「ふんふ〜ん♪」 EDENの二階の廊下に、ご機嫌な鼻歌が響いている。 一階の厨房では、今日の夕食当番サヤが後かたづけをしている。シャオは自室へと戻っており、 同様に早々に夕食を終えたレヴィも自室にいた。 EDENの最後の住人リコはと言うと、 「ふんふふ〜ん♪」 そう。ご機嫌な鼻歌の出所は、リコ。 部屋から出てきたリコは、軽やかな足取りで廊下を歩いていた。 時計の針はもうすぐ深夜を指す時間帯であるにもかかわらず、リコが纏っているのはいつものパジャマではなく、 何故かお気に入りの服。その顔には、店に出るよりも念入りにメイクが施されている。 ピンクのチークに、同じくピンクのグロスが唇を飾り、極めつけは前髪にちょこんとついた小さな花のヘアピン。 リコのお気に入りだった。 目一杯オシャレをしたリコ。彼女が向かう先は、レヴィの部屋。 夕食を終え、食器を厨房へと運び入れた時だった。リコよりも先に厨房へとやって来ていたレヴィがいつになく真剣な表情で、 「ちょっと話があるんだ。あとでオレの部屋に来てもらってもいいか?」 と、シャオとサヤの目を気にしてか、小声でリコの耳にそう囁きかけてきたのだ。 恋する乙女が、この意味深な台詞に期待を抱かずにいられようか。いや、いられはすまい。 (まさかまさかまさか ) 恋する乙女の想像力 否、妄想力はたくましい。リコの胸に生まれた期待は、 ムクムクとその大きさを増していく。もはやその拡大はリコ自身にも止めようがないらしい。 鼻歌が止む事はないし、軽やかな足取りは今すぐにでもスキップへと変わってしまいそうだった。 上機嫌のままレヴィの部屋の前に辿り着いたリコは、再度己の服装と前髪のヘアピンをチェックした後、 コンコン。 レヴィの部屋の扉を叩いた。 一瞬の間を置き、 「おう」 どこか心此処に在らず、とりあえずノックに反応しただけ、という ぼんやりとした返事が返ってきた。それに構うことなく、リコは扉を開いた。 「お邪魔しま す」 ドキドキと高鳴る鼓動で声が上擦るのを感じながら、リコはレヴィの部屋へと入り、後ろ手に扉を閉ざした。 そこでリコは気付く。レヴィの部屋が、真っ暗な闇に包まれていることに。 どうやら電気をつけていないらしい。レヴィの姿を捜しリコの視線が辿り着いたのは、月光が注ぐ窓辺。 そこでリコの視線はピタリと止まった。それきりそこで縫いつけられてしまったかのように、リコの視線は それ以上動かなくなってしまった。 「 」 レヴィは、窓際に佇んでいた。どこかもの悲しげに細められたアメジストアイが見つめる先にあるのは、cityを白銀に照らす月。 いつもは一つに括られている金糸の髪が今はその背に流れ、月光を浴び仄かに光を放っているかのように揺れていた。明るい太陽の下で見る金糸の髪が、月の光に照らされた今ばかりは僅かに銀色に見えた。 その美しい絹糸のような髪の感触が、リコは大好きだった。このEDENにやって来たその日からその背に揺れているのをずっと見つめていた所為だろうか。その背におぶさってもらう度に弄んでいたからだろうか。 いつにも増して細く見えるその髪が流れる背を、窓の外を見つめている端正な横顔を、リコはじっと見つめていた。呼吸すら忘れてしまったかのように、ただただ見つめる。否、己の呼吸で、この美しい情景を壊してしまう事を恐れていたのかもしれない。 と、不意にレヴィがリコを振り返った。 「」 サラリと、月光の下にあっては銀糸にも見える金の髪が揺れ、アメジストアイがリコのブラウンの瞳を見つめる。 リコは未だ、上手く呼吸ができないでいた。視線も己の自由の下に奪い返す事ができない。胸の高鳴りだけが、自由にその大きさを増していく。 美しい紫色の瞳に見据えられ、何か言葉を発さねばと開いた唇からは、しかし何も出ては来なかった。 