら。
「どうして謝るんですか。考えてくださって、ありがとうございました。嬉しかった」
 真剣に考えてくれて嬉しかったのだと、少女は笑った。
 シャオも彼女と同じ言葉を口にする。
「俺こそ・・・ありがとう」
 悲しい結末を描きつつ、それでも自分に愛を告げてくれた小さな少女に、心からお礼を言いたかった。
 そして、沈黙が下りる。
 夕闇はその色をより濃くし、cityを包んでいく。
 パッと、EDENの2階の部屋に電気が灯る。
 そのとき、ロナが口を開いた。
「また・・」
 開いたが、閉ざす。
「なに?」
 言ってみてと、優しく促すと、彼女は小さな声で言った。
「また、お茶しに行っても良いですか?」
 そしてロナは、初めてそのブラウンの瞳に悲しい色を浮かべた。
 ささやかすぎる願いを告げるロナに、シャオは答える。 彼女の悲しい瞳を少しでも消したくて、精一杯の笑みを彼女に向けて。
「もちろん。待ってるよ」
「はいっ。ありがとうございます」
 シャオの答えに、ロナは微笑んでくれた。
 彼女の瞳に浮かんだ悲しい色を完全に払拭することはできなかったが、 それでも彼女の顔に笑みが戻ったことに、少なからずシャオはほっとする。
「また、来ます」
「ああ」
 深く一礼した後、ロナは自分の未練を振り切るように、くるりと踵を返し店裏から小走りに駆けていった。
 その小さな背を見送り、
「・・・凄いな」
シャオはポツリと呟いていた。
 小さな少女が見せてくれた、大きな大きな勇気。
 報われないと分かっていてもそれでも後悔したくなくて、愛を告げてくれたのだろう。
 それはレヴィが言っていたように、自分の思いを押し殺し、好きな人への想いを押し込めて、 後悔したくなかったからなのだろう。 想いを告げたかったのに告げられず、遠い未来、この恋を振り返って後悔することに比べれば、 自分の思いをぶつけた末に味わう一時の悲しみの方が随分とマシなのだと。
 自分は、それができずに悶々と悩んでいるというのに。
見習わなくちゃ、な」
 か弱く見えて、きっと自分よりずっと強い少女の姿に、 怖じ気付いていた自分を奮い立たせてもらったような気がする。
 明日はEDENの定休日。
 清々しい気分で休みを迎えられそうだった。



 そんな夕暮れの店裏。
 ロナの姿を見送り、店の中へと戻って行くシャオの姿をこっそりと見つめている人物がいた。
「ふーん♪」
 口元をニヤリとつり上げるのは、EDENのお隣さん、ドクター・ウォンだった。
「これでシャオくんも、ちょっとは積極的になっちゃうかな♪」
 リコに恋しながらも、お兄ちゃん的立場からどうしても抜け出せないでいたシャオも、 勇気ある少女の姿に少しは態度を変えるのだろうか。
 そして、ウォンは心から楽しそうに笑って言った。
「次なる手が必要だね







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