19 ☆教えてお兄ちゃん



 朝。
 日が昇り、EDENがopen≠フ看板を店の表に立てる1時間ほど前。EDENの隣に居を構えるウォンを訪ねて人物が居た。
「おや、珍しいね」
 そんな言葉でウォンが出迎えたのは、
「今、大丈夫?」
「勿論だよ。おいでおいで」
 ウォンが幼い頃から弟のように可愛がっているレヴィだった。
 いつも店の休憩の時にフラリとやって来ては他愛のない話をして帰っていくレヴィだったが、今日はそうではないらしい。朝から彼がやって来ることも珍しかったのだが、その何か考えているらしい真剣な表情もウォンにとっては珍しいものだった。
「・・どうかしたのかい?」
 イスへとレヴィを手招き、早速ウォンは問う。常日頃、あまり悩むことをしないレヴィの話に興味が沸いたのだろう。
 促されたレヴィは、それを嫌がることもせず、素直に口を開く。
「それが、昨日サヤが泣きついてきてさ・・」
「おや、どうしたんだい?」
 レヴィのその一言で、密かにウォンのテンションが上昇する。
 またEDENで何か面白い 否、興味深いことが起こったらしい。そう察したウォンは、己の顔がニヤけそうになるのを必死の思いで堪え、レヴィに先を促す。
「好きな人から、他の人が好きだと言われた、って言ってた」
 レヴィのその言葉に、ウォンは密かにガッツポーズをする。女の子が恋愛で傷付き涙しているというエピソードにガッツポーズをするなど、人間として最低だとしか言いようがないが、ウォンはこういう人間だった。レヴィがそれに気付いていないのがせめてもの救いか、気付いていれば彼の魔の手をくい止められたのか・・・。
 ウォンはすぐさまサヤの身に起こったことを察したようだった。
 すぐさまガッツポーズを収め、「ふむふむ」と真剣な顔で頷いている。心中はというと 既に書き表すまでもないだろう。手短に言うとしたら、超ご機嫌。しかし、そんなことはおくびにも出さない。
「そうか。それは辛いね。それで、泣いてたんだ」
「ああ」
 言葉少なに頷いたレヴィは、サヤの切ない表情を思い出しているのか、始終視線を己の手元へと落としたままでいた。
 そんな彼の横顔を見つめながら、ウォンが徐に問いを放つ。
「・・・レヴィ、君、気付いてる?」
 彼はサヤが思いを寄せていた人が誰なのか、そのことに気付いているのかと問うてみたのだが、レヴィから返ってきたのは、
「何が?」
 きょとんとした眼差し。
「・・・やっぱり気付いてないんだね
「?」
 ウォンの大仰な溜息に、レヴィは疑問符をバンバン飛ばしながら、ひたすら首を捻っている。
 そんな彼の様子を見て、ウォンは顎に指をあて、
「う ん」
 と悩み始めてしまった。
 その内容はと言うと、
(ここは言っちゃった方が面白いか、黙っておいた方が面白くなるか・・・)
 ウォンは大いに悩む。
「う ん」
 力一杯悩む。
 彼の頭脳は今まさにフル回転中だった。
 そして、悩みに悩んだあげく、彼が出した答えは、
「あのね、サヤちゃんが好きな人、レヴィもよく知っている人なんだよ」
 レヴィにも知らせることにしたようだった。
 しかし、レヴィはと言うと、
「・・・・・」
 眉間に皺を寄せ首を捻ったレヴィに、ウォンはもう苦笑するしかない。
「分かんないかなァ
「・・・?」
 ひたすら首を傾げ続けているレヴィに、これ以上待っても答えが出ないと察したウォンは、小さな溜息の後、レヴィへと答えを告げた。
「ふぅ。シャオだよ」
「・・・え !?」
 一瞬の沈黙の後、レヴィはこれでもかと絶叫した。ついでに座っていたイスを倒しながら腰を浮かす。
 そんなレヴィの反応にウォンは目を瞠り、ずれたメガネをかけ直す。