昔ならば、 「暗ッ! ドラキュラかと思ってニンニク食べたくなって、ついでに信じてないけどアーメンって十字切りたくなるので、電気付けて下さい!!」 と言っていたところだが今は言葉も出ない。出たとするならば、 「イイ!! ボスになら血を吸われてもイイ むしろ吸ってください!!」 なんていう台詞だっただろう。ビバ恋の力★ 扉の前で立ち尽くしているリコの姿を認めたレヴィは、 「お、悪い。電気つけてくれるか?」 扉の脇にあるスイッチを指差し頼む。 「あっ、は、はい!」 ようやくリコの体は自由を取り戻す。けれど、やはりいつも通りとはいかず、だたスイッチを入れるだけなのだが、ワタワタとしながら部屋の電気をつけた。 「さんきゅ。ちょっと考え事しててな・・」 電気の明かりに照らされ、いつもどおり金の彩りを取り戻した髪を片手でかき上げ、物憂げに微笑んだレヴィに、 (ドキ ン! な、なになになに!!? やっぱりココココココココッ) リコの心の声がだだ洩れていたならば、「え? どうしたの?? ニワトリのモノマネですか?」と問いたくなっただろうが、勿論そうではない。 (コ、コクハク!!?) いつだって快活な笑みを浮かべ、リコをからかってばかりいるレヴィの、いつになく真剣な様子。そして、わざわざシャオとサヤに気付かれないようにリコを呼び出したその行動。 (やっぱコクハク !!?) リコがそう期待してしまうのも仕方のないことだった。 いや、期待を通り越して、リコの中ではすでに 告白されるものと確定して思考は回り始めていた。 (な、何て答えよう・・!?) ドキドキウキウキとリコは考える。 「実は私も」 と正直に答えるべきか、はたまた、 「私、ボスのコトそんな風には見られな〜い。・・・・って、うっそ★ 私も好きです」 ちょっと意地悪をしてみちゃったりして★ 嗚呼、彼女に幸アレ!! 幸せな夢の中に浸っているリコだったが、そんな彼女を現実へと引き戻したのは、 「リコ」 真剣なレヴィの声。 「はっ、はい!!」 声をひっくり返しながら返事をしたリコに、レヴィは真剣な声音のまま問うた。 その視線は己の足下へと落とされている。リコの目を真っ直ぐに見つめて問うことはできなかったようだ。 その様子、そしてその台詞が更にリコの中の期待を大きくさせていく。 「お前さ、好きな人とかって、いんの?」 (やっぱり !!?) リコの中で、高らかにファンファーレが鳴り響く。ついでに小さな天使が二人ほど、彼女の上にヒラヒラと紙吹雪を散らしていた。 「ど、どうしてそんなコト聞くんですか?」 平静を装いつつ、リコは問い返す。 「いいから答えろって。いんの? いねーの?」 (や ん この強引な所もステキ) 恋は盲目。今のリコにとっては、レヴィが何をしようと何を言おうと「ステキ」としか感じられなくなっているらしい。完璧な病である。 (ふふ。ここは勿論 ) 答えは決まっている。 「いませんけど?」 そんな自分の答えに、レヴィが表情を緩め、ほっと安堵の溜息を洩らしたことがリコにもわかった。 そして、レヴィは落としていた視線を上げ、リコを正面に見据えてから、喜々として口を開いた。 リコもその唇から出てくるであろう言葉 告白の台詞を、喜々として待つ。しかし、彼女のその表情は、次の瞬間には鬼気としたモノに変わるのだということを、この時はまだ誰も知らなかった。 レヴィは言った。リコの期待を粉々に もう本当にチリへと変えるほど粉々に砕く台詞を、ついに言ってしまった。 「なぁ、リコ。もし良かったら 」 「ドキドキドキドキ☆」 「シャオなんてどうだ?」 fin. リコの幸せな夢は、そこで終わった。 愛の告白ではなかったのだ。そこはいい。そこまではいい。そこまでは、「あは★ 早とちりしちゃった」で済ませてもいい。 