レヴィがサヤを家へと連れ帰ってきた翌日。開店前にウォンに頼んで車を出してもらい、サヤの家から彼女の荷物をEDENへと運び終えていた。未だ荷物の整理は手つかずだが、取りあえず引っ越しは終わった。サヤは新しくEDENの住人となったのだった。 一人家族の増えたEDENの雰囲気は、いつもより僅かに明るい。昨日のお試し期間を終え、 本格的に販売を始めたケーキの売り上げが順調であることもその要因の一つであったのかも知れない。 午後三時。昔からおやつ時だと決められているその時刻、EDENの客入りは二度目のピークを迎えていた。 ホール内を忙しく動き回っていたレヴィが厨房へと足を向け、中でケーキを作っているサヤに声をかけた。 「サヤ、モンブラン切れそうだぞ」 「そっか。今日はもう終わりかな」 「OK。じゃあ、売り切れ札出しておくか」 「ありがとう」 さっさと厨房を出ようとしていたレヴィだったのだが、不意に彼は足を止めた。そのアメジストアイが見つけたのは、 「あ、イチゴ!」 ショートケーキ用のイチゴ。 瞳を輝かせ、サヤへと視線を遣ったレヴィに、サヤはくすっと笑いを洩らした。 「食べる?」 「やった! あ ん」 ぱかっと口を開けてイチゴを待ちかまえるレヴィに、サヤは笑いながらそこへイチゴを放り込んでやる。 「ん、上手い! サンキュ〜」 もぐもぐとイチゴを咀嚼したレヴィは満足そうに笑みを零すと、今度こそ厨房からホールへと戻っていった。 そんなレヴィとサヤの様子を見ている人物がいた。 「う゛ ッ!」 思わず唸り声をあげてしまうほど、レヴィと仲の良い様を繰り広げていたサヤに嫉妬していたのは、EDENの看板娘リコ。ホール内ではひっきりなしに客からオーダーの声が上がっているのを完全に無視し、じっと厨房が見える位置に立ち尽くしている。 「おい、リコ!」 シャオに促され、ようやく仕事を再開したリコだったが、その顔にいつも通りのにこやかな笑みが戻ることはなかった。 悶々とした気持ちのまま仕事を終えたリコは、店の玄関にclosedの看板が下げられると同時に、EDENの制服のまま店を飛び出していた。向かったのは、お隣のDr.ウォンの所。 「ウォンさ ん!」 大音声と共に家に飛び込んできたリコを、偶然にも患者がいなかったことに安堵しながら、白衣を纏ったウォンが迎えた。 「どうしたんだい、リコちゃん」 リコはいつも賑やかに突撃してくる。その度にくだらない愚痴に付き合わされるウォンは、嫌な顔こそしなかったものの、仕事の片手間に適当に相槌を打つ程度の対応しかしないのだが、今日ばかりはその態度は改められている。きちんと体をリコの方へと向け、手に持つ整理中だったカルテも机の上へと置いた。 その理由は簡単。彼女が飛び込んできた理由を察していたからだ。そして、その理由いかんでは、自分がとても楽しめることになっちゃうだろうということを知っていたからだった。 その予想通り、リコの台詞はウォンを喜ばせるものだった。 「ウォンさん! どうしよう !?ボスがサヤちゃんのこと好きかもしれな い」 泣きそうに顔を歪めながら絶叫したリコに、ウォンは目を瞠った。 (へェ、そう来たか) そして、すぐに目を細める。真剣に泣きそうなリコの前で、この男はニヤリと瞳だけで笑っていた。 しかし、眼鏡の下で密かに行われたその反応に、幸いにもリコが気付くことはなかった。 「どうしてそう思うんだい?」 「だってすっごく仲良いんだもん! ナンパ男から助けて家に連れてきたのもボスだし !」 「あー、よしよし」 とおざなりにリコの頭を撫でながら、ウォンは冷静に今の現状を整理していた。 どうやら昨夜自分がサヤをレヴィに送らせたことで、とっても楽しいことが起きたらしい。 ナイス、自分!! (へェ、いよいよ面白くなってきたなァ) ずれた眼鏡を片手で直す振りをしながら、密かにウォンは笑った。そして、同時に昨夜の己の行動を褒め称える。 