「そ、そんなに驚くことないでしょ。じゃあ、シャオの好きな人は? もう分かるよね」
 んがしかし、
「・・・?」
 再びウォンは溜息を零した。
「はぁ 。シャオが好きな人ってのは、リコちゃんのことだよ」
「え゛ っっ!!?」
「・・・よく気付かずにいられたね」
「そ、そうだったのか・・・」
 呆れかえるウォンと、告げられた事実が彼としてはあまりにも衝撃的だったのだろう、 レヴィはドキドキといやに高鳴っている胸を押さえている。ひとしきり驚き騒いだレヴィは、 未だ動揺が続いている所為か、おぼつかない手で己が蹴倒したイスを直し、そこに腰を落ち着ける。
 そんな彼へとウォンは問いを投げかけた。
「レヴィはどうなんだい?」
「へ?」
 問いの意味を計りかねたレヴィは、思わず間抜けな声で問い返してしまっていた。
 ぱちぱちと目を瞬かせるレヴィに、ウォンは言葉を付け加え、再度問う。
「レヴィはリコちゃんのこと、どう思ってるんだい?」
 その問いに、ますますレヴィは驚いて目を瞠ってしまっていた。しかし、答えを求めるウォンの瞳が真剣なのを見て取ると、しばしの逡巡の後、レヴィは口を開いた。
「リコのコトはオレも好きだけど・・・でも、妹としてしか見てねぇよ」
 そのレヴィの答えに、ウォンは勿論ポーカーフェイスのまま、
(ご愁傷様、リコちゃん)
 ほくそ笑みながらリコに弔いの言葉を贈る。
 そして、次に彼が口にした問いは、
「そっか。じゃあ、サヤちゃんは?」
「サヤ? ・・・・サヤも良い子で好きだけど・・・う ん。友達として、かな」
「ふむふむ」
 と、レヴィの話に頷きながら相槌をうちつつ、手元にたぐり寄せた紙に鉛筆で何やらガリガリと書いている。
「何書いてるんだ?」
「関係図」
「え?」
「いやいや、何でもないよ」
 得意の笑顔で誤魔化し、ウォンがレヴィの視線からサササッと隠した紙には、シャオ、リコ、サヤ、レヴィの名前と、誰が誰を好きで…と言った矢印などが描かれていた。
「そうだねー、どうしようか」
「うーん。シャオにも幸せになって欲しいけど、サヤもなァ」
「う ん」
 ウォンとレヴィは腕を組み、真剣に考え込む。
 ・・・・が、ウォンが考えていることはと言うと、
(こっからどう転がっていったら面白いかなァ。僕的に)
 まさかウォンがそんなことを考えていようとは夢にも思っていないレヴィは、彼の隣で真剣に悩んでいる。もしも気付くことが出来ていたのならば、彼を兄のように慕っていた己を怨むかも知れないが、幸か不幸か、激しく鈍いレヴィが気付くことはなかった。
 そして、ウォンが出した答えは、
「今のところは見守るしかないね」
 様子見。
「そっか」
「レヴィは今まで通りに振る舞うことだよ」
「ん、分かった」
 素直なレヴィはウォンの言葉に素直に頷く。
「おっと、そろそろ帰らないとマズイかな」
 ふと時計に目を遣ったレヴィは、思いの外開店の時間が迫ってきていたことに気付くと慌てて立ち上がった。
「そうか。また何かあったらおいで」
「ありがとう! じゃーな」
「じゃーね」
 ヒラヒラと笑顔で手を振りレヴィを見送ったウォンは、彼の姿が見えなくなるなり机に向かった。その目の前にあるのは、先程作っていた関係図だ。それを眺めているウォンの手に握られた鉛筆が、楽しそうに揺れている。ウォンの表情をと窺えば、こちらも楽しそうな笑みを浮かべている。
「さぁて、どうしようかな♪」
 鼻歌でも零れてきそうな口調でウォンは呟いたのだった。







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