が!! よりにもよって、惚れている男に別の男と付き合ってみてはどうかと言われたのだ。そのショックは計り知れない。 一瞬能面のように表情をなくしたリコだったが、 「 ぴしっ」 見る間にその愛らしい面が険しいモノへと変貌を遂げていく。 据わった瞳は絶対零度の冷たさを持ってレヴィを睨め付け、真一文字に引き結ばれた唇の端は、怒りでひくひくと引きつっている。チークでほんのりとピンクに染まっていた頬が今は怒りで赤く染まっている。 「え?? え!?」 鈍 いレヴィも、さすがに気付いたらしい。 今、リコがブチギレそうになっていることに。しかもいつもの「ボスのバカバカバカっ!!」と言うような可愛らしい怒り方ではなく、もう殺気と言ってもいいほどのオーラを醸し出しながら、心の底から怒りに打ち震えているのだ。こんなリコを見た事がないレヴィは目を丸くし、彼女から発される殺気に押されるようにして一歩後ずさる。 「リ、リコ!? ど、どうしたんだよ急に」 リコが激しく怒っていることは分かるのだが、その理由は見当もつかないらしい。 そんなレヴィに、リコはふるふると震える拳を握り締めながら、いつになく低い声で唸るように言った。 「あんたは・・・ホンっっっっトに人の気も知らないで ッッ」 「あッ。お前、もしかして・・・」 「そうですよ、あたしは 」 「実は言うまでもなくシャオの事好きだったのか!!?」 「 」 再びリコの顔が能面のように表情をなくしてしまった。 しかし、レヴィはと言うと、 「なーんだ。図星さされたからってキレんじゃねーよ。ビックリしたーな」 カラカラと笑っている。彼的には、リコの怒りの原因を解明出来て―思いっきり見当違いの答えを出したのだが―スッキリしたらしい。すぐにリコが否定をしなかったので、その答えが正解なのだと思い込んでしまったレヴィは、更に喜々として言葉を紡いだ。 「それなら話が早い! 安心しろ、リコ。オレが全面的に協力してやるよ。な? リコ」 と、そこまで言葉を紡いでから、レヴィはリコの反応が全くない事に気付き、リコへと視線を遣る。 「・・・リコ? どうした って、え!!?」 再びレヴィは後ずさる。 「 え? な、何で泣いてんだ!?」 リコが声を上げる事もなく、けれどダババ っと滝のように涙を流していたのだ。噛みしめられていた唇が徐に開かれ、そこから掠れた声が漏れる。 「・・の・・・・・カ」 「え?」 聞き取れず問い返したレヴィに、リコは大音声でもって答えた。そして、 「ボスのバカ !!! うあああああああああああん」 大声を上げて泣き出してしまった。 「え!? リ、リコ!!?」 レヴィは大慌てだ。昔からリコをからかっては泣かせてきたのだが、こんなにも豪快に泣かれたことはない。しかもその理由が全く分からないのだから、慰めようもない。 「うあああああ ん!!」 「え? えー??」 リコが泣きやむ様子はない。レヴィはただただオロオロと助けを求めるように部屋の中を見回す。が、 そこに助け船を出してくれるような人物は見つからない。この部屋の中にはオロオロするしかない自分と 、大声で泣いているリコしかいないのだから。んがしかし、窓の外を見れば、そこから自分たちをこっ そりと見つめている第三者を見つけることが出来たのだが、レヴィは気付く事ができなかった。 「お、おい。どうしたんだよ、泣くなって」 むしろ自分の方が泣き出したい気分だと思いながら、しかし泣いているリコを放っておくことも出来ず、困惑しながらもレヴィがリコの肩にそっと手を乗せたその時だった。 バタン! 唐突に、蹴破られたのかと思うほどの勢いでもって開かれた扉の先から、 「リコ !!?」 「どうかしたの!?」 リコの泣いている声を聞きつけたのだろう、目を血走らせたシャオと厨房で洗い物をしていたその状態のまま 階段を駆け上ってきたのだろう、食器を手に持ったままのサヤがレヴィの部屋へと突入してきた。 