すぐに笑みを消したウォンは、リコへと労るような優しい瞳を向けて言った。勿論、心の中はまだニヤニヤとしているのだが。 「リコちゃん。残念だけど、僕はレヴィとサヤちゃんのことは見てないから分からないな」 「そうよね・・」 しゅんと項垂れてしまったリコに、ウォンは「そうだなァ・・」と考える素振りを見せる。がしかし、既に彼の頭の中ではこれから自分が言うべき台詞は決まっていたのだが。細かい演技も忘れないウォン。天晴れ! 「そうだ。シャオに聞いてみてごらん。シャオなら何か知っているかもしれないよ」 ついにウォンがシャオへの牙を剥いた瞬間だった。 しかし、そのことにリコが気付くはずはない。 「でも、私がボスのこと好きだってバレちゃうよ」 「シャオはもう気付いてるよ。彼は一番お兄ちゃんなんだからね」 「そっか。・・・うん。ちょっと相談してみる」 「うん。それがいいよ」 ウォンはニコリと笑った。あまりにも思い通りの台詞を返してくれるリコに、心の中では大爆笑をかましながら。 「ありがと、ウォンさん!」 「どういたしまして。また何かあったらおいでよ」 とリコを思いやる優しい台詞を返しながらも、本心は「逐一情報をおくれよ」、だ。 「うん。ありがと〜」 絶叫をかましながら突撃してきた時とは打って変わって、ニコニコと機嫌が良くなっているリコを、ウォンは笑顔で見送る。 リコの姿が家の中から消えても、ウォンの笑顔は消えなかった。むしろ、笑顔という形を越え、ついには口から声となって溢れ出していた。 「ふふふふ。ふふふふふふふふ。楽しみだなァ♪」 シャオは既にリコがレヴィのことを好きだと知っている。知ってはいるものの、その事実をリコ本人の口からカミングアウトされたとなれば、シャオはかなりのショックを受け狼狽えるだろう。それを思うと、 「いやァ、楽しくなってきたなァ♪」 笑いが止まらないウォンだった。 ウォンのアドバイス通り、リコは速攻でシャオを訪ねていた。その結果がどうなったのかは、今この現状を見れば明らかだった。 シャオ、レヴィ、リコ、サヤの四人での晩餐は、異様な雰囲気に包まれていた。 これでもか! これでもかッ!!? と激しく落ち込んでいるシャオと、対照的に鼻歌を歌い出しそうな程ご機嫌なリコ。そんな二人の様子を「?」「?」と首を捻りつつ見ているレヴィとサヤ。 (ああああああああああああああああああああああああああ) シャオの視線は常に床。テーブルを突き抜けて、床だ。 激しく項垂れているシャオは、口にこそは出さなかったものの、 心の中ではムンクばりに叫んでいた。叫ぶ以外に、この胸の痛みを表現できないでいた。 先程、店を出てすぐに帰ってきたリコに「シャオ、ちょっと、いい?」と意味深な台詞で呼び出され、ちょっぴりときめいちゃったりしつつリコについていった先で告げられたのは、 「多分、シャオはもう知ってると思うけど、私、ボスのこと好きなの」 ぽっと愛らしく頬を染めたリコから、レヴィへの愛をカミングアウト。 その瞬間に、ズガガン! 激しい音と共に、奈落の底へと突き落とされたシャオだった。ショックで半ば茫然とする意識の中、人の好いシャオは、 「大丈夫だ。きっとレヴィもお前のこと好きになってくれるサ☆ 諦めるなよ(キラン)」 と、不自然なまでの爽やかさでもって彼女を励ましてしまっていたのだった。 ここで、 「実は、俺・・!」 と言えない自分の押しの弱さが、更にシャオを落ち込ませていた。 そんな可哀想なシャオとは別に、 「よぉ し、頑張るぞ」 と元気いっぱいになっているリコ。 「・・・何なんだ、コイツら」 「さ、さあ」 元気いっぱいのリコと、地獄にでも落とされたかのような顔をしているシャオとに、レヴィとサヤは軽〜く引きつつ首を傾げている。自分たちがこの現状を作り出した原因であるとは露知らず。 そんな奇妙な晩餐を、笑いを噛み殺しながら、ウォンが窓から覗いていた。 |