ようやく助け船が来てくれたと表情を明るくしたレヴィだったが、それは違った。 部屋へと突入してきたシャオは、泣いているリコを慰めるよりも先に、リコを泣かせた張本人と思しきレヴィの胸ぐらを掴んできたのだ。そして激しく詰問する。 「レヴィ ッ! お前リコに何しやがったんだ !!?」 「え!? 何もしてな 」 「死刑だ !!」 「武器持参かよ!!?」 いったい体の何処に隠し持っていたのか、包丁を振りかざしたシャオに、レヴィは仰天する。 「明日の朝食はハンバーグだああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 「ミンチはレヴィの肉ね!」 「おうともよ 」 「ヤっちゃって!!」 泣き続けているリコの体を抱き締めるようにして慰めていたサヤも、責めるような瞳をレヴィへと向ける。この状況からして、レヴィがリコを泣かせたことは明白であるのだから、その視線も仕方のないものだった。 しかし、レヴィはというと、不服で仕方がないらしい。そもそも、シャオの為を思ってリコと話をしようとしただけなのだ。それにも関わらず突然リコに泣かれ、シャオとサヤには責められ ついにレヴィも声を荒げた。 「は あ!? オレはお前の為を思ってこうやってリコにだなァ・・!」 その台詞に最初に反応を返したのはサヤだった。 「レヴィ・・・」 レヴィが、シャオとリコとの仲を取りもとうとしていたことに、サヤは気付いたようだった。そしてそれは、自分がシャオと結ばれる可能性を完全に絶たれてしまうということ。 「あ ・・」 ついつい口をすべらせてしまったこと、そしてサヤが自分が何をしようとしていたのか気付いたのだということを察したレヴィは、苦虫を噛み潰したような顔になる。 「あのな、サヤ 」 すぐにサヤへと詫びようとしたレヴィの台詞に介入してきたのは、未だ怒りの収まらないシャオだった。 「何が俺のためだ!! このエセフレンチ! リコを泣かせやがって! ぶっぶっぶっぶっっぶっ殺 す!!」 包丁を振りかざし、レヴィへと突進したシャオを止めたのはサヤだった。 「やめて、シャオさん! 本当にレヴィは貴方のコトを思ってるんです!」 突撃してきたシャオの腕を取り、その勢いのままをシャオを投げ飛ばしたサヤ。 「す、すげェ・・」 ドゴン!! と大きな音をさせ、背中から壁に叩き付けられたシャオを見つめ 、レヴィは青ざめる。合気道でも極めているのだろうかとレヴィは怯えた瞳でサヤを見つめる。 しかし、サヤはと言うと、 「レヴィは貴方の気持ちを察して・・・!」 レヴィを庇うための台詞を口にしていた。 レヴィがシャオとリコをくっつけようとしてことはもう分かっている。 そのことに、ショックを受けたことも事実である。けれど、そうしたレヴィの気持ちを推し量ることのできる優しい少女だった 。きっと彼は葛藤を重ね、苦渋の決断を下したのだ。長年共に過ごしてきたシャオの幸せを選んだその気持ちもよく分かる。 レヴィを責める気持ちは生まれなかった。レヴィの、不器用で、結局こんな形になってしまったが、それでも一生懸命にシャオを思う気持ちを彼に知らせたかった。 しかし、そんなサヤの気持ちも、そしてレヴィの思いもシャオには伝わらない。 「レヴィなんかに何が分かる!?」 「分かってるんです、レヴィだって! だって、私にだって分かるくらいなんですから」 シャオのリコへの気持ちは、このEDENへ来たその日に分かった。見ていれば気付かずにはいられなかった。 まあ、レヴィの場合はウォンに言われてようやく知ったのだが。 サヤの言葉に、シャオは更に声を荒げる。そして、勢いに任せてサヤを傷付ける台詞を口にしてしまっていた。 それにシャオが気付く前に、たまらず口を開いたのはレヴィだった。 「分かるワケないだろ! ちょっと前にここに来たお前には何も分からないんだよ!!」 「 」 「お前、その言い方はねーだろ!! サヤがどんな気持ちでお前のコトを思ってるのか知らねーくせに!!」 「その台詞、そっくりそのままお前に返してやる! お前こそリコの気持ちも知らないで 」 「知ってる! リコはお前が好きなんだ!!!」 「え? ホントにか?」 「違 う!! あ ん」 「え!!? あれ!? 違ったのか!?」 「うわあ ん」 (泣きたいのは俺の方だよ) 涙ぐむシャオ。 ?マークを飛ばすレヴィ。 泣き続けるリコ。 凹むサヤ。 と、収拾がつかなくなっていたその場に降り立ったのは、 「はいはいはい、そこまで!!!」 「ウォン!」 神か、悪魔か。 いったいいつからそこに居たのか、ウォンが窓辺に立っていた。誰も彼がこの部屋に入ってきた瞬間を目撃してはいなかった。 「落ち着いて落ち着いて。事情はだいたい分かったから」 そう言ってウォンは睨み合っていたシャオとレヴィの間に割って入り、号泣しているリコの肩を抱く。 「お前、いったいいつから見てた!?」 シャオにとってウォンは悪魔でしかないらしい。先程までの凹みを払いのけ、猫が警戒して背中の毛を逆立てるが如く、激しく彼を睨め付け、リコをウォンの手から奪い返す。 「いつからって? うーん。レヴィとリコちゃんが話し始めた所からかな♪」 「ほぼ全部か! ほぼ全編に及んで盗み見てほくそ笑んでやがったな、キサマああああああああああ!!」 サヤに豪快に投げ飛ばされた際に手放していた包丁を拾い上げウォンへと突進するシャオを、 「ど、どうどうどうどう」 背中から羽交い締めにし、慌ててレヴィが止める。 凶器を振りかざしているシャオを前に、しかしウォンは平然と笑みを浮かべたまま、 「ほらほら、落ち着きなよ。八つ当たりはナシだ」 確かに自分のこの行動は八つ当たり以外の何物でもないと認めたシャオは、大人しく懐へと武器をおさめた。 それを認めてから、ウォンは一同を見渡して問うた。 「みんな、考えてごらん。コトの元凶は?」 その問いに、 きっ!! 「う゛っ・・」 リコ、シャオ、サヤの鋭い視線が一斉にレヴィを射る。レヴィはと言うと、言い返す事も出来ず、口を噤むしかない。 そんなレヴィを尻目に、更にウォンは問いを重ねる。 「で、この元凶の特異なまでの性質は?」 「「「鈍い!!」」」 「ええっ!?」 「そう。仕方がないんだよ。レヴィなりに色々考えた結果こうなったんだ。彼なりに頑張ったんだよ。悪気はないんだ。全てはレヴィの鈍さが引き起こしたんだ。そこを察してあげよう。もう病だと思う他ないんだよ。ね、みんな」 「・・・まあ、何たってボスだもんね」 「そうだな。レヴィだもんな」 「ええ。仕方ないですよね」 「え? え?? え!?」 「よし、解散!」 ウォンの号令を合図に、三人はレヴィの部屋を出て行ってしまった。 先程までの大騒動はいったい何だったのか。今レヴィの部屋には怖ろしいまでの静寂が訪れていた。 そんな中、ウォンが安堵の溜息を零した。 何とか事態を収拾出来たようだ。 だが、まだフォローが必要な人物がこの部屋には残っていた。 「・・・・・」 「おや」 ベッドに腰を下ろし、沈んだ表情を俯かせているこの部屋の主、レヴィだ。 落ち込んでいるのか、拗ねているのか、黙り込んでいるレヴィに、ウォンは肩を竦め、その隣に腰を下ろした。 「・・・レヴィ、ごめん。少し言い過ぎたね」 「いいんだ。場を丸くおさめてくれたんだし、オレが鈍いってのも自分で分かってるよ」 「レヴィ」 どうやらリコを泣かせ、シャオを激昂させ、サヤを傷付けるという事態を起こしてしまった自分を責めているらしい。 そんなレヴィの頭を、ウォンは優しく撫でる。言葉で慰める事はしなかったが、兄のように慕っているウォンの手の温もりはレヴィを多少なりとも慰めてくれた。しかし、完全に彼の心が晴れるのはまだ先のようだ。レヴィの唇から、溜息が溢れた。 「・・・こんなになってもまだ、オレは何も分かってないし」 シャオが怒ったのは、リコを泣かせたから。サヤが傷付いたのは、シャオの味方をしたから。しかし、コトの発端である、リコが泣いてしまった理由は分からない。どんなに考えてみても答えが出てくる気配がない。 再び溜息を洩らしたレヴィを見て、ウォンはしばしの沈黙の後、口を開いた。彼に、答えを授けてやるために。 「あのね、レヴィ。リコちゃんには、シャオじゃなくて他に好きな人がいるんだよ」 「・・・そっか。だから怒ったのか」 「そうだよ。これで分かったね?」 「分かった」 「それなら良かった」 「でも、リコが好きな奴って??」 ( 分かってないじゃん!!) 思わずつっこむ声は、心の中だけに止めておく。己の鈍さを責めているレヴィを思ってのことだった。 ウォンとしては、レヴィが全て了承したものだと思っていたのだのだ。リコが一体誰に恋しているのか、 あのリコの激昂ぶり泣きっぷりを見ればレヴィとてさすがに察することが出来るのではと思っていたのだが、 やはりレヴィの鈍さではそこまでを察することはできなかったらしい。 「もう、可愛いなァ、レヴィは」 その鈍さが全てを引き起こしたのだが、聡いレヴィはレヴィではない。そんなニブ〜いところが、 ウォンとしては可愛くて仕方がないのも事実だった。 「は?」 「うーん。そのうち分かるよ」 「そっか。・・・・」 今は知らなくてもいいんだと言ったウォンに、レヴィは素直に頷いた。今朝、サヤのコトを相談に行った時にも、 見守っているだけでいいのだと言われていた。しかし、行動を起こしてしまった。その結果がこうだ。彼の言う通り、 何もせずに見守っていれば良かったのかも知れない。 けれど、どうしても動かずにはいられなかったのだ。 「レヴィ?」 急に黙り込んだレヴィに、ウォンは首を傾げる。 「・・・オレ、シャオには幸せになってほしかったのにな ・・」 だから、動かずにはいられなかったのだ。長年一緒に暮らしてきたシャオの幸せを祈って 、動かずにはいられなかったのだ。しかし、自分のその行動で、 リコがシャオではなく別の誰かを好きなのだということを知ってしまった。 シャオにも知らせてしまった―レヴィは知らないが、シャオは最初から気付いていたのだが―。 己の行動を責め、表情を曇らせるレヴィの頭を、ウォンは再度撫でる。普段ならば「ガキ扱いするなよ」と照れて払いのけられる手が、 今だけは金糸を撫でる事を許される。 「優しいね、レヴィは。でもね、レヴィ、初恋は実らないものなんだよ。そうやって人は失恋して、成長していくんだよ」 「・・そっか」 「レヴィの気持ちも分かるけどね」 ぽんぽんと肩を叩かれ、レヴィは薄弱な笑みをウォンへと返す。しかし、その笑みもすぐに消えた。 「オレ、どうすればいいんだろう・・」 「う ん。そうだね ・・」 考え込むレヴィの隣で、ウォンも考え込む。しかし、その表情はレヴィの真剣な表情とは違って緩んでいる。そして、ついつい、 「どう動かせば面白くなるかなァ?」 本音が口から零れてしまっていた。 「動かす? 面白く??」 首を傾げるレヴィに、ウォンはヒラヒラと手を振る。 「いやいやいや、何でもないんだよ。君の代わりに僕が考えてあげるから、レヴィは待っておいで。もう絶対に動いちゃダメだよ?」 「うん。分かった」 ウォンの言いつけを破って行動してしまった所為で大騒ぎになってしまったのだ。 今度こそレヴィは彼の言葉通りただ見守ろうと心に誓い、大きく頷く。 そんな彼は気付かなかった。何やら思索に耽っているウォンの顔が、イヤにイキイキと輝いている事に。 |